ラプンツェルとお嫁さん
翌朝、ふかふかベットでいつまでーも寝ていたかった私の睡眠を妨害したのは、愛弟子兼愛娘のユユだった。
「せんせー!起きてください!もう朝も朝、お昼が近いですよ!」
プリプリした声が耳元で響く。
うー、眠いよぅ。
「ぅぅ。ゆゆ、おねがいよ。もうすこぉし、ねかせて……」
昨日の疲れでまだまだ疲労が取れていない師匠兼高齢の母にも、元気印の娘は全く容赦ってものが無いわけで。
自慢のふかふか毛布をバサーっと取り上げられた挙げ句、両腕を引っ張られ、無理やり上半身を挙げさせられ。
ぐいーっと近くなったお互いの顔。額と額がくっつくかくっつかないか微妙な位置でピタッと止まったユユの顔面は、かっと開かれた眼差しで私を突き刺し、よく動く口で起こしに来た事情説明を始めた。
「せんせー。おはようございます!私がなんで起こしに来たのか不思議だと思うんですけど、実はもうすぐドワーフ族の人達が到着するらしくて。その中にゴルゴガンの奥さんと子供たちもいるみたいなんです!」
……どわーふぞく。いじゅう。ごるくん?
「一族とは言っても、ゴルゴガンと住処を一緒にしてる人たちだけなんで全部で200人くらいらしいんですけど、とりあえずグループ分けして女子供を先に移動させることになったらしくて、せんせーが貸した足の早い馬車を繋いで50人ほど来るらしくて。それを指揮してるのが奥さんだそうです」
……ごじゅうにん。ごじゅうにん。5、じゅうにん?
「こっちも住む家はないんですけど、野山にいるよりはマシってことで」
「……えっ?!!」
ごっちん!!
「「いっ!たぁ!!」」
驚きすぎて、めちゃめちゃオデコぶつけた!
凄い目が覚めたんだけど、逆に頭の上に星が回って見えるくらい激痛なんだけど!
「うううぅいたいー!せんせーひどいですよー」
「ごめんなさい!ユユが急にとんでもない事言うから驚いてしまって」
涙目になりながら、お互いのオデコを確認。
まあるく真っ赤に腫れているおでこ。お互いに、ぷぷっと吹き出して朝から笑ってしまった。
「もうっ、ユユのオデコ凄いことになってるわ」
「せ、せんせーのオデコだって真っ赤ですよ!あートトに怒られる……」
笑いながら落ち込むユユを横目に、木戸の方を見れば、ユユが開けておいてくれたようで晴れ渡った青空がのぞいていた。
「まぁ、気持ちのいい天気ね」
「もう、話をそらして。まぁ良いですけど。それよりも早く用意しないと!」
慌てて私の手を引き出したユユに、こちらはキョトンとしてしまう。
「ドワーフ族が来るからって、私が急いで準備する必要ないでしょう?ゴルくんには会っているし」
唇を尖らせて私が起こされた文句を続けようとすると
「そのゴルゴガンが!嫁と子供に母ちゃんを紹介してぇんだ!って張り切ってるんですよ!下手をすれば寝ているせんせーの寝室にお嫁さんと子どもたちを連れてきかねないくらいです!それで、トトが声をかけて来てくださいって言うから……」
なるほど。それはトトとユユに感謝しないとだなー。声かけてもらわなかったら、熟睡して髪の毛ボサボサのまま、息子のお嫁さんや孫たちと初対面!になってたかもしれないんだし。はぁ~やばかった。
「あ、ありがとう。それは危なかったわね」
「ほんとですよ。あと一時間もすれば着くらしくて、私も大慌てで塔に来たんです!せんせーが貸した馬車を、ドワーフ族は馬じゃなくてサラマンダーに引かせてるらしいんです。ほら、ドワーフ族は鍛冶をしたり工芸品を作るんで、飼育するにも火の属性に強いサラマンダーなんかの方が扱いやすいらしいですよ」
「へぇ、サラマンダー。それは力も強いし足も速そうね」
「えぇ。昨日の夕方連絡して、夜中には出発したらしいです。だから、せんせーも早く準備してください!」
△
結局昼までゆっくりとか寝てることは出来ずじまい。
バタバタと私が顔合わせに良さそうな明るい服を、と探している間にユユが下で朝食を作ってくれて、着替え終えると流し込むように食べてお店の方へ移動するはめになったのだった。
「おはようトト。声かけありがとうね」
鏡を抜けて、調合していたトトへ一声かけると
「おはようございます。ツェル様。素敵なワンピースですね」
ニコリと爽やかな笑顔とともに今日の装いを褒められた。
