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解剖異 〜自らを解剖した男の転生記〜  作者: HIRO


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第10話:フラスコの中の伝説

室内の涼しさが、逆に不気味さを際立たせていた。


「……はぁ?」

最初に反応したのは、カイロスだった。

だがその声には、いつもの軽さがない。

「いやいやいや、ちょっと待てよエヴァンス。それ、“消えた”って……」

言いながら、自分で言葉の意味を噛み締めるように口を閉じる。


「森林だぞ?あの広さの?」

「ああ」

エヴァンスは短く答えた。

トートは書き込み途中の報告書を手に取り、ページをめくる。

その目が、次第に険しくなっていく。

「……観測記録なし。魔力残滓なし。生物反応なし……」

低く、読み上げる。

「……“空白地帯”?」


「そう書くしかないだろ?」

エヴァンスは椅子に深く背を預けた。

「何もないんだ。本当に」


カイロスが頭を掻きむしる。

「いや、意味がわかんねぇってぇ……爆発とか、災害とか、魔物の暴走とかよぉ、そういう“原因”があるだろ普通は!」


「全部調べたさ」

即答だった。

「痕跡が残る類のものは何も無かったんだ」


「じゃあ何だよぉ……」

カイロスの声が小さくなる。

「神でも出てきて、消しましたーってか?」

その軽口に、誰も笑わなかった。


トートがゆっくりと顔を上げる。

「……第七の魔王か?」


エヴァンスは一瞬だけ視線を逸らし、

そして――答えた。

「そうだろうな」


「おいおい、魔王だとぉ?」

カイロスが眉をひそめる。


「ああ、こんな事が出来るのは神か悪魔か」

エヴァンスは指で机をなぞる。


「魔王しかないってんだろぉ!巫山戯んな!!魔王は俺達が仲間の命を犠牲にして倒しただろうがよお!!」

カイロスは怒りに任せて机を叩いた。

そして悲嘆にくれた声で

「まだ、五年も経ってねぇんだぞ……」


トートは言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

「それでエヴァンスどうするんですか」


エヴァンスは即答した。

「倒すさ、今度は誰もこの手の平から零さない」


トートは小さく頷いた。

「この情報は各国の長達に早く伝達しましょう。カイロスお前は出来るだけ情報を集めなさい」


カイロスは一瞬、言葉が詰まったが、直ぐに覚悟を決めた顔になる。

「…………ああ、任せろ」



沈黙が落ちる。

その時――

「きゃっきゃっ!」

隣の部屋から、マーリンの無邪気な笑い声が聞こえた。

一瞬だけ、空気が緩む。

カイロスが小さく笑う。

「……少なくともよぉ」

「今守るべきもんはハッキリしてるよな」


トートも頷く。

「ええ」


エヴァンスは、全てを魅了するかの様な笑顔で言葉を発する。

「ああ、未来を俺達が守るんだ」






あの日――エルシェリアの王にして、私の祖父でもあるオベロンが屋敷を訪れてから、屋敷の環境は劇的に改善された。

各部屋には冷気を放つ魔導具が設置され、蒸し暑かった空気は嘘のように消え去っている。

だが、その代わりと言うべきか。

父も母も、使用人たちまでもが慌ただしく屋敷を駆け回っていた。

おかげで、最近は母から魔法の授業を受けられていない。

つまり――暇だった。


「ねねっ! 今日は何して遊ぶー!? ゆかりんね、一回“胎内回帰”ってやつしてみたいの!」

甲高い声と共に、少女が顔を覗き込んでくる。


コイツはゆかり。

なぜか私を異常なまでに気に入り、半ば強引に契約してきた精霊だ。


コイツはシンプルに言えば陰キャ異常者だ。

二人きりの時はベタベタと絡んでくるくせに、人が増えると部屋の隅でこちらをチラチラ見てくる。

ちなみに昨夜は、昼間に構ってもらえなかった反動なのか、私の足を延々と舐め続けていた。

お陰で足がふやけた。

あんなのは二度とごめんだ。


「ばぶぁ……あぅ」

適当に相槌を打ちながら、私は魔力を練る。

(……他に興味を向けさせるか)

「――骨生成オステオジェネシス

淡い光と共に、小さな頭蓋骨(とうがいこつ)が宙に生まれた。


(よし、今回はイメージ道理につくれた)


