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あの日の風の、その続き 〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来〜   作者: 凛花


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第二十一話 選べ




式典と舞踏会を終え、ゼンは疲れを押し隠したまま、自室へと足を速めていた。


その時、「ゼン。」


ふいにかけられた声に、足を止めた。



「……ルシウス。」


見知った顔に、ゼンの表情が緩む。



「ちょっと茶でもしようぜ。」




ゼンの部屋。


本来の住まいはクラウディア公爵家にあるが、総長として城にも部屋が用意されている。


開け放された窓から夜の風が入ってくる。




「お前はほんと、昔から女にモテるよな。」



ルシウスがそう言って部屋の隅にある椅子に腰をかけた。


舞踏会で令嬢たちに囲まれていた様子を見ていたのだろう。



普段は第3近衛騎士団団長として振る舞うこの男も、ゼンの前では年相応の青年に戻る。


「……お前の妹とお前の弟子は今日も仲良く喧嘩してたぞ。」


その言葉に、ゼンは苦笑する。


「ほんとに、世話をかける。」


気持ちが通じ合ったはずなのに、あの子たちは相変わらずよく喧嘩をする。


しかし、それは以前のように互いの距離感を測りかねて拗れるようなものではなく、言うならば、喧嘩するほど仲がいい、というそれで。


ゼンは、自分によく似た顔の妹と、弟子というならそうであり、本当の弟のようにも思っている少年を思い浮かべて優しい笑みを溢した。



「それだよ、その顔。お前、その顔で何人泣かせてきた?」


「人聞きの悪いことを言うなよ。身に覚えがないな。」


冗談、そう言いながら笑うルシウス。


束の間の休息。



その時、部屋の扉がノックされた。



「どうぞ。」


とたん、宮廷護衛隊総長の顔に戻るゼン。


ルシウスも、近衛騎士団団長としての顔に瞬時に切り替える。



「総長、お休みのところ申し訳ありません。国王が、取り急ぎ話がしたいと、執務室にてお待ちであります。」


国王が?


約束も何もないのに、国王が訪ねてくる。


その事実に、戸惑うように揺れるゼンの瞳。


しかしその感情の揺れも一瞬で、ゼンは冷静に立ち上がった。



「……ゼン。」



「ああ。お前も同席してくれ。」






執務室の扉を、静かに叩く。



「入れ。」



中から聞こえたのは、紛れもなく国王の声。



ゼンは、ふぅ、と息を整えると、ギィ、とその重い扉を開けた。





部屋には、第一騎士団をはじめ、第二・第三の近衛騎士団の団長、副団長たちが揃っていた。


1番後ろには、今や第三騎士団副団長に昇格した、クロードの姿を見つける。


そして、その中央に、国王の姿があった。


エリシアの父親であり、ロザリア王国の国王であるその人は、エリシアによく似た、優しそうな目をしている。


「国王陛下にご挨拶申し上げます。」


腰を低く落とし、挨拶をする。


国王は、うむ、と低く返事を返すと、急にすまない、と言いながら、話を始めた。


「宮廷護衛隊総長、ゼン・クラウディア。今日は、将来クラウディア公爵家を継ぐであろう貴殿のこれからの在り方を話したいと思ってな。」


その言葉に、は、と息を呑む。


「貴殿もすでに知っていると思うが、我が末娘、エリシアももう17歳だ。隣国のアルディス王国の王子との縁談の話が持ち上がっておる。」


ズキ、と痛む胸に気付かれないよう、顔を低く下げた。


「存じております。誠におめでたいことと存じます。」


ゼンの返事に、満足そうに笑った国王は、さらに言葉を続けた。


「貴殿も今年で24になるな。公爵家を継ぐのであれば、宮廷護衛隊総長を退き、公爵家跡取りとして父上の仕事を学ぶのも時期相応か、と妻と話しておったのだ。」


ゼンの表情は、誰にも見えなかった。


ただ、ルシウスは、恐らく気付いていたと思う。


クロードの隣、1番後ろで、心配そうにゼンの様子を見ていた。



「……お心遣い、恐れ入ります。誠にありがたく存じます。しかし、お言葉ですが陛下。今の護衛隊には、まだまだ未熟な者も多く、私が育てたい人材もおります故、今すぐには……。」


