1 面会
「ナーナ、よくかわせたな」
テトスが問いかけると、ナーナは得意げに顎を逸らして胸を張った。
辺境の領議会の喚問で、先ほどまで問答をしていたのだ。家族の付き添いも拒否されたなかで、一人でナーナは尋問のような問答を受けているものとテトスは思っていた。
なぜなら、領議会はナーナの次代に期待しているからだ。議会内部に出蘆教の者がいるとは聞いていたが、動きは実に早いものだった。
異形体の襲来が鎮圧した翌日には、ナーナは呼び出しを受けた。ろくな準備もできなかったはずだ。なのに堂々と出かけて行った。
せめて護衛に出ろと、テトスは義両親やジエマたちから言われて付き合ったのだが、予想外にも時間はかからなかった。
そしてナーナはぴんぴんしていた。
部屋から出てきたナーナを迎えてから、おもむろに歩き出す。
「そうね。使い物にならないとだけ教えてあげたの。第三者が見ても分かる形でね」
ナーナはお出かけ用の洒落たブラウスと長スカートの境を軽く叩いてみせた。
それから左手でテトスに寄るように合図をする。ほんの少しだけ寄って歩くと、がっと腕を掴まれた。ついで、頭の中にナーナの声が響いた。
接触したことで干渉し、言葉を伝えやすくするためのようだ。
(≪偽物の皮膚を作り出して、加工したのを腹巻にしたのよ≫)
ついナーナの腹を見てしまった。
(≪コウサミュステ寮の現役寮生と卒業生の傑作ね。切開縫合跡を完全再現したのを見せたときの、あの人たちの顔といったら!≫)
趣味が悪い。というよりも、そこまでやるのか。テトスはぎょっとした。
あの議員たちの前で偽物とはいえ腹を晒したとは、とんだ度胸だ。
なおもナーナの腹部をじろじろ見たら、肘で突かれた。
「それでわかってもらえたのか」
「そうね。偶然、中立的な立場で活躍されるスピヌム先生の診断書も持ってたし」
「ふーん」
スピヌムの診断書といっても、すべてではないはずだ。この様子を見る限り、都合よく誤解されるものだけを所持していたに違いない。
「ヨランのことは?」
「どこで耳にしたのか、よく知っていらっしゃったわ。ジエマについても聞かれたもの」
「変なこと話していないだろうな」
「ティトテゥスと一緒にしないで。きちんと真面目に答えたわよ」
ナーナが目くばせする。むずむずと口が動きそうになっているのは文句が飛び出そうだからか。そう思うやいなや、テトスの頭に腹立たしそうなナーナの声が響いた。
(≪あの人たち、ヨランもジエマも金蔓としか見てないのよ。腹立つったらないわ≫)
口元が不満そうに曲がって、眉間に皺が寄っている。傍から見たら、テトスがナーナの機嫌を損ねたように思うだろう。
領議会の屋敷を出る途中で見知った傭兵隊の者が、テトスに向かって冷めた視線を送ってくる。
(問答無用で頭の中に声が響く俺の方が被害者だ)
それを睨み返して、屋敷の出口へと向かう。
一番街にある領議会のための屋敷は、権威も現すためにひどく大きい。ただそれでも足りないらしい。辺境領主の居城に張り合うくらい改修するという話も最近は出ていた。
これ以上大きくしてどうするつもりなのか、テトスにはわからない。ごてごてと飾り立てた扉を通り過ぎて、どちらともなく足を止めた。
「あら、伯父様のお迎えかしら」
ナーナが屋敷の出入口前に付けた車に気づいた。わかりやすく特定できる紋章などはないが、すぐわかったのは中から男が顔を見せたからだ。
「伯父上、おひとりですか」
テトスが尋ねると、テトス達の伯父カイデンは小さく手招いた。乗れということらしい。
ナーナを先に乗せてカイデンを挟み、テトスも乗り込んだ。
席につくと、静かに車は走り出した。
「寄り道に付き合うように」
つっけんどんな言い方だったが、カイデンの口調は幼いころに会ったときからこうだった。テトスもナーナも揃って返事をした。
「はい、伯父上」
「もちろんです、伯父様」
カイデンは姿勢よく座ったまま、口を閉ざした。目的地までは話さないつもりのようだ。
辺境の地では使う者が限られている貴重な車だが、学園で利用していた車と比べると古臭い。背筋を伸ばしたナーナの視線が時折揺らめいて動くのは、どうせ車の魔法構築式を観察しているからだろう。
テトスはといえば、運転をしている者に注目した。
当然といえば当然だが、口が堅く静かな者のようだ。モングスマ直属だろうか。この車を使うのなら魔法に秀でている人材かもしれない。
そんな観察をしているうちに、目的地とやらに辿り着いた。
「こちらだ」
車から降りると、カイデン自らが先導するように歩き出す。
(伯父上、前よりもお痩せになったな。苦労されているんだろう)
肉の薄い体は、肩や腰が骨が突き出たように出っ張っている。加齢で皺の入った皮膚はたるむというより、肉の下の骨や筋肉がわかるようなものだった。
しかしこうして改めて見ると、フスクスと血の繋がりを感じる鋭さを持つ容姿をしている。
きびきびとカイデンは歩く。
一番街の中を進み、やがてぽつんと風景に置いてけぼりにされたような家屋が見えてきた。
街並みは遠のいて、いつの間にかあたりは草原ばかりになっている。ナーナが「魔法よ。いつの間に」と感心した。
「あまり人目に付くわけにはいかないのでな。入りなさい」
