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【連載版】婚約破棄された公爵令嬢が「どこにも行かず、ただ走らせて」と言ったので、辻馬車は夜の王都を走り続ける  作者: Vou
第四夜 【乗客】孤児の少年

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第十一話 パンが導く先

 アルトはルカを馬車に乗せ、その住処に向かった。


 辻馬車が夜の王都を走っていく。



 そこは、誰からも忘れられたような王都の片隅にある、朽ちかけた馬小屋だった。

 

「ミナ、帰ったぞ。パンが腹いっぱい食べられるぞ」


 ルカが声をかけるが、誰も答えない。


「おい、ミナ……?」


 それほど大きくもない馬小屋の中を見て回る。

 ルカの声に、緊張が滲んだ。


「おい、どこに行ったんだ!」


 ルカはついに叫び出した。


「妹さんがいないのですか?」


 まだそこに留まっていたアルトが、御者台を降りた。


「いない! ミナがいない! あいつ、熱を出してずっとここで横になっていたのに!」


「ルカさん、馬車に乗ってください」


「えっ? でも……」


「この馬車は探しものの馬車(ロスト・キャリッジ)です」


「ロスト・キャリッジ……?」


「そうです。探しものがある人を、その場所へ連れていく馬車です」


「本当に、ミナを見つけられるのか?」


「ただ、強く思ってください。妹さんに会いたいと」


 ルカは一瞬だけ迷い、それから慌てて馬車に乗った。


 アルトはいつもより強めに手綱を鳴らした。


 馬車が走り出す。


   ※


 馬車は夜の王都を走る。


 ルカの住処だった馬小屋からは、みるみる離れていった。


「おい、そっちじゃない!」


 ルカが窓の外を見て叫んだ。


「ミナが一人でこんなに遠くに行けるわけがないだろ! 本当にミナのところに向かってるのかよ!」


「はい」


 アルトは手綱を握り直す。


「この馬車が選んだ道です」



 やがて馬車は、見覚えのある建物の前で止まった。



 そこは、先ほどのグスタフのパン屋だった。

 すでに店は閉まり、表の明かりも消えている。


「……なんで」


 ルカの顔から血の気が引いた。


「ここじゃない。ミナが、こんなところにいるはずがない!」


「行ってみましょう」


 アルトが御者台を降りた。


 ルカも慌てて馬車から飛び降りる。


「ミナ! いるのか!?」


 ルカが叫ぶ。


 その声を聞きつけたのか、店の奥からグスタフが出てきた。


「おい、静かにしろ!」


 グスタフは二人の顔を見て、眉をひそめる。


「またあんたらか。病人が寝てるんだ。騒ぐんじゃねえ」


「病人……?」


 ルカが固まった。


「ミナを……どうしたんだよ」


「どうしたも何もねえ。店の前で倒れていたんだよ。熱が高かったから、奥で寝かせてる」


「店の前で……?」


「そうだ。店先で子どもに倒れられたら邪魔だからな。仕方なく上げたんだ」


 グスタフは不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らした。


「おまえの知り合いなら、見ていけ。ただし、今は休んでるから静かにしろよ」


 グスタフが中へ入るよう促した。


 ルカとアルトは、パン屋の中へ入っていく。


   ※


 奥の小さな部屋に、寝台があった。


 そこに、小さな少女が横たわっていた。

 薄い毛布をかけられ、額には濡れた布が置かれている。


「ミナ……」


 ルカが寝台のそばへ駆け寄る。


 ミナの頬は赤く、呼吸は浅かった。

 けれど、朽ちかけた馬小屋の冷たい床で眠っているよりは、ずっとましに見えた。


「ずいぶんひどい熱だったぞ」


 グスタフが腕を組んで言った。


「まさかこのお嬢ちゃんがおまえの妹だとはな。小さい子をひとりで置いておくな。……と言いたいところだが、そうするしかなかったんだろうな」


 ルカは何も言い返せなかった。


「俺たちは親もいないんだ。俺が外に出て食べ物を持ってこないと、生きていけないんだよ」


 グスタフは「ふん」と鼻を鳴らした。


「だからって盗んでいい理由にはならねえ」


「分かってるよ……」


「分かってるならいい」


 その時、ミナがうっすらと目を開けた。


「お兄ちゃん……?」


「ミナ!」


 ルカが身を乗り出す。


「ほら、起きちまったじゃねえか」


 グスタフが顔をしかめる。


 しかし次の瞬間、彼は声を少しだけ和らげた。


「お嬢ちゃん、大丈夫か。うるさくして悪かったな。ゆっくり寝てていいんだぞ」


 先ほどまでのルカへのぶっきらぼうな口調とは、まるで違う声だった。


「ミナ、なんでこんなところにいるんだよ!」


 ルカが問い詰めるように言う。


「おい。病人に怒鳴るな」


 グスタフが低く言った。


 ミナは、泣きそうな顔で小さく答えた。


「……一人で怖くて、お兄ちゃんを追いかけたの」


「なんでそんなこと……!」


「お兄ちゃん、帰ってこなかったから……」


 ルカは言葉を失った。


 グスタフが、ぼそりと言う。


「俺がおまえを追いかけて戻ってきたら、この子が店の前で倒れていた。その後に、おまえがパンを返しにきたんだ」


「……」


「この子は、おまえがパンを買いに行ったと言っていたぞ」


 ルカは、抱えていた紙袋を見下ろした。


 買ったパンではなかった。

 盗んだパンで、返したパンで、そして、グスタフから渡されたパンだった。


「帰るぞ」


 ルカは、絞り出すように言った。


「ミナ、こんなところにいたら迷惑だ」


「無茶を言うな」


 グスタフが即座に言った。


「この熱で動かす気か。今日はおまえもここで寝ていけ」


「でも……」


「妹がよくなったら連れて帰ってもらわんと困る。だから、それまでここにいろ」


 それは追い払う言葉ではなかった。


 あまりに不器用な、泊まっていけという言葉だった。


 ルカは俯いたまま、唇を噛んだ。


「あの……」


 それまで黙って様子を見ていたアルトが口を開いた。


「今日は遅いので、グスタフさんのお言葉に甘えましょう。明日、僕が救護院へお連れします」


「救護院……?」


 ルカが訝しげにアルトの顔を見た。


「あなたたちを守ってくれるところです」


「俺たちを守ってくれる大人なんていない……」


「そんなことはないですよ」


 アルトは静かに言った。


「今夜だって、あなたは、妹さんを見つけて、守ってくれた大人に会ったじゃないですか」


 ルカは、グスタフを見た。


 グスタフは気まずそうにそっぽを向く。


「見つけたんじゃねえ。店の前で倒れてたんだ」


「それでもです」


 アルトは穏やかに言った。


「ルカさんが探していたものは、妹さんだけではなかったのかもしれません」


「……何だよ、それ」


「妹さんを見つけてくれる人。助けを求めてもいい場所。そういうものです」


 ルカは何も言えなかった。


 ミナが、小さくルカの服の袖を握る。


「お兄ちゃん……ここ、あったかいね」


 その一言に、ルカは顔を歪めた。


 盗んだパンを抱えて逃げ回った夜。

 その先で見つけたのは、妹だけではなかった。


 ルカは、自分たちがまだ誰かに見つけてもらえるのだということを知った。

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