8.寺子屋堤
途中から、三人称なります。ご了承ください、では、本編をどうぞー
「ああは言いはしたものの……」
堤防を作ることにしましたが、材料を確認しないといけませんね……。
爺の手前、勢いに任せて『小昼にお任せあれ』ってのをやっちゃったのを激しく後悔。
「最悪は。……収穫まで保つくらいの急拵えで良いんだけど」
コンクリ、無い。煉瓦、無い。鉄の骨材、無い。細い針金、無い。何せ、戦国の世ですから……これ、何気に小昼の口癖になっちゃってないです?
出来ないのを戦国時代のせいにしちゃいけません。何せ、あの武田信玄は堤防を作って川の氾濫を見事治めて見せてます。
しかもこんな、みるからにヒョロイ、大雨が降ると溢れる川じゃなくて普段から流れの早くて普段から暴れ川なとんでもない川をですよ。
小昼のやろうとしてることと、信玄では天と地と!ほど遠い偉業と、比べると小昼の堤は川遊びの延長なようなものかも知れません。
それでも真剣なのです。
これを成功させないと、小昼の評価もあれですが……畑に蒔いた肥料の評価も地に落ちるようなものなのです。農民さん達だって川を治めるのに失敗した小昼の作ったものと、成功した小昼の作ったものとじゃ信用がだんちなのじゃないでしょうか。
品は違えど成功と失敗なら評価は前者の方がいいに決まってますね。
小昼の失敗それ、小昼が今まで積み重ねてきたそれ全てが否定されかねないのです。
それくらい、出来て当然レベルの堤防作りだと小昼は思っています。
だからこそ、簡単で難しい治水になろうかと悩むのですよ。
材料をひとりで用意はできませんから、寺子屋もどきの生徒さんと親御さんをお借りしました。父上の家臣の子女さんと父上の家臣ということになります。
生徒さんにまず頼み、仕方無いなーと親御さんに生徒さんから助けてくれるように頼み込んでもらう。すると、親御さん以上に人手が集まりました。
小昼が何をしようとしているか判ると、家臣の人たちで領石川周辺の農民の方々を呼び集めてくれたそうなのです。口説き文句は姫せんせーが川に堤を作ってくれるとかうんたらかんたら。小昼、姫せんせーで農民の方々にも通ってしまうようになったんですね。
まあ、色々やってきましたしね。丁度、色々なあれがあれしてこうなって今があるんでしょう。
農民の方々に悪くない意味、一定の信頼を抱いて戴いているようですよ。
資金は、まあ……そこそこだせます。一条の叔父様の資金提供分が残っていました。ここから、握り飯を皆にご馳走するくらいはわけ無いくらいには。
今、小昼が居る場所はその領石川の河原。適当な大きさの石の上に足を投げ出しすように腰かけて川に向かって足元の石ころを拾い上げては川に投げ込む作業を繰り返しているとこです。
この作業に何か意味があるわけでもなく、頭の中の考えを纏めようとしているとこだったりします。
まーいわゆる手遊びみたいなもので、別に眉をへのじに曲げてうーんうーん唸りながら腕組みをして考えていても同じなんですよ。
それって、でも。
見映え悪くない?小昼は、そう思うので、もっぱら手遊びをしながらもの想いに耽るようにしてるんですよ。傍目には何を考えているか判らないのがべすと。
父上は目の前を流れる川、ひょろっちい流れの川を治めよと言うことですが、実は無理な話ではありません。大雨が降った時だけ溢れる川なら、特に困ることは無いのですよ。
「逆に……。父上の意図が計れない……」
材料さえ揃うなら。材料さえ。
けして、コンクリや鉄骨じゃなくても一時しのぎなら十分手に入る材料で堤防が出来上がる。父上の家臣でも知恵が働く、例えば…今も後ろで小昼を見守っているのをチラリと振り返ればその姿を確認できる爺でも作れるのでは無いのでしょうか。
「姫せんせー皆待ってますよ。家臣団の方々を静かにさせて貰えませんか」
そうして石を川に投げ入れる作業に没頭していると、後ろで声をかけられました。振り向くと、爺の肩越しに小昼の生徒のひとり、横山時継さんの困り果てた顔が見えました。
本来なら花隈城城主の息子なんですが、父上に横山家が降服すると我が長宗我部の家臣になったのです。
この横山家、実は由緒正しい凄い家柄の貴種の血統なんですよ。だいぶ薄まってますけどね。小野の血を御先祖さんに持っているらしいので、野に落ちた公家ってとこですか。
各地を転々としながら土佐に落ちてきた、こういった血筋の方多いのです。安芸も蘇我氏を名乗ってますし。
というのは長くなったのでこれくらいにして止めておきましょうね。語り始めると長くなるのです歴女というのは。
ああー集まって来ましたか、うだうだ考えていても始まりません。やることをやって、父上を唸らせて見せるのです。
立派な堤防が作れれば、父上も自分から本意を語ってくれると思いますよ。
戸板に車輪をついたような、リヤカーの側面が無いような、大八車もどきに載せられて沢山の大量の材料が運び込まれています。座っていた腰を上げ、皆の集まっている開けた広場に向かって歩きながら決心しました。この治水イベントやり遂げて見せるわ!
