2026年 『心はB♭で響いている』連載一周年記念スペシャル「音が繋いだ一年間」
※本話は連載一周年記念スペシャルです。
これまでの物語を最新話まで振り返る内容となっているため、本編の重大なネタバレを多数含みます。
未読の方は、本編をできる限り最新話まで読んでからお読みいただくことを強くおすすめします。
極度のネタバレにご注意ください。
あと、とてつもなく長いのを先に言っておきます(泣)
「はぁ、毎日朝から朝練とか辛いよぉ」
来島は、いつものように音楽室へ足を踏み入れた。
「あれ?」
誰も来ていない。
おかしいなぁ。
この時間なら、もうみんな来ているはずなのに。
それに――
「……鍵、開けっぱなしじゃん」
エアコンまでついている。
「ったく、こういうのは最後に出る人がちゃんとするもんだろ」
ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、来島は音楽室の中へ入っていく。
そのときだった。
「ん?」
音楽室の真ん中に、何かが落ちている。
近づいてみる。
そこにあったのは、一枚の手紙。
そして――
なにやら怪しげなスイッチ。
「……なんだこれ?」
来島は手紙を拾い上げる。
そこには、こんなことが書かれていた。
――あなたが、このスイッチを押してくれることを信じています。
――なぜなら。
――ここから始まる物語は、あなたが押してくれなければ始まらないからです。
――これまで積み重ねてきた時間。
――出会った人々。
――奏でられた音。
――そのすべてを越えて。
――一年目の最後に、もう一度だけ。
――新しいステージへ。
――あなたが押してくれることを、私は信じています。
――そう。
――一周年は、そこから始まるのです。
「…………」
来島は、しばらく手紙を見つめた。
「なんだこのふざけた手紙は……」
なんとなく、書いた奴の顔が頭に浮かぶ。
「というか、これ絶対ロクなもんじゃねぇだろ」
怪しげなスイッチを見る。
押すな。
そう言われているわけではない。
むしろ――
押せ。
そう書かれている。
「……ったく」
来島はため息をついた。
そして。
「押せって言われようが、言われまいが――」
スイッチに手を伸ばす。
「こんなの、あったら押すけどなぁ!!!」
勢いよく。
来島はスイッチを――オンにした。
「さぁ、いよいよ始まりました!」
マイクを握った来島が立っていた。
「『心はB♭で響いている』連載一周年記念スペシャル~~!!」
「……え?」
その隣で、陽翔が固まっていた。
「は?」
何が起きている。
さっきまで学校にいたはずだ。
そもそも――
「な、何? 心? 一周年?」
陽翔は困惑した表情で来島を見る。
すると来島は、まるで何がおかしいのか分からないとでも言うように首を傾げた。
「何言ってるの?」
「いやいやいや!なんだよこれ、てか一周年?」
「そのままだよ?」
来島はマイクを持ったまま、堂々と説明する。
「『心はB♭で響いている』が、今日で連載一周年なの!」
「…………」
陽翔の顔から、さらに困惑の色が深くなる。
「いや……待って」
「ん?」
「そもそも、なんでお前はそんな普通に説明してんの?」
「だって一周年記念スペシャルだから」
「いや、だからその前に!」
陽翔は周囲を見回した。
見たこともないセット。
見たこともない照明。
見たこともないステージ。
そして、なぜか当然のように司会をしている来島。
「……ここ、どこだよ」
「え?」
来島は周囲を見回す。
「……知らん」
「……知らんのかよ!!!」
陽翔のツッコミが、謎の会場に響き渡る。
「まぁまぁ、細かいことは置いといて!」
来島はマイクを握り直す。
そして、先ほどまでとは少しだけ違う表情を見せた。
「改めまして!」
ステージの中央に立ち、客席へ向かって頭を下げる。
「本日は、『心はB♭で響いている』連載一周年記念スペシャルをご覧いただき、ありがとうございます!」
「……急にちゃんとし始めた」
陽翔が呟く。
「この作品が始まったのは、2025年9月22日」
来島は続ける。
「そこから一年。たくさんの出来事がありました。
物語が進んで。
新しいキャラクターが登場して。
いろんな音楽が奏でられて。
そして、ここまで読んでくださった皆さんがいました」
一度、言葉を止める。
「一年間、この作品を読んでくださった皆さん」
来島は、もう一度深く頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
「……」
陽翔も、何も言わずに来島を見る。
「この一周年は、作者一人だけでは迎えられませんでした。
読んでくれる人がいて、感想をくれる人がいて、作品をお気に入りに入れてくれる人がいて。
その一つ一つが、この物語をここまで連れてきてくれました」
そして、来島は顔を上げる。
「というわけで!ここからは――」
再び、いつもの調子に戻る。
「『心はB♭で響いている』連載一周年記念スペシャル、思いっきり楽しんでいきましょう!!」
「……結局それかよ」
陽翔が呆れたように呟いた。
「もちろん!」
来島は満面の笑みを浮かべる。
「だって今日は、お祭りだからな!」
来島は続ける。
「それでは!」
ステージの脇から一枚の紙を取り出した。
「ここからは、本日のトピックを紹介していきたいと思います!」
「……トピック?」
陽翔は嫌な予感を覚える。
来島は、その紙を広げた。
「本日の――お品書きはこちら!」
ステージのスクリーンに、大きく文字が映し出される。
『心はB♭で響いている 連載一周年記念スペシャル』
一、作品についてと振り返り
二、人気キャラ投票結果発表
三、作者企画
「……」
陽翔は、しばらくスクリーンを見つめる。
「なんやこれ」
「一周年記念スペシャルのお品書きだけど?」
「いや、それは分かる」
陽翔は二つ目、三つ目を指差した。
「人気キャラ投票はまあ分かるとして……」
そして。
「作者?」
「うん」
「…………」
陽翔は来島を見る。
「それ言ったら終わりじゃね?」
「え?」
「自分たちは小説のキャラです、って言ってるようなもんだろ?」
「……」
「小説のキャラが」
「…………」
「作者って言葉を普通に出す?」
来島は少し考えた。
「大丈夫だろ!」
「何が!?」
「もう今、言っちゃったから、何も問題ない!」
来島は堂々と胸を張る。
「問題大有りだわ!!!」
陽翔のツッコミが、再び会場に響き渡った。
「まぁ、そんな感じで!」
来島は何事もなかったかのように話を戻す。
「早速、一つ目のトピックにいきましょう!」
「おい、まだ話終わってないぞ」
「みんな、またくたびれてると思いますし!」
「話逸らすな」
陽翔のツッコミを華麗に無視して、来島はステージ中央へ歩いていく。
そして、手に持った資料を掲げた。
「それでは!」
「トピック1!」
スクリーンに、大きな文字が映し出される。
『作品についてと振り返り』
「まずは、こちらをご覧ください!!」
遠くからユーフォニアムの音が聴こえる気がした。
それは、夢だったのか、幻だったのか。目を閉じれば、銀色にきらめく管体と、指に馴染むバルブの感触だけが、確かにそこにある。
——けれど、肝心の旋律が思い出せない。どんな音を吹いていたのか、何を想っていたのか。
あの日から、僕の中から音楽だけが消えた。
音楽は嘘をつかない。だから——僕はもう一度、あの音を探しにいく。
それが、僕の音楽の始まりだった。
『心はB♭で響いている』。
それは、吹奏楽を題材とした青春音楽小説。
舞台は、2013年の長野県。
長野県東縁高等学校
そこには、全国大会という大きな舞台を目指して活動する吹奏楽部があった。
物語の主人公は、月本響。
ユーフォニアムを手に、吹奏楽という世界へ足を踏み入れた一人の少年。
仲間と出会い。
音楽と向き合い。
大会という舞台を目指しながら。
彼は少しずつ、自分自身の「音」と向き合っていく。
けれど、この物語はただの部活動の物語ではない。
音楽を通して出会う人々。
それぞれが抱える過去。
忘れてしまった記憶。
家族との繋がり。
そして、一つの音が誰かの心へ届き、また次の音へと繋がっていく。
これは、一人の少年が音楽を探す物語であり、仲間たちと一つの音を奏でていく物語でもある。
そして――
そのすべての始まりとなったのが、この物語の第1話だった。
長野県東縁高校。その入学式
主人公――月本響もまた、この春から東縁高校へ通うことになった。
新しい制服。
新しい教室。
新しい仲間。
何もかもが新しく始まる、高校一年生の春。
そんな響を待っていたのは、吹奏楽部をはじめとする、これからの高校生活を大きく変えていく出来事の数々だった。
「続いて校歌斉唱、一同起立!」
新入生たちが一斉に立ち上がる。
しかし、その瞬間。
「な、なんだ……これ」
響を襲ったのは、想像を遥かに超える衝撃だった。
音程。
リズム。
音のまとまり。
そのどれを取っても、決して上手いとは言えない。
むしろ――ひどかった。
入学式という厳かな場で奏でられるはずの校歌。
しかし、そこから聞こえてきた吹奏楽部の演奏は、響の想像を完全に裏切るものだった。
それが、響と東縁高校吹奏楽部との――最初の出会いだった。
「俺は西村陽翔。まぁテキトーに呼んでもらって構わないよ」
気さくに声をかけてきたのは、西村陽翔。
そして、もう一人。
「如月奏多。中学ではファゴットやってたの」
如月奏多。
二人とも、これから響と音楽を通して関わっていくことになる仲間だった。
最初は、あの演奏を聞いたからこそ入部する気にはなれなかった。
それでも――。
二人から何度も誘われるうちに、響の気持ちは少しずつ変わっていく。
そんな中、響はついに吹奏楽部の仮入部へと足を運ぶことになる。
そこで待っていたのは、個性豊かな部員たちだった。
「おお、新入生か!ようこそ!」
そして、ひょんなことから響は、ある楽器を手にすることになる。
――ユーフォニアム。
それまで特別に触れたことがあるわけでもない。ましてや、初心者の響にとっては、初めて触れる楽器だった。
けれど。
響がその楽器を構え、音を鳴らした瞬間、その場にいた部員たちの空気が変わった。
「何、今の……!?」
「嘘、でしょ?」
「音の質が次元違う」
「えぐいって……才能の暴力すぎる」
誰もが驚きを隠せなかった。
初心者とは、とても思えない。
音の響き。
音色の美しさ。
そして、楽器を初めて手にしたとは思えないほどの自然な演奏。
響から放たれた音は、明らかに――普通ではなかった。
この日。
一人の少年が、自分でも知らなかった才能を初めて音にした。
「私は久瀬真奈美。ソプラノサックスを担当していて、サックス希望の人は私と関わる機会が多いでしょう」
「今年、東縁高校に赴任しました瞬崎カルマと申します」
部長や新顧問が揃い、ここからいよいよ本格的な吹奏楽部の活動が始まる――。
誰もがそう思っていた。
しかし。
新顧問・瞬崎が最初に部員たちへ示した方針は、予想とは大きく違うものだった。
「私は理論や方針を決める前に、まず“今”の実力を知りたいんです。それがなければ、いきなり練習を押し付けても意味がない。だから、この曲を合わせて、そして、演奏できるようになったら、すぐに声をかけてください」
いきなり練習メニューを組むわけでもない。
基礎練習を始めるわけでもない。
まずは――今の東縁高校吹奏楽部が、どこまで演奏できるのか。
それを知ることから始める。
まさかの要望だった。
そして、響の周りには、これから共に音楽を奏でていく仲間たちが集まっていく。
「僕は若田宗一郎、三年。ユーフォニアム担当です」
「二年の桜咲彩花です。ユーフォニアムです」
「三年の香久山大兎。チューバ吹いてます」
「二年、茅野砂漣。チューバ」
「三年、今伊亮。コントラバスです」
「一年の来島青馬です!チューバやってます!」
「あ、一年の永井、營です。コントラバスです」
学年も違えば、性格も違う。
それぞれが、それぞれの音楽を持っている。
そんな個性豊かな仲間たちとともに、響の高校生活と、東縁高校吹奏楽部での活動が始まっていく。
しかし――。
楽器を吹くことと、吹奏楽として一つの音楽を作ることは、同じではなかった。
そして彼らは、早くも最初の壁にぶつかる。
瞬崎が部員たちに突きつけたのは、厳しい現実だった。
「これは……あまりにひどい演奏です」
個々を見れば、決して吹けない部員ばかりではない。
それでも、合奏になると、その力は一つの音楽としてまとまらない。
「確かに個々に吹けている者もいます。しかし、その『吹けている』音が、下手な演奏に埋もれてしまっているのが現実です。まとまりのない演奏に価値はありません」
入学式で響が感じた、あの違和感。
それは決して気のせいではなかった。
東縁高校吹奏楽部には、確かに個々の力を持つ部員がいる。
