二章一節幕間 道化の仮面と、騎士の誓い
アグニスが、また一人で出ていった。
ヴィクトリアにはエリザがついて行ってるので心配はないが、護衛騎士でもある俺がそのまま置いていかれるとか──
少し複雑な気分にもなる。
アグニスの実力は、確かに凄まじい。
親父に手解きを受けリュカさんと稽古始めたころから、メキメキ上達し、剣の腕はもはや俺より上だろう。
特異体質の力を使えば、何人掛でも──人の兵士であるなら、負けることはないだろう。
斧の手入れをしながら、レオンは思案する。
アグニスたちといるときは、道化の如き振る舞いをするこの男。
けれど、いざ離れて公務や戦場に立つと、どこから見ても立派な一端の騎士である。
生来、この男は今のような性格ではなかった。
生真面目すぎて、周囲からは「堅物」とからかわれるほどの頑固者だったのだ。
あのとき――リュカがいなくなった、あの瞬間から。
この四人の絆は、確かに深まった。
けれど同時に、それぞれの中で「何か」が変わった。それは、性格の端々に現れていた。
少し臆病で、自信なさげだったアグニスは、前を向くようになった。
仲間以外の前では、いっさい弱音を吐かなくなった。
ヴィクトリアは、表情豊かで、まるで花のような笑顔を見せる明るい少女だった。
けれど、今はどこか冷静さが目立つようになっている。
エリザは──あれ以降、不可思議なものに強く惹かれるようになり、
オカルトと呼ばれる領域へと、次第に浸透していった。
そして、この男。レオンもまた、変わった。
今では飄々とした態度を見せることが多くなり、
“軽い”だの、“軽薄”だの――彼を知らぬ者たちから、そんなレッテルを貼られることも少なくない。
もちろん、この四人はお互いの変化に気づいている。
けれど、お互いがお互いを尊重し、思い合う関係だ。
変わったのが性格だったとしても、それを咎めたり、話題にしたりはしない。
なぜなら──変わったのは「形」であって、「想い」ではないと、皆が信じているからだ。
隊長」
レオンのもとに、麾下の部下が声をかけてきた。
「そろそろ出発しませんと。アグニス様との合流が後とはいえ、何が起こるかわかりませんので」
その生真面目で誠実な様子は、まるで昔の自分を見ているようで、思わず口元が緩む。
「……そうだな。そろそろ出発するか」
軽く頷いてから、指示を続ける。
「帝都には常駐の小隊がいたな? 先に伝達を早馬で出しておけ。姫様は馬車だから、こちらの方が早いはずだ」
「はっ」
「それと、中隊に集合をかけろ。先回りして出る」
さらにもう一つ、声のトーンを落として付け加える。
「ノクト──お前は第一小隊を率いて、あいつの視界ギリギリを追尾しろ。くれぐれも悟られるなよ? 勘が鋭いからな」
「了解です!」
短く鋭く返事をして、騎士はすぐさま準備へと駆け出していった。
「……ガラにも似合わず、余計なことをグジグジ考えてしまったぜ」
レオンはふっと笑い、握った拳をそっと開いた。
「アグニスはもちろん、ヴィクトリア、エリザ……こいつらは、俺が命に代えても絶対に守る」
遠い空を見上げながら、誰に聞かせるでもなく、静かに言葉を紡ぐ。
「見ててくれよ、リュカさん」
風がひとすじ吹き抜ける。空の彼方へと、想いだけが届くように。
──彼が“道化の守護騎士”として物語に登場するのは、それからずっと、後のことである。




