4 下準備
ジエマ・レラレを辺境の地へ。
テトスはそれを成し遂げるために、いくつかのことを時間をかけてこなした。
まずは、安全の確保。
フスクスから渡された、偽の伯父からの手紙にテトスだけ行くことを書いて送った。それから、義母にジエマを連れていく旨を伝えた。
フスクスも個人的に伝えてくれたからか、驚くほどスムーズに進んだ。辺境領の頼もしい女傑と仲間たちが面倒を見てくれることも決まった。
続けて、レラレ家の許可。
これはヴァーダルが根回ししていたこともあり、ジエマの避難について承諾された。
ベイパーたちウァリエタトン家が、テトスの為人を保証したことが大きい。さらには、過去のジエマの呪い解除で夫人と面識を持っていたこと、ヨランと懇意にしているということが、後押しとなり良い結果につながった。すぐにレラレ家長兄の名前で手紙がきた。
そして、移動手段や途中の宿泊手段の確保。
フスクスが魔法を紋章に込めて誂えた、特別製の魔法道具が渡された。
途中までは魔法をかけた車で向かい、あとはテトスの脚だ。休憩するときは、その魔法道具を用いると簡易的な天幕が張られ、生活空間を確保してくれるらしい。
ほかにも強化の魔法が長持ちする媒介具をくれるなど、施しは素直にありがたかった。
教員ではなく、伯母としての選別です。そう言って、わざわざ時間をかけて用意してくれたのだ。
テトスは再度、フスクスに敬意を抱いた。
最後は、ジエマの意思確認だ。
本人が嫌がれば、テトスは多少粘り懇願してそれでもダメなら、他の者に任せるつもりだった。そのためにヴァーダルにも、その婚約者のモナにも頭を下げた。
だが、断られるとは思っていなかった。
ジエマはおっとりとした深層のお嬢様然として、聡い人だ。状況も、己の身の振り方も理解できる。そう、テトスは踏んでいた。
そして、テトスの予想通り、ジエマは兄からの手紙一つで理解して辺境行きを決めた。
テトスが動き出して数か月後。
暖季特有の暑さも和らぎ、寒季への訪れを感じる、晴々とした日のことだった。
「さあ、私に目いっぱい感謝することね」
人気のない学園内の一角で、ナーナは胸を張った。
旅支度に必要なものができたのだとテトスを呼び出したのだ。
そして向かった先に、木製の背負子を前にしたナーナとヨラン、ジエマがいた。
日陰にいると、ほんの少しだけ肌寒くなるような涼しい風が吹いている。瑞々しい青さから赤や黄色とほのかに色変わりした葉がかさかさと揺れた。
木立の合間に隠れるようにある背負子を指して、ヨランが説明をした。
「見た目は限りなく、普通の背負子に近づけています。テトスの力に負けないくらいの強度と、姉さんに掛かる力の分散は魔法を仕込んで解決しています」
「これに私は座れば良いの?」
「そう。座って大人しくしてて」
ジエマの問いかけに、ヨランは頼むように真顔で言った。
「はしゃぎすぎない。よそ見をしない。テトスから離れない。あと、知らない人にも未知の物にも触らない」
「そこまで物知らずではありません。ちゃんと旅について勉強したのよ」
「そこがずれてるんだって。テトス、くれぐれも」
ヨランの視線を受け取り、テトスは鷹揚に頷いた。
「問題ない。ナーナ、衝撃や気圧の変化はどこまで耐えられる」
「木材の芯に媒介具になる金属を入れて念入りにしたから、そうね……ちょっとした山から飛び降りても平気よ」
白いナーナの手が背負子の背部分を叩く。
「見えないところにも、紋章美術の応用で魔法構築式を刻んでいるわ。採算度外視の材料だから、目いっぱい付けたつもり」
指先が組み合わさる関節部分をなぞる。そのあたりに隠されているのかもしれないが、木材に塗られた防腐剤でよく見えない。
だが、魔法道具屋の娘であるナーナがこう言うのだ。プライドを持って作り上げたことは伝わった。
背負子は、一見するとなんの変哲もないシックな色合いのものだ。ジエマが座れるように、ゆとりのある座椅子のようなものとベルトといった安全紐がある。きっとこれも、採算度外視の素材なのだろう。
「そこまで言うなら、近道で走って行けるな。二日で着くか」
「平気だからって、無茶な行程はやめなさい。ジエマがいるのよ」
「む、それもそうか」
テトスがジエマを見る。ジエマはきゅっと口元を結ぶと、首を横に振った。
「いいえ。急いだほうがいいのでしたら、そうするべきですわ。私は、チャジア様についていきます」
「……ナーナ、聞いたか」
「聞こえているわよ、やめなさいその顔」
その顔とは。テトスが聞こうとする前に、ナーナはぞんざいに片手を振った。それから、ジエマに近づいて何かを握らせた。誰にものぞかれないように、手をそっと覆い重ねている。
