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35.香宗我部を歩いて現実を知る

あたま↑いたァ↓い……


「ここ、ですか?……そうですよね。あれな見えるのは物部川で、さっき渡ったのは香宗川の支流だったんだもんね」


あーやっぱり大きいな無整備の物部川中流は、これは、氾濫したら一溜まりもないの解る気がする。いや、体感しない限りは解ってるつもりでしかないんだけど。


「こちらは田んぼ?」


「……湿田ですなぁ。沼のようになっておるとのことで、嵌まると一苦労しますぞ」


「それは勘弁……してほしいなぁ……」


池内真武と村田さんを伴っての物部川視察に来てます。この青年、老けて見えるけど青年。数えで31と出てきた。ごめんなさい、とても三十路には見えないの。

となりの村田さんが四十路で、そろそろお迎えが来ることと覚悟しておりまするなんて、冗談に聞こえないジョークを飛ばすけど、その村田さんと同年代に見えてしまうのです。

目尻のシワもくっきりな、のっぺりとした顔立ち。苦労とストレスまったなしの連続だったのですねー、しみじみ。


池内真武と言うのは、天満宮で味方である香宗我部勢を見殺しにしてた部隊の大将で、凄絶な討死をして家中を血気付かせて頭に血が上って周囲を見れなくなった秀通が自滅する切っ掛けを作ってくれた池内玄蕃て人の甥。で、池内玄蕃と激しく対立してた人物。だって爺からの情報。


池内玄蕃が死んで、池内一族は真武に掌握された形になったんだとか。池内玄蕃のフォロワーまで総取りしたんだって。天満宮で負けて漸く池内一族はひとつに纏まったのですよ。

この池内真武、多くは無いのは長宗我部と余り変わらないけど一部隊を任されるだけの武勇の士らしいのです。といっても、まったく、知らない、マイナー武将なのは察してください……。我が家の武将でも有名どこは江村親家と荒切り三世代とにーさまくらいでしょう。番外編としては剣豪戸波って人もいるけど、もう江戸幕府入ってるし。

さらさら認知出来ない武将が有能。とかって話を聞いても、どんぐりのせいくらべで少し勝ってた程度の性能と思ったら。この真武、首狩り族でした。


大谷、五十蔵の将を両の手のひら程度は上げたとか。小昼からすれば十分なんですけど、マイナーがマイナーとやり合って結果。勝った側なんかなって印象は変わらず。やっぱり、ね……秀吉とか光秀知ってると評価はブレちゃうなぁ。

首狩り真武がそれだけ活躍中でも、味方は勝ちきれずに大谷を倒せず、五十蔵には侵攻を許す。それが今の香宗我部なんだよ。

七英雄の一つだったのも今は昔って感じよね。


大谷は少なくとも香宗我部側に立たせないとまずいでしょーに。


目の前の山だよ、大谷の要るの。


大谷城って拠点に大日寺って沢山の氏子を抱える門前町だってある。

この大谷を引き込めるだけで財政はマシになる気がするんだけど、そのためにもそれだけの武力を見せなきゃなんだよね。


反対に、五十蔵が侵攻してる辺りは今視察で見えてる範囲なんですけど、畑もない田んぼも……収穫は良さげに無いんだけど?


「何気にデジャヴるわ」


これ……領石でも見た光景の焼き増しかな?


「見てよ。この……手付かずの自然!

見てみぬフリされてるとしか思えない、荒れ様!!

これを小昼に見せて、どうしよっか?って相談されてもですよ?やっぱ、止めときましょうよ。これはこれで見なかった事にしておくのが吉。きっとアマテラスの神様だってそう言うよ!──って答えることしか出来ませんが!」


茫漠な荒野がですよ、放置されてます。あー銭さえあれば。って思惑が妄想を掻き立てますね。


これか、某歴史がいまそこで!って番組で見たような気がする、野中某とその息子、野中兼山が灌漑して開いた広大な農地って、これか。なるなる納得。……これか。


人の手でこれを農地に変えるのは確かに、気が遠くなる年月を注ぐんだろうなぁーって気もする。

なにせ、戦国の世。敵から攻められながら、人をここに集めて開拓村作って腰をどっしり据える──なんて無理無理!

