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57.その日が来た

《1553年》天文22年─土佐・楠目城


西内常陸

山田元義

山田長秀


「──長秀どの、繰り返し申す。三好を頼りにこのまま一条と、いや土佐全てと戦をするのか。矢は尽きはて槍は折れ山田は滅ぶぞ?」


「しかし、なぁ常陸どの。先日も申したが──三好に、細川に戦を仕掛けるなど馬鹿のすることよ」


「……三好は怖い。しかし、一条は目の前に迫る。しかも朝敵として三好を滅っせんと討伐軍を立てたのだろう。三好が滅ぶ前に我が家が無くなるのではないか、長秀よ」


楠目城の奥。四方を囲った京風に手入れされた庭を背に平伏する男が西内常陸だった。


その対角線上の目の前にこの奥の部屋の主、蟄居させられている山田元義が座っている。その表情は穏やかでなくいつにも増して冷や汗を垂らす有り様だった。


この山田元義、蟄居させられている身で蟄居する以前より遊興にまみれた生活をするようになっていた。

今は下がらせているが、中庭には縄張りを作って猿楽を見物していた。そこに西内常陸を伴って、山田長秀が乗り込んできたと言うわけだ。

冷や汗を垂らす程度は当然と言えた。


その二人の間に襖を背にして庭を望む形で座るのは、狩衣を着ていてもその下に纏う筋肉を隠せない雪ヶ嶺城主・山田長秀。

この長秀は、西内常陸と共に元義を蟄居させた元義の弟である。


三者三様に堂々巡りが続く会談となっていた。


「政を粗末にした、兄上がそれを申しますか。……山田のことなど考えてないのだろうが?」


「一条と本山あらば、山田はこれ以上伸長しようが無い。幾度も話したろう?儂は当主の器では無いと」


山田家は嫡男・元義が継いで政を。弟である長秀が雪ヶ嶺城に入って軍事を担当する事で香美郡の殆どを香宗我部からくすねていた。

弱った香宗我部親秀にこの日ノ出の勢いだった山田家を押し止めること敵わず、香北全域と物部、韮生といった山間部を奪われるなどした結果。七英雄の座は山田に滑り落ちていったのだ。


しかし、一条房家の影響で当主・元義は京風の雅な生き方にハマってしまい、政を顧みないようになると日ノ出の勢いだった山田にも暗雲が立ち込めるようになる。

もとより、山田元義は父・基道の後を充分に果たした。


近隣の取れそうな物は全て平らげている。今の山田が接する国境は北に豊永、西に長宗我部、東に安芸(東南)・三好(北東)、南に香宗我部・細川(南西)、とこれ以上を望むなら一騎当千の英雄か百戦錬磨の兵が必要と山田元義は思っていたのだ。


物部を領すると言うことは、それは今の安芸の本家を領するということでもある。自然と山田・安芸は同盟せざるを得なかった。


と、そうなると。どうなったか──山田は三好と戦わざるをえなくなったのだ。

そこに至って三好を恐れた山田は、安芸と同盟しつつ三好とも友好的に接する。

元義は三好の機嫌を損ねないように『山越えをしてまで実りの少ない山間部をお互い狙う必要も無いでしょう?』と裏取引をして三好との戦を回避している。

山間を占有することで土佐の財とも言える木材を多く有してこれを銭に変え、三好に納めていた。


「器で無くば我らが支えると何度となく進言したと憶えがあるが、兄上は変わらなかったであろうよ。なあ、常陸」


長秀が常陸が当主・元義の消極的で弱腰なこういった政策と何より公家の真似をすることで政から遠ざかっていたことを諫めたが、元義は楠目城すら離れて益々舞踊や詩歌に日々埋没していって政を顧みない。


蟄居すると、それは拍車がかかり鍛錬すらせずに舞踊に懸かりきりになってしまったのだった。


「畏ればせながら、今は終わった事を蒸し返す時では御座らん。長秀どの、元義さま、何卒何卒、一条に与して下され。この西内常陸の首一つで腰をあげて下されるなら──」


「待て。待て待て、常陸が居なくなったら長秀だけぞ。誰が虎を退治するのだ」


西内常陸が脱線しそうになる話の筋を軌道修正しようと平伏したまま口調を荒くして一気に捲し立てると、それには慌てて元義が最後まで言わせず横やりを入れる。


西内常陸は山田きっての剛のもの。囲碁将棋もやるが、常に戦場に身を置いて最前線で山田の武門を長秀と共に支えてきた武闘派で知られていた。元義も随分と頼りにしているのだ。首になられては堪ったものではない。