「ジエマ、これ。今は一緒に行けないから、代わりに」
「ナーナティカさん」
「私、友達の無事を祈らないほど不義理ではないわ。貴女のためのお守りだから、大事に身に着けてほしいの」
「まあ……!」
感激したようにジエマは目を見開いて、はにかんだ。
「うれしゅうございますわ。ええ、きっと身に着けて大事にします」
「なんだナーナ、何を渡した」
「護身具」
ナーナは素っ気なく答えると、ジエマに優しく声をかけた。
「この道具もあの背負子も、ヨランが材料探しを手伝ってくれたのよ。だから、私とヨランからと思って受け取ってね」
「まあ、まあ! ヨランも? 本当?」
ジエマはさらに頬を赤らめて、ナーナとヨランを見た。手元にある物を胸にあてて、ほうと息をこぼす。
ヨランは気まずそうに視線をそらしたが、ナーナに腕を引かれて、ぎこちなく頷き肯定した。
「大袈裟すぎるくらいの機能と質でないと、母さんたちも不安だからって。なので、テトス、すみません」
「おい、その護身具には何つけたんだ」
「僕には、ちょっと、すべては解りかねるので……」
申し訳なさそうにヨランが言う。嫌な予感しかしない。しかし、ジエマがここまで喜ぶ代物を取り上げることはできない。
護身具だというそれは、少し大きめの珠を半分に割って加工したブローチだった。無色透明な珠だが、時折煙のように白いもやが掛かる。よくよく観察すると、そのもやは細かに刻まれた魔法構築式だった。
(……くそ、ナーナほど知識はないが、ろくなことは書いてないな。異性が許可なく肌に触れると攻撃ってあるぞ)
ほかにも、条件下での攻撃や防衛について容赦のない内容があったが、テトスがわかるもの以上に間違いなく詰め込まれている。なんなら、テトスがジエマを運ぶための魔法道具よりも凝っている。
ナーナはテトスが苦い顔をしているのに気づくと、顎を逸らしてひそやかに笑った。
「せいぜい、紳士を続けることね」
「ふざけろ。完ぺきに遂行してやる」
軽く言い合っていると、ジエマはブローチをつけてテトスたちを見た。即座に止めて、テトスはにこやかに褒める。
「よくお似合いです」
はにかみ嬉しそうにする姿を見れば、この面倒な贈り物であっても致し方ない代償だと思える。
(まあ、何かしら抜け道はあるだろ)
ナーナが友人とまで言ったのだから、ジエマの意思尊重をしない道具ではないはずだ。おそらく持ち主が取捨選択できるようになっている。それに、もしジエマの意識がなかったらなどの緊急時を考えていないわけがない。
テトスは口角を上げてみせながら、ジエマに声をかけた。
「では、明日」
ジエマは、は、と一瞬息をつめると、静かに返した。
「はい。明日に」
そう言ったジエマに、ナーナが抱き着く。肩を撫でて別れを惜しむようにして、何かを言っている。テトスが聞き耳を立てようとしたら、ヨランに首を振られた。
仕方なしにジエマとナーナを二人にして、少し離れたところにヨランを呼んだ。距離を置くと、ナーナたちはますます何かを話しだした。
「なんですか」
「お前のほうは大丈夫か」
ヨランはその言葉に、「ああ」と肯定でも否定でもなく声を出す。また少し伸びてまばらになった癖毛に、リボンが絡まっている。右側のひと房だけ伸びたそこに絡んだリボンは、今年入ってすぐにナーナたちからつけられたものだ。
そのリボンの端を指で触れながら、ヨランは呟いた。
「まあ、僕のほうは。もともと家を出ると対外的にも発表していたので」
「ジエマさんのことを探られては?」
「まだ僕のところには、それほど来ていません。兄たちがまだ頑張っているようです。あとアミクたちも」
「友人に恵まれたな」
ヨランは目を瞬かせた。ジエマと似た赤い瞳が見上げてくる。
「ナーナは、どうせやらかすだろうからほどほどで止めておけ」
「……わかってます?」
「わかるというか、逆の立場だったら俺は間違いなくやる。いざとなったら、スピヌムかフスクス先生に頼め」
「そういうとこ、本当にそっくりだ」
ふ、と小さく笑いをこぼしてヨランは視線を和らげた。
「ナーナティカのことは引き受けます。テトスも、姉のことを、どうかよろしくお願いします」
「そうか。なら、これ渡しとく」
テトスは自身の耳に飾っていた、ナーナとの通信補助の魔法道具を外した。
「調整はナーナに頼めよ」
「いやこれ、テトスはどうするんです」
「なくてもどうにかなる。つけたらやかましくてしょうがないが、付き合ってやれ」
戸惑うヨランに、そのままイヤーカフを握らせた。
ちょうどナーナたちも一区切りついたようだ。ナーナがヨランを呼ぶ。
歩くヨランの後ろからついていき、テトスは和やかな姉弟の会話を見守った。




