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ティトテゥスの改葬  作者: わやこな
箱入り鏡
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14 箱入り鏡


「何が来た!」

「四足の……違う。ちがう、ちがうちがう! 人が四足になってやがる!」

「化け物だ! 化け物が迫ってきた!」


 怒号が飛んでいる。

 西門から伝達が飛んできた。壁の外からぞろぞろと群れが向かっているという内容に、遠見が得意な者が門の上に登って見張ったのだ。

 その結果がこれだ。

 異様な体になった、元人間の姿に恐怖して取り乱した兵が泡を吹きながら叫んでいる。


「おい、あれあいつじゃ」

「嘘だ。じゃああれも」


 つぎつぎに迫るものを見ようとして覗いた兵たちが動揺して呟く。

 植物に寄生され、皮膚がめくれ骨が露出した悪趣味な人形。その形になった者が着ている服は傭兵部隊であったり、警備の制服であった。


「異形体だ」


 トルマンが言う。それから声を張り上げた。


「しっかりしろお前ら! やつらは手ごわいぞ! 装備は十分か!? 学生どもは後方にさがれ! 部隊は前へ!」

「親父殿、俺が前に出るか」

「テトス、お前は」


 会話の最中、遠くから悲鳴があがった。同時に、ドン、ドン、と破裂する音がした。発生源はどこだと探す。白煙が登っているのですぐにどこかわかった。

 街中からだった。


「家族を保護してこい。カイデン様の無事も確かめろ。二番街の屋敷はわかるな」

「貴賓通りの街路樹沿い。任せてくれ親父殿」

「よし、いってこい……ぬうぅっ!」


 テトスに言葉を投げかけて、トルマンは仁王立ちに手を広げて腰を落とした。

 びきびきと筋肉ばった丸い体にさらに力が入る。肌の色は赤みを帯びてさらに黒く艶が入る。


「≪硬化せよ! 硬化せよ! 我が身を堅く変えよ!≫」


 繰り返し呟いたトルマンの足元は、地面に軽くめりこんでいる。まるでひどく重たくなったように、じわじわと沈んでいた。


「我らは辺境の盾であり剣! 敵を前に引く臆病者は蹴飛ばしてやれ!」


 咆哮をあげて、武器を手にトルマンは駆け出した。ずしん、ずしんと重量のこもった体が弾のように進んでいく。それに続くように、それぞれ異能や異形持ちが魔法を使って武装しだす。

 それを見送って、テトスも急いで街中に向かった。





 襲来におびえて逃げる人々を横目に、飛ぶように駆ける。

 道々どころか屋根も使って、まっすぐ一直線に最短距離を進む。


(小物も湧いてるな。どこからだ)


 植物に寄生された虫たちが湧いている。下で戦う領民が相手しているのは犬猫の形をした小動物だった。

 飛んでくる鳥も興奮したように人目掛けて降りてくるが、これもまた植物に寄生されていた。

 適当にいなして、さらに進む。

 二番街と一番街の境にある通り。昔、貴賓館が立ち並んでいたとされたことからそう呼ばれているように、高い地位の領民の別荘や裕福な領民の居住地が多い。

 景観を美しくするために、色変わりが見事な街路樹を植えているのが特徴だった。


(ごきげんに()んでやがる)


 大きな虫が元気よくむしばんでいるのを横目に、足を動かす。人に危害を加えそうであれば、都度武器がわりの飾り紐をふるって吹き飛ばす。


「テトス!」


 名前が呼ばれる。

 カティナの声だ。すすけて怪我が目立つが、足取りはしっかりしていた。あの白煙の近くにいて巻き込まれたのかもしれない。

 カティナはテトスを仰ぎ見て、前方を指さした。


「この先にいる!」


 誰がいるかなんて、聞かなくてもわかった。

 だが、先へ進もうとする足を留めてたずねた。


「伯父上は」

「領主様の元へ。ご無事だ。それよりジエマを」


 今度こそ返事もせずに、テトスはさらに急いだ。



 両脇に並ぶ街路樹。色が変わった葉が、風が吹くたびに散っていく。

 整えられた景観の先、探している背中を見つけてテトスは急いだ。

 簡素な長袖のワンピースに肩掛けの羽織が風に揺れる。ジエマが何かと対峙している。


(人……じゃないな。門に来た異形と似てる)


 優美な青年のように見えたが、近づくほどそうでないとはっきりする。

 通常ではありえない巨体だった。

 それに、溶けている。

 右半身から頭にかけて、ぐずぐずに溶けてとろけて骨や肉が露出している。ろくに動かないだろう関節部分には植物が根を這わせて眼窩から皺だらけの枝を伸ばしていた。

 ジエマはそれに一歩も引かず、押しとどめていた。


(さすが、俺が見込んだ女性だ)


 もともと優秀だと思っていた。だが、予想以上だ。

 その辺の武辺者より、よほど冷静に対処できている。必要以上に間合いに入らず、牽制だけに努めて足止めをしている。

 指示はもしかするとカティナかもしれないが、それをできるだけの確かな実力があったのだ。ナーナから預かった魔法道具を使って、自分に注目を集めて周りへの攻撃へ向かわないようにもしている。

 しかし、魔法を使用するにも限度がある。当人の習熟度がものをいうとはいえ、使い過ぎれば心的疲労は蓄積する。

 徐々に精彩をかく防衛や攻撃に、ジエマの様子も辛そうに見える。

 咄嗟に近くのものを拾って投げる。だが、痛覚がないのか怯んだ様子すらない。力を込めて投げても植物がさらに侵食して復元する。


(間合い、まだ少し。くそ、足りない)