元義の言う虎とは、戦場に血風を舞い起こして敵を喰らう国親のことを揶揄(やゆ)していた。


「元義さま、常々この常陸申して参りました。山田の家を如何様になさるのかと。

事あるごとに壇洲や猿楽に興じ、常陸の言葉聞き入れては貰えなかったでは御座らぬか。長秀どのの言葉も上の空。これでどう家中が纏まりましょうか。虎の退治など大それた事でしかありませぬ、今となっては……一条に与し、家名を長らえるのが元義さまがすべきことの最上と思い、この常陸。参上した次第。と、何度も朝から申し入れているではありませぬか!」


西内常陸はもっともな文句をつらつらと並べて訴え続けていた。昼前から楠目城に上がり、問答は数刻続いていた。


今だけは一条の傘下に加わり、三好のとばっちりを避けようと言い続けていたのだ。


「常陸、この長秀も一人では熱くなった家中を収められぬ。一人で逝くと言うな。裏切り物や虎を許す事は出来ぬが、榜士や川窪を黙らせて一条に与しようぞ。──そうだな?兄上」


西内常陸が決死の態度に遂にその時、長秀の心が揺らいだ。戦懲論を口にする譜代を黙らせてやろうと初めて口にしたのだ。

長秀自身根っからの戦好きで、裏切った家臣を片っぱしから斬り捨てよと論じていた側だったのだが、それは天秤の計りを譜代と西内常陸にかければ西内常陸に分があったのだ。


それ程に西内常陸を失わば山田は失墜すると頭を巡らせたからの心変わりだった。


「三好を如何様にする?」


「一条にそれは任せておけば良いのだ。常陸の気持ちも汲んでやれぬのか?」


変わらず青い顔で三好の恐怖に怯える元義が再度問うた。それに長秀が矢継ぎ早に返す。

身を任せよと。ここに、政の元義と軍事の長秀の思考の違いが出ていた。


三好が襲ってくれば助かる術がないと腹に抱えていた元義と、何もかも一条に任せればよいと思考をシフト出来た長秀との差。


北の豊永の向こうには白地城があり、三好が大軍を抱えていた。これを知っていて怯える元義。知ってはいたが、三好を全て山田が相手にするわけでないと算用した長秀。


「長秀は勿論の事、常陸の事も失いとうない。しかし、一条で勝てるのか……?相手は、あの細川と……三好ぞ?」


「ふわっはははは。噂は耳にしておらんようだな、兄上は。一条は治国谷(じごくだに)をまさに地獄谷にしたのだとよ。一条の土居という男が向かってきた本山の将をことごとく血祭りに挙げて仕舞いには本山の寄せ手には土居の前に立つものは居なくなったと言う噂だ──そんな男が居るのだ、三好もひょっとするとひょっとするかも知れん」


ことここに至って、元義の心の機微を感じ取った長秀はこのチャンス逃すまいと押し通す。

元義のすがるような熱い眼差しを感じて、大声でわざとらしく笑った長秀はさらりと噂の概要を語って見せた。


それは自身の知る一条必勝の噂である所の、治国谷の敗色濃厚だった一条は殿軍で見せた形勢逆転の耳を疑う噂。


「拙者もその話、耳にし申した。土居宗珊ということであったということであれば。つまりその者、津野を岡本で蹴散らした者の名だったと憶えが御座る。あの時、後詰めの本山勢も、房基や佐竹が現れて逃げ落ちるのがやっとだった、あの岡本城の戦いでの働き目覚ましい土居と言う男がまたも、本山勢の踵を落としたかと震え申した」


