11 ブラベリ魔法道具店
「なんと、これをナーナが?」
ジエマとカティナは、揃って訪れたブラベリ魔法道具店にて歓待を受けていた。
もともとカティナとブラベリ夫妻が顔見知りだったこともあり、世間話も束の間、すぐに店の奥へと通されたのだ。
二番街の商店通りの一角。
ディアデムタル辺境領主家のお抱え魔法道具職人ともなると、立派な高級店かと思いきやそうでもない。外観はいかにもな飾りや看板が下げられていて、良く言うなら歴史を感じるもの、悪く言うなら古びていた。
中は整然と並べられた道具と、古傷があるものの滑らかな光沢を放つアンティーク調のカウンターがある。
カチコチと鳴るゼンマイや歯車の音が静かな空間に響く。ふしぎとほっとするようなところだった。
奥まったところは従業員用の作業場のようだった。簡易キッチンも備えてあるので、ここで詰めて遅くまで作業をするのかと想像してしまう。
「あの子の才は、やはり素晴らしい。見てくれ、マーゼラ。ナーナの刻んだ構築式を」
興奮しながら片眼鏡でナーナ謹製のお守りを見ている男。ナーナの養父である、ファガス・ブラベリはしきりに出来の良さを褒めた。
マーゼラもお茶菓子を用意してからやってきて、覗き込む。そして感心したように声を上げて小さく手を叩いた。
「本当、とてもよくできていること。あちらでもよく学んでいるのね、誇らしいわ」
ふくよかな顔をにこにことほころばせて、マーゼラは機嫌よくジエマたちに茶菓子を勧めた。
「ささ、どうぞジエマさん。あなた、お菓子は好きかしら。遠慮なくいただいてちょうだいね。お茶は甘いのがお好き?」
「マーゼラ、そりゃ砂糖が多すぎる。もったいないだろ」
「大事なお客様よ。ここでいっぱい使わないで、どこで使うというの」
「お前さんは、いつも大げさだねえ」
足を組んで、白いカップに入ったお茶をカティナが勢いよく飲む。体格のいいカティナが持つと、普通のカップも小さく見える。
ファガスが夢中でお守りを観察するなか、にこにことマーゼラはジエマに再び勧めた。言葉に甘えてジエマがカップに口づけると、さらに嬉しそうに微笑んだ。
(とっても素敵なご両親。ナーナティカさんの親切なところは、きっとお二方から継いでいらっしゃるんだわ)
ジエマも微笑み返すと、マーゼラが唇をむずむずさせて話し出した。
「テトス坊っちゃんにこんな素敵な子ができるなんて。月日が経つのは早いこと」
「そうねえ。私も驚いたわ」
「ねえジエマさん、きっかけは? こんな辺境まで都の子が来てくれるなんて、大層なロマンスがあったに違いないわ。ああ、素敵」
「ちょいと、マーゼラ。すまないねジエマ、嫌なら話さなくてもいいよ。もちろん、私は聞きたいけど」
「いやだ、カティナったら。あなたも聞きたいんじゃないの」
ほほほ、と笑いが出る中でジエマはカップを握りなおした。
(出会いの切っ掛け……)
記憶を探らなくても、ジエマはよく覚えている。
テトスと初めて会ったのは、昨年のこと。
辺境からやってきたという話題の生徒が、一学年上にいると噂に聞いていた。ひょんなことから、弟のヨランがその渦中の人物と交流しているようだと忠告を受けたのだ。
あまり目立つような人と交友するのは芳しくない状況を招くのでは。そう言われて、ジエマはまずどんな者なのか知ろうと思った。
(なんて自由な方と思ったのだったわ)
こっそり見ようと思ってたはずが、なぜか気づかれて、なぜか話しかけられてしまった。ヨランのことから話題を振られて、ジエマが困った様子を見せると、じゃあまたと爽やかにどこかへ去っていった。行動が唐突で突飛で、ジエマはひどく驚いたのを覚えている。
それから、小さな切っ掛けを積み重ねるように、ひたすらマメにテトスは現れては軽い会話をしてきた。ときには些細な困りごとを手伝ってくれたりもした。
「その……切っ掛けは、テトス様からお声をかけてくださったことでした」
「あのテトスが?」
カティナが眉を寄せた。マーゼラはきゃあと色めいた声を上げた。
「弟のヨランが、テトス様たちと仲良くしていましたの。そのご縁ですわ」
「ヨラン、ヨラン……あっ! ナーナの手紙に出てくる子!」