これは、小昼の手に余る事業ですよ!野中兼山連れてきてください。あと、泰平の世ぷりーず!


「天照大御神様がその様な物言いをしなさるか、どうか。

とは言え、この地を開けば五十蔵は我らに付きましょう。それはもう、感謝感謝と手揉みして腰を低くして今までの事を弁解してくるでしょう。

それだけの魅力がこの地にはあるのですぞ。五里に渡る沼地と荒野を、米と食えるものの育つ野に変えれば!」


ほら、後ろで村田さん困った顔してますよ?

説明してる間も、真武は小昼の瞳をじぃっと見詰めて動かない。解らせようと、解ってもらおうと頑張るのは納得したし、凄い情熱と思うよ実際。

だけど。──ねぇ?


「それ、理想論。ってーか妄想なのよ。諦めてちょうだい」


物部川。長い長い川だよ。

そして、その川を治めようと躍起な勢力はおやぁ?

香宗我部だけじゃないですよ、山田も、五十蔵も、なんなら……香長平野の水瓶だし、香長全体がこの川を何とかして治めたいはずだ。

でも、それを言い出すと戦になるんじゃんか。

水利って生き死にに直結するから、皆必死なんだってば。

香宗我部だけが問題じゃないんだよ。おいそれと流れをイジれないって解んないのか。

なにせ、戦国の世。何だって出来そうで何も手を着けれない。

重機作らなきゃ!……なんて、無理なんだよ……解ってよ!


「何を言います。姫なれば、小昼様、元親どのなれば!必ず!あの、堤を作れたあなたなれば!あの堤を見た拙者は!あの堤を一目見て!夢を見ました!この荒野が!野に変わり、稲穂が物部川の川岸に揺れる夢で御座る!」


何を興奮してるのか、言葉に酔ってるのか。こっちに向き直るなり泥地の足下にひれ伏して一気に捲し立てる。呆れて、諦めてと言ったのに。……寺子屋堤を見たから抱いた夢だと言う。


あれが、それだけの影響をここ香宗我部に与えていた?


もしかしたら、香宗我部が二つの勢力に割れるのを早めた?


いやいや、勢力が割れたのは首が回らなくなるほど酷くなった財政で、真武が勝手に抱いた夢とは関係ない。

事実、香宗我部は親泰が継いでたんだし。でも、安芸と戦った以外は香宗の地なんて目も向けられてない。


「汚いわよ。土下座なんて。顔を上げなさいよ」


真武を見下ろして睫毛を下げるように目を細める。

汚いってゆーか汚れる、そうね。

泥だらけになっちゃうわよ、その狩衣。


今の二人は対照的だ。

馬の背に乗る小昼に。

土の上で泥にまみれて伏している青年・池内真武。


「──!ではっ?」


喜ぶように真武は力のみなぎる声を発した。

でも、それを叶えるには小昼じゃ役不足だ。銭、出してくれるなら房基だけど。

中村に留まってられない理由が今はあって、あちこちに足を運んでるんだよね。

堤防事業始めるなら、真っ先に後川と渡川から手を着けたいだろうし、その房基の財でも傾くくらいの銭を吐き出して貰えないと完成しないかも知れないんだよなぁ。


「堤を作るように言うだけ言うけど──銭出せないわよ。物部川は領石とは違うは、岩清水川にもまだ作るに至ってない堤を作れったってね?」


中洲のあった戦場となって小昼が実際見て、体感した物部川の川幅より上流のここでは下手な堤防は役に立ちそうにないので。悪いけど泣いてもらうしかないのです。

ちなみに岩清水川は今の国分川だ。岡豊と大津に恵みの水と恐怖の水没を与えてくれる川。それはさておき。


しかも、五十蔵の勢力圏でしょう?勝ってもないのに、開拓の話してどうする?


「ひと度……」


ん?


「ひと度、氾濫してしまえばこの辺りは民の住む家も祈りすがる為の神仏も流れて無くなってしまいまする……この地が我らの土地で無くなったとして、我らが責任は目の届かぬ朝廷に変わり、民をすべからく守ることこそ!と、思いまする」


あーもう!

