10 修補作業のあとで
襲来の鐘も収まり、喧騒が穏やかになってしばらくして。
『反省中。私は壁を破壊しました。』
そんな間の抜けたボードを首から下げて、テトスは大量の石材を運んでいた。
トルマンとカティナ、それから傭兵隊の者からさんざん文句と叱責を受けて課せられた罰則である。
南門の壁を直して、壊れた民家の修補も手伝うようにと命じられたのだった。
そしてそれはテトスだけではない。
テトスに成果の大半を取られた者や、強力すぎる投擲武器をテトスに渡したジエマも含められていた。
「ジエマさん、次はどこに」
「修補に使うお薬がちょうど出来たので、あちらの大きなところに参りましょう」
そして、ジエマはいきいきと混ざっていた。斜めにかけたテトスと同じボードも、さながら装飾品かバッグのようである。
見目や振る舞いの美しさもさることながら、それだけではない。
薬の調合や道具の扱いに優れ、知識も秀でている。そう知れ渡ってからは、辺境の民は喜んでジエマを受け入れていた。
いつだって医療の手は足りないのだ。
後ろ盾に、辺境の守りで名高いチャジア家をはじめ、その主家のモングスマ家。さらには辺境領主家第四女ナセアーナの名前もカティナ経由で出された。
力あるものこそ頭角を表す辺境の地において、ジエマはいっぱしの立場を得ていた。
修補作業を始めて数日と経てば、早くも当てにされている雰囲気さえ形成されている。
「私、こんなに薬を作るなんて初めてです」
「無理な時はきっぱりと断ってくださいね。遠慮がない奴が多いので」
テトスの声かけに、外野から「お前が言うな」というヤジが飛ぶ。あれは辺境傭兵隊の顔見知りだ。
「おう、ひがむな独り身ども」
「ふざけろよテトス、門外に出ろ!」
「良い顔しやがって! 壊したのお前だろうがもっと殊勝になれ!」
軽く返すと、やいやいと倍になって返ってきた。
「テトス様。お言葉が過ぎますわ」
「はい、気をつけます」
「私にではありません。それとも、私にもそのような言葉遣いをしてくださいますか?」
「それはしません」
テトスの袖を控えめに引いたジエマは、残念そうに目を伏せる。
「ジエマさんがお望みなら、致し方なく、非常に致し方なくしますが」
「いいえ。お嫌なら、強制なんていたしません」
「それは良かった。この口調で貴女と話すのは、意外といいものですから。特別感があります」
「そう、なのでしょうか」
「それにお好みでしょう? 貴女好みの騎士みたいで」
「まあ」
ジエマは片手を口元に当てた。抑えきれない忍び笑いが漏れている。
有象無象から「騙されてないか」「よそでやれ」と突っ込みが入るのを物理的に追い払う。空気弾を指先で飛ばして妨害しながら、テトスは微笑み返した。
「からかっておいでなのね。いいですわ。テトス様のお好きになさって」
「全くもって本心ですが」
心外だと、大袈裟に肩を落として見せる。テトスのその様子に、ますますおかしそうにジエマは笑った。
「テトス、なぁにやってんだ早く持ってこい! ジエマは負傷者がでたから手当頼む!」
催促の言葉が飛んでくる。補修責任者に駆り出された三番街の顔役、ハトゥリーだ。
壁の上で仁王立ちをした年嵩の大男は、鉤爪のついた腕を振って呼びかけてくる。
「お前らも手を休めず働け! 今日中に終わらせるんだろうが!」
「へえ、親分」
「旦那、すみません! テトスが」
「でももだってもあるか! 行動でこそ辺境は評価するんだ、動け動け! 夕暮れが近いぞ!」
ハトゥリーの指示で、また忙しなく人々は働き始めた。
ディアデムタル辺境領主家の分家で、土木建築施工技術を手にのし上がったやり手である。修補で安全を買っているため、彼に強く出られる辺境の民はほとんどいない。
また、辺境の学園で建築などの技術も教えておりテトスとも顔見知りであった。
(相変わらず声がでっけえのなんの)
この怒号まがいな注意も、最初は懐かしく思ったが数日経てば辟易してしまう。
こんな荒くればかりで、ジエマこそ大丈夫かと思ってしまうが、当の本人はけろりとしていた。
「あら、負傷者が。それはいけません。テトス様、行って参ります」
「付き添いますよ」
「お守りもありますから、ご心配には及びませんわ。テトス様も励んできてくださいまし」
にこ、と微笑んでかわされた。
未練がましく背中を見つめてしまうわけにもいかず、テトスはしぶしぶ荷運びに戻った。
事実、ジエマの所持するお守りは大層なものである。
辺境一の魔女を自称するナーナのありったけのお守り。いっそ呪物のほうが近いのではとテトスは思う。
ジエマの予期しない接触があれば、相手の体を問答無用で弾く。さらには、ジエマがお守りに魔力を流した瞬間に対象は吹っ飛ぶ。
他にも、呪い一歩手前のギリギリを攻めた過剰防衛な魔法の数々が込められている。試しにテトスもその効果を味わったので、間違いない。
(まあ、ジエマさんが前向きに取り組んでいるならいいか)
適当に運びながらジエマの様子を観察する。
学園で見る姿とはまた違う姿だが、彼女なりに一生懸命動いて非常に好感が持てる。さすが自分が惚れこんだ女性と、何度目かの感心と尊敬の念を抱く。