 ジエマはよろめいて、服をさぐった。

 何かを取り出している。新しい魔法道具だろうか。

 嫌な予感がする。

 テトスは自分でも勘がいいと自信があった。その勘が、あれは嫌だと告げている。


「――ジエマさん!」


 名前を呼ぶ。それを手にしたジエマがはっと振り向いた。

 場違いにも、美しい表情だと思えた。

 わずかに驚いた顔をして、それからふっと安心したように表情が緩む。次には決意を新たにジエマはまた異形へ向きあった。作り物みたいに、できすぎた造作のように、仕草の一つ一つがゆっくりと見える。


(だめだ。あれは駄目だ。考えろ、物を投げて牽制じゃない、なにか……)


 大きく飛んで、一歩。二歩。まだ足りない。

 こういうとき、双子の片割れのように魔法の才に秀でていたら。

 相手に干渉して留めることもできるだろうに、それができない。手からその道具を無理に取り上げたとしても、すでに発動し始めている。下手に中断したら何が起こるかわからない。

 ジエマが何か呟いている。その場に届くまであと少し。いや。


「そのまま!」


 テトスはジエマの動きを止めないことを選んだ。

 ジエマの傍に滑り込むように体を動かしながら、飾り紐を異形へ向けて放って動きを制限する。

 それは、異様な力だった。大木がそのまま動いている。そう錯覚するほどの力で抵抗してくる。

 テトスの言葉に、ジエマは口を開いたまま一瞬止まり、また詠唱を続けた。


「≪留めよ。止めよ。箱は開く。展開するは封じの小箱≫」


 白い手のひらに置かれた小箱が、緩やかに浮かぶ。ひどく集中を要するのだろう。

 脂汗をたらして、ジエマは震える声を律して続ける。

 いや、止めようがないのだ。唇が不自然に動いている。


「≪箱よ開け、広がれ。留めの小箱。映すものを閉じよ≫」


 ぱたん、と小箱の上蓋がずれる。ほどけるように、しゅるしゅると箱が開く。陽の光でちかちかと光るものがある。あれは鏡か。

 テトスは手足に力をこめて、踏ん張る。そして、ジエマに向かって言った。


「ジエマさん、南門のこと覚えておいでですか」

「≪開け≫」

「できますか」

「≪対象は鏡に映るもの≫」


 詠唱は止まらない。

 だが、確かにジエマは頷いた。


「足を引いて。片足は相手のほうへ」


 ジエマの左足がゆっくりと下がる。


「体をできるだけ捻って……≪強化せよ。守れ。保護せよ≫」


 ナーナの魔法道具を媒介に、魔法を使う。ジエマは魔法道具を起動させながらも、言う通りに動いた。


「五つで一歩前へ踏み出します。振りかぶって。五、四、三」

「≪箱よさらに開け。広がれ≫」


 ぐるぐるとジエマの腕に螺旋がうずまく。箱の外観だった板が幾重にも増え続けて伸びているのだ。握り込んだ手のひらの鏡を中心にとぐろを巻いている。


「二、一……今!」


 口を引き結んで、ジエマは思い切り投擲した。

 しなる腕から鏡が一直線に飛ぶ。


「≪起動せよ!≫」


 テトスが留めた異形に鏡がぶつかる。その瞬間。

 持っていた飾り紐を離して、テトスは勘に従うまま態勢を崩したジエマを掴んでその場を離れた。


 わき目も振らずに、強化保護も忘れて、足を動かす。じくじくと足が傷んだ。どこかが切れたのだろうが、そんなこと気にする時間も惜しい。

 飛んで、離れて、そのすぐ後ろから猛烈に引き寄せる強い風がする。その風を振り切って、さらに。

 離れた家屋の上で止まって、テトスはやっと振り向いた。

 四角い箱が街路樹の中心にぽつんとあった。明滅しては収縮を繰り返して、どんどん縮んでいく。


「あっぶなかった」


 心底思った。

 テトスが息を乱して呟くと、腕の中にいたジエマが身じろいだ。顔色が恐ろしく悪い。目がかすむのか重たそうに瞼を開閉している。

 それでも、テトスの腕に触れて言葉を紡いでいる。


「お怪我は」

「大丈夫です」


 軽傷はあってないようなものだ。即座に答えると、ジエマはゆっくりと言葉を続ける。


「カティナ様が」

「ぴんぴんしてます。ジエマさんが引き留めたおかげですよ」

「私、うまくできましたか」


 すがるようにテトスを見上げてくる。瞳はうるみ、今にもこぼれてしまいそうだ。


「はい、すごく。がんばりに花丸どころか褒章ものです」

「ほんとう?」

「さすがチャジアの子といっぱい褒められます。俺も褒めます。貴女の働きは素晴らしいものです」

「そう……それなら、私」

「あとは任せてください。こういうときのために俺みたいなのがいるんです。それに」


 言いかけて、テトスは街並みを見下ろした。見慣れない車が勢いよく街路樹の通りを滑走している。

 ずいぶん小型の車だ。というよりあれは車だろうか。形が奇抜すぎる。

 むき出しの乗車席には二人組が乗っており、どう見てもその二人には見覚えがあった。


 運転をもう一人に任せて、乗車席から危なっかしい動作で立ち上がる。金の髪を靡かせて、立つ女性は間違いなくテトスの双子の片割れだった。




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