密偵と「近藤四天王」
「葵屋」という陰間茶屋。
ここ宮川町にあるこの陰間の宿には、おおくの武家や町人の好き者たちがあつまっては、馴染みの陰間と心ゆくまで愉しんでゆく。
陰間茶屋、あるいは若衆宿は、天保の改革により廃止されてしまった。江戸でも京でも、いまだつづけているのは、いわばもぐりである。
そして、「葵屋」もかようなもぐりの一つなのだ。
「だんさん、おおきに。またきてや」
陰間の雅清は、この「葵屋」でも一、二を争う人気の陰間である。
線が細く、美貌と心根の優しさは、その道の好き者たちの垂涎の的であった。大坂で生まれ、七つでこの「葵屋」にうられてこの道に入ったが、言の葉は生まれ故郷の大坂のそれのまま、京言葉にあらためるつもりもないようだ。
「辰巳、はよ片付けてしまい。いまから、団子食べに連れてったるわ」
馴染み客を送りだした雅清は、自身の身のまわりの世話をしてくれる見習いに声をかけた。
この陰間の見習いは、祇園や島原の禿とおなじである。
「おおきに、にいさん。すぐに片付けますわ」
陰間としてうりだすにはまだはやい年頃の辰巳が応じた。
雅清の専用の部屋を、手際よく片付けてゆく。
「そやっ、今朝はひさしぶりに島原の明里姐さんに会いにいこか?」
明里とは島原の天神で、雅清とは昔馴染みらしい。男と女、宮川と島原、と場所は違えど男性を相手に商売する、いわば同業者として、互いに意識しあい交流をつづけている。
雅清が小奇麗な着物を選ぶと、部屋の片付けをおえた辰巳が着替えを手伝った。
「辰巳はほんま、きれいな顔してるな。二、三年もしたら、お披露目させてもらえるわ。そしたらすぐにえぇだんさんがついてくれるわ」
雅清は、着物の袖に細腕をとおしながら、自身の世話をしてくれている年少者に笑いかけた。
まだ幼い為、年長の陰間たちの世話しかさせてもらえぬが、贔屓目にみても辰巳はきれいな相貌をしている。線も細く、いまは質素な麻の着物に袴姿ではあるが、小洒落た着物にその華奢な体躯を包むと、人気の陰間になること間違いない。
雅清は、そうなるように育ててやりたいと思っていた。
「おおきに、にいさん」
その憂いを含んだ笑みは、さすがの雅清もどきりとさせられるほどだ。
新撰組副長土方の小姓佐藤龍は、この陰間茶屋で辰巳と名のり、間者として内偵中なのであった。
山﨑丞は、大坂で生まれ育った鍼屋の倅である。子どもの時分から剣術や棒術の道場に通い、剣術の腕前はそこそこのもである。くわえて、大坂人特有の要領と人当たりのよさ、そして駆け引きのうまさから、新撰組に入隊してすぐに土方の気に入るところとなり、諸士調役兼監察として忙しい日々を送っている。
小柄で知的な顔つきは、そろばんでももたせたら大坂のやり手の商人をも思わせた。
その山崎と同時期に入隊したのが島田魁で、山崎とは見事に正反対の容姿と性質をもっている。
大垣藩の出身で、神道無念流や心形刀流をよく遣い、その腕前は名古屋城の御前試合で優勝したほどだ。
八尺、二十五貫から繰りだされる太刀は、大岩をも砕く威力があった。
永倉新八と江戸の時分からのしりあいで、新撰組の入隊も永倉の紹介によるものだった。
やはり諸士調役兼監察で、体躯のわりにはこまやかな仕事もよくできた。
「ちょっとおおげさじゃないですかね」
夜もふけた頃、さる商家と通りをはさんだ暗がりに四人の漢がたっていた。
そのなかの一人、沖田がのこりの三人に囁いた。
先の山崎と島田の調べで、この商家に複数の長州系浪士たちが隠れていることが判明していた。
「なにが?いいじゃないか、総司?山崎さんの調べでは、向こうは七、八人いるっていうし。ちょうどつりあうんじゃないの?」
欠伸まじりに藤堂が応じた。
藤堂平助もまた、なかなかの美丈夫だ。小柄ではあるが、均整のとれた体躯と細面の相貌は、京女を虜にするに充分である。しかも、やさしくて上品、女子のみならず、漢からもよく好かれた。
佩刀「上総介兼重」は、一介の浪人風情が帯びることのできる業物ではない。
藤堂自身の日頃の上品な所作もあいまって、「藤堂藩主ご落胤」説が囁かれるのも頷けるだろう。
だが、その容姿に似合わず、勇猛果敢な剣士であった。
北辰一刀流目録、最近では、つねに先陣をきることから「魁先生」の二つ名で呼ばれている。
「平助のいう通りだな。こちらは四人。どうだ、一人が二人ずつ、というのは。えっ、斎藤?」
永倉が、にやにやと笑いながら提案した。
永倉新八は、神道無念流免許皆伝。その腕前は、ともすれば新撰組随一ともいわれている。永倉もまた小兵ながら、技量や駆け引きがうまく、剣術でも真剣での斬りあいでも、忖度なく立ちまわることができる。
松前藩脱藩で、江戸の松前藩邸で生まれ育った生粋の江戸っ子である。
この永倉の二つ名は、「我武者羅」と名の新八とを掛けあわせた「がむしん」である。しかしながら、ただ脇目も振らずに闘うわけではない。まわりをしっかりとみ、把握し、それに応じる臨機応変さをもちあわせてもいる。
曲がったことが大嫌いで、先の芹澤元局長の惨殺の件でひそかに近藤や土方に対して不信感を抱いていた。
最後の一人、斎藤一は、無言で頷いた。
明石浪人とも江戸で生まれ育ったともいわれており、その出自はだれもよくしらぬ。
中肉中背、きりっとした相貌。どちらかといえば冷たい印象をうけるが、付き合ってみてもその印象はかわることはない。無口で他人と馴れあうこともなく、ただひたすら与えられた任務を忠実に、そして確実にこなすのみ。土方に心酔しており、懐刀の一本として隊内の粛清や隊外での暗殺をおこなっている。
試衛館では天然理心流を近藤勇に師事し、それもよく遣うが、実際には居合を得意としていた。
斎藤は、さらに別の顔があった。会津藩の密偵としての顔だ。
新撰組の前身である浪士組に加わったが、かれの正体については、土方、それと土方のもう一本の懐刀である少年が気づいていた。そして、斎藤の方でもまた、かれらに気づかれていることを自覚していた。
これらの真実については、互いに触れることなく現在に至っていた。
「まっ、おれら「近藤四天王」で手早く片付けろって意味なんだろう。ねっ、しんぱっつぁん?そういうわけで、先陣はおれがきらせてもらうよ。いいでしょ?」
藤堂は、暗がりのなか三人の相貌をみまわした。
「好きにしろや、魁先生。用意はいいか、総司、斎藤?」
四人は行動を開始した。
そのすばやさと獰猛さは、まるで四つ脚の獣のようだ。
「近藤四天王」の筆頭格である永倉の号令で商家に突入したかれらは、八人の浪士たちを斬り殺した。
突入してから鎮圧まで、わずか四半刻(約30分)もかからなかった。




