5 荒い道行
日をまたいだ早朝。
見送りのないなか、学園の構内からひっそりとテトスとジエマは旅立った。
正門ではなく、隠し通路の抜け道を使って誰にも見つかることなく抜け出したのだ。
双子の片割れがここを離れたことを、一番に理解したのはナーナだった。
離れすぎては魔法による干渉で話すことも難しくなる。だから、わかった。
そのため、ナーナは休養日であることをいいことに、ヨランを呼び出すと気合いも新たに展望を語った。
「ジエマのための魔法道具はうまくできたから、今度はそれを応用するわ!」
「ナーナティカならできるでしょうけど、大人しく待つというのは」
「無しよ。ヨランのお家もヨランが近くにいるならって条件出したじゃない」
「あれは最初の話であって、もうそれはナーナティカや先生方が魔法道具を渡すことで解決したような」
ヨランが困ったように言うのを気にせず、ナーナは椅子に腰掛けた。
場所はコウサミュステ寮付近の湖岸にある休憩所だ。木々に囲まれている一角で合言葉を唱えると、長椅子や机が現れる仕組みがある。
ヨランがよく使う隠れ場所のようなものだった。教えてもらってからナーナもこうして自由に使っていた。
そこにはごろごろと魔法道具や媒介具のもとになる素材が転がっている。
「でも心配には違いないでしょう? それに、自分の身の危険に関わる情報よ。人づてに後から聞くのは嫌だもの」
「迂闊に行動するなと言われたのに」
「慎重に考えて、尚且つ権威ある大人も巻きこめばいいのよ」
「ナーナティカ、それって」
ナーナはにこりと微笑んで、ヨランの手を取った。
「辺境へ気軽に行ける権威のある方、いるでしょう? 私たち、その方の手伝いで堂々と行くのよ」
「……ああ、やっぱり」
「相手の立場を問わず活躍する、凄いお医者様。長いお休みには国の彼方此方へ赴く、ヨランが師事する先生。ピッタリな条件ね?」
「一応、念のために聞きますが。本気で行くんですか」
「もちろん、行くわ。そのために材料も余らせたのだもの」
ナーナは自慢げに転がる金属や木材を見た。
「ここで学んだことから、魔法道具の車を小型化したものが作れるはずなのよ。ね、ヨラン。とびっきりのを作りましょう!」
「はあ……」
ヨランは憂い顔でため息をついた。そういう風にさせてしまうとナーナはわかっていた。でも止まるつもりは毛頭ない。
並外れた魔法の技術はもとより、新規の、それも便利すぎる道具を作れる。有力者が欲しがる金の卵。それが自分だと自負もしている。
だが、それはヨラン達の助力があってこそのもの。素材の調達も、デザインも、組み立てもヨランありきである。構造の把握なんて、ナーナはヨランの足元にも及ばない。
魔法の才はあっても、何でもできるわけではない。
「ナーナティカの魔法の才もですけど、向こうは頭の中身も欲しがってるだろうに」
だからヨランのぼやきも、本人のことなのにわかってないのね、とナーナは思ってしまうのだ。
「御せるのは貴方だけって見せつけたらいいのよ。私は他の人なんて嫌だもの」
「……ぐ、う……はい」
小さく呻いて、ヨランは目を伏せた。ほのかに赤らんだ頬を俯いて隠しても、嬉しそうというのはわかってしまった。
「手伝います、けど」
「ええ、ありがとうヨラン」
じ、と赤の瞳がナーナを見据えた。
「僕のほうでも、少し、やりたいことがあります」
その強い眼差しに、思わず見とれた。数度瞬きをしてもその真っ直ぐさは変わらない。
やがてナーナは、あまりに真面目なヨランの様子から、こくりと頷いたのだった。
***
一方その頃。
テトスはジエマを連れて魔法車で移動した後、予定通り自分の脚を使って、順調に疾走していた。
背にかけられた重さなんて、あってないようなものだ。
テトスは大股で飛ぶように進む。魔法をかけられた背負子のおかげで、テトスの速度に影響をほとんど受けないのは実にありがたい。
後ろで静かに腰掛けたままのジエマを気にかけてみるが、特に大きな変化はなさそうだ。
きっと、あたりの景色を美しい瞳で眺めているにちがいない。
(見た感じは、そこまで気負ってはいないな。いや、それを気取らせない術をジエマさんがもっていてもおかしくないか)
一見には穏やかそうでも、心の内まではわからない。
「辺境までの道のりを話したこと、覚えていますか」
「はい。二日ほどの道だと」
軽やかな管楽器の音色に等しい耳馴染みの良い声が返ってくる。テトスは明るい調子で話しかけた。
「ナーナが無茶と文句を言ったのは、道が荒いからなんです」
「まあ。では、その道を?」
「はい。その道がもうすぐです。景色はいいから、俺は好きですけどね」
「そうなのですね」
興味深そうに相槌がくる。テトスは、足に力を入れてさらに高く早く進んだ。
隔絶された環境にあるミヤスコラ学園は、正面入り口以外は広い湖と山々に囲まれている。
東の湖側にコウサミュステ、西と北に連なる山々に沿ってヒッキエンティアとカラルミスの寮がある。学園から西に行けば橋の街で、都に行くには街中のシンボルである大橋を辿って北上する。つまるところ、学園から北西が都になる。
では辺境はというと、その逆。遥か南東へ向かった先にある。
広がる湖の先には平野があり、そこからさらに峻険な山々を挟む。そこを一直線に進むのが、テトスの言う最短コースだった。
身体能力にものをいわせて、登山と下山をする。気圧の変化や衝撃の吸収をナーナに問いかけたのもこれが理由である。
「落としはしません。急で怖いなら見ないほうがいいですよ」
「えっ、それ……きゃ」
急斜面の岩肌を足裏で踏みしめて、跳ねるように駆けあがる。ぐんぐんと勢いよく上昇して風を切り裂きながら登りきる。
後ろからは意外にも悲鳴は聞こえなかった。背負子の背が高いせいで顔が見れない。
一つ山を登り切ったら、さらに高い位置に飛びうつるみたく、跳んで進む。
さらに高く。もっと。
一番上の標高を踏破して、そこから飛び上がった。
高い位置から見渡す景色は何も遮られるものがない。
白い薄雲がところどころ浮かぶだけの、抜けるような青空。さっきまで居た頂上はテトスの脚力で跳んでから、遠く離れてしまった。
「ジエマさん、揺れます」
「は、はい」
こわばった声で息を飲む音がした。それでも悲鳴一つ上げないのに感心した。さすが自分が惚れた女性だと思いながら、テトスは腰元の飾り紐を取り出した。
(飛んでいるなら、あそこあたり)
飛び上がったらあとは落ちるだけ。そうなる前に。
軽く手元で振って、目星をつけたあたりへ紐を投げつけた。
何もない空間のはずだが、よく見ればわずかに揺らめいている。寸分違わず狙われたところに、紐の先がくるりと巻き付くと、それは姿を現した。
ギエェ!
