12 呼び出し
イスルと傭兵たちが去ったあと、テトスはサッとジエマのところに顔を出した。
曰く、昼休憩の隙間をぬってやってきたところで偶然居合わせただけらしい。
「二番街にはそれなりの飯屋もあります。お口に合えばいいですが……あ、これ俺のおすすめです。あとナーナが前に言ってたやつはこれ」
ジエマを見つけて、明るい顔でテトスは言う。流れるようにジエマの前にいくつか菓子やつまめる料理を置いて、さっとジエマの手を取った。
「何かあれば駆けつけるので。心安く過ごしてください」
両手で包んで、数度握られる。
先ほどまでのぞんざいな態度が嘘のようだ。きりりとした面立ちは優しく変わり、言葉も柔らかい。
ジエマだけの特別だと言われた言葉に、きっと嘘はないのだろう。あからさますぎる。
(心配になるほど、自由な方……)
カティナたちに見られるなかでも、堂々としている。
これは気恥ずかしさなのか、それ以外のむずがゆさなのか。じわじわと伝わる熱の元を見つめて、ジエマはおずおずと頷いた。
「では、また。いってきます」
その反応を確認するや否や、テトスはすぐに去っていってしまった。
「あっ、い、いってらっしゃいませ」
腰を浮かせてジエマが言う頃には、もう姿はない。
後ろで、呆れたようなカティナの溜息がする。
「ジエマ、嫌な時は嫌ってお言いよ。まったくあいつ」
「いいえ、そんな。私にはもったいない殿方です」
そう答えると、カティナはマーゼラたちと顔を見合わせて肩をすくめて笑った。
「文句も言えるようになるんだね。お前さんは良い子すぎる」
「良い子すぎる」
言葉尻を繰り返して呟く。
そうあるべきと育って、自分自身もそうしたほうがいいと思ってきた。
(ここでは、それだけでは駄目なのね。ああ、でも)
ジエマは今日も手荷物に忍ばせている小箱に意識を落とした。
もしいつか、近いうちそうなる未来があるのなら。あまりに気安い関係を築いたら余計に心配をかけて迷惑になるのではないか。
(三年目。色移る森で、暗い中。それはいつのことかしら)
身内に迷惑がかかるならと覚悟して預かった魔法道具。
辺境の地でも、思いがけず親切な人々と出会ってしまった。いざという時、使うことに否やはない。
(道具で身を守る……きっと、私は守るために)
親身になって、ジエマを受け入れてくれた。壁の修理作業で出会った人々も、乱暴な人もいたにはいたが概ね優しく陽気な人たちだった。
新しくできたジエマの居場所。
(私はいつかこれを使う。使うの。きっと、そう)
学園を出奔して、ここまで来た。
まだ、手先にテトスの熱が残っているようだ。じんわりと暖かく感じる指先を、ジエマは握りしめた。
*
幾日も、時間はあっという間に過ぎ去った。
辺境でも季節の流れは都や学園と変わりない。
穏やかな気候だったものが、ふと肌寒さに体を震わせるようになった。
自然豊かな辺境の緑も、ところどころ燃えるような赤や色鮮やかな黄色と賑やかに変化しはじめている。
本格的な寒季が、すぐそこまで迫ってきていた。
街中を歩くと、そこかしこで聞こえる噂は景気のいいものではない。
不穏な事件と襲来が増えている。誰ともなく口にして不安がっていた。
カティナと買い出しに赴いた店先でも、世間話がてら話を振られた。カティナが傭兵部隊の夫を持つことを知っていたからだろう。警備に異常がないか、どんな奴が次くるのかとしきりに聞いていた。
ついこの間には、熊と植物を掛け合わせたような異形の生物がやってきたという。あれが大勢やってきたなら、街中はたちまちパニックになっていただろう。
ジエマも製薬の手伝いをと頼まれて参加したが、ひどい怪我の者も出ていた。いくら魔法があるとはいえ、治療にも限度がある。
「――はあ、滅入る話題だ。とはいえ、備品をおまけしてくれたのはもうけたね」
食料店を出て、買い物袋を抱えなおす。カティナの言葉のとおり、治安維持をがんばってくれるからとあれこれおまけしてくれたのだ。
これでうちの通りもよしなに、という下心つきだったがカティナは景気よく受け取っていた。
今日の買い出しも終わってあとは帰るだけだ。カティナの後をついてジエマが歩いていると、店のすぐ近くに止めていた車から男が現れた。
辺境の街中では珍しい、魔法がかかった機械仕掛けの車だ。地位の高い人物だとすぐにわかる。かっちり着込んだ服も仕立ての良いもので、いかにも宮仕えのような服だった。
「そこの二人、お待ちください」
撫でつけた髪に整えた髭。中年の紳士は、えへんえへんと咳払いしてカティナとジエマを呼び止めた。
カティナがジエマを庇って前に出る。
「議会の者が二番街まで降りてきてなんのようだい」
「こちらを」
紳士がどこからともなく紋章のついたブローチを取り出して見せてきた。
大樹をモチーフにした絵と崩した文字が象られている。ジエマにはわからないが、カティナはそれを見て鼻を鳴らした。
「場所は」
「案内した先に。しばしお時間をいただきたく」
「もうお待ちになっていると? うちの旦那には?」
「もちろん連絡しています。こちら証拠です」
次に見せてきたのは、トルマンが以前テトスに渡した徽章に似ている。カティナはそれで納得したらしい。
「ジエマ、ちょいと寄り道してお高い茶菓子でも貰いに行くよ」
「えっ、はい」