今日はお嫁さんや孫たちと会うから気合を入れて、エプロンは付けず、普段は汚れるから着ないだろうふわふわ黄緑色のワンピースに、レースのリボンで髪の毛を結い上げた。
「素敵にみえる?ゴルくんのお嫁さんや子どもたちと会っても、恥ずかしくないかしら」
真剣な私の顔を見て、トトは安心させるようにまた柔らかく微笑んで頷いてくれた。
「大丈夫ですよ。ツェル様は、僕やユユにとっても、ゴルゴガンやマール達にとっても、自慢の母ですから」
△
そして、その瞬間はついに訪れた。
すでにリルケに壊されたので街を囲む壁も何もかもなくなった広い土地。瓦礫を土に返した緑の濃い森の中。生い茂る木々で、消えて無くなりつつある街道を辿って、サラマンダーの力強い足音がドゴッドゴッドゴッドゴッと森の向こうから聞こえ始めた。
「ゴルくん。こんな時に聞くのも何だかなぁとは思うんだけど、そう言えば奥さんってどんな方なの?」
街道を見据え、入口付近で待ち構える私やゴルくんを始めとした街の代表者たち。と言っても、興味があるのか関係ない亜人も結構いるな。
「嫁か?!俺の嫁は、美人で、賢くて、強いぞ!」
「……うん?」
野太い両腕を組んで仁王立ちしたゴルくんは、自慢げだけど……美人、賢い、強い。うーん。ぱち、ぱち、ぱちっと瞬きしちゃった。
「具体的には?」
「まず、ドワーフ族自慢の豊かな髪の毛!男に混じって鍛冶仕事もこなすし、商売人との交渉やら金勘定嫁に任せときゃ間違いない!あとは、胸と尻もでかい!うぉっいででで」
熱く語っていたゴルくんだけど、最後の胸とお尻のところで、トトに杖で殴られて頭にたんこぶが……
「それは、頼もしくて素敵なお嫁さんね」
「あいつに会ったら、きっと母ちゃんも気に入るぞ」
ゴルくんはなんと言うか、ドワーフ族みんなに言えることだけど大雑把だから、その辺きちっとしてくれるお嫁さんとか最高に頼りがいがある。良い人を捕まえたのね。
なんて、そんな事を言っている間に、赤い鱗をお日様に照らされたサラマンダーと連なった馬車が目の前へ。
御者台に座っていたのは、マントのフードを深く被った男女。
「マニー!!エズラ!やっとついたか!」
ゴルくんが大喜びで御者台に近づいていくのを見守っていると
「ゴル!」
「父さん!」
座っていた二人も立ち上がり、馬車をおりてゴルくんと抱き合うのが見えた。でも、ゴルくんが大きすぎて二人が完全にかくれてしまってるけどね。
それから、二人を連れてゴルくんが真っ直ぐ私のところへ
「母ちゃん!紹介が遅くなった!俺の嫁のマヌエラと、次男のエズラだ!」
フードを下げた二人は、確かに顔が整っていた。
二人ともドワーフなだけあって背丈は低く、特に息子さんは驚くほど小さい。平均のドワーフより少し大きいくらいで、本当にゴルくんの息子か疑いたくなるくらいだけど、私の息子のほうが規格外なんだから、その息子とはいえ、そう何人もあんなに大きなドワーフが生まれるわけもないか。
奥さんのマヌエラさんはドワーフ族としては背が大きい方で、私と同じくらいかな?ドワーフ族の女性は男性より更に背が小さいのが普通だから、ゴルくんと出会う前は苦労しただろう。
しかも、マヌエラさんは……物凄く、お胸が大きい。背丈が変わらない私としては、圧倒されて、ゴルくんを睨む以外できることはないが。
「お初にお目にかかります。ゴルゴカン・ブラックの妻をさせて頂いております。マヌエラと申します。……一度もご挨拶もせず、大切なご子息と所帯を持ち、子を設けましたこと誠に申し訳ございません」
真っ直ぐこちらを見て、深々と頭を下げるマヌエラさんに、私はただ慌てふためくわけで。
「頭を上げて!謝らないで下さい!えっと、ゴルくん、じゃなかった!ゴルゴカンが奥さんを貰えたこと、家庭を築いて子供が生まれたことは、喜びこそすれ、怒るようなことではありませんから。ね?」
豊かな髪の毛と聞いてはいたけど、本当につやつやさらさらで焦げ茶の長い髪。さらさらと肩からおちて、ぽたりと落ちた涙を吸った。
輝くようなエメラルドグリーンの瞳が、とてもきれい。
「お許し、いただけるのですか」
「……マヌエラさん」
「はい」
