2026年 誕生日スペシャル 柊木真尋編「今日は全員ズレている」
※投稿遅れました。申し訳ありません。
今日は少しだけ特別な日だったはずなのに、気づけばそれは、いつも通りの騒がしい一日になっていた。
誰かが話し出すと、誰かがかぶせてくる。
まとまっているようで、どこか噛み合わない。
それでも不思議と、歩幅だけは揃っている。
今日がどんな日になるのかは、まだ誰もちゃんと分かっていない。
「おはよう」
朝。キッチンに立つ母に声をかける。
「あ、おはよう。今日も早いわね」
返ってきた声は、まだ少し眠たそうだった。
机の上には、すでに朝食が並べられている。焼き鮭に味噌汁。湯気が静かに立ち上っていた。
「先食べてていい?」
「あ、いいわよ」
母はフライパンを洗いながら答える。
「いただきます」
そう言うのと同時に、柊木は片耳にイヤホンをつけた。
数秒後、軽快なブラスサウンドが耳に流れ込む。
「全く、朝くらいはスマホやめなさい」
母が呆れたように息を吐く。
柊木は特に気にした様子もなく、朝食を口へ運んだ。
——ディスコ・キッド。
華やかなメロディー。
跳ねるようなリズム。
重なり合う金管の音。
自然と耳が向く。
トランペットの入り。
低音の支え。
パーカッションの僅かな走り。
音が、頭の中で勝手に整理されていく。
それはもう、癖みたいなものだった。
朝食を食べ終え、歯を磨き、準備を進める。自室へ戻った時、不意に視界の端へそれが入った。
『賞状 全日本将棋大会 優勝』
額縁の中に収められた、過去の栄光。
……とは言っても、当時の記憶はもうほとんど残っていない。
「たしか、友達に勧められて始めたんだっけ」
独り言のように呟く。
柊木は、将棋が得意だった。
そしてそれ以上に——常に先を読むことが得意だった。
盤面の流れ。
相手の思考。
数手先の可能性。
自然と、それを考えてしまう。
だからこそ、将棋でも結果を残せたのだろう。
額縁に飾られた賞状。
その下に書かれた文字を見て、ふと手が止まった。
——平成十五年 五月十七日
全日本将棋連盟
「……あ」
小さく声が漏れる。
五月十七日。
その日付を数秒見つめた後、柊木は静かに口を開いた。
「そうじゃん。今日誕生日じゃん」
支度を済ませ、柊木は家の外へ出る。
そこには、すでに家族の待つ車が停まっていた。
……そういえば。
今日の外出も、本来は誕生日のためのものだった気がする。
今更になって思い出す。
「遅いよ〜、まひにーちゃん」
車の窓から、小さな顔がひょこっと飛び出した。
妹の佑美だ。
「はいはい、今行くから」
「また昆虫図鑑でも眺めてたの?」
「そんなわけないだろ」
兄妹の、いつものやり取り。
「ほらほら、喧嘩はやめなさい。真尋も早く乗って」
母の声に、小さく返事をする。
「はいはい」
そうして、車へ乗り込んだ。
「さ、今日は家族みんなで楽しむぞ〜。なんせ真尋の誕生日だからな」
父はいつも以上にテンションが高かった。
「へぇ~まひにーちゃん、今日誕生日なんだ」
佑美はそっけなく言う。
「なんだその反応」
「いや、知らなかったし」
母は、また呆れたように息を吐いた。
「はぁ、自分事の物忘れは兄妹似てるわね」
すると兄妹の声が重なる。
『一緒にしないでよ!!』
「まぁまぁ、落ち着いて。せっかくの機会なんだから、もっと楽しく!」
父が間に入るように声を上げる。
そして続けた。
「さぁ、最初に行く場所は決まってるよな。じゃあせーので一斉に言うぞ。はい、せーの!!」
家族の声が重なった。