池内だけじゃなく、後ろで呆れてた村田さんまで感極まって涙流してると思ったら土下座に加わったじゃない。

出来ること、現実。

出来ないこと、理想。

履き違えて話されても、理想を現実に持ってくるには時間も必要だし、何より大量の銭を失う。土佐全体の税を注ぎ入れて野中兼山だって実行出来たんだろうし、この雄大な流れ、莫大な水量、寺子屋堤じゃ焼け石に水でしょ?

広範囲に堤防を巡らせないとダメだってバカでも解ると思うよ。

やるだけ無駄なんだから情熱だけ先走ってても困る……。ホント困るしか出来ない。


「そうだけど……理想と現実ってわかる?池内、あなたがやればいいじゃない。設計図は書くわ。それくらい──」


「なれど!銭がありませぬ!」


ほら、そうなるじゃないか。

小昼が喋っているのを勢いの良い池内の声が寸断した。

ちょっと怒声混じりの。

ちょっと怖い。


考えてみたら、ここは長宗我部じゃない。香宗我部で、ろくに知らない土地で、ろくに知らない他人で、なぜにこんなに心揺らされてるんだろう。


およそ戦国の世っぽくない事を聞かされたからだね、理想でしかなくて妄想の域を出ない夢だ。白昼夢だ。

言うなら、ぶちまけられるのがバケツの水かプール一杯の水かって押し寄せてくる水量が領石と物部川じゃ違うと思う。


この水量をどうにかするにはダムだよね、知ってる解決策はそれくらいなのです。

ええ、解決します。水量を調整するには上流で塞き止めればいいんですよ。そう、上流で。

……しかし、我が家に伝がありません。

上流の方なら水量は少ないのは大抵の川なら当然でしょう。

支流と支流が本流に合流してこれだけの川幅と水量を作るのですから。

で、堤防無ければ二メートルくらいの川幅でも一度氾濫すれば低地なら水没エリアは相当な範囲になるでしょう。

物部川はざっと見ても10メートル以上の川幅だったんです。


足許で池内真武がすがり、村田さんが土下座しっぱなしになっても、あ、はい!なんて返事出きるわけ?出きるわけ……ないですよ、……ね?


国土省がやって来てくれて、それで、数年かかるような事業を外見小娘にお願いしやがりますか。


いつもなら、『やってやろうじゃない!』って対抗心もふつふつと湧いてくるんですけど、この心を折りにくるいけすかない大河を目にしてだと、熱が冷めてみるみる鎮火されちゃいます。


ダムじゃなければ、対抗策で新しい支流を作って逃がす、という策があります。

……どっちにしろ。小昼が今頷いて、銭があって、トントン拍子に進んでも、完成は……小昼の次の世代だって思うんですよ。


重機ないし、人手だって、物部川流域の人足を頭の中で弾き出してみたけど、一万出せたら大したものなのですよ!そんな数字じゃ──ぜっんぜん足りません!


ん……?可愛げが無い?いいですよ、可愛げで戦国を生き抜けないですから。

陣幕女郎としてなら、可愛げで、壊れるまでって期限付きで可愛いだけで生きていけるでしょう。大名の妻?あれは生きているんでしょうかね、真っ先に小昼の道から斬った道なんですが。


子が産まれても抱くことも出来ず、次の子を産んでも抱くことも出来ず、生きているでしょうか?そんな暮らし。

平成の自由な空気に晒されて息苦しく生きた記憶が、知識でしか知らない大名の妻って存在を生きているとは判断出来なくさせてくれる。

あれは愛玩動物の親戚みたいなものじゃないですか。

女にだってね、独占欲はあるんですよ。いつ、帰ってくるかも判らない主人を待って、待って、ひたすら待って躯が届けられる、しかも首なしの。そんなペットな生き方は嫌です。


なんてゆーか、もう、哀しすぎる。逆の立場ならまだいいかな?そこで、武士ですよ。


好き勝手やった末に首なしの躯になって主人に送られる、そんな最期で小昼はいいのです。だから、可愛げなんて、知ったこっちゃねーのですよ!


白昼夢を聞かされた上にその白昼夢を実現させろ、そうじゃないといつまでも民が苦しむ。民が、苦しむ!