マーゼラは口元に手を当てた。
「お二人は、お付き合いをしていますものね。そうなりますと、ナーナティカさんと私は身内ですから。改めてご挨拶いたしますわ。どうぞ、よしなに」
頭を下げてジエマが言えば、ファガスが口を挟んだ。
「その、なんだね。ナーナが言うヨランくんとは、どういう子だね」
「あなた。ジエマさんを見たらわかるでしょう。ナーナの手紙の通り素敵な子に決まっているわよ」
「なんだい、まだ引きずってんのかい。ナーナお嬢さんの御眼鏡に叶うんだから、少なくとも悪くはないだろうに」
マーゼラとカティナに責められて、白髪交じりの頭を掻きながらファガスはうなだれた。しおしおと植物が萎れるように落ち込んでいる。
「あの、身内のひいき目を抜きにいたしましても、ヨランはしっかりした子です。それに、都一の学園に通う才もありますし、真面目で優しい子ですわ」
ジエマが答えれば、ファガスはますます元気がなくなった。反対にマーゼラは目を輝かせた。丸いつぶらな瞳がぱちぱちと瞬く。
安心が足りないのだろうか。ジエマは思案して、一つ秘密を開示することにした。
(この方たちは、将来の身内。信頼に足る方。なにより、辺境の地は異形に寛容ですもの)
この地へ来てから、新しい発見ばかりだ。
今までにない生活もそうだが、環境がまるで違う。街は都ほど整然としていないが、賑やかな活気もあり喧騒があちらこちらで聞こえる。治安はこちらのほうが悪いと思うが、人々の距離は間違いなく辺境の人のほうが近かった。
何より、都であれば後ろ指をさされ追いやられる異形を持つ人たちが普通に暮らしている。
角を持つ人が重たそうに頭を揺らしていたり、異常に毛深い人が道端で涼を取っていたり、そんな姿を探さなくても見ることができた。
だから、きっと言っても迫害をされることはない。ジエマはファガスへ視線を向けて口を開いた。
「私たちは、人魚の一族です。この身を容易に変化させることができるほど、濃い血を引き継いでいます」
その言葉に、部屋にいる大人たち三人が目を丸くした。
「人魚の話はご存じでしょうか。私たちは、血筋柄、情愛を深く持ちます。一途なのです」
「まあ、そうね。そうよね。お話にも出るくらいだもの。そう、人魚……」
「ああ、知り合いにもいるわね。半魚型だけどそうだわ」
「ううむ」
めいめいに反応して、そして納得したようだった。
「やっぱり趣味が似ているのかしらね。ナーナとテトス坊ちゃん」
「根っこは似てたじゃないか。昔っからね」
マーゼラの感想に、カティナは笑って肯定する。ファガスは唸りながら腕を組んだままだ。ジエマはそれを見て、続けて言った。
「ヨランはナーナティカさんを裏切ることは絶対にいたしません」
「じゃあ、ジエマ、お前さんは?」
カティナが聞く。そんなことを聞かれなくても、ジエマは答えるつもりだった。
流れでこの関係になってしまったとはいえ、ジエマの意思だってあるのだ。そもそも好意の一つもなければ、ジエマの親は許可しなかったし辺境までついていくとジエマも主張しない。
(テトス様ほど、気持ちの良い好意を言い表せないけれど)
カティナのほうをしっかり向いて、ジエマは微笑んだ。
「私、どこへ赴こうとテトス様と共に参ると決めております」
きっぱり言い切る。
「もしテトス様が嫌になって離れると仰るなら、水底に沈めてしまうかもしれません」
それから冗談めかして言えば、一瞬の沈黙が降りる。そしてすぐさま、快活な笑い声を上げて、カティナはテーブルをたくましい腕で叩いた。
「はっは! 聞いたかい! うちの子にふさわしいじゃないか」
「ふふ、うふふ、本当ねえ。あなた、意地を張るのはほどほどになさったら」
ファガスはいよいよもって、溜まった息を吐き出した。
それからジエマから預かっていたお守りを差し出す。
「本当はわかっているとも。この構築式にも、あの子がわざとらしく自分とヨランくんの名前を入れているからね」
「そんなこと可能なのですか?」
「魔法道具の作成者が分かるよう、刻印代わりに名前を入れるのはよくあることだ。ナーナは端から私に見せるつもりで作ったんだろう」
