異変
小昼の号令一下。深淵神社が運び出され動き出す運びとなりました。慌ただしい音と共に大谷から派遣されて来た大工や職人姿の人々が手に手に社殿を解体。移動の準備にかかる。
そんな中、ぬかるんだ土の地面を踏んで社殿の方に歩き出すわたし。
まず御神体が損傷すると云うアクシデントが万が一にも起こらないとも限らないと思うんだ。
て、わけで境内に踏み入り。妙な声を聞く。
「今日も…流れるのじゃろうか……」
神社に取り付き扉を開くと今度はハッキリと妙な声。その時聞こえた声は、どちらかというと変声機を通したような靄のかかった声だ。嫌な予感がして声がした方を振り向く。
その瞬間、周囲が圧縮されたようでそれでいて空間が歪むような感覚を感じて。それはまるでアニメや漫画ではワープや時限空間を歩いている時の表現のような世界。視界が異常を知らせている。
いやいや、ここは戦国時代よ?そりゃね、ちょっとばかし起こるべき事柄をいじって、知っている史実とは違ってきちゃったから、パラレルワールドになって別の世界線の枝みたいな世界になっていたかもしれないけどさ。
そんな馬鹿な事を思いながらわたしは辺りを見ている、ぼーっと。すると、次第に朧気ながら世界が元の形を型どりだした。足下は境内とぬかるんだ土の石畳に元通り戻り、開いた扉は掴んでいる感触が戻ってくる。そして目の前には痴女が居た。理解のできない異変だ。
「……なっ!…なんつーカッコしてんのっ!なんか着なさいよっ!」
一瞬カチコチに固まった。声が上ずる。視界の先の社殿の中、目の前には片膝立ちに座る年齢不詳の女性が居たからだ。一糸まとわない褐色の肌は肉付きもよくグラマーだと感じた。まとまってまるで洗いたてのような艷やかな長い黒髪は痴女が立てた片膝にまで垂れている。
膨らんだ豊かな胸はグラビアアイドルを思わせるような美しく、それでいて自然体。年の頃は二十代くらいだろうか、美濃さんと一緒くらいと感じた。
「また移動じゃの。先の川流れより少しは経ったかや?一年ほどは保たせるつもりじゃったのじゃのに」
「ん?」
「……ん?」
こちらを凝視してくるんですが、この痴女が。
それはともかく先程まで確かにあった、社殿を包んだ騒がしい喧騒。ガヤガヤとした低く野太い男たちの声。それらが気付くと全く伝わってこない。シーンと静まり返った社殿を小昼と痴女の二人の声だけがサラウンド音声かってくらい鮮明に響いて聞こえる。
思わずクエスチョンマークで頭がいっぱいになり、よくよく考えて。
答えが導き出される。
「我と意志が通じるのかえ?」
「え……と。神、神様?」
同時に二人の声が被る。開いた扉を握る手が震える。あ……なんだと?また、夢か?夢でなんか喚いてた女神様……とは違うかも。肌が違う。髪もここ迄長くなかった。
「神、か。そうなのじゃ!……我は誰あろう、深淵水夜禮花命であるのじゃ、して……お主。深淵の神主にしては新しいようなのじゃが、何者なのかの?」
「わたしは、小昼。神主じゃない──「神主でないじゃと!?ではなぜ我の声が届いておるのじゃろう……解せぬ」
神様だった。
痴女が。
喋りながらいそいそと何処かから取り出した羽衣をスルリと羽織りながらわたしの返答を待たずに被せてくる。落ち着きがない。忙しなく身支度を整えた深淵水夜禮花命──長い。仮にやればな様と呼ぶことにしよう。そのやればな様が羽衣をまとう動作の流れでわたしの目の前までやって来るとわたしの手を取る。
「ううむ、触れてしまうのじゃ。……ヌシよ、小昼と言ったか。人の世から我の住処に混じりこんでおるが、本当に何をしにきたのじゃ?」
「あのー、えと、だからですね?御神体を運ぼうかなって思って扉を開いたら──「ここに混じってしもうたのじゃと?」」
「はい………」
どこか焦ったような、困り顔のやればな様。話す言葉もキョドっているような感じ。
何が困ったのかな、わたし的には相当困ってしまうけどさ。今までのやればな様の話しぶりだけでわたし、妙な事に巻き込まれたのは確か。
ううーん、これってさあ。神隠しとか或いは浦島太郎の竜宮城のような事で人の世に帰ると何年も何百年も経ってました──平成に帰ったね、ってことになる?
