第十二話 冷たい王都の温かさ
翌日の夜、アルトの辻馬車は救護院の前にあった。
アルトが待っていると、クラリスが救護院の建物から出てくる。
「クラリス様、お疲れ様です」
アルトは御者台から降り、馬車の扉を開けた。
「アルトさん、お待たせしてしまったわね」
「いえ」
クラリスがいつものように馬車に乗る。
その動きは、もうすっかりアルトの馬車に慣れたものだった。
アルトも御者台に戻る。
「二人はどうですか?」
二人というのは、ルカとミナの兄妹のことだ。
「栄養状態は、あまり良くなかったわ。……でも大丈夫。これからしっかりケアしていくから」
クラリスは少しだけ表情を和らげた。
「ミリアも、まだ慣れない様子だけれど、よく面倒を見てくれているわ。ミナの治癒もしてくれて」
「聖女候補のミリア様ですか?」
「ええ。あの方も、ただ民と一緒に泣くだけではなくて、少しでも自分にできることをしようとしてくださっているの」
「そうですか。ありがたいですね」
「ええ」
クラリスは頷いた。
「ルカも、同じように行き場のない子たちのことを教えてくれて……。これから救護院の心強い協力者になってくれそうだわ」
「それは、よかったです」
アルトが同意する。
けれど、クラリスはすぐに目を伏せた。
「それにしても……私たちが見つけられていない子どもは、まだまだいたのね」
「……」
「救えているつもりだったのに、書類にも名簿にも載らないまま、寒い夜を越している子たちがいるのよ。自分の不甲斐なさが、嫌になってしまうわ」
「クラリス様は、これ以上ないくらいやってくださっています」
アルトは静かに言った。
「一人ずつでも、こうして助けていければ、きっと王都は少しずつ良くなっていきます」
「ありがとう」
「それに、二人を救護院で預かってくださって、本当にありがとうございます」
「いいえ、アルトさん。お礼を言うのは私の方よ」
クラリスは顔を上げた。
「私たちが見つけられていなかった子どもたちを、あなたが見つけてくれたのだから」
クラリスが温かい笑みを浮かべる。
「それにしても……私、王都の人々をどこかで諦めていたのかもしれないわ」
「諦める、ですか?」
「ええ。皆、自分のことで精一杯で、他人のことを見る余裕などないのだと。けれど、グスタフさんのような方もいらっしゃるのね」
「顔は怖いですし、口も悪いですけれどね」
パン屋のグスタフを思い浮かべてアルトがそう言うと、二人は小さく笑った。
「差し出がましいようですが……僕はクラリス様より先に、そのことに気づいていましたよ」
「そうなの?」
「はい。クラリス様にお会いした夜に」
「えっ? 私って顔が怖くて、口も悪いのかしら」
クラリスが少しだけ目を丸くする。
アルトは思わず笑った。
「違いますよ。世知辛い王都にも、こんなにお優しい方がいるのだと、そう気づいたのです」
「私なんて……」
クラリスが小さく言いかける。
けれど、アルトは静かに首を振った。
「ご自分を責めるほど、誰かを救おうとされる方です」
「……」
「僕は、そういう方を優しい人と呼ぶのだと思います」
クラリスは少しだけ頬を赤らめた。
「……私が優しくなれたとしたら、アルトさんと出会ったおかげよ」
とても小さく呟いたその声は、アルトには届かなかった。
「今日は、どちらへ?」
アルトが尋ねる。
クラリスは窓の外を見た。
「今日は、公爵家にまっすぐ帰るわ。明日は国王陛下にお会いする予定があるの」
「かしこまりました」
アルトが軽く手綱を鳴らす。
馬車がゆっくりと走り出す。
今夜も辻馬車は、王都の夜を駆けていく。
乗客を、明日に届けるため。
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