「ふはは!踵を落としたとな、それはまた面白い表現であるな、常陸。踵が落ちれば動けぬものだろうしなぁ。愉快愉快なり」


意を得たり。西内常陸も、長秀に後押しをして場の空気をがらりと崩して見せる。

思わず、平伏していた顔を上げて二人に視線を向ける。


後押しを得た長秀はまたまた声を上げて笑い、元義を安心させようと演技がましく膝をバシバシと叩いて騒いで見せた。

それは、山田が三好と相対する恐怖に怯えていた元義の頑なな心を融かす問答となった。


土居宗珊に任せておけば三好も一捻り、かも知れないと思わせる空気に。怯え震えて縮こまっていた元義がようやく安堵して座を崩した。

それを見て西内常陸の眠たいのを我慢していた(まなこ)からフッと力が抜けた。

目を細めて微笑んだ常陸はそこで肝心の事を口にする。

大津へと続々の集合をしている討伐軍への参集である。


「御意。その話はここまでとしようぞ。一条へ急がぬと。拙者の下の息子が引き止めている。我らも遅参を詫びに行きましょうぞ」


「待て待て。それは俺と兄上が行くとしよう。常陸どのは、無駄ではあろうが豊永に向かってくれぬか」


こうしては居れぬと、西内常陸がおもむろに立ち上がろうとするのを止めたのは長秀だ。

疲れた風体の西内常陸には厳しい務めであったが、他の誰が務めても豊永の心が動くことは無い事を知っていて長秀は西内常陸に言い付けた。豊永の調略を。


「承知つかまつった」


「山田はこれで助かるか?助かるのか?常陸」


「殿。今はやれることをやるだけに御座る。助かるか、助からぬかは三好との戦次第に御座いましょう」


それを即座におうむ返しで答えた西内常陸の目はそれでも、山場を越えたと微笑みを湛えていた。


そこに再度、まだ胸の支えが取れそうにない元義が問い掛ける。


西内常陸には勝てる、とは言い切れない。それ故に誤魔化すような歯切れの悪い返答をするので精々だった。まだ、助かるとは言えないのだ。


遅参したことに一条房基が癇気を起こさないとも限らない。


今は流れに身を委ねるしか無かった。


「三好が勝てば、山田は火の下に滅ぶぞ!」


「……一条はそう簡単に負けるものでは御座らぬ。土居宗珊は房基のもとで常勝とか。しかも、此度の一条房基は討伐軍。三好も堅い一枚岩では居られぬ事でしょう。殿が一条の立場ならなんとします?」


疲れた頭を必死に巡らせた西内常陸は、元義を安心させる言葉を必死に探した。

そこで妙案を閃いた。これだ!と。


一条が殿のよく判らぬものだから、苦心するのだ。心配にもなるのだ。なれば、殿自身に置き換えれば良いのではないか。

『大軍を率いた殿』という考えでの下なれば、殿も利害は一致しようと言うもの。

そう閃いた西内常陸は布袋のようなにこやかな表情で返した。


「一条房基が儂……朝敵の討伐軍を儂が……。ならば、摂津や播磨の大名にも兵を出させるぞ」


「一条も考えなく、討伐軍など大それた事で土佐を率いようとはしない事と思いますれば」


いける。いけるぞ、殿の不安を払拭するのだ!と元義の満更でもない答えに西内常陸は続ける。


「ほうーなるほど。此度の一条は三好を平らげる用意があってのことだと、そうだな?」


「然り。拙者もそう思いまする」


長秀は西内常陸と元義のやり取りを見て心決まったと高らかに笑って元義に視線を動かせば、そこには今までにない兄・元義の姿があった。

それはさも満足そうに、両手を掲げて天を仰ぐ様は、今にも召される前かとも言うもの。


「そうとなれば楽しみだの。京でふんぞり返った狐が、土佐の狸に化かされるのはさも見ものと言うものぞ」


こうして三者の会談は終わりを迎え、元義を乗せた輿と長秀が跨がる葦毛の馬が暫くして楠目を発った。


また、西内常陸も言うだけ無駄ではと思いを振り払って、相手にもされないであろう豊永への道のりを馬を急がせるのだった。


山田長秀は当主・元義を先に発たせて雪ヶ嶺城から出立する。





一方その頃。


《1553年》天文22年七月同日─土佐・岡豊城


長宗我部小昼


手紙が着きました。えーと、差出人は井伊次郎法師。

「やった!直虎からお返事がキター!」


小昼が房基に頼んで伝を使い、文通友達になったようなものだったのです。

友達になれましたよね?