もしかして、そういうこと?
いやいや、そんな事は無いだろうと思い直し、困り顔のまま悩むやればな様に尋ねてみた。
「あのー、もしかしてそういうこと?今居るここは元の世界ではなく…帰ると誰も居なくて元の世界では…何年も経ってました的な……そうなんですか?」
「違う…そうにはなり得ぬのじゃが……我では返してやれぬ」
返して、や、れ、ぬ?
返してやれぬっ!
ピタッと頭の中で何かがハマった。困りはてたやればな様。
乾いた笑いしか漏れてこないわたし。いやいや………帰れないって、何よ!神隠しとか大抵帰ってくるじゃない。えーと、うーん。
戻ってこないケースもありましたっけ。え、もしかしてもしかして。
もしかしなくても小昼の人生これっきり?詰んだ?詰みなんですか?
万策尽きたーーー!
ってやつ。
そうして固まったまま思いを巡らす。たくさんのやり残したあれこれが走馬灯めいて頭に浮かんでは消え、また新しいやり残した事柄がポヤポヤと浮かびます。
信長に会う約束が房基としてたのに。聖十字会に喧嘩売る書状もマニラ経由でザビエル経由で送ったのに。まだまだ面白い事がこれからの小昼には待っていたはずなのに。転生者でこれからの未来がわかる小昼にしか出来ないあれこれが………でも。
帰れないとその何一つ。
転生者チートで戦国時代を面白可笑しく渡っていくそのエピソードが何一つ。達成できないまま、この裏寂れた神社と境内のほんの小さな空間に留まり続けなくては行けなくなるなんて。
空間は境内と神社しかないの?
固まった身体に鞭打って、諦めるな!と気合を入れる。
そうだ。そうです。違います──境内と神社しか無いと誰が決めた。見えているすべてが全てじゃないかもしれない。そう、無いと思ったら負けだ。その先に深淵はあると──一歩踏み出してみればそこは…深淵であるはず、元の世界の深淵であるはず………。
そう願って踏み出したはずの一歩は境内の石畳を踏んだ。石畳に戻って来た。いわゆるこれってループ状態。
「ヌシよ、許すのじゃ。我は神力を余りに少ないままようやくにこの姿形を保っておるのじゃ」
「神力って、何?それが有れば元の世界に戻れるのっ?」
「神力とはじゃなー神の力なのじゃ。での──」
やればな様もとい短く略してまだまだ呼び辛いのでやれ様と呼ぶ事にする。そのやれ様が説明するに要は、信仰の力であるらしい。天照皇大御神以下八百万の神々はこうして神力を行使するので、それはつまり小指一つを動かすのにも必要とすることなのでとても大切で切っても切れない、正に死活問題であるそうなのじゃ。と、説明を聞きながらハハーン!読めた!なんて漫画めいたエフェクトが思い浮かんでくるくらいには、わたしもこの退屈な世界に慣れて来ていた。
違う、慣れてたらダメだ!