ジエマにお守りを握らせると、ファガスは穏やかに言った。
「いつか直に会うのが楽しみだ」
「そうね、あなた。ジエマさん、こちらこそどうぞよろしくしてちょうだいね。これからも良い交流ができると嬉しいわ」
「それはそれとして、きっちりと話をしたいものだな」
「あなた」
マーゼラがファガスにぴしゃりと言う。
それと同時に、店のドアを勢いよく開ける音がした。
――がらん、がらん。
来店を告げるベルが鳴る。そして間もなく、ヒールの音が響いたかと思うと女の声がした。
「ちょっと、誰もいないのかしら!」
鼻にかかった婀娜っぽい声だ。短気なのか、すぐにいらいらとした声で捲し立てた。
「お客を待たせないでもらえる?」
そう言いながら、カウンターにある呼び出しベルを忙しなく叩いている。金属音がうるさく響く。
「あなた、休店の看板を下げたんじゃないの?」
「もちろんしたがね……あれは聞かないだろう。私が出てくるよ」
壮年の老いが見え始めた手で机に手を置いて、気乗りしなさそうにファガスはゆっくりと歩いていった。
それを見送りながら、カティナは菓子をつまみつつジエマにひっそりと教えてくれた。
「噂の女だよ。自称ネルソン様の恋人」
「まあ。あの方が?」
「エーリオーナ・イスル。辺境議会の誰かがネルソン様につけたって話があるけど、どうだかね」
奥にあるこの部屋からは、ドアで隔てられている。ファガスがドアを開いた一瞬、その女の姿が見えた。
(とても目を引く方……立派なお衣装)
真っ赤なドレスに身を包んだ、派手な女だ。美貌はあるのかもしれないが、化粧が濃くて印象がそちらに引っ張られてしまう。
そのうえ、ひどく苛立っている顔はお世辞にも美しいとは言えない。近寄りがたいとげとげしさだった。
「どうせ、領主様御用達の魔法道具を欲しがってんのさ。いるんだろ、他にも」
「そうねえ。そういう方は少なくないわね」
カティナの言葉に、マーゼラはのんびりとうなずいた。
「あの、大丈夫でしょうか」
「あら、平気よ。長く商売してきたんですもの、慣れっこよ」
ジエマがたずねるが、マーゼラのおっとり加減は変わらない。
ドア越しに漏れ聞こえる会話は、カティナが言った通りの内容だ。
ファガスがのらりくらりと躱して、やがて何かしたようだ。しばらくすると、店内に新たに数名やってきた。
イスルが猫なで声でやってきた者を呼んだ。
「おや、チャジアじゃない。護衛に来てくれたの」
「護衛じゃなく、連行だ。貴様の行動は制限されている。ついてこい」
「あたくしに勝手に触らないで。ちょっと、これとこれ、あれも包んで。モングスマにつけてちょうだい。ネルソンの名前よ」
「勝手をするな」
イスルに話しかける男の声は、聞き覚えのない声だ。おそらく傭兵部隊の誰かなのだろう。ただ、その会話に混じる声はジエマもよく知っている。
「早く連れてって親父殿に引き継いでくれ。俺は中に用がある」
(テトス様)
ジエマは思わず声を上げようとして口を手で抑えた。
「チャジアの坊や。ひどいじゃない。か弱いレディをこんな目に合わせるなんて」
「寄るな。レディという年じゃないだろ。中身もほど遠いのに何を言ってんだ」
しん、と静まり返った。
(テトス様……!)
素直な気持ちを言っているとしても、口が悪すぎる。
「チャジアはモングスマにつくが、それはネルソン様でなくカイデン様だ。そもそも、お前は先の件の容疑者だろう。疑いと反感を自分で買ってりゃ始末に負えん。親父殿の手を煩わせるなよ」
「な、な……」
絶句するイスルに、テトスは再び平然と言った。
「じゃあ、連れてってくれ。か弱いらしいから、一応丁重にな」
姿は見えないが、手で軽くあしらっている様子がありありと浮かぶ。
きっと呆然としたまま連れていかれたに違いない。ドアベルが来た時と同じように鳴ると、外から甲高いイスルの声がした。
きい、と叫ぶ声に、それはそうなってもおかしくないとジエマでも分かった。ずいぶんとプライドの高そうな人物だったし、テトスの言葉は遠慮がなさ過ぎた。
ジエマは口を抑えたままで、席についているカティナを見る。
カティナは肘をついて、顔を手で覆っていた。