そう言うと、のしのしとカティナは買い物袋を手にしたまま車に乗り込んだ。紳士が軽く頭を下げている。
いったいなんだろう。
ジエマは驚きながらも、カティナに続いた。
車に揺られてほどなくついたのは、二番街にある立派な屋敷だった。
まわりには見るからに裕福な建物が並んでいる。比較的一番街に近い土地だから、富裕層が多く住んでいるのだ。
紳士に連れられて、カティナとともにジエマは屋敷の中へと通された。
どうやらカティナはその屋敷を知っているらしい。出迎えた使用人たちに軽い挨拶をして荷物を預けると、きびきびとした仕草で迷わず進んでいく。
高価な調度品や絵画が並ぶ廊下を抜けて、一際豪華な大扉の前に立つ。紳士が扉の中へ先に入ると、内側からゆっくりと開けた。
「中へ」
落ち着いた低い声がする。ジエマはカティナに倣って礼をすると、招かれるまま中へと入った。
完全に入ったところで、後ろの扉は閉じられた。同時に、中にいた男性が小さなベルを鳴らした。
部屋の四隅で何かが起動した音がする。ジエマが視線を失礼にならないように向けると、四隅に調度品に紛れて魔法道具が飾られていた。おそらく防犯か何かの魔法道具なのだろう。
「カイデン様、チャジア家のカティナとジエマが参じました」
淑女らしいというより、兵士のような礼をカティナがする。
(この方は、葬儀で)
葬儀の取りまとめをしていた男だ。チャジア家の主にあたる人物と知って、ジエマは丁寧に礼をした。
カイデンはそれを手で軽く払うような仕草をしてやめさせた。
「私的な場だ。楽にしていい」
「は、ありがたく」
カティナが礼を戻して直立したのを見て、ジエマも同じように背筋を伸ばす。
葬儀の時と比べて、カイデンの雰囲気は幾分か柔らかい。品のいい白シャツと黒いズボンだけのシンプルな服装は、すらりとした細身によく似合っている。ただ、顔の隈は濃く残っており、お世辞にも顔色は良くない。
「君とは葬儀以来か。ディアデムタル辺境領主が臣下、モングスマ当主のカイデンだ。はるばる都からようこそ」
「ありがとう存じます。チャジア家へ新たに入りました、ジエマと申します。以後よろしくお願いいたします」
「テトスが連れてきたと聞いた。難儀はないか」
「いえ、皆様に良くしていただいております」
「そうか」
言葉少なに結んで、カイデンはジエマを見つめた。
オレンジがかった茶色の瞳と目が合う。暖かな色合いだが、観察されているような眼差しのせいでほっとした気持ちにならない。
緊張を隠して、家で仕込まれてきたように落ち着いて微笑む。自然に、人好きのする穏やかな表情を作るのは得意だ。強く意識しなくてもすぐにできる。
「あれの奔放さを補える優秀な相手だ。恵まれたな、カティナ」
「ええ、それはまことに」
「何かあれば私の名を出していい。ジエマ、君の後ろには都のデラドルを冠する貴族家の後見もある。丁重にもてなそう」
ジエマは驚いて目を丸くした。
後見の話は、カロッタやランフォードからと聞いていただけで詳しいことは知らなかったのだ。
「君の生家と周りの友人が強く働いたのだろう。人の縁とは得難いものだ。大事にしなさい」
そう言って、カイデンが一つの手紙を差し出した。レラレ家の名前が書かれてある。受け取って、ジエマは深く頭を下げた。
「辺境で貴重な薬師が増えるのは、いつでも歓迎しよう。領主様も大いに喜ばれる。だが、こちらは強制しない。気兼ねなく過ごすといい。君は自由だ」
自由。
その言葉が、ジエマのなかで思った以上に大きく響いた。
手の中の手紙の宛名には、レラレの付かないジエマの名前だけ。ただのジエマに、宛てた手紙だった。
突然突き放された気もする。けれど、不思議とそわそわと落ち着かない心地にもなった。
ジエマの返事を待つカイデンたちに気づいて、慌てて御礼を言う。
「お気遣い、大変嬉しゅうございます」
「構わない。ただ、今時分、辺境は荒れている。一人で出歩かずテトスやカティナたちを頼るように……テトスは変わりないか」
ぽつりとカイデンが聞いた。
答えたのはカティナだ。姿勢よくはきはきとした口調で肯定した。
「まったくもって元気です。先日は南門を破壊したくらいでございます。その節は申し訳ございませんでした。本人に謝罪をさせますか」
「いい。軽々と会うわけにもいくまい。ほどほどにしろと伝えてくれ」
「よくよく伝えます」
「ナーナは戻って来たのか」
「いいえ。学園かと。ジエマ、そうだね?」
カティナに話を振られて、ジエマはうなずいた。
「はい。自分が行けない代わりとお守りを作ってくださいました」
「そうか。来ていないならいい」
小さく息を吐いて、カイデンは表情を改めた。
「急な呼び出しに応じてもらってすまなかった。身内として顔合わせをしておきたかったのだ」
そこまで親身な間柄だったのだろうか。ジエマが「身内」と呟くと、カイデンは静かに付け足した。
「……チャジア家やブラベリ家とは懇意なのでね。また落ち着いたら、テトスたちと訪ねなさい」
「では、本日はこれで」
「ああ。下で土産を受け取って戻ってくれ」
「はい、ありがたく」
カティナの言葉に、カイデンは再び小さなベルを鳴らした。
また四隅からいくつか音がする。見れば、動きが止まっている。
そして数秒と待たずに、大扉は開けられた。




