13 追走
「領主様の行方? 今はこの領地を離れていらっしゃるが」
取るものも取りあえず、テトスたち四人が向かったのは魔法道具店のブラベリ家であった。
領主の居城から近くにあるよく知る家であり、なおかつ道中で会ったトルマンから「ブラベリが案内を務めた」と聞いたからだ。
街中の残党がりは傭兵隊やほかの者に任せて、四人は店先に転がり込むように上がりこんだ。ファガスはカウンターで、慌ててやってきた四人を暖かく迎えると落ち着いた様子で応えた。
ひどい出来事も、その悲しみも、すべて見通したような眼差しはまるで労わるようだった。事実、カイデンの顛末も知っているのだろう。言葉少なに労った後で、テトスたち四人に問いかけた。
「何を聞きたいんだね」
「お義父様たちが領主様を避難させたって聞いて。そうなの?」
「まあ、そうとも言える。ナーナ、お前が持ってきたあの道具が大いに参考になった。領主様もお褒めになっていたぞ」
「えっ」
「これなら遠い距離もあっという間だ。学園からナーナがきたあの道具なら、そちらに向かうまで適役だろうと選ばれたのだ。そこを私たちが改良して……」
「学園? 領主様は学園に行ったの?」
ナーナが遮って前のめりで問いかける。ファガスは勢いに驚きながら肯定した。
「ああ。マルギット様が、緊急対応で受け入れると仰ってくださってな。ムリナイ様だけあちらに避難をされたよ」
全員思わず顔を見合わせた。またナーナが急いた口調になって、ファガスに頼み込んだ。
「ねえお義父様。それ、私たちも使えるかしら。すぐ行かなきゃいけないの。どうしても!」
「ううむ」
持っていた炉の魔法道具と琥珀を差し出して、示す。
「伯父様を襲った奴がもう一体いるかもしれなくて、領主様を狙っていて、ここにいないのよ。だから」
「ううん……」
ファガスが片眼鏡をいじりながら、店の奥へと声かけた。
「母さん、あれ、予備があったかい」
「試作品ならあったじゃないの。店の裏に出すから、手伝ってくださいな」
「手伝います。ヨラン行くぞ」
テトスは言って、ヨランを引っ張ると奥に向かう。
奥の従業員作業場では、布をかぶせた大きな物体をふうふう言いながらマーゼラが持とうとしている。布をヨランに任せて、残りを抱える。
「あらあ、テトス坊ちゃんにヨランくん。悪いわねえ」
「これ、思ったより小さいな」
テトスが抱えた物体は、およそ大人二人分くらいの大きさだ。魔法道具のことは門外漢だが、とても四人を運んでくれるかはわからないと思えた。
「展開起動すると、もう少し大きくなるわよ。もともと少人数用でいいと仰られたから、小さめなの」
「とりあえず運び出します」
作業場の壁際に、隠し戸があった。
マーゼラが慣れた手つきで壁飾りをあれこれ触ると、きい、と開く。ヨランが開いた戸を支えて外に出る。
塀と庭木で囲われた裏庭だ。あたりから見えないように魔法もかけているのだろう。木の枝や塀にはなんらかの魔法道具が飾られていた。
マーゼラの指示に従ってテトスが置くと、そのタイミングでナーナとジエマたちも裏口の戸からやってきた。
「これが試作品なのね」
「不思議な形ですのね。ナーナティカさんの乗っていたお車とは、また違うように見えますわ」
「両側の薄い出っ張りは何かしら。お義父様、どういうもの? 構築式を見る限り、まさか飛ぶ……?」
ナーナの言葉に、ファガスは大仰に頷くと自慢気に胸を張った。
「そう。空飛ぶ車だ」
自然と置かれた物体に視線が向かう。
金属の部品が折り畳まれ、両側にだけ出っ張りがある。四脚で重たい体を支えた謎の物体。
(飛ぶ? これが?)
さすがに失礼ではと思ったので、テトスは口をつぐんだ。だがそれはテトスだけではない。ヨランだって不可解そうに眺めている。
ファガスは物体に近寄って、おもむろに触れると起動をさせた。
それから数歩さがると、しばらくしてから物体がガタガタと揺れる。
バン!
出っ張った両側の部分がさらに山折り谷折りしてから、勢いよく翼のように展開した。
バン!