——しかし、タイミングだけだった。
「ケーキ屋さん!」
「昆虫屋敷!」
「遊園地!」
「水族館!」
すぐにツッコミが入った。それも重なるように、車内に声が飛び交う。
『いや全員バラバラ!!』
『いやツッコミは揃うんかい』
『以心伝心してる!?』
『まだシンクロしてる?』
『ちょ、もうやめよう!!』
『一回黙って!!』
「ふぅ、一体何だったんだ今の」
父が一人そう口にした。
「あそこまでシンクロするんてねぇ」
母も続く。
「逆に凄いよ」
柊木もそう言った。
「…………」
佑美はなぜか黙っていた。
それに対して、さらにツッコミが入る。
『いやなんも言わないんか!!』
『一人ひとり喋る流れでしょ今のは』
『ていうかまたシンクロ?!』
『ちょ、どこまで続くかチャレンジしてみようよ!』
『せーの!!』
「ねぇ、いつまで続けてるの〜」
佑美がそう挟んだ。
『邪魔するなって!!』
「はぁ、疲れるな、これ」
父がそう呟く。
「録画して動画アップしてみない?」
佑美がさらっと提案する。
「いいわね。やってみましょう」
母は笑顔で即答した。
「録音……機械……う、頭が」
柊木は下を向いたまま呟く。
「そうだ、まひにーちゃん。極度の機械音痴だったんだ」
佑美が思い出したように言う。
「まぁ、とりあえず練習してみましょうよ。カメラが回ってると仮定して。思ってることを口にしてみましょう。せーの」
一斉に口を開いた。
「あ、あ、その、えっと」
「今日楽しみ〜」
「どうも、母ですぅ」
「ひゃっほーい!!」
佑美が途中で止める。
「ちょちょちょ、なんで撮るってなったらこんなバラバラになるの?みんな緊張しすぎ」
「いや、あんた一番テンパってたじゃないの!?」
父がすかさず鎮める。
「はいはい落ち着いて、もっかいやろう。あらかじめセリフを決めて、みんなで一緒に」
そこにさらにツッコミが重なる。
『いや、それじゃヤラセじゃん』
『ってこれは揃うんかい!!』
「じゃあさ、質問に答えるのはどう?一つ質問出して、みんな同時にそれに答えるの」
今度は柊木が提案した。
「いいな、それ」
父も頷く。
「じゃあ私が質問出す」
佑美が手を挙げて言う。
そしてニヤリと笑った。
「家族で一番性格が悪いのは?せーの!」
それぞれが口を開く。
「お母さ...」
『佑美!!』
「ちょっとひどくない?食い気味だったし」
母が笑顔のまま佑美を見る。
「佑美?今お母さんって言おうとしたわね?」
父も呆れていた。
「性格の悪さがお題からも見えてたしな」
「もう、じゃあもっかい私が出す!家族で一番泣き虫は?せーの!」
『佑美!!』
「ねぇ〜なんで!」
佑美の目からは静かに涙が流れていた。
柊木がそれを見て言う。
「自分で証明しちゃってるじゃん」
「もっかい!」
「家族で一番理不尽なのは?せーの!」
『佑美!!』
「ねぇ!じゃあ家族で一番頭が悪……」
『佑美!!』
「早すぎでしょ?!食い気味までシンクロして!」
(じゃあ裏をかこう)
佑美は再びニヤリと笑った。
「家族で一番天才は?せーの!」
「おれ!」
「わたし〜」
「どうも〜天才ママですぅ」
「佑美!!!!」
「ってみんな自惚れすぎ。ナルシストじゃん。じゃあ最後、家族で一番好きなのは?せーの!」
今まで以上に綺麗に揃った。
『みんな!!』
「あ、あははは。なんだ照れるじゃん」
「こういう所、流石家族よねぇ」
「なんかギスギスしてたけど良かった〜」
父が一息ついてから言った。
「よし、じゃあ改めて、行く場所の確認だ。みんなで一斉に。せーの!」
「ケーキ屋さん!」