けれど――それを一つの音楽にする力が、まだ足りなかった。
しかし、その中で一人だけ――明らかに周囲とは違う音を出している存在がいた。
月本響。
仮入部の時から周囲を驚かせた、その圧倒的な演奏力は、合奏の中でも際立っていた。
もちろん、それを歓迎する者ばかりではない。自分よりも遥かに上手い存在が、すぐ隣にいる。
それは、時として憧れではなく、劣等感や苛立ちを生む。
「あの異常な演奏だけが取り柄みたいに振る舞いやがって……目障りなんだよ!」
「何をしてるの!? 東堂君やめなって!」
響の才能は、東縁高校吹奏楽部を変えていく力になる。
けれど同時に――
そのあまりにも突出した音は、周囲との間に新たな火種も生み始めていた。
「響の演奏が完璧だったって、素直に認められないからって暴力に訴えるなんて……先輩としても部員としても失格だよ。そんな人が同じ部にいるなんて考えられない」
ホルンを担当する、新入生代表――柊木真尋。
それは、ただ響を庇うための言葉ではなかった。
音楽をする者として。
そして、同じ吹奏楽部の仲間として、何が正しいのかを、自分なりに貫こうとする言葉だった。
こうして響は、音楽だけではなく――かけがえのない仲間との出会いも重ねていくことになる。
「これが俺の覚悟だ。見ててくれ、海斗......」
瞬崎から再合奏まで、一週間の猶予が与えられた。
それぞれが自分たちの演奏を見直し、部として一つにまとまるための時間。
――のはずだった。
しかし、現実はそう簡単ではなかった。
練習への姿勢。
部活動に対する考え方。
そして、学年や立場の違い。
様々な意見がぶつかり合い、話し合いはなかなか前へ進まない。
「決めるって言っても、結局“やる気がある奴”と“やる気がない奴”で分けるしかないだろ。練習に来ない三年を待ってても時間の無駄だ」
「ほら見ろ、こうやって話が進まねえんだよ」
「……あんたたち、自分のことしか考えてない!」
一つの音楽を作る以前に、部員たちの気持ちすら一つになっていなかった。
このままでは、再合奏を迎えても何も変わらない。
誰もがそう思い始めていた――そのとき。
部屋に、一つの音が響いた。
空気が変わる。
さっきまで飛び交っていた言葉も、険悪な雰囲気も。
その音が、すべてを一瞬でかき消していった。
「え? 何この音」
「うますぎない?」
「何この音。誰が吹いてるの?」
そして、次の瞬間。
「これ……響、だよな……? 響しかいねぇ……!」
そこにあったのは、言葉ではなく――音だった。
「……そう。それが君の本当なんだよ」
「細かいところはまだまだです。リズムも、音程も、粗い部分は多い。でも――“一人ひとりが演奏していた”」
前回とは、明らかに違っていた。
一人ひとりが、自分の音を出そうとしている。
誰かに合わせるだけではなく、自分自身の音楽を持って演奏している。
そして、それを聴いた瞬崎は――。
「……これなら、次に進めますね」
ついに、東縁高校吹奏楽部の演奏を認めた。
入学式の日。
あまりの演奏の酷さに驚いた響。
そこから始まった、部員たちとの出会いと衝突。
そして、一つの音をきっかけに、ようやく彼らは最初の一歩を踏み出した。
ここから先は、ただ音を出すだけではない。大会を目指し、より高い場所へ進むための、本当の意味での「部活動」が始まっていく。
「――では始めましょう。練習の時間です!」
そんなある日。
響の前に、久しぶりに姿を見せた人物がいた。
彼の姉――月本愛美。
「お!響じゃん。久しぶり。2年ぶりかな」
かつて音楽を続けていた愛美にとって、弟が楽器を手にしている姿は、どこか懐かしいものだった。
「……あんたのそういう姿見ると、自分も頑張ってた頃を思い出すよ」
次なる舞台――ナーガフェス。
そのステージに向けた練習が始まる中、彼らの前に現れたのは、ひときわ異彩を放つ男だった。
「僕の名前は音早董白!自分で言うのもあれだけど、マーチングと金管のスペシャリストで、名門音早家17代目当主!さらに元全日本マーチングバンド協会会長だっ!」
「……ちょ、待って、サングラスに麦わら帽子って……めっちゃバカンス仕様じゃん!」
「服装で判断するなよ! 見た目はバカンスでも、指導力は本物だな!ハハハハ!!」
強烈な見た目と、強烈な肩書き。
そんな彼による指導を受けながら、東縁高校吹奏楽部は次のステージへ向けて動き始める。
演奏しながら歩く。
動きながら音を揃える。
そして、全員で一つの舞台を作り上げる。
そのために待っていたのは、音楽室での練習とは比べものにならないほど厳しい指導だった。
「止まるな!乱れても止まるな!!」
「歩きながら考えろ! 炎は止まらない!」
「歩幅、ちゃんと考えろ!62.5cm!」
董白の声が、何度もグラウンドに響く。
失敗しても止まらない。
考えながら動く。
一人の動きが乱れれば、全体の演技にも影響する。
そんな厳しい練習を積み重ねながら、響たちは少しずつマーチングという新たな音楽の形を身につけていった。
「あの……“音の彗星”って、何、ですか?」
「……彗星なんて、二度と落ちてこなくていい」
厳しいマーチング練習を乗り越え、いよいよ本番の日を迎える。
そして――。
「プログラム5番、長野県東縁高等学校吹奏楽部。ステージドリル、バックドラフト!」
これまで積み重ねてきた練習の成果を、東縁高校吹奏楽部はステージの上でぶつけた。
初めて経験する大きな舞台。
そこには、入部したばかりの響たちにとって、新しい景色が広がっていた。
そして、ナーガフェスを無事に終えた彼らを待っていたのは――。
夏のコンクール。
吹奏楽部にとって、もう一つの大きな舞台だった。
新たな目標に向けて、再び練習の日々が始まる。
そんな中、
「天奏先輩。何してるんですか?」
こうして東縁高校吹奏楽部は、夏のコンクールへ向けて動き始めていく。
夏のコンクールへ向けた練習が始まり、東縁高校吹奏楽部では大会に向けたメンバー選考も行われることになった。
「一年、ユーフォニアムの月本響です。よろしくお願いします!」
それでも、響の演奏力はすでに部内でも突出していた。
「……月本響、以上二名」
学年や経験だけで、演奏する場所が決まるわけではない。
故に、後輩が先輩を差し置いて選ばれることも、決して珍しいことではなかった。
それは、瞬崎があえて作った仕組みだった。
「だからこそ、大会ごとにオーディションをすることにしたんです」
実力のある者が演奏する。
そのために、誰もが毎回、自分の音と向き合わなければならない。
そして響は、そのオーディションを通して、さらに多くの人の目に留まっていく。
「今日の一本で、全部決めるつもりで行こう」
そして――。
「そして行こう。東縁高校吹奏楽部として」
迎えた地区大会。
課題曲Ⅰ――「勇者のマズルカ」。
自由曲――「黎明〜到来の夜明け〜」。
これまで積み重ねてきた練習。
それぞれが抱えてきた思い。
そして、東縁高校吹奏楽部として作り上げてきた音。
そのすべてを、一度の演奏に込める。
そして――。
「……次に、プログラム17番、長野県東縁高等学校」
東縁高校吹奏楽部は、初めてその壁を越えた。
初の地区大会突破。
入学式で聴いた、あのまとまりのない演奏から始まった一年。
その音は少しずつ変わり始めていた。
《吹部やらない?》
《ずるいよ、そんな音》
《また失う》
《もっと聞きたいなぁ》
《私、バカだね》
《いや、いや!!!もうやめて!!!》
《もっと聞いていたかったよ》
《天奏まで見捨てるんだ》
《私にやる資格なんてない》
《疲れた》
《音楽、好き?》
《……ふふ、私も……大っ嫌いだよ》
「お願い……やめて……」
地区大会を突破し、次の舞台へ進むことになった東縁高校吹奏楽部。
けれど、物語はここからさらに広がっていく。
響は、音楽を通して仲間たちと関わる中で、少しずつ彼らのことを知っていくことになる。
その中には、響自身が想像していなかった過去を抱えている者もいた。
「瞬崎音色。私の娘です」
家族との関係。
過去に残された傷。
音楽を続ける理由。
そして、音楽から離れようとする理由。
響は、そんな一人ひとりの過去に触れていく。
「話はそれだけ。もう私には関わらないで」
簡単には踏み込めないほどの痛みを抱えている人もいた。
それでも響は、無理に言葉で変えようとはしなかった。
彼が向き合ったのは――その人の「音」だった。
「音色さんを信じてください。そして、自分のことも」
「見せてください。誰のものでもない、天奏先輩の本当の音を」
響の言葉と、そして何より響自身の奏でる音が、少しずつ彼らの心を動かしていく。
自分の過去と向き合うこと。
もう一度、音楽と向き合うこと。
誰かに決められた音ではなく、自分自身の音を奏でること。
響は、ただ楽器を吹いているだけではなかった。
音によって、人の心を動かしていた。
地区大会を突破した東縁高校吹奏楽部は、続く県大会にも挑む。
そして――。
「3校目、プログラム12番、長野県東縁高等学校」
県大会も無事に突破。
次に待っているのは、さらにその先。
東海大会だった。
部員たちは次の舞台へ向け、再び練習を始める。
オーディションも行われ、より高いレベルの演奏を目指して、それぞれが準備を進めていった。
ここまで、順調に進んでいるように見えた。
地区大会を越え。
県大会を越え。
そして、次は東海大会。
東縁高校吹奏楽部は、着実に前へ進んでいた。
――しかし。
その道の途中で、誰も予想していなかった出来事が起こる。
「響君は、東堂君を庇って――」
「トラックに、跳ねられました」
一瞬にして、これまでの日常が崩れた。
そして誰もが考える。
これから始まるはずだった、東海大会は――。
「コンクールは――」
響の事故は、東縁高校吹奏楽部にも大きな衝撃を与えた。そしてそれは、これまで見ないようにしていた部内の問題まで浮かび上がらせることになる。
「響君と、東堂君のことも……私、何もできなかった。見てただけだった。関係ないって、どこかで思ってたのかもしれない」
「でも違う。同じバンドなんだよ、私たち。一人の音が崩れたら、全部崩れる。なのに、誰も踏み込まなかった」
「私も逃げない。もう、黙ってるのやめる。部長としてじゃなくて、一人の奏者として……ちゃんと、皆んなと向き合う」
久瀬たちは、ここで立ち止まることを選ばなかった。
響と東堂の問題。
これまで部員たちの間にあったすれ違い。
そして、自分たち自身が抱えていた問題。
それらと向き合いながら、東縁高校吹奏楽部は前へ進もうとする。
そして――。
ついに迎えた、東海大会。
しかし、その舞台に響の姿はない。
それでも、東縁高校吹奏楽部はここまで積み重ねてきた音を、ステージに置いていく。
そしてこの大会には、東海を代表する強豪たちも集まっていた。
豊川高校――「信濃の魔王」。
駿河栄聖高校――「駿河の金冠殿」。
名古屋エーストリア学園――「白律の悪魔」。
東海を象徴する三校が揃う中、東縁高校吹奏楽部もまた、その舞台に立つ。
響がいなくても、自分たちの音を奏でるために。
「最後に――プログラム十三番、長野県東縁高等学校」
東縁高校は、エーストリア学園を破り、全国出場を現実のものにした。
その一方で。
響は、長い眠りから目を覚ます。
気がつくと、目の前には白い天井が広がっていた。
「……ここは」
響が目を覚ましたことで、物語は大きく動き始める。
しかし、そこで告げられたのは、誰も予想していなかった事実だった。
「……月本君が、記憶障害になったそうです」
響は、自分がこれまで過ごしてきた時間の多くを失っていた。
そして、その事実を受け入れられない者もいた。
(違う。)
(響が忘れるわけがない。)
(あいつだけは……。)
響をよく知る仲間たちでさえ、何を信じればいいのか分からなくなっていく。
そんな中、響と東堂の間にも、再び向き合わなければならない時間が訪れる。
「柊木君!」
「――うるさいッ!!!!」
かつての出来事を知らない響にとって、周囲から向けられる感情は理解できないものだった。
「……僕、そんなに君に迷惑をかけるようなこと、した?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい……」
しかし、その謝罪は、かえって過去を知る者たちの胸を締め付けていく。
「帰りたまえ。本当に目障りなのはどちらだったのか……よく考えるんだな」
「東堂君ッ!!!!」
そこで明らかになっていったのが、長野市立西野中学校吹奏楽部時代の出来事。
東堂。
海斗。
そして――響。
三人の過去。
響が忘れてしまった時間の中に、彼らの間に何があったのか。
なぜ東堂は響を憎むようになったのか。
なぜ海斗は、響のことを知っていたのか。
そして――響自身は何をしていたのか。
(僕は……何をしたんだ……?)