次に、背中側から前方と後方それぞれ丸みをおびた円錐形に展開した。釣りにつかう浮きみたいな形を横にして、金属の羽が生えている。
およそ胴体部分はテトスが腕を回しても掴みきれないくらいの太さだ。途中にある半透明の部位は、窓なのだろうか。中にクッションらしきものがあり、入れそうではある。
「詰めれば二人は乗れたぞ」
「お義父様とお義母様、二人でまたとんでも実験されたのね!」
ナーナの言葉に、ファガスとマーゼラは快活に笑って言った。
「あら、ナーナ。何度も試行した安全テストの最終段階よ。安心して。ねえ、あなた」
「そうだぞ、ナーナ。何より、お前の構築式を基幹にして発展させた形だからな、緻密に計算して確認をしたうえでやったこと。事実、ムリナイ様は無事に旅立たれた」
「ああ言えば、こう言うんだから!」
そういうところはナーナもそっくりだ。テトスは言葉に出さなかったが、何故か睨まれた。理不尽だ。
「しかし二人までですか」
「テトス様だけ行かせるわけにはいきませんわ」
「それを言うなら、ナーナティカも。あの二人だけは駄目です」
「俺を見ながら言うなよ……反省したから、大丈夫だって」
レラレ姉弟からの信用がなかなか戻りそうにない。じとりと二対の赤い目でねめつけられて、テトスは軽く両手を上げた。
「じゃあ、わかった。こうしよう」
使用するものは、いたってシンプルだ。
テトスの膂力。ナーナの魔法技術による制御。それから爆発による加速。以上。
説明すると、「異常の間違いよ、馬鹿」とナーナがすごい形相で詰め寄ってきたが、時間がないんだろと言い返して黙らせた。
まず、背中部分をくりぬいて、無理やり三人の座席を作る。
くりぬいた縁に掴むところを設置して、テトスはその上を覆うように掴んでやり過ごす。
そして過搭載による機能低下を抑えるため、操縦や制御の基幹はすべてナーナ頼みにして耐久面と滑空機能に全て振る。
起動後の加速は、ジエマが持っていた爆ぜ薬を利用する。
テトスが強化した石をまず投擲して、そこに爆ぜ薬を追加でぶつける。石の動きと同期させ、強力な加速で飛び立つのだ。あとは自由滑空でいける距離だろう。
「な、できるだろ」
「でき、できなくは、ない」
説明を一通りしたところ、ぐうと唸ってナーナは眉間にしわを寄せた。
「途中で空中分解しそうなら、俺がお前たちを掴んで脱出すればよし。問題ない」
「問題はあるけど、どうにかなりそうなのが嫌!」
「文句が多い。ほら、急ぐんだろ」
「そうなんだけど……うう、ヨランー!」
いっぱいいっぱいになったらしい。ジエマと違って、ナーナはこういう高速移動するものへの搭乗を嫌がると予想がついていた。
しかし黄金に輝く夕陽はしだいに暮れ始めている。
領地で蜂起が起き始めたときに既に移動を開始していたのなら、どの程度距離を進めているのかもわからない。もしかするとそれ以前に行動していたかもしれない。何より、人外の異形であれば移動手段も明らかではない。
最悪を考えて、最速を。最低限の保証付きで。それが最善だった。
「ナーナティカさん、私が前に座りますから真ん中にお座りになって。ヨランは、ナーナティカさんを後ろから支えればよろしいわ」
「姉さんも来るつもり、だよね。危ないよ。スピヌム先生もまだこちらにいらっしゃるし、先生について残ったらどう」
「何を言うの。参ります。それを言うならヨランもでしょう」
あくまでついていくと言い張るジエマに、ヨランは困った顔をした。
「数日の手伝いと話はつけてる。事情をきちんと説明すれば先生はわかってくださるから。用意の間で挨拶に行くよ」
「それに、男女二人の密着搭乗はよろしくないのではなくて」
「いや、そんな場合じゃ」
ナーナを抱きとめたヨランが、はたと止まってファガスを見た。唇を噛んで、恨めしい顔つきになっているのを確認すると、なんとも言えずに沈黙した。
「では急ぎ手を加えよう。ヨランくん、君はこっちだ」
「……はい」
「私も。自分の座るところは弄らせて」
連行されるヨランに引っ付いて、ナーナが割り込む。ファガスはまたぐっと黙ると無言で空飛ぶ車に向き合う。
それにマーゼラが寄っていき、次いで、テトスとジエマも補助をするため動く。そうして速やかに改造が始まった。
領主家お抱えの名に恥じない実力は確かなものだ。
あまり時間もかからずに改造は完了した。
そして一息つく間もなく空飛ぶ車の機体にそれぞれが乗り込む。
「いってらっしゃい」
「ナーナ、皆さん、気を付けて。先生にはこちらからもよろしく伝えますからね」
ファガスとマーゼラが手を振る。ついでとばかりに記録を取ろうと手に魔法道具があるのは、ご愛敬だろう。
テトスは機体の両翼に足を跨がらせて、まず先ほど拾った琥珀を軽く握りしめた。
魔法の媒介に優れた素材であるため、強化が掛けやすい。他のどんなものより役目に適当なものだったため、選ばれたものだ。
「では、いってきます……よっ」
魔法を掛けて保護した体で、琥珀を学園がある方角へ向かって思い切り投げる。ある程度飛び上がったところで、今度は爆ぜ薬を掴む。
振りかぶって、さっき以上に力を入れて投げる。
「っし、投げた!」
「見ればわかるわ、≪保護せよ。衝撃緩和。彼の物体と繋げ≫! うう……落ちませんように落ちませんように」
即座に機体にしゃがんで側面の掴みを握り込む。飛び続ける石と同じように機体が斜めに浮き上がる。
「≪同期せよ≫」
ナーナの魔法とともに、加速が始まる。魔法道具店の裏をゆうに飛び越えて、斜めに飛び立つ。静かな飛び立ちだ。
だが、しん、とあたりが静かだったのは、飛び上がったほんの数秒だけ。
――どぉん!
激しい爆発音と共に、恐るべき速さと加速を伴って、空飛ぶ車はかっ飛んだ。
凄まじい圧力。勢い。一気にかかった空気の塊がぶつかる。
「うっわ!」
「きゃああ、きゃあ! きゃあああ!」
「耳が……!」
「まあ、まあまあまあ!」
悲鳴と感嘆が交じり合った声を残して、空飛ぶ車が飛び続ける。
保護の魔法が掛かってもなお強い。とんでもない力に目も開けられない。テトスはぎゅうと掴みを握りしめた。
一瞬、走馬燈が見えた。
木の異形と戦うよりひやっとしたのは、絶対にジエマに言えない。
「あーっ! いっだァ、ぶつか! ああーっ!」
「うぅ、耳、耳があ……」
「凄まじい景色、飛び魚になったみたい。すごい、すごい」
騒がしすぎる。
混沌とした座席をどうにか見下ろす。
(いや、走馬燈とか気のせいだな。これよりマシだし)
閃光の軌跡となって彼方に飛び去るなかで、テトスは座席の愉快な仲間たちに向かって注意した。
「おい、制御! すぐ着くぞ!」