カイデンは、その家屋の入り口を示す。言われるまま中に入る。
中は外観からわかるように、こぢんまりとしていた。家具も最低限で、ひどく殺風景だ。
入ってすぐに台所兼用の居間があり、その奥におそらく寝室があるだけ。居間には、簡素な木製の長机と椅子が四脚あるばかりだった。
「そこに座りなさい」
テトスたちに席を勧めて、カイデン自身も向かいの席に腰掛けた。隣り合うのは気が進まないが仕方ない。二人は揃って席に着いた。
「まずは帰郷について迎えよう。よく帰ってきた」
両肘をついて手を組む。カイデンの琥珀色の目がテトスたちを見やって、和らいだ。
「お前たちの頑張りについては、マルギットから聞いている」
マルギットとは、フスクスの名前だ。妹であるフスクスと連絡を取り合っていたから、その関係で知っているのだろう。
テトスもナーナは互いに目配せした。成績については知られてもなんの問題もない。問題があるのはそれ以外だ。
カイデンは目を閉じて、すう、と息を吐く。そしてゆっくりと開いて眼差しを鋭くした。
「もちろん、それ以外もよく聞いている」
「はい……」
しゅんとしてナーナが返事をする。
「ナーナ。お前には、とくに帰らぬよう言い含めたとのことだったが」
「確かに聞いています。でも」
「人の忠告を聞かない子ではなかったと記憶しているが、違ったか?」
テトスにナーナの視線が来たが、逸らしておいた。薄情者とナーナの口が動く。
「ナーナ。今は私が聞いている。こちらを向きなさい」
「はい」
「テトスもだ」
「はい」
カイデンはまた二人を眺めて、言った。
「なぜ来た」
「来たかったからです」
「テトス、理由になっていない」
「領議会の要請があったのと、伯父上のお立場を考えたのと、好きな女性を匿いついでに故郷紹介するためです」
素直に指折り数えて言うと、カイデンは額を抑えた。
「昔から愚かなくらい素直だな、お前は」
「ありがとうございます」
「褒めていない。呆れている」
じろりと今度はナーナを鋭い目で刺した。
「ナーナ」
「私は学園を無理に飛び出してきてもいませんし、頼りになる先生も連れて来ました。それに、恩ある伯父様のピンチにかけつけないなんて不義理は、やっぱりしたくありません」
「来ては迷惑と、考えなかったのか」
「自分の始末は自分で付けたいのです。もうすぐ十八ですもの」
「……もうそんな年か」
ため息が一つ落ちる。
そしてまた質問がくる。
「ジエマには面会した。それで、ナーナ。お前の相手は……睨むな。何もしない」
「あら、睨んでなどいません。伯父様ならわかってくださるって見ていただけです」
よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えるものだ。
ナーナはいざとなったらカイデンを惑わそうとしていた。
テトスにはわかる。自身の服に隠していた魔法使用のための媒介具を探っていたからだ。
「聞き分けがいいようで悪いのは相変わらずだ。本当に、お前たち双子は似てほしくないところばかり似ている」
この言葉を何度も聞いた。小さな頃。それこそ、テトスとナーナが引き合わされてカイデンと対面したときから。
「無茶をするな。言う通りにしろ。叶った試しはなかった」
「そんなことはないですよ、伯父上」
「ええ、言われたことはちゃんと聞いてその通りにしています」
「聞いた上で行動しているだけです。無茶はできる範囲でしかしてません」
次々に言えば、カイデンは組んだ両手に顎を乗せて目を伏せた。
「口先ばかり上手くなったのは誰の影響か。ともかく」
姿勢を戻して、カイデンは咳払いをする。それを合図にテトス達は口をつぐんだ。
「領議会のくだらぬ要請については、私が選別して伝えた情報のみを受けるように。これは絶対だ」
テトスとナーナは同時に頷いた。
「また、今回のような忌まわしい呼び出しに今後応じなくてよい。次代は領主、ムリナイ様も望んでいらっしゃるが、お前たちに強要するものではないと仰せだ」
それは助かる。この言葉はテトスよりもナーナが安心したように肩の力を抜いた。
「議事録に明言して記録した。それに関しては、ナーナ、うまくやったな。お前の度胸は大いに評価されていた。欺いた点に関しても、そうさせたほうが悪いという処理にしよう」
「伯父様、ありがとうございます。私だけでなく、ヨランも学園の友人たちも手伝ってくれたんです」
「そうか。良い縁だ。大事にしなさい」
「はい!」
にっこり微笑んだナーナに、カイデンはほんのわずかに口角を上げた。
(伯父上、ナーナにはちょっと甘いんだよな……)
じっと見ていると、カイデンはおもむろに立ち上がった。
「私は先にここを出る。しばらく……この砂が落ちるくらいに出て、帰りなさい。道具はナーナからファガスへ渡せばよい」
そう言うと、テトスとナーナの頭を下手くそに撫でてから早足で歩いて行った。
「やだ、ぼさぼさ」
文句を言いながらも、ナーナの頬は赤い。指摘してやろうと思ったが、やめた。テトスもまた、同じように気恥ずかしくなったのを否定できなかったからだった。
さらさらと机に置かれた砂時計が時間を刻んでいる。
落ちきるくらいに回収して、どちらともなく静かに立って家を出た。




