密談
文久三年(1863年)九月。壬生村の郷士八木家と前川家の屋敷に、江戸からやって来た浪士たちが屯所を構えた。
みるからに獰猛そうな浪士たちが、揃いのだんだら模様の羽織をまとい、さらに獰猛そうな白い巨獣を連れて京の町を練りあるく様は、京の人々に「壬生浪」と呼ばせた。
その呼び名には、怖れと同時に侮蔑も混じっている。
前月に起こった八月十八日の政変により、浪士組を預かる会津藩を通じ、朝廷より新たに『新撰組』という名前が下賜されていた。
これにより、東国からやってきた浪士たちは、名実ともに京の町で不逞浪士たちを取り締まる権限を与えられることとなったのだ。
同時に、新撰組内部でも亀裂が生じていた。
三人いた局長の一人である新見錦は、『局中法度』の名の下に詰め腹を斬らされていた。
さらに、その新見の朋友である芹澤鴨もまた、粛清されようとしていた。
もっとも、芹澤は元々からその凶暴で残忍な性格に加え、酒乱、瘡毒の末期症状による精神の破綻により、その素行の悪さを様々なところから非難されていたからでもあったからでもある。
つい先日、副長 土方歳三の懐刀であり、公式には土方の甥で小姓を務めているまだ十歳の少年を、木刀で滅多打ちにした。
体躯への打撲はもちろんのこと、左側頭部からこめかみの辺りをばっくりと割り、その挙句に少年の右の手の平を刀で刺し貫いた。
その一連の報告を、新撰組に潜入させている密偵からきき及んだ会津藩は、即座に新撰組の三人目の局長である近藤勇と同副長の土方を京都守護職のある黒谷の会津本陣に呼びつけた。
そして、「芹澤の始末」を早急につけるよう、密命を下したのであった。
この四月に行われた会津候の上覧稽古の際、会津候はみずからの提案で新撰組の隊士同士による稽古以外に、会津藩士との真剣での試合をを所望された。それを、会津藩士佐川官兵衛とおこなった少年の手並みを、会津候自身がすっかり魅了されてしまったのである。
試合直後に、二頭の騎馬と一羽の大鷹を下賜されたほどに・・・。
以降、少年は会津候のお気に入りになったのだった。
この密命が会津候自身から下されているのは考えに難くない。
「山南さん、源さん、左之、総司」
局長近藤ともう一人の副長 山南敬介の相部屋で、近藤、山南、土方の三人は文字通り面をつき合わせていた。
燭台の灯りが細く立ち上がり、その周囲で一匹の蛾が忙しなく翅を動かしふらふらと舞っている。
「新八は?」
近藤が囁いた。
目尻が下がり、一見したところは柔和な表情ではあるが、えらが張り、強靭な顎をもっている。拳骨を丸ごと口に入れる宴会芸の持ち主。
天然理心流四代目宗家で、その実践向きの流派を実によく遣う。技より力重視の剣客である。
「外す。やつと同門だ。やりにくかろう」
土方が陰気に応じた。
眉目秀麗。江戸でもこの京でも、歩けば女が振り返る。天然理心流目録。が、様々な流派、道場を訪れては暴れまわっていたことから、型にはまらぬ自由自在な剣を遣った。
ガキの時分から『バラガキ』の異名で地元では知られており、大人になった現在でも、その本質はかわりはなかった。
新撰組の副長としてその規範たる「局中法度」を作り、それを仲間たちに遵守させることを強いた。
『鬼の副長』、隊の内外ですでにこの二つ名は怖れられている。
「平助は?」
「平助もはずす。新八と仲がいい。あっちに残して新八の相手をさせよう」
「斎藤は?おまえの懐刀は必要だろう?」
「いや、斎藤も残す。近藤さん、これは極秘裏にやるんだ。斎藤を連れてちゃぁ、いかにもって感じだろう、ええっ?それに、斎藤には万が一の場合に、あっちで対処してもらうつもりだ。今回は、一刀で十分だ。おれの最高の業物一刀でな」
