表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】婚約破棄された公爵令嬢が「どこにも行かず、ただ走らせて」と言ったので、辻馬車は夜の王都を走り続ける  作者: Vou@書籍化進行中
第五夜 【乗客】落ちこぼれ聖女候補

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/45

第十五話 日々の営みの中で

 その日の夜、再びアルトの辻馬車は救護院の前にあった。


 アルトは乗客を待っている間、ついうとうとしてしまった。


「あら、アルトさん。お疲れのご様子ね」


 その声に驚き、アルトは目を覚ました。


 見ると、声をかけてきたのはクラリスだった。


「もしお疲れでしたら、今夜は私が御者を務めましょうか?」


 そう言って、クラリスが小さく笑う。


「お戯れを……。どうぞ、お乗りください。僕は大丈夫です」


 アルトは御者台から降り、馬車の扉を開けた。


 クラリスはもう慣れた様子で馬車に乗り込む。


 アルトも御者台に戻った。


「昨晩は、ミリア様とずっとご一緒だったのでしょう?」


 クラリスの声には、ほんの少しだけ棘があった。


 アルトは馬車の小窓越しに首を傾げる。


「何かまずかったでしょうか?」


「別に、何もまずくないわよ」


 そう言いながら、クラリスの声にはやはり、どこか拗ねたような響きがあった。


「……おかしいわね。私がミリア様に紹介したのに」


「何か仰いましたか?」


「何でもないわ」


「そうですか……」


 二人の間に、少しだけ気まずい沈黙が流れた。


「でも、アルトさんには感謝しているわ」


「でも……?」


「今日は嫌に突っかかってくるわね」


 あなたのほうこそ、という言葉を、アルトは飲み込んだ。


「救護院に無事パンが届いたこともそうですし、ミリア様の悩みも少し晴れたようでした。アルトさんのおかげでしょう?」


「いえ。僕ではありません。ミリア様ご自身と、グスタフさんのおかげでしょうか」


「グスタフさん?」


「パン屋のご主人です」


「ああ、あの方はグスタフさんと仰るのね」


 クラリスは少し恥じ入るように目を伏せた。


「いつもパンを焼いてくださっているのに、お名前も覚えていなかったなんて、私も失礼だったわ」


「そうですね。お世話になっている方のお名前は、覚えておくべきです」


 アルトは少しだけ、やり返した気分になった。


 クラリスはむっとしたように眉を上げたが、すぐに小さく笑った。


「……ええ。おっしゃる通りだわ」


「失礼いたしました」


「いいえ。今のは私が悪いもの」


 クラリスは窓の外へ視線を向ける。


「けれど、探しものの馬車(ロスト・キャリッジ)が、ミリア様をパン屋に連れていったのでしょう?」


「はい」


「ミリア様は、何を探していらしたのかしら」


「お話を伺う限りでは、聖女になるための何かか、女神様のいらっしゃる場所か……そのようなものだったのではないかと思います」


「それで、なぜパン屋が行き先に?」


「女神様のお考えは深遠で、僕たちの考えの及ぶところではないようです」


「……」


「けれど、ミリア様ご自身は納得されていたようでした」


 クラリスは少し黙って考えていたようだが、やがて口を開いた。


「私には、聖女候補様のお考えも、女神様のお考えも、どちらも分からないわ」


「はい」


「私に分かるのは、必要な物資を調達するための書類作業と、それが届いた先の人たちの笑顔くらい」


「そういう日々の営みの中に、女神様がいらっしゃるのかもしれません」


 クラリスは、少しだけ目を丸くした。


「アルトさん、昨晩のミリア様との旅で、ずいぶん信心深くなられたのね」


「そうかもしれません」


「では、私も少しは敬虔に振る舞うべきかしら」


「そうしていただけると、女神様もお喜びになるかと」


「つまり、機嫌を直しなさいということ?」


「そこまでは申し上げておりません」


「申し上げているわ」


 クラリスが拗ねたように言う。


 アルトは小さく笑った。


「では、その笑顔を見ている女神様のためにも、機嫌を直してください」


「……別に、機嫌は悪くないわ」


「そうですか」


 アルトは穏やかに答える。


「では、今夜はどちらに向かわれますか?」


「そうね……。アルトさんはお疲れのようですから、今日はまっすぐ帰るわ」


「お気遣いありがとうございます」


 アルトは軽く頭を下げた。


「クラリス様に、女神様の加護があらんことを」


「ふふ……。私のために祈ってくださってありがとう」


 アルトは小さく微笑み、手綱を鳴らした。


 馬車がゆっくりと走り出す。


 辻馬車は今夜も、女神が見守る王都を走る。

第五夜「落ちこぼれ聖女候補」をお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、

①ブクマ登録 ②★評価 ③一言感想

のいずれか一つでも、めちゃくちゃ励みになります。


今後ともぜひお楽しみいただければと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