失われた記憶を追うことで、響自身もまた、自分の知らなかった過去へと近づいていく。
「元を辿れば、全部こいつが原因なんだよ!」
それでも、過去を知るだけでは何も変わらない。
響は、自分の知らない「昔の自分」ではなく、今ここにいる自分として、東堂と向き合おうとする。
「僕ね……ずっと謝りたかったんだ」
そして――。
「だから僕は……そんな君を知ってるからこそ、苦しいんだよ。東堂君は、響君を憎む前に……昔の自分を思い出してほしい」
過去に囚われていた東堂に向けて、響は自分自身の言葉を届ける。
「今の僕を、もう一度見てほしいです。昔の僕じゃなくて、
今ここにいる、月本響を」
東堂が抱えていた感情もまた、過去から生まれたものだった。
「誰かのせいにしないと。俺自身が耐えられなかったんだよ……」
そして最後に残ったのは、憎しみでも、過去でもなかった。
「ありがとう。ここにいてくれて」
過去と向き合い始めた響の周りでも、少しずつ変化が生まれていった。
記憶を失った響は、かつての関係をそのまま取り戻すのではなく、今ここにいる自分として、一人ひとりと新しい関係を築いていく。
「どう? 少しは落ち着いた?」
「話を聞いてもらえるだけでも……嬉しかった」
「また、話したい」
そして――。
「柊木君と……ちゃんと話せるようになりたい」
「君を変えられるのが僕なら……僕は、もう逃げない」
柊木と奏多の間にも、少しずつ変化が訪れていた。
そして迎えた文化祭。
コンクールとは違う、学校という場所での演奏。
「全力で楽しんできてください」
音楽を競うだけではない。
誰かに音を届けること。
仲間と同じ時間を過ごすこと。
そんな当たり前の音楽を通して、彼らの関係もまた少しずつ変わっていく。
「東海大会の時から……ずっと、ちゃんと話したいと思ってた」
「それ以上に……」
「僕は、君に謝りたかった」
そして、かつて交わした約束についても――。
「前に約束したよね」
「僕と……響君の過去の関係を――」
しかし、その答えを聞くには、まだ早かった。
「今は、大丈夫」
「ちゃんと、やらなきゃいけないことを全部終わった時に」
「その時に、もう一度聞かせてほしいな」
過去を知ることだけが、前へ進むことではない。
今を積み重ねた先で、改めて向き合う。
そんな時間が、彼らの間にも生まれていった。
そして物語は、再びコンクールへ。
「プログラム十七番、静森学園高校」。
「竹乃さん」
「全国も一位、取ろうね」
静森学園にお気をつけて。あれがいる限り――あなたの夢は、永遠に届きませんわ。
「……あんたにとっては」
「何も知らない方が、幸せってことだよ」
一年間。
響たちは、たくさんの人と出会い、たくさんの音を奏でてきた。
笑って。
迷って。
傷ついて。
それでも、また楽器を手に取って。
地区大会を越え、県大会を越え、東海大会へ。
そして今、彼らの前には、全国大会という新たな舞台が待っている。
失われた記憶。
まだ明かされていない過去。
これから出会う仲間たち。
そして、まだ見ぬ音楽。
物語は、まだ終わらない。
むしろ――ここからが、新たな始まりになる。
月本響の音は、これからどこまで響いていくのか。
東縁高校吹奏楽部は、どんな音楽を奏でていくのか。
そして、この物語の先に待っているものとは――。
一年間の物語を振り返った今。
『心はB♭で響いている』は、次のステージへ進んでいく。
これからも。
彼らの音は、響き続ける。
スクリーンに映し出されていた映像が終わる。
会場に、しばらく静寂が流れた。
「…………」
来島は腕を組みながら、スクリーンを見つめている。
「……いやぁ」
ぽつりと口を開いた。
「改めて見ると、いろいろあったなぁ」
「そうだな」
隣にいた陽翔も、どこか感慨深そうに頷く。
「最初はあんなに酷かった吹奏楽部が、今じゃ全国大会だもんな」
「俺たちも、随分変わったよな」
「うん」
二人はしばらく黙ってスクリーンを見る。
そして――。
「……でもさ」
来島が口を開いた。
「これ、流石にざっくりしすぎじゃない?」
「……は?」
陽翔が振り返る。
「いや、だってよ」
来島は指を折りながら話し始める。
「一年間の話を振り返るって言うから、もっとこう……いろいろあると思ったんだよ」
「十分あっただろ」
「いやいや!」
来島は首を横に振る。
「俺たちの一年間、こんなもんじゃねぇだろ!」
「まぁ、それはそうだけど……」
「ナーガフェスだってもっとあったし、コンクールだってもっとあったし、俺なんてもっと喋ってたはずだぞ!」
「そこ?」
陽翔が呆れた顔をする。
「というか、お前……作ってくださってる人に何言ってんだ。そこはちゃんと感謝しろよ」
「……いや」
来島は腕を組み直す。
「でも、これ作ったやつはロクなやつじゃねぇな」
「おい」
陽翔が即座にツッコむ。
「さっきまで一年間ありがとうとか言ってただろ!」
「それとこれとは別だ!」
「何が別なんだよ!」
来島は何故か自信満々に頷く。
「まぁ、でも安心しろ」
「何が?」
「これ作ったやつ、この後出てくるやつだけどね」
「…………」
陽翔の動きが止まる。
「……は?」
「だから、この後出てくる」
「いや、どういうこと?」
「そのままの意味」
「いやいやいや!」
陽翔が周囲を見回す。
「この後って何!? 誰が出てくるんだよ!?」
「まぁまぁ」
来島は意味深に笑う。
「それは次のお楽しみってことで!」
「いや、説明しろよ!!」
来島は華麗に話を逸らす。
「それでは!続いて、トピック2に参りましょう!」
「話を逸らすなぁ!!」
マイクを握り直し、会場を見渡す。
「続いて参りましょう!!」
スクリーンの表示が切り替わる。
「トピック2」
そして――。
『人気キャラ投票 結果発表!!』
「うおおおおおおお!!!」
来島自身が一番テンションを上げている。
「一周年記念スペシャルと言えば、これでしょう!!」
「お前が一番楽しんでるだろ」
陽翔が冷静に突っ込む。
「当たり前だろ!一年間、俺たちが頑張ってきたんだぞ!?」
「俺たちが頑張ったことと人気投票に何の関係が……」
「細かいことはいいんだよ!」
来島は陽翔の言葉を遮る。
「今回は、読者の皆さんに投票していただいた――『心はB♭で響いている』人気キャラ投票!!」
会場の照明が一気に明るくなる。
スクリーンには、まだ何も表示されていない。
「果たして!」
来島が声を張り上げる。
「誰が選ばれたのか!!そして――!」
さらに溜める。
「俺は何位なのか!!」
「そこが一番気になってんのかよ」
「もちろん!」
即答だった。
「さぁ、それでは!」
マイクを高く掲げる。
「まずは――!総投票数を!」
会場が静まり返る。
来島が固唾を呑む。
「ワクワク……」
「ドキドキ……」
「バキバキ……」
「なんだその最後」
陽翔が横から呟く。
そして。
スクリーンに数字が映し出された。
『1』
「…………」
来島が固まる。
「……え?」
陽翔もスクリーンを見る。
「……1?」
来島は目をこする。
もう一度見る。
『1』
「……」
さらに近づく。
『1』
「…………」
来島は目を細める。
「いや、待て」
もう一度。
『1』
さらにもう一度。
『1』
『1』
『1』
『1』
「…………」
何度見ても。
何回確認しても。
そこに表示されている数字は――
『1』
「…………」
来島の表情から、みるみるうちに熱が消えていく。
「……総投票数」
小さな声で呟く。
「一票……?」
「そうみたいだな」
陽翔が淡々と答える。
「…………」
来島はマイクを持ったまま、しばらく沈黙する。
そして。
「……えぇー……」
露骨にテンションが下がった。
「人気キャラ投票……」
肩を落とす。
「総投票数、一票です……」
「まぁまぁ」
陽翔が慰める。
「一票でも投票してくれた人がいるんだから、ありがたいだろ」
「…………」
来島はしばらく黙っていた。
しかし、何かに気づいたように顔を上げる。
「……待て。今回の投票って、一人最大三人まで投票できたよな?」
「そうだけど」
来島の目に、ほんの少し光が戻る。
「ってことは……」
スクリーンを見る。
「その一票に俺が入ってる可能性もあるってことだよな!?」
「まぁ……可能性だけなら」
「あるんだな!?」
「あるけど」
「よっしゃあああああ!!!」
来島が勢いよく立ち上がる。
「まだ終わってねぇ!!」
「立ち直るの早っ」
「一票を舐めるなよ、陽翔!」
来島はマイクを握り直す。
「たった一票!されど一票!その一票が、俺を選んでいるかもしれない!!」
そして、スクリーンを指差す。
「というわけで!!」
再び会場に声を響かせる。
「ここからは!!」
「その貴重な一票を勝ち取った――」
一拍。
「栄えある人気キャラクターの結果発表です!!!」
陽翔が呆れたように呟く。
「……一票なんだけどな」
「うるさい!!」
スクリーンが切り替わる。
「さぁ!!果たして、その一票は誰に入ったのか――!!発表お願いします!!」
「それでは――!」
スクリーンに、三人の名前が並ぶ。
『月本響』
『瞬崎カルマ』
『天奏若葉』
「…………」
来島は、しばらくその画面を見つめていた。
「…………俺は?」
誰にも答えは返ってこない。
「…………」
来島はその場で膝から崩れ落ちた。
そして、そのままステージの床に倒れ込む。
「…………」
「おい、来島」
「…………」
返事はない。
「来島?」
「…………」
完全に沈黙している。
陽翔は呆れたようにため息をついた。
「……もういいや」
来島をそのまま放置する。
「えー、それでは今回、見事一票を獲得した三人には、ゲストとして登場してもらいましょう」
陽翔がステージの奥へ向かって声をかける。
「響君、瞬崎先生、天奏先輩!!」
「はーい!」
三人がステージ上に並ぶ。
その間も――。
来島は床に倒れたままだった。
「…………」
誰も触れない。
「……まぁいいか」
陽翔はマイクを持ち直す。
「それじゃあ、せっかくなので一人ずつコメントを」
まずは響。
「今回、人気キャラ投票で選んでいただき、本当にありがとうございます。これからも、皆さんに楽しんでもらえるように、精一杯頑張ります」
ぺこり。
「ありがとうございました」
続いて瞬崎。
「このような機会をいただき、大変光栄に思います。これからも生徒たちと共に、音楽と真摯に向き合っていきたいと思います」
「ありがとうございました」
そして天奏。
「私を選んでくださった方、本当にありがとうございます。これからも、自分らしい音楽を大切にしながら、もっと成長していきたいと思います」
「これからも、よろしくお願いします!」
三人が、それぞれ頭を下げる。
「…………」
陽翔は三人を見る。
(……なんだこれ)
あまりにも綺麗なコメント。
あまりにも淀みのない受け答え。
まるで――。
(……台本でも渡されてたのか?)