「私はね、夫をなくしてから、子供たちを放って二百年も放浪してしまったの。もちろんみんな成人していたし、全員に生きるすべも、武器も、そこそこのお金も渡してはいたけれど。二百年って長いのね。自分の寿命を思えば、ほんの少しの間だったはずなのに、みーんな大きくなって、結婚して、子供を作って、そうして幸せになっていたわ」
「……母ちゃん」
「挨拶がなかったなんて、私がいなかったからじゃないの。貴女のせいじゃないわ。それに、二百年も結婚を遅らせていたら、こんなに可愛い孫にも会えなかったのだし。良いのよ、ゴルくんが幸せなら。マヌエラさんも、エズラくんも、みんな私の家族になったの。そんな些細なことで謝ったり泣いたりしては駄目よ」
「あ、ありがとうございます!これから、よろしくおねがい致します!」
顔を上げたかと思ったら、また、フカブカト頭を下げるマヌエラさん。
……うーん。これは、ちょっと、私が怖がられてるのかな?それとも
「言わなくても、そのうち知られるから今この場で言っとく」
「父さん!」
マヌエラさんの肩を抱いたゴルくんが、みんなの方を見て、私に向き直った。
挨拶の途中で本人から名前を聞きそこねた孫が、怒ったようにゴルくんの膝を叩くけど、背丈のせいで届いてないな。
「マヌエラは、……マヌエラは、昔人間に捕まって奴隷にされてたことがあるんだ」
「……父さん!そんなこと今言わなくてもっ」
「良いか、今言わなくてもいつかは何処かからバレるんだ。その時、嫌な思いをするのはマヌエラなんだぞ!亜人なら、誰だって一度は頭によぎる!自分じゃなくても、顔の浮かぶ身近な誰かが捕まった事があるんだ!後になって有る事無い事言われるより、今言っといたほうが良い。丁度、母ちゃんもいる。俺がいない時は、母ちゃんが守ってくれる」
「……この人が」
ほんとかよって疑いの目を向けるエズラくん。
私は……いや、良いけど。
でもこんな人の多いところで話してよかったのか。
「マヌエラはドワーフ族としては体が大きいし、この通り美人だからな。目をつけられて捕まってた。そこを俺が助けたんだ。だから、言葉遣いやら、算術やら、交渉が上手だ。ただ、この通り何でも自分が悪いと思おう所がある。特別扱いして欲しいわけじゃねぇ。ただ、何かあったら俺や母ちゃんやマールに繋いでほしい。よろしく頼む!」
今度はゴルくんが深く深く頭を下げて、自分の膝辺りにいた息子に頭をぶつけそうになってた。
「私はわかったよ。何かあれば、塔に匿うくらいは出来る。ちょっと危なくてほかは連れていけないけどね」
長く生きていれば色々あるし、特に亜人は長生きだからね。いま幸せなら、特に言うこともないでしょう。
「ありがとう!」
「ありがとうございます」
長い顔合わせになっちゃったけど、とりあえずこれで挨拶は終わり。街の入口にずっといるわけにもいかないから、ゴルくんがサラマンダーを先導して空いた土地まで連れて行った。
△
「はぁ」
「お疲れ様でした」
トトが蜂蜜たっぷりの紅茶を出してくれる。
一口飲んで、また、ため息。
「……知ってた?」
「ああ、マヌエラさんの事ですか?」
「うん」
「知ってましたよ。なにせ、マヌエラさん救出には僕も駆り出されましたからね」
あの時は大変だったなーと、昔を思い出しているトトを横目に、私はまたため息を一つ。
「奴隷、か」
「元、奴隷ですよ。嫌でしたか?」
「まさか!とっても感じの良さそうな人だったよ。ちょっと気は弱そうだけど」
向かいの席で紅茶の入ったカップを傾けてたトトが、ふふっと笑った。
「気が弱そうだなんて……」
「違うの?」
「それはきっと、ゴルゴガンの大切な母だからでしょうね。彼女にとっては、ゴルゴガンはとても強く逞しい最愛の夫なんです。そして、その彼を育て、彼に敬愛される母。ゴルゴガンを愛しているから、ツェル様に嫌われたくない気持ちが強く出たんでしょう。彼女はご両親がもういないので、結婚する時も二人にとって唯一の親と呼べるツェル様に、本当に連絡しなくても良いのかと随分気に病んでましたからね」
「そっか」
「ええ。気持ちはわかりますよ。僕ももし、結婚するならそこにツェル様にいてほしい。僕の大切な人に会ってほしいと思いますから」
にこにこ。穏やかーな顔をして、私よりもずっと、精神年齢が上な気がする愛息子の顔を見つめ、結婚、してほしくないなーと思うだめ母なのでした。




