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転生したのに魔法適性ゼロ、でも絶対一番になります!  作者: スンスンスン
四天王始動!

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89話 アジールの攻防

 ウェンディがアジールに身を寄せてから、10日が経過した。


 アジールの開拓は順調そのものだった。ガウルたちが築き上げたこの街は活気に満ち、ウェンディもまた大陸中に張り巡らせた情報網を再構築しながら、この地に馴染みつつあった。

 誰もが、この平穏な開拓の日々が続くと信じていた。大国たちの不穏な動きを警戒しつつも、アジールの堅牢な岩壁が破られることなどないと確信していたのだ。

 だが、その日はあまりにも唐突に、そして静かに訪れた。


 昼下がりの穏やかな陽光が遮られ、アジール全体が不気味な影に覆われた。風魔法を応用した集音魔導具を通じて、領主館の執務室にアジールの城壁に立つ見張りの兵士の悲痛な叫び声が響き渡ったのは、まさにその時だった。


『ガウル様、敵影確認……! 敵はたった一人です…!』


 直後、けたたましい警報の鐘の音が、静まり返っていた都を切り裂く。


「……来たか」


 ガウルは執務机の書類を置くと、椅子から弾かれたように立ち上がり、執務室の大きな窓へと歩み寄った。魔導具の調整をしていたウェンディもその背中に続く。


 窓から遠くの地平線を見つめた二人の目に飛び込んできたのは、これまで見たこともない、異様で絶望的な光景だった。


 遮られた陽光の下、遠くの荒野の真ん中に、ぽつんと「一人」の影が立っていた。しかし、その影が踏み締める大地は、まるで生気を吸い取られるように一瞬で黒く変色し、こちらへ向かってゆっくりと「侵食」を続けていた。その黒い波が触れた瑞々しい草木は、一瞬で乾燥し、崩れ去っていく。


「ウェンディ、どう思う?」


「最悪、ね」


 ウェンディが、険しい表情を浮かべる。


「あの黒い波、進行速度こそ遅いけれど、触れたものすべて朽ち果てさせているわ。このルートだと、外壁の畑も、水源の井戸も、何もかもが飲み込まれる」


「どんな魔法だ?」


「分からない。私の情報網でもこんな魔法は聞いたことないわ。でも、普通の魔族とは、明らかに格が違う。これは――」


 ウェンディが言葉を途切れさせたその時、城壁の向こうから、鼓膜を直接引っ掻くような、優雅で高慢な笑い声が風に乗って響いてきた。


「ふははは……これが『無能ども』の集うゴミ溜めか。実に見窄らしい泥の城だ」


 そのあまりにも禍々しく、冷酷な声が耳に届いた瞬間、二人の全身に総毛立つような戦慄が走った。


「来るぞ!」


 ガウルは城壁の外に飛び出した。ウェンディが魔導衣服の裾を翻してそれに続く。


「……あれが」


 アジールの城壁の外。大地の闇から悠然と歩を進めてくるのは、3mはあるであろう体躯を持つ異形の魔族だった。


 それは、悍ましくもどこか神聖さすら感じさせる「黒い魔石のマント」を纏う人型の造形をしていた。その身からは絶え間なくぬめりとした黒い泥が噴き出し、彼が歩くたびに、周囲の空気が鼻を突く死臭を帯びていく。

 その顔面には目も鼻も口すらもなく、滑らかな黒い魔石のような頭部に、ただ一つ、血のように赤い眼球だけが埋め込まれ、冷酷にアジールを見下ろしていた。


「――私は四天王が一人、イザーク。この身に流れるは、万物を等しく崩壊へと導く最上の理」


彼が言葉を紡ぐ瞬間、のっぺりとした魔石の顔面の下半分に、ガラスが割れるような禍々しい「亀裂」がピキリと走る。その不気味な隙間から、顔に似合わぬ滑らかな美声が漏れ出ていた。


「無能の王ガウル。そして、こそ泥のウェンディ。お前たちが必死に積み上げてきたこの矮小な城が、私の指先一つで崩れ落ちていく。どうだ? その崩壊こそが、この世で最も美しい芸術だとは思わないかね?」


「ふざけた芸術論だな」


 ガウルは拳を強く握り締め、確かな闘志を込めて呟いた。かつて難民たちを率いてこの街を開拓した男の瞳に、怯えの色は微塵もない。


「全員、配置につけ! ゴーレム部隊、展開!」


 ガウルが城壁の兵士たちへ向けて地響きのような号令を下す。城壁に配備された無数の結晶式ゴーレムが、胸のコアを青く輝かせながら一斉に起動し、重々しい足音を立てて城壁の外に並んだ。


「ウェンディ、お前は遠距離からの援護を頼む!」


「了解よ。あの気取った顔面、撃ち抜いてやるわ」


 ウェンディが新たに調達したばかりの魔法銃を構え後方に陣取る。その銃口が、異形のイザークへと冷徹に向けられた。


「俺が止める!」


 ガウルは叫ぶと同時に、両腕に強固な岩の装甲を纏わせ、巨大な敵に向かって力強く踏み出した。


「うおおおおおおッ!!!」


 突進したガウルが、大気を破裂させるほどの勢いで、巨大な岩の拳をイザークの胸元へと叩きつけた。


 ズシャアアアアアッ!!!


