56 血が降ったあとに地固まる
お待たせしました、メルゲンシュタットの街の続きです。
「圭子、ちょっと待った!」
御者台から降りて前庭に集結する兵士に向かおうとする圭子をタクミが引き止める。これからいいところなのに一体何事かと不満そうな表情の圭子が振り返る。
「どうしたのよ!」
彼女の中の闘争の血が燃え滾っているところにいきなり水を差された。そのせいか口調がかなり乱暴になっている。
「数が多いからここは能率よくやりたい。岬、頼む!」
お呼びがかかった岬は喜色満面で馬車から降りてくる。大好きなご主人様が自分を頼りにしてくれている・・・・・・それだけで彼女は夢心地の表情だ。
「はいご主人様、何をすればよろしいんでしょうか?」
メイド服に身を包みおっとりとした表情で頬をピンク色に染めてタクミの事を上目遣いで見つめる岬。
「あそこにいるやつらを片付けてくれ。殺さないように手加減しろよ」
この時タクミは岬の力を見誤っていた。強靭な肉体を持つ魔族でさえ一撃で吹き飛ばした岬の剛力は多少手加減したところで人間相手に振るうべきものではなかった。
「はいご主人様、きれいに片付けてご覧に入れます」
岬は元々生真面目な性格だ。そしてせっかくのこの機会にタクミのために完璧な仕事をしたいと考えている。
そしてあろうことか、彼女はタクミの指示を前フリだと捉えてしまった。『いいか絶対に押すなよ!』というおなじみのアレだ。
全ては急にタクミに呼ばれて舞い上がってしまった岬の不幸な勘違いだった。
「ご主人様、参ります!」
収納から取り出したアスカロンを右に大きく振りかぶって、気持ちいいぐらいに全力で左に振り抜く。その大剣から生じた衝撃波は、眼前に集まっていた兵士をことごとく薙ぎ払った。
いやそのような生易しいものではない。その衝撃波の範囲内にあった塀や門は跡形もなく消え去り、ただの瓦礫に変わっている。
それだけで済むはずもなく、石造りの瀟洒な3階建ての建物は全ての窓と扉が吹き飛んで、さながら廃墟のような態を示している。
いってみれば一瞬で心霊スポットとして有名な建物のように変貌してしまった。
そして兵士たちのことごとくは、その壁に真赤な花を咲かせている。
「・・・・・・・・・・・・」
さすがにこの事態を想定していなかったタクミと圭子は無言でその光景を見つめるだけだ。
いや、その実は両者の捉え方は全く違っている。タクミの『やってしまった!』という感想に対して、圭子は『私の獲物が・・・・・・』という残念無念な感想だ。
そして当事者の岬は全く無邪気な顔をしてご主人様からのお褒めの言葉を待っている。
「まあ、その、なんだ・・・・・・岬、とりあえずよくやった」
タクミは何とかその言葉を搾り出す。その表情はこの世で最も恐ろしいものを目撃した恐怖に引きつっている。
「ご主人様、お役に立ててうれしいです!」
対照的に岬の表情は明るい。まぶしい太陽も気恥ずかしさを覚えるくらいに明るく輝いている。
とりあえず動く者の気配がない館の内部にタクミが一人で踏み込む。外見からの想像通りにその内部もまたひどい有様で、生きている者は見当たらなかった。
執務室に倒れている豪華な服を着た男の死を確認してタクミは外に出る。もはやここでする事はないので馬車に戻り、結果をパーティーメンバーに告げる。
「岬ちゃん、相変わらずすごい威力ですね。でも殺陣のシーンが見られなくてちょっと残念です」
時代劇が大好物の春名の相変わらず的外れな感想だ。
『ポイントがズレ過ぎだろう!』とタクミは心の中で突っ込むが、もはや声を出す気にもならない。
「岬、ナイスな一撃!」(美智香)
「私の出番をとられた!」(圭子)
「まさか一撃で終わるとは思いませんでした」(紀絵)
「久しぶりに胸がスカッとした!」(空)
「この次はチャンバラのシーンを残してください」(春名)
何だろう、人が100人単位で死んでいるのにこの女子たちの『滅ぼしてやったぜ!』という感想は・・・・・・
このままいくと恐ろしい事になりそうなので、タクミはどこかでブレーキをかける必要を痛感している。でないと彼女たちはそのうち、血を求めて彷徨うとんでもない存在になりそうだ。
まあしかし、この程度の事件は惑星調査をしていれば時々出くわすので、タクミもあまり気に留めることもなかった。
馬車は侯爵邸を離れて、北門を抜けて街の外に出る。北門に詰めている兵士たちは、タクミたちの姿を呆然と見送る事しか出来なかった。
「全く、この街では碌な事が起きなかったですね」
シロを膝に抱えた春名が憤慨している。どちらかというと街の人間の方が多くの迷惑を被った事など、はなっから度外視しているのが彼女らしい。
「確かに、あまりいい街とは言えなかった」
空が春名に同意する。だが、彼女たちはまだ知らない。岬が侯爵を一族諸共殲滅した事で、アルシュバイン王国南部の戦乱は急速に終結に向かう事となる。
南部の各地を攻めていた侯爵方の兵たちはその侯爵がいなくなった事で、求心力を失い散り散りになって逃げ去った。
その後にメルゲンシュタットの街は南部貴族連合軍に無血開城し、その後は国境の自由都市として繁栄の道を歩み始める事となる。
タクミたちは北に向かって馬車を進める。時折たちの悪い敗残兵が野盗になってその行く手を妨げる事があったが、圭子によって簡単に取り押さえられていった。
街道を2日進むと次の街の門が見えてくる。
「ようこそ、レンネベルグの街へ!」
前の街とは違って門の警備兵は愛想のよい態度でタクミたちを迎えた。それもそのはず、彼らが街道を進んでいる間に、戦いが終わりそうな気配が街全体を包んでいる。
今まで戦乱に怯えて縮こまっていた住人たちがこぞって街に繰り出して明るいムードに包まれていた。
「何かのお祭りでしょうか?」
その浮かれた様子を見て春名がつぶやく。
早速圭子が御者台から通りを歩く住人に事情を聞いたところ、戦争が終わる兆しがあって皆で祝っているそうだ。
「争いは何も生まない」
美智香が哲学的な意見を述べるが、先の街で散々に争いを繰り返してきた事はもうすでに過去の事にされている。
「私たちは未来しか見ない」
空が美智香に同意するが、すかさずそこに圭子の突込みが入る。
「空は未来から来ているんだから、見ているのは過去の事ばかりでしょう!」
「空ちゃんのボケはわかりにくいです」(春名)
「私も未来をちょっとだけ覗いてみたいです(主に自分とタクミの)」(岬)
「今のボケだったんですか!」(紀絵)
「空の言う事は油断も隙もあったものじゃない!」(美智香)
「予想通りの突っ込み、みんなに感謝する」(空)
空は彼女なりにナイスなボケをかます事が出来てドヤ顔をしている。皆の反応から手ごたえがあったのだろう。
圭子が突っ込まなければタクミもウッカリ見過ごすところだった微妙なボケに、これだけ突っ込めるという事は彼女たちの息がそれだけ合っていると言うことだ。
こうして切り替えの速い女子たちのペースで和やかムードを取り戻した一行は、門番に紹介された宿屋に入っていった。
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