三人とも、特に何も疑問に思っていない。
そして。
陽翔は床を見る。
「…………」
そこには、未だに倒れ込んだまま微動だにしない来島。
(何?……俺がおかしいの?)
陽翔は一人、そんなことを考える。
その横で。
「…………」
来島は、まだ起き上がらない。
一言も喋らない。
ただ、床に倒れたままだった。
「…………おい、来島」
反応はない。
「そろそろ起きろよ」
「…………」
「……駄目だこりゃ」
陽翔は小さくため息をついた。
「司会が起きそうにないので、俺が代わりにまとめます」
陽翔は苦笑する。
「まぁ、今回の人気キャラ投票は――」
スクリーンに、改めて三人の名前が映し出される。
『月本響』
『瞬崎カルマ』
『天奏若葉』
「この三人が、一票を獲得しました。一票とはいえ、選んでもらえたのは普通にすごいことだと思う」
陽翔は三人を見る。
「……まぁ、俺は投票されてないけど」
「それは言わなくていいと思いますがね」
瞬崎が冷静に突っ込む。
「いや、だって事実ですし」
「…………」
そして、陽翔は床に倒れた来島を見る。
「あと――こいつは残念だったな」
「…………」
来島は動かない。
「……まぁ、次があるさ」
「…………」
「聞いてないな、これ」
陽翔は諦めたようにマイクを下ろす。
「ということで、人気キャラ投票の結果発表は以上です」
「来島君、そろそろ起きなよ」
響は来島の体をツンツン突く。
「…………」
「……本当に起きないな」
陽翔は再びため息をついた。
(……なんで俺が一周年記念スペシャルの進行やってんだよ)
そんな疑問を抱きながらも、陽翔は次のトピックへ進む準備を始めた。
陽翔はため息をつきながら、マイクを取り直した。
「……それでは、準備も整いましたので――」
一度、会場を見渡す。
「それでは、ト――」
その瞬間だった。
「待てぇぇぇぇぇぇ!!」
床に倒れ込んでいた来島が、勢いよく飛び起きた。
「うおおおおおおおお!!」
「うわっ!?」
陽翔が思わず後ずさる。
「お前、起きてたのかよ!」
「寝てねぇ!!」
「どう見ても寝てただろ!」
「精神統一してたんだよ!」
「絶対嘘だろ!」
来島は何事もなかったかのようにマイクを奪い取る。
「……さて」
「切り替え早すぎるだろ」
「ここからが一周年記念スペシャルの本番だ!!」
「さっきまで床に転がってた奴の台詞じゃないんだよなぁ……」
来島は聞こえていないふりをする。
「というわけで!」
会場に向かって、大きく手を広げる。
「トピック3!!」
スクリーンの表示が切り替わる。
『作者企画』
「ここからは、普段は語られることのない――」
一拍。
「この作品の裏側について!!」
「……裏側?」
陽翔が首を傾げる。
「そう!」
来島が力強く頷く。
「これからの展開だったり!設定だったり!今後の予定だったり!そして――」
来島が意味深に笑う。
「作者が何を考えてこの作品を作っているのか!!」
「……なるほど」
陽翔も少し興味を示す。
「一年間やってきたからこそ話せること、ってわけか」
「そういうこと!」
来島は満足そうに頷く。
「それでは――!」
マイクを握りしめる。
「ここで!!」
会場の照明が落ちる。
スクリーンに、大きく文字が浮かび上がった。
『SPECIAL GUEST』
来島が叫ぶ。
「登場してもらいましょう!!」
そして――。
「World of Tukimotoさーん!!!!!!」
会場に声が響き渡る。
しばらくして。
ステージの奥から、一人の人物が歩いてくる。
「はいはいはいはい、どもー」
「…………」
「…………」
「…………」
陽翔。
響。
瞬崎。
天奏。
そして来島。
全員が、その人物を見る。
「…………」
陽翔が小さく呟く。
「……誰?」
「作者」
来島が即答する。
「いや、作者って……」
「作者」
「…………」
陽翔は目の前の人物と、隣にいる来島を交互に見る。
「……本当に?」
「本当に」
「……この人が?」
「そう」
「……」
陽翔はしばらく黙った。
そして。
(……なんで作者が普通に出てきてるんだよ)
そんな疑問を抱きながらも、目の前の人物――World of Tukimotoを見つめていた。
「改めまして、『心はB♭で響いている』作者、World of Tukimotoです。本日は、『心はB♭で響いている』連載一周年記念スペシャルということで、こうして呼んでいただきました」
ツキモトは会場を見渡す。
「いやぁ、まさか本当に一周年迎えるとはね。去年9月22日に連載を始めて、今日で一年。最初は、ここまで長く続くなんて思ってませんでした。ましてや、一周年記念でこうして特別番組みたいなものまでやることになるとは……」
少し間を置いて。
「なんというか……一年間、長かったような。短かったような。でも、振り返ってみると、本当にいろんなことがありました。響たちもそうだし、東縁高校吹奏楽部もそうだし、そして何より――」
僕は少しだけ笑う。
「ここまで読んでくださった皆さんがいたからこそ、ここまで続けてこられたんだと思っています。読んでくださった方、感想をくださった方、ブックマークしてくださった方、評価してくださった方。そして、たまたまこの作品を見つけてくれた方も、本当にありがとうございます」
一度、深く頭を下げる。
「……まぁ、堅苦しい挨拶はこのくらいにして」
顔を上げる。
「今日はせっかくの一周年記念ですからね。普段は語らないようなことも、色々と話していこうと思います。作品のことだったり」
ツキモトはマイクを握り直す。
「キャラクターのことだったり、設定のことだったり、今後のことだったり……まぁ、言える範囲でね」
来島が横から口を挟む。
「おい、そこ重要だぞ。言える範囲ってなんだよ」
「作者だから全部知ってるけど、全部言っていいわけじゃないんだよ」
「ずりぃ!!」
「そりゃそうだろ」
陽翔が呆れたように二人を見る。
「……なんか思ってた作者企画と違うな」
「最初からこんな感じだよ」
ツキモトはそう言って笑った。
「というわけで――」
「今日は最後まで、楽しんでいってください。改めまして、『心はB♭で響いている』一周年、本当にありがとうございます」
「そして――これからも、よろしくお願いします」
そして――。
ふと、スクリーンを見る。
そこには、先ほど発表された人気キャラ投票の結果が残っていた。
『月本響』
『瞬崎カルマ』
『天奏若葉』
「…………」
ツキモトは、しばらく無言で画面を見つめる。
「……あぁ」
小さく頷く。
「一票ね」
「…………」
もう一度、三人の名前を見る。
「……一票かぁ。いや、まぁ投票してくださった方がいるだけ、本当にありがたいんですけどね。ありがたいんですけど……」
少しだけ遠い目になる。
「……作者としては、もうちょっとこう…ね?……まぁ、いいか」
ツキモトは気を取り直す。
「一票でも選んでもらえたということで。本当にありがとうございます」
「響君、瞬崎先生、天奏さんも、おめでとうございます」
そう言って、ツキモトは何事もなかったかのように話し始める。
「えーということで、まずはこの作品について、簡単に振り返っていk」
「もうやってるわ」
来島が突っ込む。
「え?こういうのって、普通作者である僕が…」
「そういうのいいから」
「ハイスミマセン」
ツキモトは静かに深呼吸する。
「じゃあまず、一年間書いてきての感想からですね」
ツキモトは少し考える。
「……正直なところ、ここまで続くとは思っていませんでした」
「2025年9月22日に連載を始めて、そこから一年。最初の頃は、まさか一周年記念でこうして作者本人が出てくることになるなんて、もちろん考えてもいませんでしたし」
「そもそも、こんなに長い作品になるとも思っていませんでした。一年生編を書いている途中で、どんどん話が増えていって。気がつけば、もう一年生編だけでかなりの話数になっている」
「……いや、本当に長くなりましたね」
「でも、書いていて一番感じたのは、やっぱり楽しかったということです」
「もちろん、毎回楽しく書けたわけではありません。展開に悩むこともありましたし、文章が思うように進まないこともありました」
「それでも、続きを考えている時間は楽しかったです」
「次は何を書こうか。このキャラクターは何を言うんだろう。この先、どういう展開にしようか」
「そうやって考えているうちに、また次の話を書きたくなる。そんな一年間だったと思います」
「そして、もう一つ大きかったのが、読んでくださる方がいたことです」
「投稿した作品を読んでもらえて、感想をもらえて、ブックマークや評価をしてもらえて。確かに、他の大ヒットと比べれば、全然下です。でも…」
「そういう一つ一つが、本当に励みになりました一人でも読んでくれる人がいるなら、続きを書こう」
「そう思えたことが、ここまで続けてこられた理由の一つだと思っています」
「だから、この一年間を一言で表すなら――」
ツキモトは少しだけ笑った。
「楽しかった、ですね」
「大変なこともありましたけど、それ以上に、この作品を書いている時間が楽しかったです」
「そして何より。一年経った今でも、まだ書きたい話がたくさん残っています」
「だから、これからも『心はB♭で響いている』は続いていきます」
「……まぁ、まずは一年生編をちゃんと終わらせないといけないんですけどね。そこは、ツキモト自身も頑張ります」
「一年間書いてきての感想としては、そんなところですかね。続いては――作品のタイトルについてです」
「『心はB♭で響いている』。このタイトル、どういう意味なのか。実は、作品を作る上でかなり大切にしている部分です」
「まず、『B♭』というのは、吹奏楽をやっている人なら分かると思いますが、非常に馴染みの深い音です。なんせ基準となる音ですから」
「だから、この作品においてB♭という音は、単純に一つの音を表しているだけではありません」
「人と人を合わせるための音。それぞれ違う楽器を持つ人たちが、一つの音楽を作るために共有するもの。そして――心もまた、誰かと響き合うことがある」
「そんな意味を込めています」
「……なるほど」
陽翔が頷く。
「じゃあ、『心はB♭で響いている』っていうのは、音楽と人の心を重ねてるってことか」
「そうですね。この作品では、演奏技術だけを描きたいわけではありません」
「誰かが誰かの音を聴いて、何かを感じる。誰かの言葉が、別の誰かを動かす。一人では出せなかった音が、誰かと出会うことで生まれる。」
「そういうものを描きたくて、このタイトルにしました」
来島が腕を組む。
「……つまり、俺たちの心もB♭で響いてるってことか?」
「まぁ、そういうことです」
「じゃあ俺のチューバもB♭で――」
「お前はそこだけ拾うのかよ」
陽翔が呆れる。
「いや、大事だろ!」
「そこまで言うなら、ちゃんと作品のテーマを理解しろよ」
「分かってるって!」
「本当に?」
「……たぶん!」
「たぶんかよ」
ツキモトは二人のやり取りを見ながら続ける。
「そして、もう一つ」
「『響いている』という言葉にも意味があります」
「主人公の名前は――月本響」
「響という名前そのものが、『音が響く』という言葉に繋がっています」
来島が振り返る。
「……あ」
陽翔も気づく。