頭蓋骨というと、ツルツルとした長卵円形の骨だと想像する者も多いだろう。

だが実際は違う。


頭蓋骨は骨が「縫合」と呼ばれる継ぎ目でパズルのように結合した構造になっており、脳を守る「脳頭蓋(のうとうがい)」と顔を形作る「顔面頭蓋(がんめんとうがい)」に大別され、内部に脳、目、耳、鼻、口などの重要器官を保護・収納する頑丈なシェルとして機能している。


何故こんな構造になっているのか。

理由は単純だ。

人間は脳がデカすぎる。


「…人体は実に合理的だ。」

ベビーベッドの上で、赤子――マーリンは小さく呟いた。

当然、口から出るのは情けない喃語だけだが、思考だけは別だった。


人間は二足歩行へ適応した結果、骨盤構造が変化している。

内臓を支えるため骨盤は椀状に変形し、歩行効率を優先したことで産道は狭くなった。

だが出産時、赤ちゃんはこの狭い産道を通らなければならない。

もし頭蓋骨が完全に固まっていると産道を通過する事が出来ない。

故に、出産時には複数の骨が重なり合うようにして頭を小さくし産道を通り抜けやすくする役割があるのだ。

そして、生後も完全には閉じない。

理由は脳の成長だ。

実際――。

マーリンは自分の短い腕を持ち上げ、小さな頭へ触れる。

赤子の頭蓋骨には“泉門”と呼ばれる柔らかい隙間が存在する。

特に有名なのは前頭部に存在する大泉門。

まだ骨化していない領域だ。

指で触れれば僅かに脈動すら感じられる。

赤子の脳は、生後一年で爆発的に成長する。

新生児の脳重量は成人の約四分の一程度しかない。

だが三歳頃には、既に成人の八割近いサイズへ到達する。

だから頭蓋骨は未完成状態で生まれる必要がある。

骨同士の隙間を残し、脳の成長に合わせて徐々に拡張していくのだ。


そんな頭蓋骨の骨と骨の継ぎ目。

一般常識としてみんなが知っている縫合といえば、冠状縫合(かんじょうほうごう)矢状縫合(しじょうほうごう)人字縫合(じんじほうごう)、ラムダ縫合あたりだろう。

どうせ頭蓋骨(とうがいこつ)を作るならこういった細かいところまで拘りたい。


(少し面長になってしまったな、下顎骨削っておくか)

下顎骨を数ミリ削る。

眼窩の角度を修正。

頬骨の突出を微調整。

まるで粘土細工だった。


(……ブサイクな形だがまあいい。見た目なんて適当でいいだろう。)


「んぅー! マーリンまた骸骨作ってるー!」

ゆかりがぐいぐいと顔を近づける。

「ゆかりんつまんない! それより遊ぼー?」

「ばぶ」

適当に返事しながら、マーリンは脊柱の生成に取り掛かる。


(ちょっと難しいな… 頸椎は小さめのイメージで7個連なるように、そして胸椎が12で腰椎が5、それを仙骨にかけて段々大きくなるように……!)

すると脊柱を上手く生成する事ができた。


「ねえ、ゆかりん骸骨つまんないよ?そんな事よりゆかりんを構って?ね、ゆかりんを見て、はやく」

ゆかりを無視してマーリンは続けて肩甲骨、肋骨、鎖骨とどんどん骨を生成していく。


「ねえマーリン」

ゆかりの声色が変わる。

「ゆかりんね、マーリンのこといつでも殺せるんだよ?」

ぞわり、と。

部屋の温度が下がった。

「でも殺してないの」

「ばぶぅ」

マーリンは適当に相槌を打つ。


「ゆかりんね、マーリンの命救ってるんだよ?

いつでも殺せるのに殺さないってそういう事でしょ?