「昆虫屋敷!」
「遊園地!」
「水族館!」
『結局どこだよ!!!!!!!』
「やっと着いた」
昆虫屋敷。
「みんなとのじゃんけん勝ってまで行く所がここ?」
佑美は半ば呆れていた。
柊木は大の昆虫好きだった。小さい頃から親に昆虫図鑑を買ってもらい、それを眺めるのが好きだった。また、山に虫の観察や採集に行ったりもしていた。
父の影響なのかどうかは、自分でもよくわからない。
「まぁいいじゃないか。せっかくの誕生日だからな。楽しんでもらえるなら結構だ」
父は、目を輝かせる柊木を見守りながら言う。
「早く早く!!」
柊木は家族三人を催促する。
「虫の話になったら相変わらず激変ね」
「ははは、可愛いじゃないか」
「まひにーちゃん、ダサい」
柊木に続いていった。
昆虫屋敷の自動ドアが開いた瞬間、空気が変わった。
湿った土の匂い。
葉の青臭さ。
どこか甘い花の香り。
外とは違う、温室特有の熱気が肌にまとわりつく。
「うわぁ……」
佑美が思わず声を漏らす。
頭上には巨大なガラス天井。
その内側を、色鮮やかな蝶が何匹も舞っていた。
小さな滝が流れ、岩場の隙間から水音が響いている。
通路脇には昆虫標本や生態パネル。
さらに奥にはカブトムシとの触れ合いスペースまで見えていた。
「すご……思ったよりちゃんとしてる」
「失礼ねぇ、昆虫屋敷舐めすぎでしょ」
「いやお母さんも来る前ちょっと怪しんでたじゃん」
「私は“自然学習型複合施設”だと思ってたの」
そんな会話をしている横で、柊木はすでに別世界へ入っていた。
「この蝶、翅の模様左右で微妙に違う……」
足を止めたまま、真剣な目で一匹を見つめている。
「まひにーちゃん?」
返事はない。
「完全に入ったわね」
「入ったな」
父と母が苦笑する。
柊木はゆっくりと蝶を追うように歩き始めた。まるで音に引き寄せられる演奏家みたいに、自然な動きだった。
「あ、これアサギマダラじゃないか?」
展示パネルを見ずに言う。
「え、なんで分かるの?」
佑美が目を丸くする。
「羽の色と飛び方。あと移動距離が有名」
「飛び方で分かるものなの!?」
柊木は当然のように頷いた。
「蝶によって全然違うよ。高さとか旋回の仕方とか。こいつは滑空気味」
説明しながらも、視線は蝶から離れない。
「うわ、始まった」
「昆虫解説モードだな」
「止まらないやつねぇ」
家族が見守る中、柊木はさらに奥へ進む。
そこには大型昆虫の展示エリアがあった。
ヘラクレスオオカブト。
ニジイロクワガタ。
ギラファノコギリクワガタ。
ケースの中に並ぶ巨大昆虫たちを見た瞬間、柊木の目が明らかに輝いた。
「うわ、すっげ……」
今までで一番素直な声だった。
「子供じゃん」
「誕生日の主役なんだから子供でいいのよ」
「むしろ今日初めて誕生日っぽい顔してるな」
父が小さく笑う。
柊木はケースの前へしゃがみ込み、食い入るように観察していた。
「この角の形、やっぱ綺麗だな……」
ガラス越しに呟く。
「なんか将棋見てる時と同じ顔してる」
「確かに」
「あと演奏聴いてる時もこんな感じじゃない?」
母の言葉に、父が「あー」と納得したように頷いた。
好きなものを見ている時の顔。
それはたぶん全部同じなのだ。
その時だった。
ひらり。
一匹の蝶が、柊木の肩へ止まった。
「あっ」
佑美が声を上げる。
柊木は動かなかった。
驚くほど静かに、ただ目だけを蝶へ向ける。
蝶も逃げない。
温室の光が翅に反射し、青い模様が揺れて見えた。
「……すご」
今度は母が呟く。
「虫にまで懐かれてるじゃない」