一方で長宗我部小昼が決心を新たにしているその時、後ろからその様を見ていた吉田孝頼は小昼の背を見て約束を思い返していた。
当主、国親の義理の弟でもある孝頼には国親も軽口でも叩くようにこの小昼の事、小昼への思いを話していたのだ。
『孝頼、耳にしたぞ。あれは、小昼は家臣の息子に娘も教練をつけておるそうだな、俺の目からみてもやんちゃで幼き頃でも男勝りで苦労をかける』
孝頼が苦笑いまじりにそこまでのことではございませんと返すと、
『その教練とゆうのも読み書きに始まり、俺や、孝頼、お前も知らぬような事ばかりだと言うことだ。殿の娘御は神童に違いないと言うものも居る。俺の目から見るあれはせいぜいが強がって俺の真似をする、只の小娘に変わらぬのだがな……そこでな、孝頼』
更に近付けと手招きする国親に孝頼は言われるまま近寄って耳を貸すと、孝頼にだけ聞こえる小さな声でなにやらゴニョゴニョと国親は獰猛な笑顔を浮かべながら吹き込んだ。
すると、孝頼はシャキッとした真剣な顔で国親に向き直り、正座のまま腕の力だけで後押しで下がると、
『畏まりて御座います。殿の心のままに。見事、姫様……元親どのの御力、御覧に入れて見せましょう』
平伏してそう言ってから、頭をあげた時の国親は虎のように孝頼には思えるほど凶悪な顔に変わっていたのである。
孝頼は思い起こしていた。
あの時の殿との約束果たしてみせる、と。
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「これより、この川に立派な堤防を作るよ!それには小昼の満足に重石を抱えるのに苦労する細腕ひとつでは叶いません!皆様方の御力をひとつ、この小昼に貸してください!
堤防さえ出来上がれば、田畑を濁流に押し流されて、田畑が川に変わってしまうことも無くなることでしょう。小昼の知恵と皆様の御力をひとつとして、この岡豊を暴れ川より守るのです!
我らがひとつになればこそ、例え大雨が怒涛のような川を作り上げようと!一丸となって作り上げた堤防が見事に暴れ川を下し、ここ岡豊を守りきってくれることでしょう!」
集まった群衆の目、目、目を前にして注目が一身に集まるなか高らかにそう宣言する長宗我部小昼。
その少女の声が途切れる前から群衆からは怒号のような歓声が湧き上がって少女を後押しする。
中にはえいえいおー!と勝鬨をあげる声もあったほどだった。まだ、始まったばかりなのに気分的には何か打ち勝ったつもりなのだろう。
この時、群衆の目からは、まだ童の域を抜けない長宗我部小昼の立派に宣言する姿が、一輪でも咲き誇る気高き牡丹の花のようにその瞳には映って見えたと言う。
それより数十日の後、堤防は完成した。立派な堤だった。
粘土混じりの石をごろごろと詰めた俵を山と積み上げたその堤防は、大人が見上げる程高く、木の杭を芯にして縦に打ち付け、同じように竹を補強のために幾重と組み合わせてそこに、俵を打ち付けた杭に刺して粘土と石を詰め込む。
あとは十分に俵を積んで、隙間を埋めるのに粘土と河原の砂利を満遍なく流し込み隙間が無くなるまで埋めていく。
出来上がると、俵の上から粘土を、土を盛り、周辺から根元から抜いてきた雑草や同じように根元から抜いてきた竹をその傾斜の付いた土の中へ植えていく。
これで完成となる堤防はコンクリート製の堤防を見て知ってる小昼にはこそ、まだまだダメという及第点を付けられることだったが、農民達は見たこともなかった立派な堤防だった。
それは国親の家臣で、
「この堤あらばこの地が川に飲まれることも後になかろうよ」
弟であった国康の目にも立派なものに映って見えたのだから、周辺から集められた農民には国康以上に素晴らしいものに見えていたことだろう。
国康は小昼から頼まれ、ここの指揮を取っていた。
堤が出来上がるのを誰よりもつぶさに目に焼き付けて居た数少ない長宗我部家の人間でもあった国康はこの先々、小昼の頼れる後ろ楯となる。
小昼の目を通しても、一時しのぎには十分に思える、ぐるりと河原に沿って低地の田畑を守る堤防がそこには築かれ現れると、それは畑から見上げると小高い丘が連なってそこに立っているようにも見えるのだ。
後に、この堤防の命名をお願いされた小昼により寺子屋堤と名付けがされると、周辺の農民を中心に寺子屋堤は無くてはならない存在となった。
この出来栄えを目にした吉田孝頼は、頬をこれ以上なく綻ばせて心の奥底から喜んだ。
「殿。神童の底いまだ見えずで御座いますぞ、いずれ、姫様ならば、いえ元親どのは立派な城も築く事ができましょうぞ!」
終わってみると、小さな小さな治水でした。が、人柱もやってないし、この時代で言えば一応チート発動じゃないでしょうか。その辺を農民なんかに突っ込ませた描写あった方が戦国ぽいかな?と思いつつ、一先ず治水は終わりとします。
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