てことはさ?今ゆかりん以外の事を考えてるのって命の恩人に対して不敬だよね?ねえ、そうだよね?」

無茶苦茶な理論を目のハイライトを消しながら凄んでくる。


そんなゆかりをマーリンは完全に無視し続けて上腕骨、尺骨、橈骨、手根骨、指骨。

約二〇六本にも及ぶ骨の一部をどんどん生成し続ける。

人体を構成する全骨格を、一つずつ生成していく。

普通なら狂気の沙汰だ。

だがマーリンにとっては、前世で何度も見てきた構造物の再現に過ぎない。



全ての骨が完成したことを確認するとマーリンは骨を操り人体の形へと整える。

(ここまでは、ただの骸骨の標本を作っただけだ。ここから私がする事は、禁忌であり神の所業とも呼べるモノだ。)



「………!!マーリンもしかして夫婦ごっこしてるの!?」

とゆかりは又しても謎理論を展開する。


「これが旦那様のお仕事を待ってる奥様の気持ちってやつなんでしょ!?」

いつもと違って骨をしっかりと組み立てはじめているマーリンに斜め上な発想をし、ゆかりは喜んだ。


「じゃ、ゆかりん黙ってマーリンのお仕事まってるね!なんか新妻って感じ!えへへ、照れるね!」

ゆかりは静かにマーリンのしている事を見ている。

夫婦ごっことやらの為に静かになったお陰でより集中出来る様になったマーリンは怒涛のスピードで組み立てていく。


そしてマーリンは最後の末節骨(まっせつこつ)を組み立てる。

宙に浮かぶ白い人体標本。

それを見上げながら、マーリンは静かに目を細める。

(ここまではただの骨格模型だ)

問題はここから。


肉。

血液。

神経。

内臓。

それらを構築して初めて、“人体”になる。


マーリンは守護の光魔法を発動した。

本来ならば傷を治癒し、欠損を再生するための魔法。

だがマーリンは、その本質を理解していた。

治癒とは細胞生成だ。

損傷部位へ新たな細胞を供給し、組織を再構築しているに過ぎない。

ならば。

理論上。

細胞をゼロから作り出すことも可能なはずだった。

実際、以前に試験的な心臓生成は成功している。

未熟ながらも拍動し、血液を循環させた。

何故か、光魔法では骨を生成する事は出来なかったがそこは後々更なる検証をしていこうと思っている。


だが、骨生成魔法、細胞生成魔法。

この二つが存在する時点で、私はある結論を導きだした。

「……人間は作れる」

赤子とは思えないほど冷静に、マーリンは思考する。


さて、細胞を作れるとはいえ、何から作るか…。


細胞の生成はスピード勝負だ。

心臓以外の多くの内臓は、体の中で血液から酸素や栄養を継続的にもらうことで機能している。

血管が切断されて血液が供給されなくなると、細胞が死滅し、機能は停止してしまう。

故に作る順番はかなり大事だ。

マーリンは首を傾げる。


こういう時は参考にできる例題、つまり赤ん坊を例として優先順位を考えてみるか……。

確か、赤ん坊の内蔵で一番最初に作られるのは腸だ。受精卵が細胞分裂を繰り返すと、まず中心にくぼみができ、それが貫通して「ちくわ」のような一本のくだになる。このくだの入り口が「口」、出口が「肛門」、そして真ん中のくだそのものが「腸」になる。


前世である地球上の進化の歴史を見ても、クラゲやイソギンチャクのように「脳や心臓はなくても、腸(消化器官)だけはある」という原始的な生き物はたくさん存在している。


そして、一番最初にベースとなる「腸のくだ」ができたあと、そこから他の内臓が芽吹くように作られていく…。腸のくだの上がふくらんで、「胃」になって…腸のくだから横に飛び出した部分が、「肝臓」や「膵臓すいぞう」になり、そのくだの頭側がニョキニョキと伸びて、「脳」や「神経」になっていく。


物理的に一番最初にベースが形作られるのは「腸」だが、生成スピードは全部の細胞が一律同じではなかったはずだ。確か、生きていくための司令塔(脳)と、血液を送るポンプ(心臓)が、他の臓器を追い抜くような超ハイスピードで急激に発達する。


つまり臓器単位で完成させるのは非効率。

発生学的プロセスを再現するべきだ。

全体を同時並行で生成するのは少々大変だ。

常に並列思考をしながら集中を途絶えてはいけない。


だが――その程度だ。

生命創造が、その程度で出来るというのなら。

むしろ簡単な部類だろう。

骨格の内側で、淡い光が脈動する。

俺は小さな手を掲げた。

(さあ――)

神への冒涜。

人間生成実験を始めよう。

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