72 ターゲット
なかなか火山までの道のりが遠いタクミたちです。うまく子爵に取り込んだ迄はいいのですが、この後どうなりますか・・・・・・
ノイマン子爵はテーブルの上に地図を広げて、自分が把握している範囲の話を始める。
「王都から北に向かって大きな街道が2つとそこから枝分かれする街道が多数あるのは知っているかな?」
その事はタクミたちもギルドで貰った地図を見ていたので理解している。彼らはその分岐する街道の中からマルコルヌスの火山に向かって最短距離の道を選んで此処までやって来た。
「現在北部に貴族領は18あるが、殆どの貴族がどちらかの陣営に加わって戦火を交えている。中には中立の立場の貴族が寄り集まって、自衛のために戦っている所もある」
此処までの子爵の話は今までタクミたちが集めた情報と大して変わらない。そこに子爵はもう一枚の地図を広げる。
「この地図はそれぞれの貴族の領地を陣営毎に色分けしたものだ。この通りまるでモザイクのように入り混じっている事が紛争の解決をより難しくしている」
その地図によるとバンジー伯爵に味方する貴族は北東部と東部に多くて、オットベルン伯爵の陣営は西部と中部に根を張っている。その合間に所々中立派が点在しているが、貴族同士のしがらみや婚姻関係による結びつきで、複雑に入り組んだ対立の構図が出来上がっていた。
「私は中立派でね、なるべく戦いに関わらないように願っていたんだが、何しろすぐ南隣に一方の首領の領地があって否応なく巻き込まれているという訳だ。それでも何とか領内の民に被害が及ばないように苦心して街を守っている」
過去3年間フォッセンの街は南と東から何度も侵攻されそうになったが、その度に西にあるハンザの街から物資や兵士の応援を得て押し返していた。そのため街の警備は厳重を極め、タクミたちが最初に遭遇した兵士たちも撤退するバンジー伯爵の軍勢が領内を荒らさないか警戒していたらしい。
そういう事だったら何も手荒なことをする必要はなかったとタクミたちは考えたが、あの場はどこの軍勢とも判断が付かなかっただけに止むを得ない措置だった。300人に囲まれて死者無しで済ませた事をむしろ感謝してもらいたいくらいだ。
「南の軍勢は撤退する事になっているが、その影響は予想できるか?」
タクミの問いに子爵は『もしや?』という表情をする。彼らがこの街の部隊を軽く叩きのめした事は報告で聞いている。その事は不幸な行き違いだったのだから今更咎めたりはしない。むしろ殆どの兵士が軽症ですんで、その後に回復魔法まで掛けてもらったのだから感謝したいくらいだ。
だがそれよりも、Aランクの冒険者でダンジョンの攻略者の彼らが今回の南部勢力の撤退に関係していないかという考えが伯爵の頭に浮かぶ。いや、それはむしろ確信に近い。
「一応聞くが、君たちはシェンブルグの街で何かやらかしていないかね?」
タクミたちには大いに心当たりがある事だった。今更隠しても仕方がないので正直に話をする。
「実は国王も絡む話なんだが、あの伯爵を死ぬような目に逢わせて兵の撤退を了承させた」
まさか国王まで絡んでいるとは思わずに子爵は引っ繰り返りそうになる。Aランクの冒険者とはここまで恐ろしい存在なのかと考えずにはいられない。
「そうか、やはり君たちが絡んでいたのか・・・・・・その兵たちが撤退することによって、此処を含めておそらく南部の地域は安定するだろう。だがこちらが問題だ!」
子爵は地図の一点を指差す。そこは金鉱が発見されたオットベルン伯爵領の南隣で、貴族領としては狭い地域だ。
「此処の領主フォンブラン子爵は別名『狂犬』と呼ばれていて、その性格は極めて残虐非道だ。彼が素直に伯爵の兵の撤退を認めるとは思えない」
子爵のさらに詳しい説明によると、バンジー伯爵の軍勢は殆どがこの領内に投入されており、オットベルン軍と血で血を洗う抗争を繰り広げている。フォンブラウン子爵の子飼いの軍は少数で、もし兵の撤退を許すと子爵領自体が今までの復讐でオットベルン軍によって滅ぼされてしまうだろうというのがノイマン子爵の見解だった。
「用はそのフォンブラン子爵がこの紛争を最終的に解決するための鍵なんだな」
「その通りだ」
タクミの問いに大きく頷いて答える子爵。だが彼はタクミが何を考えているのかわかっていない。
「それなら話は簡単だ。そいつを物理的に排除すればいいだけの事だ」
隣で聞いている圭子がポンと手をうつ。
「タクミ、ナイスアイデア!」
まったくこの子は自分が暴れる場所さえあれば何でもいいのか!
