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プロローグ ハピエン厨のオタクちゃん


 オタクはほとんどの人が推しに幸せで健やかに過ごしてほしいと願うだろう。

 私もその1人である。

 そして私、溝口文葉(ミゾグチアヤハ)は重度のハピエン厨なのであった。


 今見ているWeb小説、『聖女アリスの祝福』は表向きにはハッピーエンドなのだ。

 だけれど私の推しカプである主人公の義姉、ルナと王太子の側近、カリスは冤罪で追い詰められた末に、天国で幸せになることを誓って心中してしまうのだ。


 ハピエン厨である私はそれにどうしても納得がいかない。

 なぜなら幾度もメリバを回避するチャンスがあったのだから。

 主人公の鈍感さや、ルナの優しすぎる性格が推しカプのメリバへと繋がってしまったのだった。


 私は推しが幸せならそれでいいのだけれど、できることなら"生きて"幸せであってほしいと思う。

 だからものすごくモヤモヤしてしまうのだ。


 (いっそ私がこの世界に行って、やり直したいぐらいよ)


 でもそんなことはできるはずがないのだ。

 小説の世界には夢の中でしか行くことができないのだから。


 いつもどおり色々と考えながら、お風呂から上がったときだった。

 長くお風呂に入りすぎてのぼせてしまったのだろう。

 頭がぼんやりとして視界が真っ暗だ。

 死ぬわけでもないし、視界が開けたらいつものお風呂場だ。


 そう、思っていたのに⋯。

 私の瞳に写ったのは全く違う部屋(せかい)だったのだ。


 「は⋯?」


 自分の状況を理解するのに長い時間を要した。

 そしていつもとは目線の高さがだいぶ違うことに気がつき、鏡に写った自分の姿を見て開いた口が塞がらなくなった。

 鏡に写った人物がアメジストの瞳を持つ可憐な美少女だったからである。


 「この美少女が私なの?え、夢⋯だよね?」

 

 慌てて頬を引っ張る。


 「っ痛い⋯」


 思いきり引っ張ってしまったので、頬が少し赤くなってしまった。

 これは夢じゃない。

 そして部屋の造りからして、ここは日本ではない。

 全裸にタオル一枚だったので、近くにあった服に着替えて椅子に座る。

  

 (これからどうやって生きていこう⋯?)


 すると、目の前の扉が開いた。


 「ルナ、起きているかしら?」


 こんな時間に誰だろうか。

 外は真っ暗、月の傾きを見るに多分午前1時ぐらいだと思うけれど。


 「誰、でしょうか?」

 「ルナ、私の名前を忘れてしまったの?」

 「ごめんなさい。一時的な記憶喪失みたいで」

 「そんな⋯。ルナ、思い出して。私はアリスよ!」

 「アリス⋯?もしかしてアリス=フォンテーヌ?」

 「えぇ、そうよ!」


 アリス=フォンテーヌは『聖女アリスの祝福』の主人公の名前だ。

 もしかして私は小説の登場人物に憑依してしまったのではないか?

 先程アリスは私のことを『ルナ』と呼んだ。

 ならば、私はアリスの義姉であり、推しカプの片割れ『ルナ=フォンテーヌ』ということになる。

 情報量が多すぎて頭が追いつかない。

 私が小説の世界に言ってやり直したいって思ったからこっちに来たのかな⋯?


 「ルナ、大丈夫?」


 そうだ、アリスを外で待たせていたんだった。


 「ごめんなさいね。入って」


 アリスが部屋の中に入ったきた。

 ブロンドの艶のある長い髪、ふさふさの綺麗なまつげに、大きくて吸い込まれそうな瞳。

 

 (いや、可愛いすぎるだろっ!)


 「ねぇ、ルナ?一緒に寝てもいいかしら?」

 「⋯いいですよ」

 「やった!」

 

 頬を赤らめて嬉しそうにするアリスがとても愛らしい。

 傾国の美女と小説で言われていたのも頷けるわ。

 

 「私はユーリ様の婚約者になるのよね?」

 

 婚約者に、ということなら今はストーリーが始まる1週間前あたりだろう。

 確かアリスとルナは義理の姉妹で、孤児だったルナを優しい義父様と義母様が養子にして、公爵家の長女として育てられた。

 でも王太子の婚約者に選ばれたのは公爵家の血を正統についだアリスだった。

 そしてルナは貴族界の嘲笑の対象となってしまう。

 傷ついた彼女を救ったのは後に悪役令息と言われてしまうレイスだった。

 それから色々あって2人はメリバエンドとなってしまうのだ。


 「そうね、あなたは素敵な王太子殿下の婚約者になるのよ」

 「ユーリ様はね、とてもお優しくて美しくて本当に素敵な方らしいの。でもそれは噂に過ぎないでしょう?」

 「確かにそうね。だけれど憶測だけで不安になっていたら日が暮れてしまうわ」

 「そうよね⋯。私は幸せになれるかしら?」

 「ええ、きっと幸せになれるわ。そのためにも今日は早く寝ましょう?」

 「うん」


 ベッドに潜ると、鳩の親子のようにアリスも潜り込んできた。

 

 「おやすみ、ルナ」

 「おやすみ、アリス」


 数秒後には小さな寝息がすぅすぅと聞こえてきた。

 寝付きがいいようだ。


 私も寝れば元の世界へ帰れることでしょう。

 でもあともう少しこの時間を思う存分味わっていたいな⋯。


 そう思いながら私は目を閉じた。


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