陰気に応じる土方が自身の両拳を力いっぱい握り締めた。
近藤もいま一人の副長である山南も、それに気がつかぬわけはない。
山南は、北辰一刀流免許皆伝の腕前だ。
武だけではなく、文のほうも劣らず優れている。武辺ものばかりのこの集団において、参謀的な役割を果たしていた。相貌も体躯も細身で、洗練された挙措と物腰の柔らかさから、この壬生村だけでなく、日野にいた時分からよく「親切者の山南」と呼ばれ、多くの人から慕われている。
「土方くん・・・」
いたわるような声音で隣に座す土方をうかがう。
土方は、拳だけでなく唇も噛み締めていた。血がにじむほどに・・・。ぞっとするほどの殺気をまとわりつかせている。
このまま放っておいたら違う部屋で愛妾のお梅と褥をともにしているであろう芹澤を、愛刀「和泉兼定」で斬り捨ててしまいそうだ。
それをかろうじて抑えられているのは、近藤の片腕として、新撰組の副長として、その責務の重さを承知しているからだ。
そして、自身の懐刀に対する信頼もまた・・・。
芹澤は、土方の懐刀である少年に対し、肉体的な暴行だけではなく、性的暴行をもくわえていたのだ。
「土方、がきの尻で存分に楽しませてもらったぞ・・・」
先日の暴行事件の際、芹澤が捨て台詞のように土方の耳朶に囁いた。
芹澤は、かれの懐刀を犯しつづけていたのだ。それが自分自身への当てつけであることは間違いない。芹澤は、土方に一泡吹かせるのには、当人よりもその仲間に害を加えることのほうが、よほど効果的であることをよくわかっていたのだ。
よりによって、みた目はまだ年端もゆかぬ少年を・・・。
芹澤に囁かれた瞬間、土方は頭の中が真っ白になり、無意識のうちに腰の「和泉兼定」の鯉口をきっていた。
だが、それを止めたのが少年だった。木刀で滅多打ちにされながらも倒れることなく耐えきった少年は、血まみれの姿でありながらもかれの得物の柄をそっと握り、やはり芹澤とおなじように土方の耳朶に囁いたのだ。
「鈍刀如きの為に、業物を抜く必要はありません。すくなくとも、まだその時期ではございません」と。
土方の耳朶には、その少年の言葉も鮮明に残っていた。
「歳・・・。しかし、坊もあれだけやられたんだ・・・」
あの時、京都守護職のある黒谷の会津本陣から戻ってきたばかりの近藤が、道場に飛び込んでこなかったら、少年は芹澤の暴行によって殺されていたかもしれない。
土方たちがなす術もなくただ歯を食いしばり、拳を握り閉めてみまもっているしかないなかで。
「いや、近藤さん」
土方は、低い声音で囁きつづけた。その双眸に殺意の光を宿しながら・・・。
「あいつは、あのくらいのことは屁でもねぇ。それに、あいつがいうには奴自身がそれを望んでるらしい。おれとあいつに殺られることを・・・」
「つまりは、わざとあのような暴挙にで、我々に踏み切らせたと?」
聡明な山南が呟いた。
「さてね。瘡毒がやつ自身を喰い潰しちまった。病では死にたくねぇんだろうよ。身勝手な話だ」
土方が吐きだすように応じるのをききながら、山南は奇妙な思いに囚われていた。
その気持ちはわからないでもない。
剣の技量や才知に長け、世にでる機会に恵まれたにもかかわらず、そのすべてを病ごときで絶たれようとしている。
絶望と喪失のうちで、芹澤はもがき苦しんでいるのだ。
「わかった、歳」
近藤がたちあがった。腰に自身の得物「長曽禰虎徹」を帯びる。それにならって副長二人もたちあがった。
あとは実行に移すのみだ。