「主人公の名前とタイトルが繋がってるのか」
「そうです」
「ただし、これは単純に名前をタイトルに入れたというだけではありません」
「響の音が誰かに届く。その音を聴いた誰かが変わる。そして、その人がまた別の誰かへ何かを繋いでいく。」
「だから、『響く』という言葉は、この作品そのものを表す言葉でもあります」
「音楽が響く。心が響く。人と人との想いが響く。そして、その響きが次へ繋がっていく」
「それが、『心はB♭で響いている』というタイトルに込めた意味です」
しばらく、会場が静かになる。
「……なんか」
来島がぽつりと呟く。
「思ってたより、ちゃんとしてた。もっと適当に決めたタイトルなのかと」
「作者をなんだと思ってんだ?」
ツキモトは露骨に不機嫌になる。
「これでも結構考えてるんだぞ。作品作ってるのは自分なんだから、それはs」
「そろそろやめてもらっていい?」
「ハイスミマセン」
響に制止させられる。
「でも、こうして聞くと、今までの話ともちゃんと繋がってるんだな」
「そ、そうですね。この作品は、音楽の物語であると同時に、人と人との繋がりの物語でもあります」
「だから――これから先、どれだけ物語が続いても」
「『心はB♭で響いている』というタイトルだけは、最後まで変わりません。このタイトルに込めた意味も、物語の最後まで残り続けると思います」
ツキモトはマイクを持ち直す。
「続いては――なろうという環境で、どうして『吹奏楽』というジャンルを選んだのか。これについては、結構シンプルな理由です」
「ツキモト自身が、吹奏楽経験者だからです」
来島がすぐに反応する。
「やっぱそこか!」
「まぁ、そうなりますね」
「自分が知らない世界を一から調べて書くより、自分が実際に経験してきたことの方が、書けるものが多いと思ったんです」
「吹奏楽って、外から見ると結構特殊な世界だと思うんですよね」
「大人数で楽器を吹いて、コンクールに出て、賞を目指して――」
「でも、実際にやってみると、その中には本当にいろんなものがあります」
「練習、合奏、オーディション、先輩と後輩、パート内の関係、大会に向けての緊張、演奏が上手くいった時の嬉しさ、逆に、思うように吹けなかった時の悔しさ」
「そういうものを、実際に吹奏楽をやっているからこそ描けるんじゃないかと思いました」
陽翔が頷く。
「確かに、作中でも妙に細かいところあるもんな」
「ありますね」
「歩幅とか」
「ありますね」
「オーディションとか」
「ありますね」
「やたら大会の話が細かいとか」
「……そこは趣味です」
来島が笑う。
「やっぱ作者、吹奏楽好きじゃん」
「そりゃそうですよ。ただ、最初から『吹奏楽小説を書こう』と決めていたわけではありません」
「小説を書こうと思った時に、自分なら何を書けるだろうと考えたその時に出てきたのが、吹奏楽だったんです」
「なろうには、いろいろなジャンルの作品があります。その中で、吹奏楽という題材は、少なくともツキモトにとっては、自分の経験を物語にできる題材でした」
来島が少し真面目な顔になる。
「じゃあ俺にもちゃんと意味が――」
「もちろんありますよ」
来島が少し嬉しそうに頷く。
「……よかった」
陽翔が横から呟く。
「そこだけ妙に安心してるな」
「大事だろ!」
「まぁ、否定はしないけど」
ツキモトは二人のやり取りを見ながら、最後に続ける。
「結果として、こんなに長くなるとは思ってませんでしたけどね」
来島が即座に口を挟む。
「それは本当にそうだろ」
「一年生編、いつ終わるんだよ」
「……それはツキモトにも分かりません」
「作者が分からないの!?」
「やっぱどうしようもねぇな」
「だからなんでそんかあたり強i」
「黙って」
「ハイスミマセン」
会場に、少しだけ笑いが広がった。
すると瞬崎が、ふと口を開く。
「……一つ、よろしいでしょうか」
「はい」
「それよりも――」
瞬崎は少し間を置く。
「異世界ファンタジーが大半を占める『小説家になろう』という場所で、なぜ吹奏楽を題材にしたのでしょうか」
「……まぁ、そう思いますよね。正直、ツキモト自身も最初から『なろうで吹奏楽小説を書けば注目される』なんて考えていたわけではありません」
「そもそも注目すらされてねぇマイナー中のマイナーだろ今も」
「そ、そうですけどね。自分が書きたいものを書こうと思った時に、吹奏楽が出てきた。それだけです」
来島が首を傾げる。
「そんな単純な話なのか?」
「単純ですよ。異世界に行ったり、魔法を使ったり、すごい能力を持っていたりする作品が多い中で――ツキモトが書こうと思ったのは、楽器を吹く高校生の話だった」
瞬崎が静かに頷く。
「つまり、珍しいジャンルだから選んだわけではない、と」
「そうですね。もちろん、なろうという場所で読んでもらう以上、読者の方に興味を持ってもらうことは大切だと思います。でも、だからといって、自分が書けないものを無理に選んでも、長く続けることはできないと思うんです」
「ツキモトが一番書けるもの。そして、一番書きたいと思えたもの。それが吹奏楽だった。だから、なろうであっても吹奏楽を書きました」
来島が腕を組む。
「……なんか、意外と真面目だな」
「まぁ作者ですからね」
「いや、もっと『異世界ファンタジーに飽きたから吹奏楽にしました!』とか言うのかと」
「そんな理由ではありません」
陽翔が笑う。
「でも、実際それで一年間続けてきたんだから、結果的には良かったんじゃないか」
「そうですね」
「少なくとも、ツキモト自身はそう思っています」
瞬崎が再び口を開く。
「では、この作品を読んでくださった方に対して――」
「『なろうにはこういう作品もある』ということを届けたかった、という面もありますか?」
「それはあります」
「異世界ファンタジーが多い場所だからこそ、吹奏楽という題材が目に留まる可能性もある。誰かが作品一覧を見て、『吹奏楽小説なんてあるんだ』と思ってくれるかもしれない。そして、一人でも『ちょっと読んでみようかな』と思ってくれたら、それだけで意味があると思っています」
「だから、ジャンルが違うこと自体をマイナスには考えていません」
「むしろ――」
ツキモトは少し考える。
「『ここで吹奏楽を書く』ということそのものが、この作品の一つの個性になっているんじゃないかなと思っています」
瞬崎は小さく頷いた。
「なるほど。流行に合わせるのではなく、自分が書けるものを、この場所で書く」
「まぁ、そんなところですね」
来島がぽつりと呟く。
「……なんか、ちょっとカッコいいこと言ってない?」
「そうですか?」
「うん」
陽翔も頷く。
「では、続いて――作品の初期案や、キャラクターについてのお話をします」
「まずは、一番大きなところから。主人公、月本響についてです」
来島が少しだけ顔を上げる。
「響って、いつからできてたんだ?」
「実は――」
ツキモトは少し考える。
「月本響というキャラクター自体は、かなり初期からいました」
「ただ、今の響と最初からまったく同じだったわけではありません。名前や、ユーフォニアムを吹く主人公という大枠は早い段階からありました」
「初期からパクってたわけか」
「パクってって言うのやめてもらっていいd」
「黙って?」
「ハイスミマセン。でも、性格や過去、物語の中での役割については、書き始めてから少しずつ変わっていきました」
陽翔が口を挟む。
「つまり、最初から全部決まってたわけじゃない?」
「そうですね」
「むしろ、書いていくうちに『このキャラクターなら、こうするんじゃないか』というものが増えていった感じです」
「最初は、吹奏楽を始める少年の物語として考えていた」
「そこから仲間が増えて、大会が増えて、それぞれのキャラクターに過去や事情ができて」
「その中で、響自身にも『過去』が必要になっていった」
「そして現在の物語へ繋がっていきました」
来島が驚いたように言う。
「じゃあ、記憶を失うところとかも最初から?」
「それは――」
ツキモトは少し間を置く。
「作品のかなり重要な部分なので、細かい初期案については今ここでは全部話しません」
「ただ、響というキャラクターを考えていく中で、『音楽を忘れる』という要素が大きな意味を持つようになったのは確かです」
「最初はただ『ものすごく上手い主人公』だったものが」
「そこに、過去、記憶、家族、仲間との関係、そして自分自身の音楽を探すというテーマが加わっていった」
「そうやって、今の月本響になりました」
瞬崎が尋ねる。
「では、響という人物を作る上で、特に意識した部分は?」
「『才能があること』だけを主人公の特徴にしないことです。響は、確かに演奏能力が非常に高いキャラクターです。正直言うと、演奏技術を今まとめたら、多分他の創作物などの様々な音楽家と比べてもトップクラスだと自負しています」
「自信過剰」
「調子乗りすぎ」
「ですね」
「流石に自惚れすぎな気が…」
「あの、えーと」
「続けて?」
「あ、はい。でも、この作品で描きたいのは、『才能がある少年が大会で勝っていく話』だけではありません」
「響自身も、分からないことがある、知らない過去がある、誰かの気持ちを理解できないこともある」
「そして、誰かと出会うことで少しずつ変わっていく。だから、どれだけ演奏が上手くても、響自身が完成された人間というわけではない」
「そこは最初から現在まで、かなり大事にしています」
陽翔が頷く。
「確かに、響って音楽では異常なくらいすごいけど、人間関係では普通に悩んでるもんな」
「そうですね」
「そこが、この作品の主人公として大事なところだと思っています」
来島が手を挙げる。
「じゃあ俺たちも、最初からいたの?」
「全員が最初からいたわけではありません」
「えっ」
「物語を作っていく中で、新しく生まれたキャラクターもかなりいます」
「じゃあ俺は?」
「来島は――」
ツキモトが少し考える。
「比較的早い段階から存在していました」
「よっしゃ!」
「ただ、今の来島と最初の来島が完全に同じだったかというと――」
「……違うの?」
「そこも含めて、キャラクターというのは書いていくうちに変わっていくものだと思っています」
「実際、陽翔も、奏多も、柊木も、天奏も」
「物語の中で動かしていくうちに、それぞれの人物像が固まっていきました」
「だからツキモトにとって、この作品のキャラクターは『最初から完成していた設定』というより」
「物語を書きながら、一緒に形になっていった存在なんです」
ツキモトは少しだけ間を置く。
「そして、その中でも月本響は――」
「この作品を始めた時から、ずっと中心にいるキャラクターです」
「これから物語がどれだけ続いても、この物語の中心にいるのは、月本響です。彼がどんな音を奏でて、誰と出会って、どこへ進んでいくのか」
「それを最後まで描いていくことが、ツキモト自身にとっても、この作品を書く大きな理由の一つです。一応まとめときますね」
そうしてスクリーンに映し出された。
月本響の演奏技術ざっくりまとめ(明かされてる範囲内)
・最大3オクターブ上のFまで出る
・何十小節もの間息継ぎ無しで吹き続けられる
・他人の吹く音を再現(回想では海斗の音を)
・1人で同時に複数、違う楽器の音色を出せる→1人合奏(?)