(表情が明るいのはいいが、何か気がかりがある様子だったよな。確かネルソン叔父の葬儀の箱だった)
白い肌からサッと血の気が引いた青白さ。きゅうと狭まった瞳孔。引き結んだ口元。
不自然だったので、作業の合間を縫ってテトスも聞いたが「怖くなった」という答えだけだった。
(箱の中身というより、箱自体に思うところがあるような。また聞くか)
負傷者の手当が済んだと思えば、次に薬をと声をかける住民たちにジエマは快く応じている。
清潔な衣装を身にまとって、汚れ一つない箱入りのお嬢様だった頃とは違う。土汚れも気にせず、動きやすいズボンを履いて足早に歩いている。
「テトス、さぼんな!」
ついついジエマの姿を目で追っていたら、ハトゥリーから追加の文句が飛んできた。返事をして、テトスは作業に大人しく戻った。
南門の修補が無事に終わって、さらに日が経った。
その間も平和に時間が過ぎ去るものと甘い想像を抱いたが、そんなはずもない。
昼。
テトスは、本日もまたやってきた対襲来の警備要請に頭を掻いた。三番街の外にやってきそうな群れがいるとのことだった。
「いくらなんでも多すぎる」
日増しに増える不穏な遺体。
どんどんと凶暴化し、虫から小動物形態、大きな動物へと規模が上がって襲来する生物。
しかもそれは、どれも木に浸食されたような奇妙な体で現れる。粘性生物が寄生してそうなったのか、単純な変異体が多く現れたのかはわからない。
ただ奇妙なのだ。
どれもこれも群れでやってくる。変異体ならやってくるとしてもそう多くない。なのに、群れでやってくる。
「親父殿、どう思う」
「何かがおかしい。出蘆教の奴らも騒いでるから、そいつらも関わってるかもしれん」
「出蘆教が?」
「あれは昔、掛け合わせて変異体を量産したことがある」
「へえ」
トルマンが言うからには、すでに証拠を握っているのだろう。
テトスが門外や街中で襲来してきた生物を相手にする中、トルマンたちはモングスマ家や要人警護をしていたのだ。高い地位の者から得た情報なのかもしれない。
「最悪な場合、異形化した元人間がやってきてもおかしくない」
「そういうの、本当にあるのか」
「ある」
苦々しい顔つきをすると、さらに皺が深くなる。トルマンは嫌なものを思い出したかと言わんばかりに不機嫌な顔をした。
「人を襲うようになった重篤な異形化は、もう戻らん。元の人格も知性も、残ったとしてひと欠片程度の別物だ」
「なら歴々の領主家の不幸は」
「異形に変化したら、討伐対象だ。領民に被害が及ぶ前に消すのが、モングスマ家の役割の一つだ」
それは初耳だ。
なぜそれを今になって話したのだろう。テトスのいぶかしむ表情に気づいて、トルマンは溜息まじりに話した。
「カイデン様の次代がどうなるかわからんからな。その役割が俺のほうに降りてくることもこの先ある。となると、お前もそのうち向き合うことになる」
「次代……」
次代の跡継ぎは、亡くなったネルソンだった。そのほかに候補者は、まだいない。
「出蘆教はその異形をも軽々に産み出そうとする。近々そういう騒ぎまで起きかねん」
「そんな動きが?」
「かつての拠点をしらみつぶしに探しているが、今のところは出てないな」
しかめっ面で、トルマンは言う。すると、台所で料理をしていたカティナが顔を出して言った。
「出蘆教ってあれだろ、あの女。ネルソン様の恋人だって騒いでたのもそうだったね」
「ああ、テトス。お前はしばらく一番街に寄り付くなよ。カイデン様のお達しだ」
それに付け加えて、トルマンはテトスに注意をする。
「モングスマ家の次代になるべく、すり寄る輩も多い。チャジア家及び辺境傭兵隊はカイデン様に従う。それ以外には尾を振るな」
「わかってる」
「ジエマもだ。製薬技術については既に話が回っている。あれらは優秀な才を欲する」
話を振られて、昼食を慎重に運んでいたジエマは目を丸くしつつ「はい」と返した。
「必要なら、ブラベリの魔法道具で防犯具を揃えてもいい。金額は気にせず選ぶといい」
「ブラベリ……ナーナティカさんのお家?」
ジエマがテトスを見る。その通りだとうなずくと、ジエマは嬉しそうにした。
「まあ。まあ! 私、ナーナティカさんのご両親にもご挨拶したいと思っていましたの。機会があるなら、ぜひ参りたいですわ」
「なら私と行くかい。テトスは外回りだろ」
カティナが言うと、ジエマは元気よく返事をした。
「はい、ぜひ。どうぞよろしくお願いいたします、お義母様」
「ついでに買い物もするかねえ。ジエマ、お前さんは目利きができるかい」
「商家の娘でしたから、いくらかは。微力ですが、いかようにでもお使いくださいませ」
「そうかい。そいつはいい」
こうなると、男たちは蚊帳の外である。
テトスは話に花を咲かせる女性二人を後に、お茶の準備を始めた。言われる前に用意するくらいの学びはしている。
慣れた手つきで湯を沸かしながら、せめて二人が買い物している時くらいは襲来の鐘がならないといいとぼんやり思った。