「わかっておる。しかし、先ほども言ったがお前ももう24になる。長らく我が国王軍の護衛隊としてみなの先頭に立ってくれておったが、そのせいでお前の人生の幸せを奪ってしまっていると、妻が心を痛めておってな。」



国王の妻。


エリシアの母親。


つまりロザリア王国の王妃、クリスティーナは、ゼンとリゼの母親、クラウディア公爵夫人とはそれぞれが貴族令嬢であった頃からの親友で、小さな頃から自分とリゼをとても気にかけてくれていた。


「これからの身のあり方を、一度よく考えてみるのも悪くないと思ってな。」


その時、それまで国王の話を黙って聞いていた騎士団の面々が、ザワザワと騒ぎ出した。


そして。


「陛下。僭越ながら、申し上げます。」


最初に言葉を発したのはルシウスだった。


「我ら近衛騎士団としては、総長を……ゼン・クラウディア様を、このまま宮廷護衛隊総長としてお留めくださることを望みます。」


空気が、わずかに揺れた。


「私も……。私も、総長にはこのまま護衛隊総長として我らの指揮をとって頂きたいと思っております。」


「今の王宮の守りは、総長を中心に回っております。」


「近衛騎士団だけではありません。他の騎士団、兵団との連携も、全て総長あってこそです。」


ルシウスの言葉を皮切りに、1人が言えば次が続く。


「現場の判断、統率力、戦闘力……どれを取っても、代わりなどいません!」


「我々は、総長のもとで戦いたい!」


誰かの叫びに、他の声が重なる。


その言葉は、願いというよりーー確信だった。


「総長がいなくなれば、この国の守りは確実に揺らぎます。」


誰かが最後に言ったその言葉に、みなの脳裏に過ったのはあの戦場。


ロザリア国王側から1人の死者も出すことなく終結させたのは、紛れもなくゼンの戦闘力と統率力があってこそだった。



沈黙。


重い、沈黙だった。


ゼンは、何も言わない。


ただ、前を見据えている。


その横顔は、いつもと変わらなかった。



「……クロード。」


それまで黙ってみんなの言葉を聞いていた国王の視線が、1人の青年に向く。


「お前はどう思う。」


当然名前を呼ばれたクロードは、一瞬だけ息を止めた。


拳を握る。言葉が、喉に引っかかる。



「……総長がいなければ、困ります」


それだけしか、言えなかった。


クロードの中には、色々な感情が絡み合っていたが、絞り出せた言葉は、それだけだった。


本当は、違う。


本当は、そんな単純な話じゃない。


でも、それ以上は――言えなかった。



リゼの顔が、一瞬よぎる。


エリシアの存在も。


それでも、クロードは目を伏せるしかなかった。



沈黙が、さらに重くなる。


その時。



「……皆の言いたいことは、よくわかった」


国王が、静かに口を開いた。



ゆっくりと、椅子から立ち上がる。


その視線が、ゼンへと向けられる。



「ゼン・クラウディア」


名を呼ばれる。


それだけで、空気が張り詰める。



「お前がこの国にとって、どれほど重要な存在か」


「それは、私が一番理解しているつもりだ」



一歩、歩み寄る。


「正直に言おう」


ほんのわずかに、息を吐く音。



「――できれば」


その言葉に、全員の意識が集中する。



「私としても、このまま、総長としてこの国を支えてほしい」



それは命令ではなかった。


だが。


命令よりも、重かった。



「お前がいなければ、この国は困る」


静かに、しかし確かに突きつけられる現実。


「だが――」


国王は、そこで言葉を切った。


「それは“王としての願い”だ」


わずかに、視線が和らぐ。


「一人の人間としてのお前の人生を、縛るものではない」


その言葉に、空気が揺れた。


優しさだった。


逃げ道を与える、優しさ。


けれど。



だからこそ――残酷だった。



選べ、と言われている。



国か。


それとも――



ゼンは、何も言わない。


ただ、静かに目を閉じた。


脳裏に浮かぶのは、ひとつの光景。



揺れる金の髪。


あの瞳。


笑った顔。


泣きそうな顔。



(……エリシア)



胸の奥が、軋む。



宮廷護衛隊総長としてこのままここに立つか、退いてクラウディア公爵家の跡取りとして父上の隣に立つか。


どちらを選んでも――


隣にエリシアはいない。



ゆっくりと、目を開く。



「……陛下」



低く、落ち着いた声。


「過分なお言葉、ありがとうございます」



それ以上は――続かなかった。










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