・ユーフォで他楽器の音色や演奏技法を再現(作中ではクラやトリル、フルートなどを)
「盛ってるな」
「詰め込みすぎ。SFかよ」
「これ出されたらさっきの説得力無い」
「頭悪い」
「ちょっと酷く無いか?流石に」
ツキモトの声が震える。
「それでは、続いては」
ツキモトがマイクを持ち直す。
「まぁ、気を取り直してここからは――」
スクリーンに、大きく文字が表示される。
『作者が勝手に選ぶ!』
このキャラ、〇〇で賞!!』
「…………」
会場に微妙な沈黙が流れる。
「……また始まった」
誰かが小さく呟く。
「作者が勝手に選ぶって」
「タイトルからして嫌な予感しかしないんだけど」
「人気投票の次は、作者の独断か……」
呆れたような空気が広がっていく。
しかし、ステージ上のツキモトは気にする様子もない。
「はい。というわけで、ここからはツキモトが独断と偏見で、キャラクターたちに賞を贈っていきたいと思います」
「独断と偏見って自分で言ったぞ……」
「いいんです」
ツキモトは堂々と頷く。
「だって作者企画ですから。むしろ作者が勝手にやらなくて誰がやるんですか」
「いや、そういう問題じゃないと思うけど……」
そんな周囲の反応をよそに、スクリーンには次の文字が表示される。
『第一回
このキャラ、〇〇で賞!!』
ツキモトがマイクを握る。
「それでは、始めましょう」
「……絶対ろくでもないぞ、これ」
そんな声が、どこからともなく聞こえた。
ツキモトは笑う。
「さっそく第一の賞から」
スクリーンが切り替わる。
『最も成長したで賞』
「この賞は、一年間の物語を通して、キャラクターとして大きく変化した、あるいは精神的に成長したと作者が感じたキャラクターに贈ります」
「まぁ、これは普通の賞だな」
「誰が選ばれるんだろう」
ツキモトが少し考えるように間を置く。
「……正直、かなり迷いました。それでも、この人にしました」
スクリーンに名前が表示される。
『如月奏多』
「おお」
「奏多か」
ツキモトが頷く。
「正直、成長なら永井や天奏など、他にもたくさんあると思うんですけどね。奏多は、単純に技術的に成長したとか、そういう話ではありません」
「一年間を通して、少しずつ考え方が変わっていった」
「特に、響が記憶を失った後の柊木との衝突」
「あの時の奏多は、以前の奏多だったら取らなかったであろう行動を取った」
「誰かのために動くこと、自分の気持ちを言葉にすること、そして過去と現在を分けて考えること」
「そういう意味で、より大人に近づいたキャラクターなんじゃないかなと思っています」
「なので――最も成長したで賞は、如月奏多です」
すると。
ステージ袖から、一人の人物が歩いてくる。
「……どうも」
如月奏多が登場する。
「おめでとう!」
「奏多!」
周囲から拍手が起こる。
奏多は軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
そして、ツキモトを見る。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「はい」
「響君が記憶喪失したのを利用して、柊木君と僕を衝突させたの?」
「…………」
ツキモトの笑顔が止まる。
奏多は怒鳴っているわけではない。
ただ、少し残念そうな顔で見つめている。
「……そういうところも含めて、成長したと思っていただければ」
「…………」
「その言い方、ずるくない?」
「ごめんなさい」
奏多は小さくため息をつく。
「……まぁ、いいです」
「でも」
もう一度ツキモトを見る。
「ちょっとだけ、作者さんに失望しました」
「…………」
「効くなぁ……」
誰かが呟いた。
ツキモトの精神に、静かにダメージが入る。
「では次!」
逃げるように進行する。
『最も印象に残ったで賞』
「この賞は、その名の通り、登場してから現在までを振り返った時、特に強烈な印象を残したキャラクターに贈ります」
「これもかなり悩みました。でも――このキャラかなと」
スクリーンに名前が表示される。
『東堂成昭』
「……おお」
会場がざわつく。
「これは納得かも」
ツキモトが続ける。
「やっぱり、過去回想が大きかったですね」
「初登場した時と、今とでは、読者から見た印象がかなり変わったキャラクターなんじゃないかなと思っています」
「最初は単純に、響と衝突する人物として見えていた。でも、東堂と海斗と響の過去が明らかになることで、その印象が大きく変わった。そういう意味でも、物語全体に与えたインパクトはかなり大きかったです」
「ということで――最も印象に残ったで賞、東堂成昭」
すると、ステージの奥から東堂が現れる。
「……俺か」
「おめでとうございます!」
東堂はツキモトを見る。
「……一つ聞く」
「はい」
「お前」
「はい?」
「そんな軽い気持ちで、俺と海斗をあんな目に遭わせたのか?」
「…………」
会場が静まり返る。
「え、いや、あの……」
「ふざけるな」
「…………」
「俺たちの過去を散々掘り返しておいて」
「それを『印象に残った』で済ませるのか?」
「…………」
ツキモトの顔が引きつる。
「いや……まぁ……」
「面白くなるかなって……」
「ふざけるな」
「すみません」
「さっきから作者、謝ってばっかだな」
「まぁ、そうなるよな……」
東堂はまだ納得していない。
「……覚えておけよ」
「はい……」
東堂は奥の椅子に座った。
ツキモトは深く息を吐いた。
「……次」
『最も作者を動かしたで賞』
「この賞は、書いているうちに作者自身が動かされた、あるいは自然と出番や展開が増えていったキャラクターに贈ります」
「そして、この賞は――」
スクリーンに名前が表示される。
『来島青馬』
「…………」
床から来島が勢いよく起き上がる。
「俺!?」
「復活した」
「完全復活だ」
来島は嬉しそうにツキモトを見る。
「やったぁぁぁ!!」
「この一年間、ある意味で一番『等身大の高校生』って感じがしたキャラクターですね。くだらないことを言ったり、騒いだり、悩んだり。でも、音楽に対してはちゃんと真剣だったり」
「そして何より――」
ツキモトが少し苦笑する。
「自分とちょっと似てる気がするんですよね」
「俺が?」
「はい」
「……まぁ、作者自身がチューバやってたっていうのもあるかもしれません」
来島が固まる。
「……え?」
「チューバをやってたって?」
「はい」
「主人公はユーフォなのに?」
「はい」
「なんで主人公チューバじゃないんだよ」
「まぁ、それはいろいろと」
「なんで話さねぇんだよ」
「さっきまで、いろいろぺちゃくちゃ話してたのに」
「ケチ、矛盾」
「あの、また、戻ってません?」
来島がツキモトに詰め寄る。
「てか、そういうの個人情報みたいに喋って大丈夫なの!?」
「そ、そこまで重大な情報じゃないと思います」
「俺を通して自分の情報をどんどん喋るな!」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃねぇ!」
会場から笑いが起こる。
しかし、来島自身は受賞したことが嬉しいらしい。
「……まぁ」
「でも、俺が作者を動かしたっていうのは、ちょっと嬉しいな」
「ありがとうございます」
「よし!人気投票は一票も入らなかったけど!」
「そこは忘れろよ」
「でも作者賞は取った!」
「……そうだな」
来島が胸を張る。
「俺はまだ終わってねぇ!」
「はいはい」
「次!」
ツキモトがスクリーンを切り替える。
『最も苦労させられたで賞』
「この賞は――ありえないくらいの苦労に振り回されたキャラクターに贈ります」
「これは……一人に絞れませんでした」
スクリーンに二人の名前が表示される。
『瞬崎カルマ』
『天奏若葉』
「二人です。どっちも辛すぎました。流石に目を背けたくなってしまいそうな過去が。お互いそれぞれ大切な何かを失ってしまっている」
すると。
「……なるほど」
「そういうことですか」
座っていた2人が並んで降りてくる。
「お二人とも、おめでとうございます」
瞬崎が微笑む。
「ありがとうございます」
天奏も微笑む。
「ありがとうございます」
そして。
二人が揃ってツキモトを見る。
「では、私たちからも一つ」
「はい」
「なぜ」
瞬崎が静かに言う。
「そこまで思っていたならなぜ、あんな過去を私たちに押し付けたんです?」
「…………」
天奏も続ける。
「私も聞きたいです」
「どうして私に、あんな過去を……なんで、比奈をあんな、目に」
天奏は涙を流しながらツキモトを凝視していた。
「…………」
ツキモトが黙る。
「いや、その……」
「物語上、必要だったので……」
「それは分かっています」
瞬崎が即答する。
「ですが」
「…………」
「もう少し、加減というものがあってもよかったのでは?」
「…………」
天奏も静かに頷く。
「作者、また負けてるぞ」
「もうキャラクター表彰じゃなくて作者反省会になってない?」
会場の声が聞こえる。
ツキモトは苦笑する。
「……では、最後」
『最も今後が楽しみで賞』
「この賞は、これから先の物語で、まだまだ描かれる余地があるキャラクターに贈ります」
「主要キャラクターです。というか――」
ツキモトが少し笑う。
「何より主人公です」
スクリーンに名前が映し出される。
『月本響』
「まぁ、これは分かりやすいかもね」
「響は、東堂の過去の中で少しずつ過去が描かれました。でも、まだ全部ではありません」
「むしろ――」
ツキモトは一度言葉を止める。
「ここからが、本当の意味で重要になってくると思っています。今まで明かされていなかった響の過去、失われた記憶。そして、これから明らかになっていくもの」
「ここは、本当に楽しみにしておいてほしいです」
すると、響本人が少し困ったような顔をする。
「……あまり、大事にはしないでほしいんだけどなぁ」
「主人公だから、それは難しいかな」
「……ですよね」
会場から笑いが起こる。
ツキモトは響を見る。
「ということで」
「最も今後が楽しみで賞は、月本響です」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
響は軽く頭を下げる。
そして、ツキモトはステージ上に並んだキャラクターたちを見る。
奏多。
東堂。
来島。
瞬崎。
天奏。
そして響。
「……ということで以上が、作者が勝手に選ぶ――」
スクリーンに、これまでの受賞者が並ぶ。
『最も成長したで賞 如月奏多』
『最も印象に残ったで賞 東堂成昭』
『最も作者を動かしたで賞 来島青馬』
『最も苦労させられたで賞 瞬崎カルマ・天奏若葉』