化物サイズの大きな鳥だ。空とそっくりな青い羽毛がはらはらと散る。
狙った通りの獲物がいたことに安心して、テトスは紐を引いた。鉤爪を持つ足に括りつけられた大鳥が激しく抵抗するよりも先に、体を揺らして振り子のように動く。
そのまま揺れを利用して大回りで鳥の上に乗り立つと。紐を外して、もう一度振る。
「チャジア様、鳥、鳥の上にいます!」
「そうですね。次に移ります」
「はいっ」
顔は見えないが、なんだかうきうきしている。
先ほどと同じような要領で、景色に擬態した大鳥を捕まえて進む。
この時期になると、編隊を組んで南西に移動する習性があるため移動にうってつけだ。もっとも飼い慣らさずに利用しているのはテトスくらいなものである。
「わ……!」
ジエマが声を上げた。
大鳥の群れが全貌を表したのだろう。テトスが群れの先頭に行くほど、その光景は明らかになる。
青空色の羽毛が雲に触れると白く染まり、虹色に輪郭を輝かせる。薄雲を抜けるたびに現れる大きな鳥の群れは圧巻だった。
はるか下にある地上は、晴れ空の光を草木が反射して波のようにさざめいている。
「とても、良い景色」
「でしょう。天気が良くて見晴らしもいい。運が良かったですね」
「まあ、運が?」
ジエマが小さく笑って返す。
「ふふ、はい! そうかもしれませんわ。私とチャジア様、運がよいのかも」
声が弾んでいる。楽しいのだろう。
(思ったよりも度胸がある人だ。なら、このまま落下しても大丈夫か)
テトスは後ろに向かって首を曲げてたずねた。掴まる大鳥がものすごい速さで飛びだしたので、声を張る。
「ジエマさん。もうじき方向がズレてしまうので、降ります。急降下になりますが、平気ですか」
同じように声を張ってジエマが答えた。
「この高さから、降りるのですね。ええ、存分になさって」
「では、手足はなるべく縮めてしっかり掴まって。降りますよ……三、二、一」
数え上げて、「行きます」と言うと同時にテトスは紐を操って大鳥から落ちた。
なるべくジエマに負担がないような姿勢を作って、鳥の目につくように動く。餌と思って飛び掛かり舞い降りる大鳥をまた捕まえ、上がった時と同じように飛び移りながら下がる。
大鳥たちの興味を無くさないように、時折用意していた乾燥肉を放って、それを繰り返す。
テトスは段階的に振り子のように動いて、慎重に下へ下へと向かっていった。
(ここまでは順調)
ジエマの足が揺れたり動いたりと、そんな様子はなさそうだ。というよりも、背負子の形をした魔法道具の効果が出ているのだろう。
どうやら取り付けられた座椅子には、腰掛けた者を保護する機能があるようだった。
(森を抜けるには距離が足りなかったな。まあ、仕方ない)
峻険な山を抜けた平野の先に、鬱蒼とした森が広がっている。森の濃い緑が途切れたところには、茶色い壁が隆起したように建っていた。
危険な生物の侵入などを防ぐための外壁だ。辺境で安全に住むためには欠かせない防衛装置である。おかげで遠目からでも位置の把握ができるほど目立っていた。
そうこうしているうちに地面が近づいてきた。
森に隣接している地点というのもあって、まだらに様々な高さの木が生えている。そのなかでも高い木目掛けて紐を投げつける。
この辺りの木は、人が魔力を持つのと同様に魔力のこもった強固な表皮を持つ。利用には最適だ。
(高いやつの真ん中。枝が邪魔にならないところで。勢いもうまく殺して)
遠心力を使ってぐるりと何回も木の周りを回転しながら、最後は勢いが弱ったところを狙ってジャンプして着地した。
ぴたりと地面に足を付けて止まると、背後から拍手が聞こえた。
「このあたりで、一度休憩を挟みましょう。昼どきです」
「まあ、あっという間でしたのね。準備を手伝いますわ」
ありがたい申し出に、テトスは背負子を慎重におろして振り返った。
背負子から降りたジエマの髪は、先ほどの荒い落下と着地で乱れている。それも気にせず意気込むジエマには、誘いだした時のような憂いは見られない。
そのことにほっとしながら、テトスは返事をした。
「ではジエマさん、粗野な野外料理ではありますがご助力ください」
上空デート(上級者向け)




