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【Step.1】現代のシンデレラはビッグサイトに降ってくる

SF、ファンタジー、と書いて来て、ついに恋愛小説に手を出してしまいました。

全22話 お楽しみください。


東京ビッグサイトの南展示棟。その喧騒と熱気の中を、俺は舌打ちしたい気分で小走りに突っ切っていた。


「あー、クソ。完全に時間読み違えたな」


次世代モビリティ開発のベンチャー企業。その重要な他社との共同会議まで、あと十五分しかない。おまけに頭の片隅では、昨夜更新したWeb小説の展開の整合性が気になって仕方がない。


「あそこの伏線、やりすぎたか……?」


なんて現実逃避気味の思考を振り払いながら、企業ブースが立ち並ぶメインストリートをショートカットしようとした、その時だった。


「きゃっ……!?」


短い悲鳴。視界の端で、煌びやかなコンパニオンが立つステージから、スパンコールの光を乱反射させる白い塊が落ちてくるのが見えた。ふわりと舞った鮮やかなグリーンのスカーフと、肩からこぼれる艶やかな長い髪。


「は?」


考えるより先に体が動いていた。咄嗟に両手を伸ばし、降ってきた彼女を正面から受け止め――ようとした。


だが、当然ロマンチックなお姫様抱っこなんてできるわけがない。華奢に見えたその体は容赦ない質量と物理法則を伴って俺の腕に激突し、俺は完全にバランスを崩した。


「ぐっ……!」

抱きとめることなどできず、その勢いのまま、俺は後頭部から固いフロアに思い切り叩きつけられた。


ガンッ! という鈍い音と衝撃。

視界がチカチカと明滅する中、俺の脳内を駆け巡ったのは純粋な自己保身と後悔だった。


(最悪、せっかくの勝負スーツにファンデーションついた……)

うめき声を上げながら身をよじると、肩から提げていたビジネスバッグの口が開き、中身が床に散乱しているのが見えた。


(あー……最悪だ……)

意識が朦朧とする中、這いつくばるようにして床に散らばった荷物を手探りでかき集める。書類の束、ペンケース、そして一番大事な仕事用のノートPC。


手に取った瞬間に嫌な感触がした。よく見ると、本体の角から蜘蛛の巣状にヒビが入っている。


(俺のPC……これ、完全にアウトだな……終わった……)

絶望と共にPCをカバンに押し込んだ時、ふと、手に硬くて細長い物体が触れた。


(ん……なんだこれ?)

視界がぼやけてよく見えないが、それは根元からポッキリと折れた、凶器のように鋭利なピンヒールだった。彼女が落下した原因だろうか。

俺は思考が回らないまま、とりあえずそれも自分のカバンの中に放り込んだ。


(てか、こんな高いヒール履かせて立たせるなよ……)

痛覚より先にタスク管理とクレームが頭を支配する、完全にバグった社畜脳だ。


「……大丈夫、ですか」


なんとか声を絞り出そうとした時、自分の額のあたりに生暖かい、ぬるっとした感触があることに気づいた。

手で触れて目の前にかざすと、指先にべっとりと赤い血がついている。


「キャー!」

「おい、救急車を呼べ!」


周囲が騒然とする声が遠く聞こえた。


「ご、ごめんなさい……! 私、本当にごめんなさい……っ!」


ふと見上げると、俺の胸ぐらあたりにしがみついたまま、彼女が今にも泣きそうな顔で俺を見下ろしていた。


完璧なメイク。華やかな香水の匂い。だけど、その顔は恐怖と申し訳なさで蒼白になっていて、大きな瞳には涙がいっぱいに溜まっている。


その顔を見た瞬間、俺の中で渦巻いていた苛立ちが、不本意にもスッと強制シャットダウンされた。


──そこから先の記憶は、サイレンの音と共に途切れた。


***


「……CT検査の結果が出るまで、もうしばらくかかるそうです。本当に、申し訳ありませんでした」


数時間後。救急外来の奥にある、静かな観察室。

俺の容態を確認した芸能プロダクションのマネージャーは、平身低頭で謝罪した。


会議をすっぽかした俺は、先ほど上司に平謝りの連絡を入れたばかりだ。終わったら病院に来るとも言っていた。ベッドの上でスマホを握りしめながら、内心で深い重溜息をつく。


マネージャーは「各所に状況の報告を入れてきます」と言って、慌ただしく病室を出て行った。残されたのは、ベッドで頭に包帯を巻かれた俺と、パイプ椅子にちょこんと座る彼女だけだ。


気まずい沈黙が落ちる。

俺は横目で彼女を観察した。


(うわ、改めて見ると顔ちっさ! すんげぇ美人だな……)


首元に巻かれた鮮やかなグリーンのスカーフが、ただでさえ小さな顔をいっそう際立たせている。肩からこぼれ落ちる艶やかな長い髪の隙間から覗く、透き通るような白い肌と、吸い込まれそうなほど大きな瞳。