『最も今後が楽しみで賞 月本響』
「このキャラ、〇〇で賞!!でした」
ツキモトが満足そうに頷く。
「いやぁ、こうやって並べてみると――一年間、いろんなキャラクターを書いてきたんだなぁって思いますね」
すると。
東堂が口を開く。
「……作者」
「はい?」
「来年も俺たちに色々やらせるつもりか?」
「もちろん」
「…………」
奏多が続く。
「僕もですか?」
「もちろん」
「…………」
瞬崎も尋ねる。
「まだ苦労させるつもりですか?」
「……まぁ」
天奏も。
「私も?」
「はい」
来島が勢いよく手を挙げる。
「俺は!?」
「来島も」
「よっしゃ!」
響が小さく呟く。
「……僕も?」
ツキモトは笑う。
「主人公だからね」
「……やっぱり大事にはしないでほしいなぁ」
「無理です」
「…………」
一同が一斉にツキモトを見る。
「……」
「……」
「……」
ツキモトが少し後ずさる。
「……なんで全員そんな目で見るんですか」
誰も答えない。
ただ――。
この一年間、彼らを動かしてきた作者が、これからもまた、彼らに様々な物語を与えていくことだけは確かだった。
「続いては、学校について」
「東縁高校」
「豊川高校」
「駿河栄聖高校」
「名古屋エーストリア学園」
「西野中学校」
「静森学園」
「それぞれに名前の由来やモデルはあるのか、そして、どんな特色を持つ学校なのか。という話をしていきます」
「まず東縁高校。東縁という名前には、『縁』という言葉を入れています」
「人と人との縁、音楽を通して生まれる縁、そして、その縁によって新しい道を拓いていく。それが東縁高校のイメージです」
「校訓も――」
『縁を結び、道を拓く』
「この作品そのもののテーマにも繋がっています」
「そして、東海三神」
「豊川高校の『信濃の魔王』」
「駿河栄聖高校の『駿河の金冠殿』」
「名古屋エーストリア学園の『白律の悪魔』」
「この三校は、東海大会という舞台を象徴するような強豪として設定しています。それぞれに地域性や学校ごとのカラーを持たせています」
「西野中学校は、響たちの過去を描く上で重要な場所」
「そして静森学園は、今後の物語でも重要な存在になります」
「学校そのものにも、それぞれの歴史や特色を持たせて、単なる『大会に出てくる学校』ではなく、一つの世界として描いていきたいと思っています」
「さて、ここからは少し作品の外の話になります」
スクリーンが切り替わる。
そこに表示されたのは――。
『World of Tukimoto』
「YouTubeで活動しているチャンネルです。このチャンネルでは、主に『心はB♭で響いている』に関係する音楽を投稿しています」
「劇中で登場する曲だったり、作品のために作ったオリジナル曲だったり、小説だけでは伝えきれない、この作品の『音』を実際に形にしていく場所ですね」
「つまり――『心はB♭で響いている』を、文章だけではなく音楽でも楽しんでもらえるようにするためのチャンネルです」
スクリーンには、これまで投稿された楽曲が並んでいく。
「作中に登場する音楽を聴いてもらったり、この場面では、こんな曲が流れているんだな、と想像してもらったり、小説を読んだ後に曲を聴いて、もう一度物語を思い出してもらったり」
「そういう楽しみ方ができればいいなと思って、始めました」
しかし――。
僕は少し苦笑する。
「まぁ……」
「現状は、ほぼ更新が途絶えているお荷物チャンネルなんですけどね」
「お荷物って自分で言うなよ」
来島が呆れる。
「だって最近、全然更新できてないので」
「……それはそうだけど」
「小説の更新だけでも時間がかかりますし」
「そこに曲を作ったり、投稿したりとなると、どうしても時間が必要になる。結果として、今はかなり止まってしまっています」
ツキモトはスクリーンを見る。
「でもだからといって、やめたわけではありません。むしろ、今後はもう少し活用していきたいと思っています」
「『心はB♭で響いている』は音楽を題材にした作品です。だったら、いつか作品の中に出てくる音楽を、実際に聴ける形にしていきたい」
「劇中歌だったり、キャラクターに関係する曲だったり、大会で演奏する曲だったり、物語が進めば進むほど、音楽も増えていくはずなので。小説と音楽の両方から、この作品の世界を広げていければと思っています」
来島が口を挟む。
「じゃあ俺のテーマ曲とかも?」
「必要になれば」
「おお!」
「……人気投票では一票も入ってないけど」
「それはもういいだろ!」
会場から笑いが起こる。
「そして、もう一つ」
「このチャンネルは、『心はB♭で響いている』だけの場所にするつもりもありません」
「今後、自分で作った音楽や、作品とは直接関係のないオリジナル曲なども、できる範囲で投稿していきたいと思っています」
「ただ、今は何より――」
スクリーンに『心はB♭で響いている』のタイトルが映し出される。
「まずは一年生編を最後まで描く、全国大会を描く、その先の物語へ進む、それが今の最優先です」
「YouTubeチャンネルについては、正直いつどれくらい更新できるかは分かりません。もしかしたら、またしばらく止まるかもしれない。でも、作品の音楽を作る場所として、このチャンネルはこれからも残していきたいと思っています」
「そしていつか――小説を読んでくれた人が、『あ、この曲だ』って実際に音を聴けるような場所にできたらいいなと思っています」
「文章から生まれた音楽を、今度は本当に音として届ける。それが、YouTubeチャンネルでやっていきたいことです」
「……まぁ」
少し間を置く。
「まずは、お荷物じゃなくなるところからですね」
「自分で言うなって!」
来島のツッコミが響く。
「お荷物状態なのは、初期の東縁高校と似てるかもね」
「ということでYouTubeチャンネルも、『心はB♭で響いている』と一緒に、気長に見ていただければと思います」
「……さて」
僕は少しだけ息を吐いて、マイクを握り直す。
「長かった作者企画も、残すところあと一つとなりました」
「おおー!」
来島が拍手する。
「ついにラストか!」
「長かったなぁ……」
陽翔も少し疲れたように頷く。
「まぁ、ここまで色々話しましたからね」
ツキモトはスクリーンを見る。
そこには、最後のトピックが表示されていた。
『作品の今後について』
「最後は、作品そのものの今後について話したいと思います」
「おお、真面目な話ですね」
瞬崎が頷く。
「現時点での作品の構成だったり、新しく登場するキャラクターだったり。そして――完結について」
「……」
会場が少し静かになる。
ツキモトは一度、会場を見渡した。
「この作品は、まだ終わりません」
「まぁ、そうだろうな」
陽翔が苦笑する。
「全国大会もまだこれからだし」
「そうですね」
静かに頷く。
「現在は、第一章――『響く音響編 ―始動―』として、一年生編を進めています。そして、その先には二年生編、三年生編があります」
「三年生まであるのか!」
来島が驚く。
「最初からそこまで考えてたの?」
「ある程度は」
ツキモトは答える。
「もちろん、細かい部分は書きながら変わっていくと思います。でも、大きな流れとしては、高校三年間を描くつもりです。ちなみに全3章のタイトルは決まってるんですよね」
一年生 響く音響編ー始動ー(現在連載中)
二年生 響く残響編ー深化ー
三年生 響く余響編ー飛翔ー
「うわぁ」
「絶対ニヤニヤしながら決めたでしょ?」
「それっぽくかっこいい感じで決めてるな」
「ちょっと、厨二すぎな気が」
「だから、お前ら僕に対して酷すぎないか?」
「なるほど」
瞬崎が頷く。
「では、現在進行中の一年生編については?」
「あ、はい。まずは、全国大会です。一年生編では、ここまで地区大会、県大会、東海大会と進んできました。そして今、東縁高校吹奏楽部の前には全国大会という舞台があります」
スクリーンには、これまでの大会の映像が流れていく。
「それを描き切る」
そして。
「その上で、アンコンなど、まだ描くべきものがあります」
「……まだあるの?」
来島が呟く。
「あります」
「マジか……」
「響の一年間は、まだ終わっていません。そして二年、三生編では、新しい一年生たちが入ってきます」
「新キャラだな!」
来島が食いつく。
「そうです」
「俺たちにも後輩ができるわけか」
「はい」
「どんな奴らなんだ?」
「それは――」
僕は少し笑う。
「実際に登場してからのお楽しみです」
「おい!」
来島が抗議する。
「そこは教えてくれよ!」
「作品の楽しみがなくなるので」
「作者なのに秘密主義!」
「ケチ」
「あのさぁ…」
陽翔が笑う。
「まぁ、そこは仕方ないだろ」
「そ、そして、新キャラクターだけではありません。今いるキャラクターたちも、それぞれ進級していきます。一年生だった響たちが二年生になり、二年生だった人たちは三年生になる」
「当たり前だけど……なんか感慨深いな」
陽翔が呟く。
「そうですね」
僕も頷く。
「この作品は、音楽だけじゃなくて、高校三年間という時間そのものも描いていきたいと思っています。だから、登場人物たちが成長していくことも、この作品では大切にしたいです」
「……」
誰も茶化さない。
さっきまで騒がしかった会場が、少しだけ静かになる。
そしてツキモトは、最後の話題へ移る。
「そして――完結について」
「来ましたね」
瞬崎が呟く。
「正直に言います」
僕は苦笑する。
「まだ、かなり先です。一年生編だけでも、まだ終わってないし」
「はい」
「しかも二年、三年まである」
「……長くない?」
「長いです」
会場から笑いが起こる。
「でも、僕としては、それでいいと思っています」
ツキモトはスクリーンに映し出された『心はB♭で響いている』のタイトルを見る。
「この作品は、最初から短くまとめるために書いている作品ではありません」
「響が音楽と出会って、仲間と出会って、いろんな過去に触れて、そして、自分自身の音を見つけていく。その時間を、ちゃんと描きたいと思っています」
ツキモトは少しだけマイクを握り直す。
「だから、完結を急ぐつもりはありません。時間がかかっても、自分が納得できるところまで、この物語を書き続けたいと思っています。そしていつか――」
スクリーンに、これまでの物語が次々と映し出される。
入学式。
吹奏楽部との出会い。
ナーガフェス。
地区大会。
県大会。
東海大会。
事故。
記憶喪失。
文化祭。
そして、これから待っている全国大会。
「最後の音まで、ちゃんと届けたい」
僕はそう言って、少し笑った。
「それが、この作品の今後です」
「……なるほど」
