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# 第一章 ## 「28歳の入学式」

# 第一章


## 「28歳の入学式」


---


## エピソード1


### 「眠らないまま見た桜」


 三月の終わり。


 夜勤を終えた朝倉恒一は、施設の裏口から外へ出た。


 空気はまだ少し冷たい。


 夜明けの薄青い空の下、遠くでカラスが鳴いている。


「お疲れさま、朝倉くん」


 先輩職員が缶コーヒーを片手に笑った。


「今日は大学だっけ?」


「あ、はい」


「偉いねぇ。俺なら無理だわ」


 恒一は苦笑いした。


 本当は、自分でも無理だと思っていた。


 28歳。


 介護士。


 通信制大学一年生。


 今さら大学に行くなんて、正直、怖かった。


 若い子ばかりだったらどうしよう。


 浮いたらどうしよう。


 途中で辞めたくなったらどうしよう。


 そんな不安ばかりが、頭の中を回っていた。


「じゃ、頑張って」


「はい。ありがとうございます」


 施設を出る。


 朝日が、ゆっくり街を照らしていく。


 コンビニで買ったパンをかじりながら、駅へ向かった。


 眠気で足が重い。


 でも、不思議と心は少しだけ落ち着かなかった。


 ――本当に、人生を変えられるんだろうか。


 電車の窓に映った自分は、疲れた顔をしていた。


 スーツも少しくたびれている。


 学生というより、完全に社会人だった。


 周囲には、同じ大学へ向かうらしい若者たち。


 楽しそうに話している。


「友達できるかなー」


「サークルとかあるのかな?」


 そんな会話を聞くだけで、恒一は少し苦しくなった。


 自分にはもう、

 あんな空気は似合わない気がした。


 電車が大学最寄り駅へ滑り込む。


 ホームに降りると、春の匂いがした。


 坂道を上る。


 大学までの道には、桜が咲いていた。


 満開だった。


「……綺麗だな」


 思わず立ち止まる。


 風が吹く。


 花びらが舞った。


 その光景を見ながら、恒一はふと思った。


 高校を卒業してから、

 ずっと働いてきた。


 夢とか、

 青春とか、

 そんなものとは無縁だった。


 毎日、

 仕事して、

 疲れて、

 寝て。


 それだけだった。


 でも。


 もし。


 今からでも、

 人生をやり直せるなら。


 大学の校門が見えた。


 大きな看板。


【東央教育通信大学 入学式】


 恒一は、深く息を吸った。


「……よし」


 そして、

 ゆっくり校門をくぐった。


 その瞬間。


 彼はまだ知らなかった。


 この大学で。


 一人の少女と出会い。


 “言葉”に救われることになるなんて。


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