ラプンツェルと、現実と
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あの後、私やユユがテントを引っ張ったり、勿体無いけど入り口付近をナイフで裂こうとしている間に、トトが同じくらいの身長のおじさん達を連れてきてくれて、あっという間に手直しされる事になった。そう、ドワーフ族の親切で、気の優しいもじもじゃのおじさん達に。
「久方ぶりに魔法のかかった道具を直したわい」
「最近は遠出するもんも居ないしなぁ」
「それよか、こんなどうぐを持ってる奴もおらんだろう」
トトやユユと身長は変わらないのに、体つきは何倍も分厚く見える。腕はむきむき、髪の毛と髭が繋がって顔は円らな瞳くらいしか見えなくなっていた。種族的なものか、ドワーフの瞳は皆深い緑色をしていて、髪の毛や肌の色が茶色や焦げ茶色だから、完全に保護色だなぁとか思いながら部屋の隅で彼らを眺めていた。
「ユユ、終わったらこれを渡してあげてね」
「あ、お酒ですね!」
妖精族秘伝の蜂蜜酒。酒好きなドワーフ族へのお礼はこれに限るわー。ユユに笑いかけて、一リットルの小さな瓶を十本ほど渡しておいた。
……それにしても、何度見てもゴルくんと同じ種族には見えなかったな。
「さて、そろそろ時間じゃないかしらね……?」
この建物の外の世界では、夕刻が、迫っていた。
……思えば、私はこの時まで、この世界をどこか夢の中のような、まだゲーム設定を通して、見ていたのだと思う。
トトやユユの話を聞いても。自分の目でこの世界、塔や森や街、人々を見ても。どこか、フィルターを通して、遠い別世界のように思っていたのかも知れない。分かったふりをして、理解したような顔をして、本当にこれが、この世界が、今の私にとって現実なんだということを、胸の中の、深いところで、受け入れずに、いたのだ。
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瓦礫が、そこらじゅうに転がっていた。
人の影はない。人間はもう、既に森の外に飛ばされたのだろう。
「……」
いきている、ひとは。
「……わ、たし」
見渡す限り、人の住めるような建物は全て崩れていた。
逃げ遅れた人は、瓦礫の下。真っ白な手や、足の先が、地を流れる血液と共に夕日に照らされている。
「私は妖精族だし、もう人間じゃないし。だ、から……」
関係ない。この、目の前に広がる光景なんて何の関係もないんだと、頭がそう言っていた。
でも、人間だった私が、震えている。心が震えて、怖がっている。涙は、出なかった。ただ、静かに受け入れるしかなかった。
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「……つぇる」
ぼーっと、壁も街も壊された瓦礫を眺めて過ごしている私の背後から、か細い声が名を呼んだ。
「つぇる?どうしたんだ。あんた何処に行ってたんだよ?あたしの森が壊されたんだ。あたしの可愛い子供達が、殺されたんだよ。酷いじゃないか、人間を逃がすなんて」
ゆっくりと振り替えると、そこには想像通り、森の主さまと呼ばれる彼女が浮いていた。不思議そうに、悲しそうに、瞳の奥に小さな炎を宿して静かに私を責めていた。
「……ごめんなさい。わたし、二百年も此処を留守にして、貴女との約束を守れなくて、大切な子供達を放りっぱなしで、こんな、ことになってしまって……ごめんなさい」
私たちは向き合って、声を荒げることも、表情を険しくすることもなく、ただ静かに事実を伝え、気持ちを伝え、そしてお互いに失った二百年を、二百年もの時を想った。
「……まぁ良い。もう終わったことだ。あんたを泣かせると、あんたの旦那や森の子供達に叱られる。そうだ、つぇる、あんた、旦那を亡くしたんだってな。だから悲しくなったのか。それで何もかも嫌になったのか。森の子供達が、亡骸を癒して大地に還したぞ。それで良かったか」
どのくらい見つめ合っていたのか。周囲が暗闇に包まれた頃、彼女は瞬きをぱちり。もう、過去のことなんて、何もなかったかのように私を慰めた。優しい。
「ありがとう、リルケ。本当に」
「うむ。構わぬさ。つぇるとあたしの仲だからね。それで、人間どもの小屋はぜーんぶ壊したけど、あんたの家だけは残しておいてあげたよ。あたしは森の子供達の様子を見に行かなきゃならないからね、あんたの家にはそのうち顔を出させて貰うよ」