 凄まじい衝撃音が響き渡る。だが、ガウルは直後に目を見張った。


 確かにイザークの黒い魔石の肉体の一部を砕いたはずだった。しかし、その瞬間、砕けた破片からどろりとした黒い泥が噴き出し――ガウルの腕を覆っていた強固な岩の装甲に触れた。


「なっ……!?」


 ジュウウウ、と不気味な融解音が響く。


 ガウルの魔力によって極限まで硬化されていたはずの岩の装甲が、その黒い泥に触れた箇所から、風化岩のように脆くなり、ボロボロと砂となって崩れ落ちていった。それだけではない。装甲を通じて、ガウル自身の腕からエネルギーが吸われるような感覚に襲われる。


「ぐっ……!?」


 ガウルは本能的な危機感を覚え、強引に装甲を剥ぎ取りながら、バックステップで大きく距離を取った。


「ふははは! 素晴らしい足掻きだ、下等生物。だが無駄だよ。私の肉体に触れることは、自ら崩壊の時間を進めることと同義。その程度の泥遊びで、私に触れられると思ったか?」


 イザークは身じろぎ一つせず、ガウルを見下ろして嘲笑った。


 城壁の上から、ウェンディが魔法銃を連射する。銃口から放たれた風の魔力弾が、イザークの身体に着弾して魔石を爆ぜさせる。だが、爆ぜた傷口からは即座に黒い泥が湧き出し、何事もなかったかのように肉体を再生させていく。


「ガウル、こいつ、まともに攻撃が通らないわ! 弾丸が届いたそばから、再生していくわ……!」


「ああ、分かっている……!」


 ガウルは呼吸を整え、細かく痙攣する己の右腕を睨みつけ、再び岩の拳をまとい構え直した。


「ウェンディ、あいつの足元の泥を狙え! あいつは泥を通じて大地のエネルギーを吸っている!」


「了解!」


 ガウルが再び地を蹴り、強引に距離を詰める。


 その動きに合わせ、ウェンディが正確無比な狙撃を敢行した。放たれた高密度の風弾が、イザークの足元の黒い大地を激しく爆破し、その足元を揺るがす。


 だが、イザークは冷たく笑うだけだった。


「その程度か? 期待外れだな」


 イザークが優雅に片手を払った。その瞬間、爆風など最初から存在しなかったかのように風の魔力が霧散し、逆に爆破の衝撃そのものを吸い取った黒い泥が、触手のように鋭く伸びてガウルへと襲いかかる。


「ちぃっ……!」


 ガウルは防壁を展開するが、泥の触手が触れた瞬間、岩の壁が次々と砂へと還元されていく。あまりの「格の違い」に、ウェンディの額から冷たい汗が流れ落ちる。二人の渾身の連携すら、この男にとってはそよ風に等しかった。


 そして、絶望はさらに加速する。

 城壁の向こう、難民たちの居住区や畑の方角から、突如として絶望的な悲鳴が上がった。


「ガウル様……! 黒い泥が、街の方にも……!」


 見張りの兵士の声に、ガウルがハッとして振り返る。


 イザークの足元から広がっていたはずの黒い波が、二人が正面からの足止めに集中している隙に、地中を伝ってアジールの居住区の直下へと静かに、しかし確実に侵食を完了させていた。


「井戸が、すべて、黒く濁っていく……!」


「畑も……! 苗が全部茶色く腐って溶けていく!」


 かつてすべてを失い、この地でようやく手に入れた難民たちの「生きる糧」が、無慈悲に黒く染まっていく。風に乗って響く彼らの悲鳴が、城壁の外まで届いていた。


「これだ……この悲鳴だよ。お前たちが私に無駄な抵抗を続ける間にも、この大地の命はすべて私の糧となり、美しく朽ち果てていく。この街ごと、跡形もなく腐り果てるがいい。素晴らしい退廃の美を私に見せてくれ」


 イザークはうっとりとした表情で、顔なき頭部の赤い魔石を怪しく発光させた。


「くそ……!」


 ガウルは奥歯を噛み締めた。拳からみしり、と怒りの音が鳴る。


「ウェンディ、こいつとの戦いが長引けば長引くほど、街の被害が確実に拡大していく」


「分かってる……! でも、簡単に終わらせられる相手じゃないわ……!」


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