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転生したのに魔法適性ゼロ、でも絶対一番になります!  作者: スンスンスン
魔界の門編

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53話 招集

 クライン王国、王都郊外の小高い丘。

 夕暮れの風が、草原を波のように揺らしていく。その丘の上、茜色の光に照らされた古い東屋に、アルスは一人、立っていた。見下ろす遥か地平線の先、突如として現れた『魔界の門』が、不気味な黒い瘴気を吐き出し続けている。だが、真の絶望はその門そのものではなかった。門の周囲を取り囲むように、わずか数日で出現した天を突くほどの漆黒の城塞。


「主様、少しお体が冷えてきております。温かいハーブティーをどうぞ」


 背後から鈴の鳴るような声がした。振り返ると、俺の世話係であるリリアが、湯気の立つ銀の小鍋を手に微笑んでいた。ウェーブがかった亜麻色の髪を上品にまとめ、仕立ての良いシンプルなメイド服に身を包んだ彼女は、この三年間、戦い一辺倒だった俺の無骨な生活を影で支え続けてくれた大切な存在だ。その琥珀色の瞳には、いつも俺を気遣う温かさが宿っている。


「すまない、リリア」


「いいえ。……ですが、本当にこちらでよろしいのですか? 間もなく、お客様方が……」


「まったく、相変わらず辛気臭い面してんな、アルス」


 リリアの言葉を遮るように、聞き慣れた不敵な声が丘に響いた。

 振り返ると、そこには紫電を指先で軽く弄びながら、不敵な笑みを浮かべるライゼンの姿があった。三年間で背が伸び、纏う空気には聖都を背負う威厳が滲んでいる。だが、その口の悪さは何一つ変わっていない。


「来たか」


「来たかじゃねぇよ。お前が呼びつけたんだろうが」


 ライゼンが東屋の柱に寄りかかる。リリアは慣れた様子で一礼し、ライゼンにも手際よく茶を注いだ。その直後、巨躯の影が丘を登ってくるのが見えた。


「待たせたか」


 ガウルだった。アジールの「王」としての貫禄を増した彼は、相変わらず岩のような体躯で、しかしその目には変わらぬ穏やかさが宿っている。


「いや、ちょうどいい」


「ふふ、相変わらずね、あなたたち」


 続いて現れたのは、ウェンディだった。豪奢な絹の布をあしらった気品ある旅装に身を包み、その背後には数人の護衛らしき影が控えている。裏社会の最高幹部としての妖艶な風格が、彼女の一挙手一投足から滲み出ていた。


「皆、久しぶり。……元気にしてた?」


 そして最後に、おっとりとした、しかしどこか芯のある声と共にサリアが姿を現した。


「三年ぶり、ね」


 ウェンディが、感慨深そうに目を細める。


「あの夜以来か」


 俺は頷いた。


 樹海でイゾルデを討伐し、それぞれの国へ散っていったあの日から、確かに三年が経っていた。手紙でのやり取りはあっても、こうして五人が顔を合わせるのは初めてだ。


「で、アルス。お前から呼び出したんだ。例の『魔界の門』について、何か掴んでるんだろう?」


 ライゼンの問いに、俺は静かに頷いた。


「ああ。だが、本題に入る前に一人、紹介しておきたい人間がいる」


 俺は丘の下に向かって、軽く手を上げた。

 その合図を受け、緊張した面持ちの少年が、おずおずと丘を登ってくる。リリアがそっと少年の背中を押し、東屋へと迎え入れた。


「……お、おお?」


 ライゼンが、目を丸くした。現れたのは、十六、七歳ほどの少年だった。短く刈り込んだ金髪、引き締んだ体躯。だが、その瞳には、まだ場慣れしていない緊張がありありと浮かんでいる。


「レオンだ。俺の弟子だ」


「は……? 弟子? お前が?」


 ライゼンが、信じられないものを見るような顔で、俺とレオンを交互に見た。


「お、お前、人に物を教えるタイプだったか? いつも無茶苦茶な修行ばっかやってた奴が師匠なんてできるのかよ」


「人は変わる」


「変わってねぇよ、お前は三年経っても」


 ライゼンが呆れたように肩をすくめる。


「よ、よろしくお願いします……! 結晶を口に咥えて戦い抜いた、ガッツだけは自信あります!」


「口に結晶を……? 狂ってるわね、やっぱりアルスの弟子だわ」


 ウェンディが呆れ半分に感心し、ガウルが、レオンに向かって優しく頷いた。


「アルスの弟子なら、悪いようにはされていないだろう。よろしくな、レオン」


「ふふ、困ったことがあったらいつでも言ってね」


 サリアがクスクスと笑いながらレオンに声をかけると、レオンは顔を真っ赤にして「は、はいっ!」と直立不動になった。


「さて」


 ガウルが、丘の向こうに沈みゆく夕日へ視線を向けながら、声の調子を変えた。


「本題に入ろう。アルス、今回呼んだのは現れた『魔界の門』、そしてそこから溢れ出す魔物の件だな?」


「ああ。それだけじゃない。門と同時に出現した、あの異形の城塞だ。拠点を築いているということは、奴らはこの世界を完全に支配するつもりだ」


 その言葉に、東屋の空気が、わずかに張り詰めた。


「世界を支配、ねえ……」


 ウェンディが、扇子を閉じる。


「詳しい話は、ちゃんと座ってからにしましょ」


 東屋の中央に置かれた古い丸テーブルを囲み、緊張気味に末席に腰掛けるレオンを加えた一同が、円座を組んでいた。


「まず、私から」


 口火を切ったのはウェンディだった。彼女は懐から薄い羊皮紙の束を取り出し、テーブルに広げる。


「私の組織のネットワークに、ほぼ同時刻、奇妙な報告が殺到したわ」


「奇妙、というと?」


「あの城塞が出現した瞬間からの、周囲の地域についてよ」


 ウェンディは、地図上の一点を指でなぞった。


「近辺の魔導具研究所、結晶の精製工房――どこも『原材料となる魔力が、ある時刻を境に急激に向上した』と報告している。まるで、世界中の魔力濃度そのものが、一段階引き上げられたみたいにね」


