3 義理と打算と提案
辺境の地ディアデムタルは、純人主義が蔓延る都から排斥された者たちによって生まれた土地だ。
だからだろうか。
力ある者こそ素晴らしい。ゆえに、過去の強い力をもった存在に憧れたことを端として、生命は元ある姿へと回帰するべきと説いて回る者が現れた。
異形を持ち、異能を発現させた、強い者こそが正しい。そんな主義思想を持つ者が、回帰主義の出蘆教と題目を掲げたのだった。
(弱肉強食くらいなら辺境じゃままあることだが、やってることが胡散臭いんだよな、あれ)
テトスも辺境に居たころ、父がそうだったからと遠まわしな勧誘を受けたことがある。きっとナーナもだろう。何かを思い出したのか不快そうな顔をしている。
なにせ、強くなるためなら近親婚をも推奨する。そのうえ、洗脳教育やどうみても呪いまがいな儀式をするなど問題行動にいとまがないと聞く。
さらに厄介なことに教主や主体となるものが曖昧で、思想に感化された者がおのずと出蘆教を名乗る。位の高い者が主立って動くものの潰しても潰してもきりがない。思想や主義主張はおいそれと消すことは難しいのだ。
しかし。
ディアデムタル辺境領主の悩みの種の一つであったそれは、ヘンドリクの事件が起きたことで現在まで沈静化されていた。
ヘンドリクが出蘆教に傾倒した結果、その出来事は大きな抑止力となった。ああいうことがあるのなら避けるべきと、公になった途端、誰しもに強い印象を与えた事件だったという。
自身の妻アニエスを、テトス達を孕んでいたときに儀式と称して呪いをかけ、その腹を裂いた。
そして生まれたのが双子だったことで、儀式の失敗と考えたヘンドリクはそのまま憤死した。完璧な神様とやらは、一つでないといけなかった……――というのは、伝え聞いた供述である。
テトスが知っている父に関する事件と顛末は、これだけだ。
辺境領主家に長く仕えた、有力な臣下筋の家。モングスマ家の起こした、盛大な不祥事。
おかげでテトスたちは生まれてすぐ養子に出され、これまで生きてきたのだった。
「出蘆教は、優秀な次代を求め回帰していくことを至上命題としています。ヘンドリクのときのように、領主家の周りの、それこそ議会の者が信者であってもおかしくはありません」
「だから伯父様は帰るなと仰せなのですね」
「活動が活発になりつつあるのは、確かでしょう。先の小皿のマークは出蘆教のシンボルですから」
フスクスは頷いた。ナーナは「でも」と言いかけて、口をつぐんだ。代わりに、テトスが口を開いた。
「この招集を無視しては、伯父上の立場が悪くはなりませんか」
「なるでしょうが、貴方たちに関係はないことです」
ぴしゃりとフスクスは言う。カイデンと仲が悪いのかと思わずにはいられない口ぶりだ。
「ならば、俺だけ行きましょう。ナーナは置いていきます」
「ティトテゥス」
文句が飛び出しそうなナーナに、テトスはまあ待てと顎を動かした。ナーナは不満げな顔のままだが黙って、テトスの言葉を待った。
「ネルソン叔父は、俺もナーナも一度は世話になった方です。別れの挨拶一つもしないというのは不義理だ」
「私は姉ですが、別れをしませんよ」
「それは家を出た先生の立場では、難しいからでしょう。だから、先生の代わりにも俺が代表で告別してきます」
「……チャジア」
しんみりとフスクスが名前を呼ぶ。ナーナも感心したように目を瞬かせた。
「その代わり」
しかし、即座にその空気は霧散した。
「ヴァーダル・デ・カロッタから、レラレの家が危ないと聞きまして。つきましては、匿うためにジエマ・レラレさんを連れて辺境に行きたいと思います。許可をください」
「……チャジア」
先ほどと同じ言葉だが、ずいぶんとニュアンスが違う。見れば、フスクスはまた額を抑え、ナーナは目を見開いている。
「ちょっと! ヨランは!?」
「ヨランは自分でなんとかできる奴だ。心配なら、お前が隠しとけ」
「じゃあ、やっぱり私も辺境にヨランを連れて行くのは」
「邪魔だから来るな」
「はあー!?」
ナーナが立ち上がり、テトスを睨みつける。それを見返して、テトスは鼻で笑ってやった。無言で魔法が飛んできたので、さっと躱す。さらに飛んできた。ひょいと躱す。
喧嘩がそのまま始まりそうになったところで、二回強く手を打つ音がした。
「そこまで」
猛禽類もかくやな鋭い眼差しを前に、テトスもナーナも大人しく座りなおすのだった。
「先の出蘆教の話を聞いていたら、レラレを連れていくという選択肢はないはずでは」
「母の伝手を頼ります。辺境の中でも僻地の隠れ家で、一時的に休んでいただこうかと」
「カティナの? しかしそれでも身の安全をはかれると思いませんが」
「そこは、はい。フスクス先生のお力添えもいただけたら、さらに安全かと思います」
「貴方という人は」
フスクスだけでなく、隣のナーナからも刺すような視線がくる。
「ナセアーナ様の所轄地にあるので、そこを含めて」
「レラレとあなたの家への報告はどうするのです」
「レラレ家にはカロッタが手を回してくれます。場合によっては俺が直接走って彼女の家に許可をもらってきます。チャジア家にはすでにしました」
「本当に素晴らしい行動力だこと」
「ありがとうございます」
「褒めていませんよ」
ナセアーナは辺境領主の第四女で、フスクスと同年であり交友がある。また、テトスの義母であるカティナが現在仕えている人物だった。
