『人は何故 未来の約束を交わすのか(仮)』
21.『人は何故 未来の約束を交わすのか(仮)』
こんにちは、大藤です。
今日は、家族の用事があるので仕事は休みをいただいております。
少しずつでも前へ進もう。
そう思います。
最近の読書は、
『成功は時間が10割』:百田尚樹著。敬称略
『心療内科医が教える本当の休み方』:鈴木裕介著。敬称略
いずれも40から60%まで読み進めています。
恥ずかしながら、百田尚樹さんの本をじっくりと通読するのは自身初めてです。
なかなか興味深い内容で、若干ボクも似たような考えをしていたところもあり、ページをめくる手が止まらないです。
さて、本日のテーマですが『人は何故 未来の約束を交わすのか?』。
生命とは、時の流れの中でのみ活動する存在。
時の流れは現在の物理学では遡行出来ない。
即ち、生命とは「前へ進む」性質の存在。
だからこそ、交わした「約束」というのは時間軸的に未来になるのだろう。
だがしかし、過去の自分に語りかけるように、「記憶」を遡行することは可能であるから、必ずしもそうとは言えないのかもしれない。
飛躍かも知れないが、「世界」は「記憶」で構成されているようにも思える。
「過去」「現在」「未来」・・・・・・「妄想」もまた記憶である。
すべからく生命は「記憶」を有する。(微生物にも記憶はあるのだろうか?わかりませんが)
逆に考えると、「記憶」があれば「生命」であると言えるのだろうか?
では、仮に近未来。AIに「記憶」を「学習」させればそれは「生命」なのだろうか?
難しい問題である。
AIに「学習」させた「記憶」とは「記録」とどう異なるのだろう。
近年、AIの急速な成長により、「シンギュラリティ」が懸念されているが、個人的にはそれほど深刻な心配はしていない。
ただ、現実としてAIと人類の付き合い方は手探りで進むのだろう。くらいに思っている。
結局、現段階でボクが四の五の言っても、どのような知者が論理を展開しても、いずれも『仮説』でしかないだろう。
だからこそ近未来に「希望」的な「空想」を展開したい。
何故なら、「人は前へ進む存在」であるのだから。
またまた、思考がとり散らかっておりますが(苦笑)。
読者の皆さん、「光陰矢の如し」です。
現在を大切に生きて下さい。
「現在を生きる」結果として未来が築かれるのだから……。
更新して後、自身で読み直すと・・・・・・ひどい出来ですね(;^_^A
もちろん、後日校正の余地はあります。
次話もまだ白紙の状態なので、折を見て作品全体の底上げをしていきます。




