13.酔いとまどろみが誘った記憶
続いて孝頼目線での小昼という少女のお話。
屋敷の廊下に寝転がって、夢想に耽る初老と判る、白髪混じりの髪と髭を携えた男。
名を吉田孝頼と言った。
岡豊の当主・長宗我部国親の義理の弟であり、最も信頼する背を任せられる存在。それが吉田孝頼だ。
国親が信頼するようにまた、孝頼も義理の兄国親を実の兄のように尊敬し、安心して背を任せても大丈夫だと思っている。
主と家臣でありながら、二人で居る時は憚らずに共に素を見せ合える、そんな存在だった。
「姫様は……あんなに小さかったのに、棒きれを振り回してあの頃から暴れていたのでしたな」
また孝頼は深い酔いに身を委ね昔のこと、小昼が小さかった頃のことを思い出していた。
「数えであれは……六つのことでしたか。童をぞろぞろ引き連れて、棒きれと石ころで戦擬きをしておりましたな……首謀者はやはり姫様でした」
小昼は子供を年上年下関係なく引き連れ、チャンバラをしていたのだ。
それが引き延ばしていくと戦擬きになってしまった。
チャンバラを楽しみたいだけな小昼なので、解せぬ……と言いながらも周囲の有象無象を剣技に任せて殴り倒していた。
いつしかそれが長じてルール付きのドッジボールのようなものに変わっていく。
それは、棒きれが当たると死でフィールドから出ると言うもので、ドッジボールと違うのは両陣営の大将がいて大将さえ倒せば、大将を倒された陣営の負けと言うものだ。
実戦にほぼ近い。ただし、死の線引きは子供ということで甘い、と孝頼はそれをそばで守役として見ていた時は思ったものである。
「常に姫様が勝てた訳では無かったが、地の理を使った伏兵術……釣りと野伏兵と言いましたかな。あれは、実に見事で。目から鱗でしたが……実の戦なれば、釣り役となる囮は死にますぞ、と。注意したこと思い出す……」
小昼がこの合戦をしていたのは主に川原。それは湿地に、沼に、手入れされることのない雑草が生えている。そしてなにより川が流れている。足元は砂利。視界は良好とは言えない、実に伏兵向きの地形をしていた。この棒合戦を孝頼は全体を見渡せる小高い丘から見守りつつ、小昼の無事を確認しつつ。そのじつ、小昼が始めたこの棒合戦の中に小昼の将としての資質を見ていた。
ある時は川を渡って敵大将を討ち、ある時は自ら囮となって敵大将を釣りだし、ある時は泥にまみれて姿を隠し伏兵となって前に出て大将を狙う敵大将を後ろから刺す。10対10、または数が揃わず8対6など状況が変わる日もあったが、小昼はその度に孝頼の見ている前で勝って見せた。
しかし、そんな棒合戦で孝頼を不思議に思わせる事も少なくはなかったのだ。例えば、小昼は大将にはならない事が多い。
いや、大将になりたがらないのだ。
それをどうしてかと小昼に聞いた所、『だって、シャアはそうだったもの。たいしょうにはならずにぜんせんに、みをおいてこその、エースでしょう。たいしょうになってからのかれにみりょくはかんじないとはいわないけどはんげんしたわ、がっかりね』と、孝頼が全く判らない説明をなぜだか、すごくガッカリしたり、興奮したり、百面相を演じながら思いの丈をぶつけている。
その時、小昼がよく判らない説明をしたことでまた不思議を孝頼はひとつ思い出していた。
「そう言えば、あれも六つでしたかな。勉学は充分だから遊ばせろとしつこかった姫様はひとつ、提案をして爺を驚かせましたか……」
『おなじ、かみをつかうなら、こひるはこうつかいます。
──どうですか?しゃきょうするなど、ぐのこっちょう!
あれなるは、ぼうずのしゅぎょうで、べんがくとはまったくちがうの!
にっきはつけるから、べんがくはこれでおっけいよね!』
「孝頼を困らせてくれるには毎日事足りぬ姫様でしたよな。それと同じく、毎日が驚きと発見の連続で……姫様が孝頼に姫様の行動ひとつで教えてくれる、見せてくれる不思議に。
毎日──今日の姫様は何を見せてくれるか、と。期待したものだった」
ある時、孝頼は小昼になぜ勉学を(ひたすら写経)さぼって遊んでいるのかを叱っていると、小昼は悪びれずに反撃をしたのである。
おっけいとは……なんですか?
写経用の紙に前の日にあった出来事を日記といって書き並べて孝頼に見せたのだ。
戦国時代に日記などという文化は無い、しかも六つの子供がそんなことを言うので孝頼は余計に不思議に思ったので、よく記憶に鮮明に焼き付いている。
だから、これまでことあるごとに孝頼はこのシーンを頭に思い出してしまう程だった。
日記だけでなく、おまけに小昼の日々日記と孝頼が名付けたこの日記には絵が添えられていた。絵日記である。
絵が占めるその割合は非常に少なく隅にちょろっとあるのだが、それが不思議な絵だったのだ。
いわゆるアニメ絵やデフォルメで書かれたそれらの絵は孝頼はおろかこの時代の人間がまだ見ぬ文化だった。当然なのだろうが。
小昼と思われる顔が顔から生えてきた腕で友人と思われる顔をしばいているデフォルメ絵。知っているものが見ればそれは──ゆっくりだ!と答えたであろうデフォルメ絵。
それが何故だか孝頼はとても癒される絵のタッチに思え毎日の日々の御褒美のような、えもいわれぬ楽しみであった。
そんな絵日記が今にもまた朝には届けられる。
小昼は勉学をさぼっていませんよ的な感じのアピールをしているだけだったのだが孝頼の思いは別だった。
孝頼と交わした約束を今も守ってくれている、と嬉しく思っていたのだった。
そこまで思い出をひたすら夢想したところで、孝頼はごろんとそのまま転がった。どうやら、まどろみに負けてしまったらしい。明日の戦に向け緊張の欠片も見られない孝頼なのだった。
同じ頃、小昼は日課となった絵日記をしたためていた。紙に書き上げられたその日記の隅にはあのゆっくりだ!のイラストが父親である国親と思われるタッチで書かれ、イラストから伸びるその吹き出しには『西内を討て!』と書かれていた。
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