 ガウルが、低く唸るように言った。


「確かに、アジールでの魔力の循環が、最近、明らかに『効率』が良くなった。門から溢れる瘴気が世界を汚していると思っていたが、むしろ魔力そのものは活性化しているというのか?」


「世界全体の、魔力濃度の上昇、か」


 俺は、その言葉を反芻した。脳裏に蘇るのは、あの夜、樹海で聞いたイゾルデの言葉だ。


『人間という種そのものを、魔力の媒体にする』


 あれは一時的な現象だと思っていた。だが、もしあれが、もっと根深い、世界の構造の変化だったとしたら。


「アルス、お前の方はどうだ」


 ライゼンが、こちらに視線を向けた。


「俺はクライン王国の魔導師たちから、門の周辺の魔力波形データを集めた。だが、どれも不自然に数値が乱高下していて、規則性が見えないんだ」


「聖都でも同じだな。門の付近では、結晶のチャージ速度低下という話も聞いていたな」


 ライゼンの言葉に、サリアが人差し指を顎に当てて呟く。


「不思議ね……魔力の濃度が上がっているなら、結晶の充填速度が上がりそうだけど」


 その言葉に、しばし沈黙が流れた。


「……それって」


 おずおずと、レオンが口を開いた。全員の視線が、一斉に末席の少年へと集まる。レオンは一瞬、身を竦めたが、それでも続けた。


「あの、すみません、素人考えなんですけど……。魔力が扱いにくいものになってるんじゃないでしょうか?」


「……どういうことだ」


 俺は、レオンの方へ身を乗り出した。


「俺、この前の戦闘で、結晶剣を壊れるまで使い倒したんです。その時肌で感じたんですけど……世界全体の魔力が増えたのも事実だと思うんですが、あの門が『世界中の魔力を一箇所に吸い上げて、別の質の魔力に変換している』んじゃないでしょうか。だから、古い規格の僕たちの結晶は、新しい魔力に馴染めなくてオーバーヒートしやすくなっているんだと思います」


 しばしの沈黙。現場で、命懸けで結晶の声を聴き続けた凡人だからこそ気づけた、リアルな洞察だった。やがて、ガウルが、感心したように低く笑った。


「面白い視点だ。やるじゃないか!」


「い、いや、ただの思いつきです、本当に……!」


「いや、悪くない」


 俺は、思わず呟いた。もし、レオンの言う通りだとしたら。あの門と城壁、そして城塞は単なる陣地ではなく、この世界そのものを『魔界』と同じ環境へ作り変えるための、巨大な変革装置。それが完成してしまえば、世界の魔力環境は完全に奴らのものになる。急がねばならない。


「奴らの目的が世界の魔力環境の塗り替えなら、こちらも今すぐ具体的な手を打つぞ」


 俺の言葉に、一同が表情を引き締める。


「まず、ウェンディ。お前の組織を使って、あの『魔族の城塞』を見張ってくれ。たった一つの巨大な拠点を築いたということは、あそこにすべての情報と中枢が集まっている。城塞の内部構造、防衛戦力、あらゆる『裏』を暴き出してくれ」


「ふふ、任せて。あそこの魔族が今日何を食べたかまで、綺麗に調べてあげるわ。」


 ウェンディが艶然と微笑む。


「助かる。ガウルはアジールの核石を使って、侵食されている魔力を『正常な波形』に引き戻す中継器を作れないか? 奴らの書き換えに対抗するんだ」


「技術班を総動員しよう。レオンの言う『新魔力』のサンプルがあれば、逆位相の波形を組んで結界を張れるかもしれん」


「そしてライゼン。聖都、クライン、アジール、そしてガルバディア――四カ国の『連合軍』を即座に編成し、あの城塞を包囲する巨大な戦線を張るんだ。奴らの城壁がこれ以上広がるのを、連合軍の力で力ずくで押し留める」


「おう! 各国の軍をまとめ上げる交渉は聖都の偉い奴らやウェンディたちに丸投げするとして、俺はその連合軍の『先鋒』を張らせてもらうぜ。前線ごと化け物どもを消し飛ばしてやる」


「サリアは、クライン王国の魔導技術班の指揮を頼む。そこにレオンを配属する。現場で『魔力の変質』を体感したレオンの感覚とお前の知識を合わせ、奴らの新魔力環境でも壊れず、むしろそれを逆利用して出力を上げる『新規格の結晶装備』を開発してほしい」


「わかったわ、アルス。レオンくん、一緒に世界をひっくり返すような凄い武器を作りましょうね」


「は、はい! よろしくお願いします、サリアさん!」


 レオンが大きく声を張り上げ、その瞳をキラキラと輝かせた。今、明確に反撃の狼煙を上げるべく、それぞれの持ち場へと動き出そうとしていた。


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