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【連載版】婚約破棄された公爵令嬢が「どこにも行かず、ただ走らせて」と言ったので、辻馬車は夜の王都を走り続ける  作者: Vou
第二夜 【乗客】婚約者が失踪した伯爵令嬢

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第四話 伯爵令嬢の失踪した婚約者

 アルトは、アーヴェント伯爵家の門前に辻馬車を止めた。


 約束の時刻より早く到着したのだが、セシリア・アーヴェント伯爵令嬢は、すでに門の前で待っていた。

 伯爵令嬢が供もつけずに門前で辻馬車を待つなど、普通ならありえない。

 けれど、セシリアは体面を気にしていられない様子だった。


「アルトさんですか?」


 セシリアのほうから声をかけてきた。


 アルトは御者台から降りる。


「はい、そうです。セシリア様ですね。お待たせいたしました」


「いえ、私が勝手に早くから待っていただけですから」


 アルトは馬車の扉を開け、セシリアに乗るよう促した。

 セシリアの手に封書のようなものがあるのが目に入った。


「どちらへ?」


 アルトが尋ねる。


「わかりません」


「……わからないのですか?」


「……クラリス様にこの馬車のことを伺っているのですが……」


「……探しものの馬車(ロスト・キャリッジ)のことですか?」


 セシリアが頷く。


「探しているものがあるのですね?」


「はい……」


「では、行き先は馬に任せましょう」


 アルトは手綱を軽く鳴らした。


 馬車が王都の夜を進む。



「何を探しているかはお聞きにならないのですか?」


 セシリアが口を開いた。


「この馬車が走るのに、僕がお客様の探しものを知る必要はないのです」


「そう……」


「もしお話しになりたいのであれば、もちろん構いません。ですが、無理にお話しいただく必要もございません」


 セシリアは少し考えて、再び口を開く。


「……聞いていただいてもよろしいでしょうか。私ひとりでは、もうどうすればいいのか分からなくて」


「はい」


 セシリアが話を始める。


「私にはジュリアン・ノルドという婚約者がいます。……いました、と言うべきかもしれません」


「……というと?」


「行方不明になっているんです。彼が失踪してからもう一年が経ちます」


「失踪……ですか。姿を消される前に、何か変わったことは?」


「はい……。ジュリアン様は、貴族としては裕福な方ではありませんでした。けれど、とてもお優しい、誠実な方でした。困っている人を放っておけない方で、孤児院への寄付を募る夜会でも、ご無理をなさって、真っ先に名乗り出てくださるような方なのです」


 セシリアは、そこで一つ呼吸を置いた。


「王都の救済事業にも熱心な方だったのですね?」


 アルトの脳裏にはクラリスのことが浮かんでいた。


「そうなんです。ところが、あるとき、ジュリアン様は、王都の救済金の流れに、おかしなところを見つけたと言っていました。そして、それが不正を行っている方に見つかってしまった、と。それで身を隠さないといけないと仰ったのです」


「その後、どうされたのですか?」


「私にできることは多くありませんでした。けれど、少しでもお力になりたくて……伯爵家の別宅をお貸しして、生活費などもお渡しいたしました」


「それから何があったのですか?」


「ある日、別宅を訪ねたら、もぬけの空になっていたのです。書き置きに、これ以上、伯爵家には迷惑をかけられない、と」


 セシリアは小さくため息をついた。


「それで、ジュリアン様が調べていたという救済金の流れについて、クラリス様に相談していたのです。それで、あなたのことを最近伺って……」


 アルトの手綱を握る指が、わずかに止まった。


「……どうかされました?」


「……いえ。僕にも行方のわからない婚約者がおりまして」


 セシリアはその偶然に驚く。


「その方は今どうされているのですか?」


「行方不明です。もう十年も」


「え……?」


探しものの馬車(ロスト・キャリッジ)は、御者の僕の探しものは見つけてくれないのです」


「そう……何か申し訳ないですね」


「いいえ」


 アルトは前を向いたまま、静かに言った。


「探し続けることは、慣れておりますから」



 二人の会話が途切れる。


 馬車は王都の夜を走り続ける。


 やがて貧民街の共同住宅の前で馬車が止まった。


「ここは……?」


 セシリアの声がかすれた。


 古びて薄汚れた建物。

 各々の部屋はとても小さい。

 路地を行き交う人は着古された服を着て、痩せ細っている。


 セシリアのような伯爵令嬢が来るような場所ではなかった。

 そして、ジュリアン・ノルドもいるはずのない場所だった。

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― 新着の感想 ―
短編から来ました。とても静かな、優しいストーリーに心をゆっくり満たされるようです。今後の流れを楽しみにしています。
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