ワナワナとてが震えた。
今は何をしてもどうにもならないので神力の使い方をレクチャーされてみる。
「での、思い浮かんで来たものを具体的に形どってみるのじゃ」
言われるまま、そういえばあの漫画の続刊まだ出てないのかな?と頭に思い浮かべて。
これくらいの大きさで、このくらいのサイズが厚さかな、それにこんな感じでカバーが付いていた…云々と具体的なコミックを。
未来の世界でみたままを構築してみれば。
「こう、かな?」
シュワン……本が出た。ほんとに出たよ。こんなのデタラメだ、まるでゲームのストレージから中身に移してあるアイテムを取り出すみたいに出てきた。
うわ、でも愕然とした。刹那の時間巻き戻してわたしのワクワクを返してほしい。そうなのです……中身はまっ白。
ペラペラ捲って見るけどどうも中身まで具体的に構成しないと本のような大量のデータを圧縮した物は取り出した事にならない見たい。これは創造力が試される。
シュワン……次に取り出したのは具体的に今すぐに思いついてひとまず心を落ち着けることができるもの。
「なんなのじゃ?これは──「イエス、おもちゃよ。リバーシとか言うもので小昼はこれに白黒と名付けた」
やれ様の問いに被せぎみに答えた。ここはあれだ、騒いだところで帰れないし。リバーシでもして心を落ち着けよう。
「それは待ってほしいのじゃ」
「ダーメ!ほらひっくり返って小昼の領地が増えましたよー」
「ずるいのじゃ。そもそも我は弱っておるというに、この人の子は、その我にこずるいことをしてきおるのじゃー!」
クククッ。
うん、自然と笑いが溢れるくらい自然体。落ち着いて来たぞ。えーと、ンっ?
小昼ってば神力使えてる?
なぜー?
いやいや、そこは百歩譲ろう。──神力使えてるよね?
「あれ、神力使えちゃってますよわたし」
「じゃろ?我は最初から。お主にあったその時から変な人の子じゃと感じておったのじゃ」
パチン!
先手のやれ様の駒が盤上に甲高い音を響かせる。
──じゃなくってー!
「神力使ったってことはこの神力で帰れない事もないんじゃない!」
「う、む。いや、なんじゃ……?そのなあ、ヌシから感じた神力ではこのちっぽけな世界でせいぜいまやかしを真実にする程度の能力しかないんじゃよ。
ほんとよ、我は遊び相手話し相手ができて手放すのが惜しいから言っておるとかじゃないのじゃよ、ホントにホントなのじゃ!」
side.深淵水夜禮花命
またぞろ神社が流れて起こされたのかと思っておったのじゃ。しかし、我は深淵水夜禮花命。深淵川の水を破りその時、人の子は護られる。本来ならばそうであったはずなのじゃ。
産まれて居出て万年ほど、その数千年はヤマトの要請により深淵川から人の世を守ってやることが我の唯一の役目となっておったのじゃが。忌々しいヤマトの要請も数百年、いやもっとなのじゃろうか?平穏にその役目を果たしてこれておったのじゃ。
しかしの、我を祀る周囲が時を経つたび変わってゆき神事も滞るようになったのじゃ。
……我は寂しいものじゃ。
しかし、我がそれを受け入れてしまえばなんてことも無かったのじゃ。
人の子はとても短くそれでいて凝縮した生を送るもの。
我は座してただ流れに身を任せておれば良かったのじゃ。
──供物も年に一度に減ったのじゃ……。
我は水神、神の片羽絞。
我の機嫌が水にも混じる、良くないことに混じりおったのじゃ……。
それからしばし、祟り神のような扱いをされたのじゃ。
して、今よ。
祟り神であるのと変わらぬものの信仰は濃いものになっておるのじゃ。
供物も溢れる度に捧げられる、たんまりと捧げられるのじゃが、我は女神であるし、欲を言うなれば酒が良いのじゃよ。
余りに人の子は人の子を捧げるものじゃから、我の神力は良いものでは無くなってしまったのじゃ……。
身支度するにも神力が溢れる、我は何者であったかの?清き水の女神である深淵水夜禮花命こそ我であって今の我は何者であるのじゃろう。
チートな子がチートな事を始めました。