返事貰えたのですもの。


余計な中間も挟むのですが……房基が頼った伝は山科麿麿。で、その山科麿麿が遠江に頼える伝は。当然、遠江ではばを利かせていた麿麿。今川麿もとい今川義元なのです。

井伊家は今川傘下見たいなものでしたしね。きっと。


何々──どこでどう知ったか知りませんが女武士という道を選んだ同士これからも仲良くしましょう、か。えーと、肝心の頼まれたものは春までには探して措きます、なるほどなるほど。……次郎法師ちゃんの直筆御手紙?げっとなのです!

綿樹はまだ見つかっていないみたいですね。


さしあたって『肥料』買いませんか、便利ですよと書いた文には『大変良い申し出嬉しく思いますが、我が家は何分逼迫した状況故、銭を出せませぬ由』とな、ふうーん。


では、お試しサービスとして幾分お届けしましょう。っと。ついでに岡豊の最近の成果など書いていきましょうか。


で、検閲した今川麿麿からの御手紙も何故かある。どうしたもんか、この麿麿。

正直、房基の伝を使い一度義元に御手紙をしてんですよ。『三好を倒せるのは君だ、君しか居ない。だからさっさと軍隊率いて京で暴れてくださいよー(異訳)』的な、ね?

それなのに未だに今川麿は動かないでいる。房基の名を使った文がダメだったのか。あんまり麿はやる気がないのか。北条を気にしててやるにやれないのか。どれなのか判りませんが動かない。


小昼が文を書いてもやっぱり動かないでしょうね。

麿の本心は会ってみないと解らないまま、桶狭間になって会えないまま首にされちゃう、と。


一つ。したためますか。

──このままだと、首にされちゃうよ。三河なんてさっさと平らにしちゃえ!


ものの継いでだから、あの辺のざっとした状況を書いてあげよっと。これで重い腰を動かすかも知んない!


あ、後押し。天皇さまが一条に三好を倒せって言った事を書いておこう。負けず嫌いの虫が騒いでくれると一層、腰も軽くなることじゃないかな?


「これを大津に届けますか。宍喰屋の船が出てますから。その内、次郎法師にも届くはず!っと」


今、大津に行くのは気が引けるけど房基の肩を押してやるくらいしてあげるのはいいでしょ?


ついでに麿麿の御手紙も読みますか。


えーと──井伊次郎法師の手紙を拝見した。……まあ、検閲したんでしょう。中間なのです、中身は読まれていてもおかしくは無いと。続けますか。

──肥料なるものを買う用意がある。送ってくれ。他にも南蛮の珍しい品を分けてくれ。……いいですよ、肥料は貴重な顧客になって貰えるのなら分けましょう。送りますとも。


南蛮の品を……って、……うーん。

小昼が分けて欲しいくらいだよ。最初は房基の名で御手紙したから房基とやり取りしてる気分なままなんじょう。きっと。勘違いです。


小昼には南蛮の品を用意出来る伝は無いですから、これには断りを入れておきましょうね。勘違いですよっと。


続きは──大きな船で新航路を拓いたようでめでたいこと、か。今川にも商路を広げて貰えると双方の多大な利益が見込める……?

御用商人を向かわせるので話をしてやって欲しい……?

……って、やっぱり房基と文通が続いてるのと思ってますね、これ。悪いですけど、小昼はそっちにはノウハウ無いですから。

商人さんは大津で待ちぼうけになるんじゃないのかな?

三好から帰って来るまで房基は留守というか、戦場で指揮してるでしょうね。

待ち兼ねて帰る線しかないような気もします。それしかないですよ。だって、居ないんですもん。


さて、と。


「いざ、大津に」


井伊への返事と義元への断りを書いた手紙を手に、血気盛る大津へと向かうのでした。ぽくぽくと馬の背に揺られて。



◆今川義元いまがわよしもと……麿麿。駿河と遠江と三河の一部を領した大大名。海道の弓取り。足利がなくば吉良の血をいれそれも絶えずば今川を。と言われた駿河の名門。実際に麿だったかは解らない。


◆井伊次郎法師いいじろほうし……井伊家当主。小昼が同じ女武士だからという理由で文通相手に選んだ。直虎である。綿はまたの機会に持ち越し。




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