9 襲来、過剰な迎撃
辺境の地ディアデムタルは、国のなかで最も危険な動植物の襲来が多い。
人間が魔法を扱うように、人間以外のあらゆる生命も独自に進化を果たしてきた。進化の果てに、あるいは突然変異の脅威的な能力を持つ生物によって、土地や人に害を及ぼすことも当然ある。
被害は世界中で起こっており、ときには戦どころではなく、国を超えて防衛戦線を張らねばならないことだってあった。
長らく世界的な悩みの種となっている存在なのだ。
そしてこれらは、環境資源が豊富であればあるほどよく湧く。
国にとっては幸いなことだが、辺境の者にとっては不幸なことに、豊かな環境資源があった。外国と面する国土をぐるりと囲む峻険な山なんて、その宝庫だった。その裾野に広がるのが辺境の地だった。
よって、危険な生物がわんさか湧く。
資源はあるが、危険も大きい。発展しようにも、襲来が多すぎる。目覚ましい領地拡大も治安維持もままならない。
危険な生物たちが都に来ないために、防波堤代わりにおかれたような位置に辺境領は存在していた。
日常を過ごしていても、唐突に「襲来!」と叫ぶ声と警報を知らせる鐘の音が鳴り響く。
それは、今の状況も同じだった。
「親父殿、種類は」
テトスはすかさずトルマンに問いかけた。
トルマンが指を上に向ける。太い腕に嵌めていた手甲の一部分が短く振動した。
すると、外からものすごい勢いで丸い玉が飛んできた。それはしわくちゃに丸めた紙だ。大方、異能持ちの伝令役が手甲の合図を受け取って飛ばしたのだろう。
「虫、規模は中。南門」
最低限の簡単な報告だったが、今はそれだけで十分だ。
「合流していいか」
「なら、これを持っていけ。現場に他のやつらもいるだろうが上手くやれ」
「わかった」
投げ渡されたのはトルマンの徽章だ。テトスは受け取って、ズボンのポケットにつっこんだ。
「俺とカティナはカイデン様に付く。嬢ちゃんもここにいるか」
「ああ、そのほうが助かる。ジエマさん」
テトスがジエマに声をかけると、ジエマは両手を握って答えた。
「私もテトス様と参ります。お役に立ちますわ」
「辺境の女らしい答えじゃないか。未熟でないなら連れて行っておやり」
「戦う術は持っています。どうぞ、お連れになって」
ずいと近づいて、ジエマが言う。カティナがテトスの肩を雑に叩く。
冗談じゃない。
ジエマはミヤスコラ学園で学んでいたとはいえ、箱入りのお嬢様だ。切った張ったの現場なんて目にしたこともないだろう。それに、辺境出身でもないのだ。危険な生き物への対処を知っているとも思えない。
能力がないと馬鹿にするわけではない。心配している。傷一つつけるのも躊躇われるのに、危険な場所に連れていけるはずがなかった。
「いや、しかしですね」
「テトス、早く行け」
断ろうとしたテトスを遮って、今度はトルマンが促した。ジエマはなおも両手指を組んだまま、見上げた姿勢で一歩も引かない。
「俺から離れないように。いいですか」
「はい!」
「では抱えて移動します。失礼」
言いながらテトスはジエマを抱えると、身を翻して会場を出た。
避難する人々の上の隙間をくぐって、壁や柱、空間の隙間を蹴って進む。
建物から飛び出て、そのまま高く跳ねて進み、目的の場所まで急いだ。
ディアデムタルの街の四方にある門。
三番街の南門はやにわに騒がしくなっていた。
慌ただしく物を持って家に駆け込む人。子どもを抱えて逃げる親。武装してとんぼ返りしている者もいる。
その奥で、テトスの目にも襲来した生物の姿を捉えることができた。
「枯れ木……じゃないな。あれは」
「虫に見えます」
大人の腕くらいある太さの胴。細長い体で古木の皮を纏ったような外殻に、突き出た節ばった六本の足。子ども位の大きさに育った虫たちが門を乗り越え、まばらに行進してきていた。
侵入に成功した虫は、家の建材にかぶりつき夢中になっている。それを見た家主が「強化を掛けた柱が!」と叫んだ。刻み込まれた文様をなぞるように食べているようだった。
「魔法をこめた木材が好みか」
テトスが観察するなか、何人かの交戦が始まっている。警備兵や傭兵隊だけでなく、テトスと同年代の者や、それより若い少年少女もそこにいた。
「まあっ」
驚いた声をジエマが上げる。
怪我をものともせず突っ込む蛮勇さは、この地ではよく見られる光景だ。引き際を誤ればすぐに死ぬ愚か者もいるが、今見た限りではいないようだった。
外殻は硬いが、厄介な異能を持っている様子もない。
「おい、そこにいると邪魔だぞ!」
交戦を避けながら前へ進むと、きつい口調で注意がとんできた。
無精ひげを生やした傭兵の男だ。男は金属盾で虫を跳ね飛ばすと、テトスたちの方まで荒い足取りでやってきた。
さらに文句を言おうと大きく口を開けたところで、テトスはトルマンから預かった徽章を突き出した。
徽章を見つけ、それからテトスの顔をよくよく見た男は「あっ」と声を上げた。