もともとカティナはフスクスがモングスマから出るまで、フスクスに仕えていた。カティナがナセアーナの元にいるのは、フスクスが手を回したからである。
カティナはそのことを大層恩に感じており、常々「マルギット様の御手を煩わせないように」と手紙に書くほどだった。
「都の議会での紛糾も耳にしています。トバツェリが失墜したなら、庇護下にいたレラレも危ういのはその通りでしょう。しかし、教師として手を回すのは公平に欠ける行為です」
ほかに、不自由をする生徒もいるのだから。
言外につげて、フスクスは視線を落とした。
「……休息日にまた訪れなさい」
つまり、私的なときなら手助けをしてくれるということだ。テトスは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「先生、私は」
ナーナがじれったそうに問いかける。フスクスは首を横に振った。
「ブラベリは、身の安全を気にしなければならないでしょう。虚弱体質であっても、身体の必要部分さえあればと夢想する者がいてもおかしくないのですよ」
「わかっています。あちらの思うままの検体だなんて、私だって嫌です。でも」
「せめてチャジアの報告を待ってからになさい。今の私から言えるのはそれだけです」
「はい、先生」
不満そうにナーナは口を閉じた。そして、恨めしそうにテトスを見てくる。
「いいですか。短慮を起こさないように。勝手な行動もですよ」
テトスはもっともらしく頷いた。ナーナはしぶしぶと首を小さく縦に揺らす。それを見て、さらに強くフスクスは繰り返した。
「いいですね」
「もちろんです、先生」
「わかりました、先生」
それぞれに返事をする。フスクスは疑わしそうに双子をひと睨みすると、「よろしい」と息をついた。
「賢く分別ある振る舞いを期待しています。もう出て結構ですよ」
*
部屋から出てしばらく。
教員たちの部屋がある棟の廊下を抜け、人気がないあたりでナーナはテトスを呼び止めた。
「ティトテゥス、本当に一人だけで行くつもり?」
「行く。それでジエマさんをきちんとご案内する。任せておけ」
「ジエマの安否をあなただけに任せられるとでも? 辺境まであなたと二人きりなんてさせられるわけがないでしょう」
「許可を取れば問題はないだろ」
「そういう問題じゃないわよ。それに旅慣れていないだろうし、同性がいないのはきっと不安になるわ」
文句がてら意見を通して、自分も連れていけと言いたいのだろう。
「ふん。ジエマさんは繊細だが、度胸がある方だ」
「あなたがジエマの何を知っているというのかしらね」
「少なくともナーナより、ずっとよく見ている」
言い切れば、ナーナはひるんだ。テトスが編入してジエマに一目惚れしてからのことを、ナーナが知らないはずがない。さんざんテトスがジエマに近づこうとして何度となく邪魔してきたこともあった。
ナーナは少し間をおいて、懸命に理由を探して口にした。
「女同士のほうがわかるものがあるはずよ。それに、ヨランもいれば姉弟一緒で安心できるかもしれないし」
「そのヨランだが、ナーナお前、自分のことについてちゃんと話したのかよ」
「えっ、あ、ええと」
わかりやすくナーナは動揺した。
ナーナの視線がうろついて、下に落ちる。そろそろと両手の指を合わせて、落ち着きなく動かした。
気持ちはわからなくもない。言いづらい事柄であることは確かだ。
「私の……体質から考えられる生殖能力の問題については、付き合う前に、少しだけ。それにともなうことは、まあ、ええと」
「ナーナの場合は、問題が解消したと伝わるとまずいってことだろ」
「そ、そう。ちゃんと言ったわ」
思わず二度見した。
(まじか。正直にそこまで言うとは)
まじまじと見つめてしまった。ナーナの白い肌がじわじわと赤くなっている。恥じらいというものがこの双子の妹にあったのだなと場違いな感心をしてしまった。
(……あ。ヨランが医学に手を出し始めたの、まさかこれが原因か?)
そして、健気な行動を理解してしまった。テトスはここにいないヨランに、賞賛を贈った。なんとマメな将来の義弟であることか。
「それより、ティトテゥス、あなたは?」
「俺は話すべき時に話すぞ。今はジエマさんの安全が第一だな」
「それ以外に考えることがあるでしょう」
それくらいわかっているつもりだ。テトスは軽く請け負った。
「まあ、任せろ」
「それが不安だから言っているの」
しばらくナーナが睨み上げてきたが、気にせず見下ろして返す。やがてナーナは肩をすくめて、溜まった息を吐き出した。
「へまをしたら思いきり笑ってやるわ」
「おう、安全なとこで吠えてるんだな」
テトスなりの優しさで応えてやったが、また睨まれた。ふん、と顔を背けてナーナは歩いて行った。
(まあ、これくらいで諦めるわけないだろうがな)
片割れのことだ。なんとなく予想はつく。
ナーナのことはともかくとして、巻き込まれて無茶振りをされるだろうヨランにテトスは軽く同情をするのだった。
※)出蘆教 → 最初に辺境の異形回帰主義を提唱したシュツロの名前にもあやかり命名された。
過去のこんなんあったかも会話例
ナーナ「ヨラン、あのね。実は私、処女性を大事にしないといけなくて」
ヨラン「!?」
寝耳に水、驚きの豪速パンチ、コーナーで差をつけすぎてぶつかる情報。彼の胃はしくしくと傷む羽目になるのだった。




