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第21話 エルフのおもちゃ




 生ぬるい泥のような眠りの中にいた。

 自身が眠りの中にいることに気がついていながら、どうしても目が開けられない。指先までピリピリと痺れるような感覚が、まだ眠っていろと肉体に告げてくる。

 疲労だ。

 緊張に次ぐ緊張に加え、人生初の命のやりとりは、やはり完徹に慣れたこの肉体にとってもハードだったようだ。


 誰かが何かを言っている。

 でも布団代わりの草むらは柔らかく、心地いいんだ。もう少し寝かせてくれ。そよ風のような歌が聞こえる。

 額にひんやりとした何かをのせられた。



「……」



 俺は薄目を開く。

 ぼやけた視界の中で、俺を逆さに覗き込む顔があった。ルイゼルだ。すぐ近く。手を伸ばせば頬に触れられそうな距離にいる。

 唇が微かに動いていた。どうやら歌っていたのはルイゼルのようだ。

 ガドルヘイムの歌だろうか。ゆったりとしたメロディと、聞かない言語だ。

 彼女の手が俺の額にのせられていた。ゆっくりと撫でてくれている。体温が低いのか、冷たくて心地いい。



「あ、あれ……、ルイ――」



 ようやく気づいた。どうやら膝枕をされているようだ。少し細いが、柔らかくて気持ちがいい。自然の匂いに混じって、人の匂いがする。

 優しい表情に、なぜか安心した。



「夢です」

「そう、なのか……? いや、すまん……こんな……」



 身を起こそうとした俺を阻止するように、ルイゼルの手が俺の目を覆ってそっと膝の上に押し戻す。



「だめ。もう少し、眠っていて」

「……」



 ああ、まずい。

 そう思った瞬間には全身から力が抜けて瞼が落ち、再び眠りの泥に沈み込んでいった。まるで眠りの魔法でもかけられたかのようだ。けれど精神に作用する魔法は本来ないはずなのだから、実際にはどうだったかわからない。

 しばらくすると、再び囁き声のようなルイゼルの歌が再び聞こえてきていた。



     ※



 翌朝、いや、もう翌々日だ。俺は正座させられ、頭を垂れていた。他ならぬルイゼルにだ。

 あのあと何度か目覚めたおかげで、状況はすでに理解している。結論から言えば、ルイゼルの膝枕は夢じゃなかった。どうやら見張りを交代して眠りについた俺は、そのまま高熱を出してうなされてしまっていたらしい。

 つまり看病だったというわけだ。



「色々と無理をしすぎなんです。会社じゃないんだから、しんどかったら休んだっていいんですよ」

「……会社でも休みたかった……」

「そう、それでいいんです。納期はないんです。最終的に人類拠点まで生きてたどり着けさえすれば、それでいいんで。のんびり行きましょう」



 その会社さえコスプレ配信のためにサボりまくっていた小娘に説教をされる俺の情けなさよ。しかし何も言い返せんな、これは。

 入社以来初めてだ。高熱を出して倒れただなどと。



「面目ない。これまで何徹しても倒れたことなんてなかったんだけどなあ。三十代の頃なんて三徹に一夜の生活があたりまえだったし」



 ルイゼルがクイと顎を上げて、高圧的に見下ろしながら嘲笑した。



「男の人の昔語りは歳を取った証拠だそうですよぉ」

「く……っ、これが……ッ……老化か……ッ!」

「いやそれ以前の問題でしょ……」



 やはり慣れていなかったこともあって、戦闘では相当な体力・精神力を消耗していたのだろう。雷光竜を見たことで興奮して、そんなこともわからなくなっていたのかもしれない。

 ちくしょう、あの竜め。この俺に恥をかかせやがって。今度遭ったらモフってやる。黄金の鱗は硬そうだったし、なんか感電しそうな雰囲気もあったけど。

 ルイゼルがため息をつく。



「まあ、そんなわけで今後は無理なんてしないこと。いいですね?」

「はい……。いやでも無理をしてる感覚はなかったんだよ」

「言い訳しない。どれだけ心配したと思ってるんですか」



 心配してくれたのか。そりゃそうか。

 スチャラカOLの分際で、ちゃんと看病はしてくれてたもんな。



「膝枕までさせておいて、反省もできないだなんて」



 俺が頼んだわけじゃないんだが、そんなことを言えば火に油を注ぐようなものだ。

 とりあえず謝っておくことにした。



「反省はしてる。すまん」

「それで?」

「それで!?」



 まだ何かあるのか?

 まったく心当たりがないぞ?

 まさか気を失っている間に、俺はルイゼルに変なことをしてしまったとか?



「早く感想を言ってください」



 ぐいと身を乗り出して、ルイゼルが尋ねてくる。



「か、感想? なんの?」

「わたしの膝枕のに決まってるじゃないですか。柔らかかったですか? いい匂いとかしたんじゃないですか? バブちゃんみたいに撫でられて嬉しかったり、子守歌で眠らされてちょっと屈辱感じちゃったり?」



 すげえこと言い出したな。一体彼女は俺に何を言わせたいんだ。さっぱりわからん。想像すらつかん。

 少し考えてから、俺は正直に言うことにした。



「ああ、え~。役得感あって気持ちよかったんだけど、個人的にはもう少し肉感的な足が好みかもしれん」



 細い。身長はさほどでもないが、体型はモデルだ。

 エルフってのはみんなそうなのか、あるいは彼女だけが特別なのか。何にせよ、眺める分にはとても綺麗だと思える。



「はいハラス! それハラス! 日本だったら訴えられてま~す! どうせそこまで言うんだったら素直に寝返り打っていいか、とか、挟んで欲しかったとか言えばよかったのに! 変態! この変態!」

「一言も言ってないんだが……」

「でも思ったでしょ!? 正直に言ってください!」

「思った」



 あ、なんか満足げ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 最後の正直に言って下さい。……からの天ヶ瀬さんの肯定する一言には笑わせていただきました。 しかもルイゼルさん、それで満足気な辺りどうなんだ? 相方が変態だと…
[良い点] 天ヶ瀬さん、少し硬い膝枕+子守唄役得でしたね♪ ルイゼルさん、これはツンデレってことでしょうか!? [一言] 天ヶ瀬さんわかりますよ、休みたくても他の人を優先にしたり、立場的に休むとまわ…
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