「お前、テトスか! ちょうどいい、手伝え」
「おう。そのつもりだ」
「そっちは救助者か?」
「いや違う。彼女」
すっと手のひらをジエマに向ける。他人に堂々と言える喜びに胸を張ってテトスは言い切った。何せ両家と当人の公認つきである。
「チャジアの預かりだ。丁重に扱ってくれ」
「お、おう」
何を言っているんだという相手の顔はさておいて、テトスはジエマに問いかけた。
「ジエマさん、見るに耐えなければいつでも頼ってくださって構いません」
「いいえ、私、テトス様のお手伝いに来たのですもの」
きゅ、と唇を引き結び、ジエマは身に着けていたポーチを探った。黒服に合わせて、持ってきた荷物の中から選ばれた小さなポーチだ。
魔法が掛かっていて、見た目以上に物が入る特別製らしい。
そこから、薄桃色の爪先がころんとした卵型の物体を取り出した。
ジエマの華奢な指よりはいくらか大きい。関節二つ分くらいの高さで、薄い紙を幾重にも重ねて張ってぐるぐる巻きにしている。
「テトス様、こちらをお使いください」
「これは?」
「私、辺境の生物についてはナーナティカさんからお話を聞いて学びましたの。この形でしたら、きっと効果が出ますわ」
そしてテトスの手に、そっと握らせてジエマは喧騒へと視線を向けた。
「テトス様のお力で投げると、強さに応じて衝撃を発するお薬です」
「つまり投擲武器。ジエマさん、素晴らしいです。貴女の御力を大事に使わせていただきましょう。じゃあ、投げてきます」
「お待ちになって」
さっさと行動しようとするテトスの手を抑えて、ジエマは言った。
手を触れることに躊躇いがちな様子に、思わず目がいく。しかし口から放たれる言葉は聞き漏らすわけにはいかない。テトスは大人しく待った。
「他の方の避難をしてからがよろしいと思いますわ」
「なるほど。わかりました」
テトスはうなずくと、足元の瓦礫をひとかけら掴んだ。そして、交戦しているところを狙って軽く投げつけた。
ひゅっ、と鋭く空気を裂く音を残して瓦礫が飛ぶ。
ほぼ同時に、パァン! と破裂音がして交戦している足場がえぐれた。
虫は後方に派手に転んで仰向けになり、交戦していた者は目を白黒させてどこから飛んできたのか辺りを見回した。
「チャジアの傭兵隊だ! 前線に出てる奴、五つ数える以内に引け! 五、四……」
言いながらテトスは、ジエマから預けられた投擲弾を潰さないように握って腕に力を込めた。
足を引き、存分に効力が発揮できるようにさらに構える。
ぎりぎりと体中のバネを引き絞ってねじり、狙いを定めた。
「≪強化せよ。保護せよ≫」
テトスが思い切り身体能力を振るうと、たちまち体が耐えられなくなって壊れてしまう。そうなる前に、魔法を重ね掛けて自身の体に付与をしていく。
投擲した瞬間破裂しないように、握り込んだ弾もまとめてかける。
(狙う的は)
襲来してくるなかで虫の形をしたものは、大型の雌が群れの主であることがほとんどだ。わらわらと蠢く虫の前線からさらに奥。一際大きなサイズの虫がいる。
(あれだ)
弾を握る右手にさらに力をこめる。地面を踏みしめた足の裏から、土をじりじりとめくる音が鳴る。
「三、二、一」
さらにこめる。
ぎちぎちと筋肉の一筋一筋がはりつめたような感覚。限界まで研ぎ澄ませて、全力で。
振りかぶって、一歩前へ踏み出す。
「シッ」
息を鋭く吐いて、凄まじい勢いでテトスは投擲した。
弾は空気を裂き甲高い音を立てながら瞬く間に目的へとぶつかった。
分厚い空気の塊が割かれて衝撃破を立てたかと思うと、間髪おかず、さらに周囲へと波及した。
――ドゴォン!
びりびりと振動が肌にあたる。遠くに逃げられなかった者など、ころころと派手に転がって目を回していた。
咄嗟にジエマを引き寄せて庇う。
もくもくとけぶる土煙が辺りを充満して、誰ともなく咳き込む音がする。
やがて煙が晴れて見ると、その威力の凄まじさがよくわかった。
「……やっべ」
強固に魔法も重ね掛けていた頑健な南門の一部が、ぼろぼろとえぐれてしまっていた。
もちろん、襲来していた虫の姿はほぼない。木っ端みじんになったのか、残骸が散らばっている。
「私、余計なことをしてしまったでしょうか」
「いえ、まったく。壊れるのが悪いです」
しかし不安そうにジエマに言われて、テトスは咄嗟に首を振って否定した。
そしてすかさず、テトスは成果について報告するため声を張り上げた。
「群れの主は俺が獲った! 残すものを掃討するぞ!」
「お、おお?」
「これ、いいのか」
「前もあったような。ほら、何年か前に学生が」
呆然と様子を伺っていた者たちは、困惑を残しながら声を上げだす。
「まだ残ってんだ! 各自行動!」
これ以上余計なことを言われてはたまらない。テトスが再度促す。
それぞれ不可解な顔をしつつも、人々は街中や壁伝いに散っていった。