彼女は、背中が大きく開いたスパンコールの白いワンピースという、病院には不釣り合いすぎる衣装のままだった。指先の所作ひとつとっても洗練されている完璧な美貌。けれど、露出した華奢な肩をまるで捨てられた子犬のように縮こまらせ、今にも泣き出しそうな目で俺の頭の包帯を見つめていた。


やばいな。ただでさえ怪我して気まずいのに、こんな美人にそんな顔されたらこっちが居た堪れない。なんとか和ませないと。

俺は少し身を乗り出し、努めて明るい声を出した。


「そういえば、あのイベント……何をPRしてたんですか?」


「え……?」


「いや、通りすがりの男にタックルしてまでブースに引き込もうとするなんて、ずいぶん熱心な営業だなと思って」


俺が笑いかけると、彼女はきょとんと目を丸くした。

数秒のタイムラグの後、彼女の口元が微かに緩む。


「……ふふっ」


「空から美少女が降ってくるのって、物語の定番(お約束)だと思ってたんですけどね。まさか最初のイベントが『ヒロインと一緒に救急搬送』だとは思いませんでしたよ」


「ふふっ…、ほ、ほんとにすみません……っ」


罪悪感と可笑しさの板挟みになって、彼女が肩を震わせて必死に笑いを堪え始める。その少し緩んだ顔を見て、俺はさらにトドメを刺しにいった。


「おまけに、最近のシンデレラは、転んでも靴を残して行ってくれないんですね。あんな見事に折れたヒールの靴、記念にもらっておけばよかった」


「……え?」


きょとんとした顔で俺を見る彼女。

数秒の間の後、俺の言わんとしていることに気づいたのか、彼女は少しだけ目を丸くした。


「そういえば……折れた方、無くなってました」

「そうなんですか?そりゃ残念です…記念にしようかと思ったのに」


スタッフが掃除のついでに捨てたか、どこかに紛れ込んだのだろう。

俺が肩をすくめてみせると、彼女は堪えきれないといった様子で吹き出した。


「あははっ! な、なんですかそれ……っ」


病室に、ようやく彼女の明るい笑い声が響く。

よかった。なんとか気の利いた冗談で、彼女の緊張と罪悪感を少しは解すことができたらしい。


(俺も案外、こういう時にスマートな返しができるじゃないか)


病室内に、彼女の明るい笑い声が響き渡った。さっきまでの張り詰めた空気が一気に弾ける。


その無防備な笑顔を見て、俺はすっかり調子に乗ってしまった。


「だいたい、空から降ってくるならもっとフワッと来てほしかったですよ。あの落下の衝撃、完全に女子プロレスラーのフライング・ボディプレスでしたからね」


「ちょっと! プロレスラーってなんですか!」


涙目で抗議しながらも、彼女の肩はヒクヒクと震えている。完全にツボに入りかけているのを見て、俺はさらに被せた。


「せっかくのラブコメ・イベントなんだから、曲がり角で食パンくわえてぶつかるくらいのソフトなやつが良かったです。ピンヒールを伴う物理攻撃は、一般サラリーマンにはちょっとハードモードすぎました」


「あはははっ! むり、やめて、ほんとにお腹痛い……っ!」


俺の情けないボヤキに、ついに彼女はお腹を抱えてベッドのシーツに突っ伏してしまった。


ひぃひぃと声を漏らして笑い転げる彼女につられて、俺も思わず大きな声を上げて笑ってしまう。


しかし、その直後。


ガラッ! と勢いよくスライドドアが開いた。


「ちょっと、そこのお二人! ここは病院ですよ、お静かに願います!」

「「あ、すみません……」」


見回りに来た看護師にこってり絞られ、俺たちは顔を見合わせて縮こまった。


看護師が去った後、彼女はさっきまでとは全く違う、笑いすぎてお腹が痛いといった様子で涙を拭っていた。


「ふふ、あはは……ほんと、ごめんなさい。私、天宮菜緒っていいます」

「星野真です。すみません。調子に乗りすぎました。……これ、一応名刺」


俺たちは腹を抱えて笑い合いながら、ベッドの上で名刺を交換した。


「……でも、本当にごめんなさい。お仕事中にあんな怪我させてしまって」


ふと、手元の名刺を見つめた天宮さんが、またしゅんとした顔で眉を下げる。俺は軽く肩をすくめ、努めて明るい声を出した。


「俺の事なら心配要らないですよ。病院でこれだけ騒げるほど頭も働いてますし」


しがないサラリーマンと、ステージから降ってきた現代のシンデレラ。

それが、俺たちのどうしようもない出会いだった。

本日もお読み頂きありがとうございます。

まさかの「空から美少女が降ってくる(物理)」からの、救急搬送スタートです。星野くんの額の犠牲と共に物語が幕を開けました。

次回、家に帰った星野くんを最大の絶望が襲います。

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