そのやり取りを聞いていた子爵は最早呆れている。ただし彼には懸念もあった。
「一見するとその方法は有効だが問題がある。子爵を亡き者にしたとしてもその後彼の領地に敵対勢力が雪崩れ込んで、住民たちを酷い目に合わせるのが目に見えているのだ」
ノイマン子爵は比較的温厚でしかもこの国の一員だ。同じ国の罪も無い民が傷付く事に心を痛めている。
タクミたちにとっては火山に行って自分たちの用件を片付けたいというのが一番大事で、貴族の領地の揉め事は勝手にやってくれというのが本音だが、その結果として多くの普通に暮らしている人たちが酷い目に合うのは寝覚めが悪い。
タクミたちは極力この世界に干渉したくないのだが、助けられる命を見捨てるほど非常な人間ではなかった。
「仕方ないな。ではその子爵を排除して、敵対する伯爵も押さえ込めばいいんだろう」
タクミも基本的には力で押し通すタイプで、その点は圭子の事を責められない。
そもそも此処まで話が抉れて3年以上戦いが続いていては、話し合いで解決などと悠長なことは言っていられなかった。何しろその間にも戦乱に巻き込まれて大勢の人が現実に亡くなっているのだ。
最早一刻の猶予も無く、強引に自らの力で混乱する情勢を解決する決意を固めるタクミ。当然のように圭子は賛成に回り、岬もワクワクしている。まだ破滅をもたらす彼女が血が騒ぐのと、タクミの雄姿を目にすることが出来る機会がやって来ると期待しているのだ。
その他の女子も消極的ながら賛成に回る。大勢の人命を奪う戦争など早く終わるに越した事は無いという思いは共通している。
「君たち本当にやる気なのか?」
彼らの態度を見て子爵は不安を覚える。まだ若い彼らがこの国の将来にも関わるほどの大きな問題を解決しようとしているのは有り難い事だが、果たして彼らの目論見通りに事が進むのか心配なのだ。
「大丈夫だ、このくらいの事は慣れている」
だがタクミはというと、まったく気負った様子も無く平然としている。事実彼は惑星調査員の訓練で、もっと戦乱の酷い状態の星に放り込まれた事があった。その星の戦乱を数人で平定したのに比べればどうという事は無い。ましてや近代兵器の無いこの世界では、タクミの能力は突出している。
彼自身が覚悟を決めれば殆どの問題は解決できるのだが、それが自らの目的と連邦憲章に則ったものと判断出来れば問題は無い。
ただし、覚悟は決めたものの腑に落ちない事がある。国王の依頼で伯爵をとっちめるだけのはずが、いつの間にか紛争に完全に巻き込まれている。
あの油断ならない国王が若しかして此処まで考えた上でタクミにあのような依頼をしたのならば本物の策士だ。
さすがに其処までは考え過ぎだろうと思い直して首を横に振ったタクミはメンバーに号令する。
「これから戦場に突っ込む! 危険はもとより承知だが、各自的確に行動してくれ!!」
「おおー!」
タクミの言葉に初めて女子一同の声が揃う。
そのまま子爵の館を出て次の街に向けて出発の準備をする一行だった。
次回はタクミたちが戦いの最前線に乗り込みます。彼らがどうやって戦いを終息させていくかという話になる予定です。投稿は日曜日を予定しています。感想、評価、ブックマークお待ちしています。