「うん。美味しいお菓子を用意して待ってるから」
リルケノバは話は終わったとばかりにその場を飛び立とうとしたのだけど、
「なんだ?」
私は腕を掴んで飛び上がる彼女を足止め。
「あ、待ってリルケ。その、私の子供たちの事なんだけど」
一応話を通しておかなきゃと思って、でも彼女の子供達もままならないままこんな図々しいお願いをすることに後ろめたい気持ちもあって、視線は足元を向いたまま。
「ん?あー、あのチビどもか」
リルケは片腕を私に捕まれたまま、反対の手を腰にあてながら話を聞く姿勢を取ってくれて。私は少しほっと胸を撫で下ろしつつ、視線を上げていく。
「ちび……いえ、あの子供達も二百年で随分成長していてね。この街に住んでいたり、移住したいって子もいて。それで、もちろんリルケや森の子供達が落ち着いてからで構わないんだけど、亜人が増えても大丈夫……かな?」
「亜人……ねぇ」
「その、ドワーフ族とか」
「ふむ」
リルケは空を見上げて、頷きを一つ。それから私の瞳を覗きこみ、背筋がヒヤリとする眼差しを向けながら、言った。
「今度こそ、あんたが責任を持つんだよ。あんたの子供なんだろう?あたしはもう人間どもに良いようにされるのは我慢ならない。あんただから、この森に住むこと、残ることを許すんだ。その上、子供たちをこの地に住まわせたいと言うなら、今度こそあんたが責任を持つんだ。これから先、もし万が一にも住み着いた奴等が森の子供たちを傷つけたならあたしは決して許さない。あんたを含め、すべてを大地に還すだろう。それでも良いならあたしは構わないよ」
「……りるけ」
「今回はあんただから許す。けどね、次はないよ」
当たり前の事だ。そう、そうだよね。普通、自分の子供が殺されて、自分の自由を封じられて、それを招いた相手を許せるわけないんだから。私がこの土地に塔を建てなければ、人間に目をつけられることもなかった。こんなことにならずにすんだんだから。
「りるけ……私、本当にごめんなさい。そうだよね。私だったら」
もし、立場が逆でユユやトトを殺されていたら……許すことは出来なかった。今の時代にはあり得ないような魔法を使って、リルケや人間を攻撃していた。それほど酷いことをしたんだ。
リルケの子供たちが、言葉を持たない木だからって軽く考えたいた。酷いことばかりしていた。
「私だったら許せなかった。許せなかったよ……リルケ」
そう思い知って、目を見られなくなって、顔をうつむかせてしまった瞬間。
「……っ」
小さくて細い手が、私の顎を強い力で掴み、引っ張った。
「顔をあげな」
強い口調で、彼女は私を叱った。言葉はなくて、ただ強い眼差しで。
「りるけ」
「あたしはあんたと友達になったんだ。二百年前にね」
「……うん」
「友達に、頭の天辺ばかり見せるんじゃない」
「……うん」
「分かったなら、顔をあげな。あたしがもう許すって言ったんだ。それ以上もそれ以下もない。この話はこれで終わりだよ」
「……うん」
彼女は、リルケはそのまま、それで責任を取る気はあるのかい?と話を変えた。
長い白髪を風になびかせ、美しい赤の瞳で私をうつして、心までも透かして見えているような気がした。
「リルケ。私ね、怖いよ。二百年経って、気がついたら子供達は大きくなってるし、孫も出来てるし、人間は敵だし、街は様変わりしてしまって」
「……」
「でも、でもね。あの子達は私とブーちゃんの大切な子供だから。傷つけられるのは嫌だから」
「……そうかい」
「うん。だから、私が護ろうとおもう。子供達を」
……その日。私とリルケは契約ではなく、約束をした。
私達は二人とも母親で、子供が大切な気持ちは同じだから。
二度と子供たちが傷つかないように、お互いに協力しあうこと、道を誤ったら、その時は躊躇しないことを。
前回は感想を頂き、ありがとうございました。久しぶりの投稿で緊張していたこともあって、とても嬉しかったです。
今話は色々盛り込み過ぎて、何かこれで良いのかちょっと悩んだんですけど、また投稿するまでに時間が開くのもどうかと思い公開することにしました。
誤字脱字の指摘や、感想等頂けると喜びます。(小心者なので、やさしめでお願いします)