「いや、動かないから休憩場所にされてるだけだろ」
そう言いながらも、柊木の声は少し嬉しそうだった。
数秒後、蝶は再び羽ばたき、天井の方へ飛んでいく。
その姿を、柊木は目で追い続けた。
「楽しい?」
不意に、父が聞いた。
柊木は少しだけ間を置いてから答える。
「……うん。かなり」
短い返事だった。
けれど、それだけで十分だった。
父と母が顔を見合わせ、小さく笑う。
佑美は少しだけ呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、ここまで喜んでるなら来た意味あったか」
その言葉に、柊木は小さく笑った。
そして次の瞬間。
「あ、オオルリアゲハ」
また別の虫を見つけて走り出した。
「待って!? 今度はどこ行くの!?」
再び始まる追跡劇に、家族三人も慌てて後を追いかける。
昆虫屋敷の奥へ、笑い声が響いていた。
そのまま柊木は、森の奥へ奥へと進んでいった。
木漏れ日が揺れる。
足元では小さな虫たちが葉の間を跳ね、風が枝を揺らしていた。
「あっ——」
視界の端を、青い翅が横切る。
さっきの蝶だった。
柊木は反射的にそちらへ足を向ける。
枝を避け、草を踏み分け、夢中で追いかけた。
後ろから聞こえていた家族の声は、いつの間にか遠くなっている。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
蝶はひらひらと不規則に飛び続ける。
捕まりそうで、捕まらない。
近づいたと思えば、また少し離れる。
「どこ行った……?」
立ち止まり、辺りを見回す。
静かだった。
さっきまで聞こえていた賑やかな声も、ざわめきもない。
風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。
柊木はゆっくりと周囲を見渡した。
知らない景色だった。
いつの間に、こんな奥まで来たのか。
その時。
ひらり。
青い蝶が、さらに森の奥へ飛んでいく。
「……あ」
柊木は無意識に、一歩踏み出した。
その背後で、木々がざわりと揺れる。
遠くから、微かに家族の声が聞こえた気がした。
「——真尋ー!!」
だが、それもすぐ風に掻き消える。
柊木は数秒だけ立ち止まり——
再び、蝶の消えた奥へ歩き出した。
そして、蝶はさらに奥へ飛んでいく。
まるで、道案内をするように。
柊木真尋キャラクター解説完全版
基本情報
♫ 名前:柊木 真尋
♫ 性別:男
♫ 所属:長野県東縁高等学校 吹奏楽部(一年生)
♫ 担当楽器:ホルン
♫ 誕生日:5月17日(牡牛座)
♫ 身長:167cm
♫ 血液型:A型
パーソナル
♫ 性格:完璧主義・職人気質
♫ 好きなもの:上手い演奏、生物(特に昆虫)
♫ 嫌いなもの:やる気のない演奏、機械
♫ 趣味:生物観察
♫ 特技:将棋(全国優勝経験あり)
♫ 無意識の癖:昆虫を見つけると、周囲を忘れて追いかけてしまう
内面・関係
♫ 音楽へのスタンス:上手い人が上に立つべき!
♫ 響への印象:特別
♫ 誕生日に対する感覚:あまり実感がない
気づけば、少し騒がしい一日だった。
うまくいっていないようで、でも、うまくいっていないことすら、どこか楽しい。
そんな時間は、たぶん長くは続かない。
それでも、ちゃんと形には残っていく。
今日という日は、きっとそんな日だった。
改めて柊木真尋君、誕生日おめでとう!!
感想、評価、ブクマ是非お願いします。
次回 誕生日スペシャル 若田宗一郎編 6月20日公開。
お楽しみに!!