陽翔が静かに頷く。
「結局、かなり真面目な話になったな」
「最後ですからね」
「まぁ――」
来島が腕を組む。
「三つくらい話してたけどな」
「……」
僕が固まる。
「現時点での構成、新キャラ、完結」
来島が指を一本ずつ立てていく。
「どう考えても三つだろ」
陽翔も頷く。
「確かに、最後に『一つ』って言ってたよな?」
「……まぁ。全部まとめて『今後について』なので」
「雑だなぁ!!」
来島が叫ぶ。
会場に笑い声が広がる。
「ということで――」
マイクを持ち直す。
「作品の今後については、こんなところで」
スクリーンには、再び作品タイトルが映し出される。
『心はB♭で響いている』
「これからも、月本響たちの物語は続いていきます。どんな音が待っているのか、どんな人と出会うのか、そして、最後にどんな音楽へ辿り着くのか」
一度だけ、スクリーンを見る。
「それは、僕自身もまだ全部は決めきれていません。だからこそ――」
少しだけ笑って。
「これから一緒に、この物語を見届けてもらえたら嬉しいです」
「……」
静かな拍手が起こる。
そして――。
来島がマイクを握る。
「……まぁ」
「?」
「結局、まだまだ終わらないってことだな!」
「そういうことです」
「よっしゃ!じゃあ俺たちも、まだまだ頑張らないとな!」
「そうだな」
長かった一周年記念スペシャルも、いよいよ最後。
作者企画を終え、ステージにはこれまで物語を彩ってきたキャラクターたちが、少しずつ集まってくる。
「……おお」
ステージを見渡した陽翔が、思わず声を漏らす。
「こんなにいたんだな」
「一年間やってきたんだもんな」
来島もようやく立ち上がり、周囲を見渡す。
東縁高校の部員たち。
これまで関わってきた人々。
気がつけば、ステージの上は大勢の人で埋まっていた。
「ほら、ツキモトさん。真ん中どうぞ」
「え、僕ですか?」
「そりゃそうだろ。作者なんだから」
「……なんか恥ずかしいな」
「なんなら、響と一緒に並んじゃおうよ!」
「え、僕も?」
「ほらほら、早く」
そう言いながら、ツキモトと響が中央へ歩いていく。
その左右には、陽翔、奏多、柊木、天奏、瞬崎、若田、桜咲、香久山、茅野、永井、来島――。
これまで出会ってきた仲間たちが並んでいく。
「もっと詰めろー!」
来島が声を上げる。
「後ろの人見えないぞ!」
「お前が一番前に出ようとしてるからだろ」
陽翔が来島を押し戻す。
「いてっ!」
その横では、奏多が苦笑し。
天奏は静かに微笑み。
柊木は少し照れくさそうに立っている。
瞬崎はいつも通り落ち着いた表情のまま、全体を眺めていた。
そして――。
ステージ中央。
ツキモトと響を囲むように、キャラクターたちが並ぶ。
「じゃあ、撮りますよー!」
スタッフの声。
「みんな、準備いい?」
「はーい!」
「おう!」
「……はい」
「よし!」
来島だけが妙に張り切っている。
「せーの!」
その瞬間。
シャッターが切られた。
一年間。
笑って。
迷って。
ぶつかって。
音楽を奏でて。
物語の中で、それぞれが歩いてきた時間。
そのすべてを、一枚の写真に残す。
「……撮れた?」
ツキモトが尋ねる。
「ばっちり」
陽翔が答える。
「じゃあ――」
来島がステージ中央へ身を乗り出す。
「これで一周年記念スペシャル、終了ってことで!」
「そうだな」
陽翔が頷く。
「長かったなぁ……」
「本当に長かったですね」
瞬崎も小さく笑う。
そして、ツキモトが写真を見る。
そこには、自分と響を中心に並ぶ、たくさんのキャラクターたち。
まだ物語の途中だからこそ、ここにいない者もいる。
これから出会う者もいる。
そして、この先、さらに増えていく者もいる。
それでも――。
今、この瞬間に集まった彼らの姿は、確かに一年間の軌跡だった。
ツキモトは、写真を見つめながら静かに笑う。
「……一年間、本当にありがとうございました。これからも――」
その言葉に、隣にいた響が顔を上げる。
ツキモトは、ステージに並ぶみんなを見る。
「僕たちの物語を、よろしくお願いします」
もう一度、シャッターが切られた。
今度は――誰も構えていない。
笑っている者。
ふざけている者。
隣の誰かと話している者。
そして、その中心で笑うツキモト。
そんな一枚だった。
物語は、まだ終わらない。
全国大会。
二年生。
その先に待つ、まだ見ぬ音楽。
まだ明かされていない過去。
これから出会う人々。
そして――。
彼らの音が、どこまで響いていくのか。
一周年を迎えた今日も。
『心はB♭で響いている』は、まだ途中にある。
ステージの照明が、ゆっくりと落ちていく。
最後に残ったのは――
一枚の写真と。
そこに写る、たくさんの笑顔だった。
まだ、終わりではない。
これから先にも、音楽がある。
新しい出会いがある。
新しい物語がある。
そして――。
彼らの音は、まだ響き続ける。
来島はゆっくりと身体を起こした。
「……ん?」
音楽室の真ん中。
どうやら、床に突っ伏していたらしい。
「……あれ?」
何をしていたのか。
どうしてここで寝ていたのか。
いまひとつ、よく思い出せない。
なんだか、妙に長い夢を見ていたような気がする。
たくさんの人がいて。
ステージがあって。
よく分からない話をして。
最後には、みんなで写真まで撮っていたような――。
「……おかしいなぁ」
来島は頭を掻く。
「ただ寝てただけか」
そう呟いて、ふと手元を見る。
そこには、一通の手紙が置かれていた。
「……手紙?」
来島はそれを手に取る。
封を開け、中を読む。
そこに書かれていたのは――。
「…………」
来島はしばらく手紙を見つめる。
そして。
「……ふっ」
思わず、笑みがこぼれた。
「また、俺にやらせるのかよ」
そう呟いて。
来島は手紙を無造作にポケットへしまう。
そして、いつものように楽器を取り出した。
マウスピースを手に取る。
構える。
息を吸う。
そして――。
音楽室に、チューバの音が響き始めた。
物語は、まだ終わらない。
今日もまた。
誰かの音が、次の音へと繋がっていく。
一周年記念スペシャルの司会、本当にありがとう。最後まで盛り上げてくれて、とても助かりました。
……ということで。
二周年記念スペシャルでも、またよろしくね。
それじゃあ、また一年後。
――World of Tukimoto
あとがき
ここまで読んでくださった皆さん。本当に、本当にありがとうございました。
……いや、本当に長かったですね。今回の一周年記念スペシャル。
書いている本人が言うのもなんですが――めちゃくちゃ長くなりました。まさか、ここまで長くなるとは思っていませんでした。
最初は「一年間の振り返りをして、少し企画をやって、最後にご挨拶をして終わり」くらいのつもりだったんです。
それが気がつけば、あれも話したい、これも話したいとなって。
一年間の出来事を振り返って、
キャラクターについて話して、
人気投票をして、
作者自身が登場して、
設定の話をして、
今後の話までして、
……結果、こんなことになりました。
文章も途中からかなりしっちゃかめっちゃかになっていると思います。
話があっちへ行ったり、こっちへ行ったり。同じようなことを何度も話していたり。
「これ一周年記念でやる量じゃないだろ」と自分でも思っています。
本当にすみません。
それでも最後まで読んでくださった皆さん。本当にありがとうございます。
この作品を書き始めてから、一年。ここまで続けてこられたこと自体、自分でも少し驚いています。
最初は、ここまで長くなる作品になるとは思っていませんでした。
月本響という主人公を作って。
東縁高校吹奏楽部という場所を作って。
そこに少しずつキャラクターを増やして。
一人ひとりに過去や想いを持たせて。
気がつけば、たくさんの人たちが動き始めていました。
そして今では、僕自身でもすべてを把握するのが大変なくらい、物語が大きくなっています。
それでも、ここまで書いてこられたのは、この作品を読んでくださった皆さんのおかげです。
PVを見て。
ブックマークを見て。
感想をいただいて。
評価をいただいて。
たった一つの反応でも、「読んでくれた人がいるんだ」と思えることが、何度も力になりました。本当にありがとうございます。
そして、ここで一つ。
今回の作者企画で言い忘れていた、というより――かなり重要なことを一つだけ。
『心はB♭で響いている』の完結についてです。
この作品をこれから読んでいく上で、これだけは覚えておいてください。
僕は、この物語を「ハッピーエンド」にするつもりはありません。
これは、かなり重要です。
もちろん、だからといって「救いのない物語にする」という意味ではありません。
ただ、最初から最後まで何もかもが上手くいって、全員が幸せになって、すべてが綺麗に丸く収まる。
そんな終わり方にはするつもりはありません。
この物語で描きたいのは、音楽を続けること。
人と出会うこと。
誰かを傷つけてしまうこと。
失うこと。
忘れること。
それでも前へ進もうとすること。
そして、自分の音を探し続けること。
だからこそ、最後に待っているものも、きっと「ただ幸せだった」で終わるものではないと思っています。
どういう結末になるのか。
誰が何を得て。
誰が何を失って。
そして、月本響が最後にどんな音を奏でることになるのか。そこは、最後まで物語を書き切ってから、皆さんに届けたいと思います。
まだまだ、物語は終わりません。むしろ――ここからです。
全国大会。
その先の物語。
新しく登場するキャラクター。
まだ明かされていない過去。
そして、いつか訪れる完結。
僕自身、まだ書き切れていないものがたくさんあります。
だからこれからも一歩ずつ、この物語を書き続けていきたいと思います。
更新が遅くなることもあると思います。思った以上に長くなることもあると思います。
それでも。
最後まで、この物語を届けられるように頑張ります。
一年間。『心はB♭で響いている』を読んでくださって、本当にありがとうございました。
ここまで読んでくださった皆さん。
応援してくださった皆さん。
作品に触れてくださったすべての皆さんへ、心から感謝しています。
本当にありがとうございました。
そして――
これからも、どうぞよろしくお願いします。『心はB♭で響いている』は、これからも続いていきます。
彼らがどんな音を奏でるのか。
その音が、どこまで響いていくのか。
どうか、これからも見届けてください。
感想、評価、ブクマ、レビューも是非お願いします。
それでは――。
また一年後。
二周年スペシャルでお会いしましょう!