小昼だってまだまだ子娘の域を出てない、大人たちにそんなこと言われてすがられるなんて初めてだ。逃げたっていいじゃないですか。断ったっていいじゃないですか。自己中心なとこがある小昼のこと、自分で動けば大抵の事はなんとかなってきた。

自分で完結する、自分のための事柄なら返ってくる反動は小昼だけのこと。

そこに責任は無い。


だけどね、これは、これ……は。

全く違う。治水は内政の基本よね、ぽちっとな!

じゃあ、済ませられない。民の生活と安全のため。池内真武の言葉は麻薬だ。


ぽっきり折れた心が元に戻ろうとして、ぐらつく。

始めた責任があるじゃないですか。

……小昼が、物部川を、治める??


南米のアマゾン川を治めるのに比べたら規模は小さいよ。でも、近隣と腹の探り合い、殺し合い、騙し合いをしてる。なんせ、戦国の世。

そんな、明日をも知れない世界で人足が足りないのが決まりきってて、何より!協力的じゃない人間たちを束ねないとやりようが無いって判りきってて、常識で考えて、頷けますかって事を葛藤してやがるんですよっ!


やれるものならやってあげたい。ううん、やりますよ!やれるものならね、……って、やっぱり鎮火していくのです。


「はいはい、父上には伝えます。それで良いでしょー?」


長い長い沈黙のあと、葛藤を終えて声を絞り出したのですよ。もう、夏が近いのですね、空気がじめっとしてます。長雨の季節、梅雨だからですか。

物部川は水量を増していくはずなのですよ。

心苦しくも、何故か心はすっきり。


諦めちゃいましたから。民のため?

安芸と仲直りできなくちゃ上流で作業することもできないのに、この香宗我部の武士たちが安芸の武士と仲直り?出来るわけが無かったのです。なかったのですよ。


戦で勝つまで、物部川の上流なんかで作業出来ませんったら。それは自殺行為。それは殺してくださいって刀を差し出すようなもの。


「しからば、申し上げます!失礼とは思いまするが、姫に、一向に、光が宿りませぬ。やる気になれば人は声に覇気がみなぎるのです。姫にそれが宿っておるでしょうや」


痛い。さっき諦めたんだから、さんざん悩んで、胃をキリキリさせて出した答え。それは先送り。こんなとこでも、日本の伝統だってわかんだね。

やる気、覇気、みなぎる、光。


ポジティブ過ぎる。この池内真武って武士は。


顔を下げたままで覇気がやる気がって、解るんですかねぇ?

まぁ、池内真武がやる気で妙にたぎってる感あるポジティブしんきんぐってのは感じてくるんですからね、小昼のこの微妙な心の内を感じてくれているかも知れないでしょう。


「うー……。無理だと思ってるけど、ほんのり程度の光は宿ってると思うよ」



イエス、残り滓。悩んでる最中はまだポジティブな思考が出来たと思いますけども。いま置かれた現実を無視して銭勘定棚上げして考えてもどうやっても今やることじゃなかったので、ほのかに光は残り滓がぽわぽわしてる程度の光。


池内真武との終わらない物部川視察もそろそろ終わりにしましょう。ハー、このあとも寺社回りをして。香宗我部で小昼が何を出来るか、を手探りして見つけて行かないといけなかったのですよ。

主に、借金の催促。銭の無心ですよ、あは……あはははは………………乾いた笑いしか出てこないよ。こんなの……泥舟の財政で何が出来るって言うんです。


現実を見てください!先の未来って、香宗我部には秋に返す借金の返済目処だって無いじゃないですか。何が、民のために堤を!ですか!

夢じゃ飯は食べれません、夢じゃ生きていけないのです、だから戦をするんですよ。おお。単純な思考。

■物部川……物部とついてるだけあって物部氏と磐船伝説に結び付きそうな川。阿波と国境いの物部山から流れ出て山間を西に巡り、ちょうど土佐中央辺りまで流れると南に進路を変えて太平洋に注ぐ大河。ちょっと大雨が降るか台風がやってくると氾濫したと伝わる。平成現在流れている場所より昔はずっと西に流れ出ていた。




ここまで読んでくれてありがとうございます!

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