異世界ルーン文字
秘密の稽古は、トゥカの隠密スキルを活かした稽古だった。
トゥカは気配を消す達人だ。目隠しをすればどこから攻撃してくるか見当もつかない。特に稽古になると殺気が全くないから、気配を殺した攻撃が無意識の場所から飛んでくる。無防備に攻撃をくらうから、トゥカの力が弱くてもそれなりのダメージをくらう。だから、気がつくと顔がパンパンになってしまうのだ。
だが、狐月だけは違った。「若様、私もやってみたいです」と言うからやらせてみたら、トゥカの攻撃を全て躱しきってしまったのだ。
一度も攻撃を受けずに最終的に狐月の攻撃が入り、立ち合いが終わる。
「どうして!? 狐月はトゥカの気配が分かるの?」
「なんとなくなのですが、···見える?」
(見える? どういうこと?)
狐月もうまく説明できないらしい。とにかくぼんやりイメージが見えるので、それを避けていると言っていた。これも狐月のスキルなのだろうか。
とりあえず、俺はトゥカの気配を感じる為に、この秘密の稽古を、村に滞在している間にマスターすることに決めた。
数日が経ち、今日はテスタが、鍛冶場を見学する日だった。
「皆さんが持っている『日本刀』というのはこちらで造られているのですね」
鍛冶場に入るとベレンが今日も刀を鍛えてるところだった。テスタは武器を造るところなど見たこともなかったらしく、真剣に見つめていた。
「これはこれは」
奥からゼノスが出てきた。ゼノスはものづくりの責任者である。
「レン様ちょうどいいところに、お待たせしていた焔様の刀が出来上がりましたぞ」
そう言ってゼノスが木箱にしまってあった刀を取り出した。焔がそれを受け取って、鞘から刀身を抜いて見せた。今回は焔から注文があり『焔』という文字が刻まれていた。
「これはルーン文字ですか?」
テスタが『焔』の漢字を見てルーン文字と言った。
「テスタさん、この文字読めるんですか?」
「いえ、残念ながら私には読めません。ただ昔、兄が似たような文字を見てそう言っていたのを思い出しました」
ルーン文字っていうと神秘的なイメージがあるが、異世界だとどういう扱いになるのだろう。そこで俺はあることに気づいた。
「ゼノスさん。ちょっとこの量産品の刀借りてくね。焔は新しい刀持ってついてきて」
俺は仮説を立て、検証をしようと思って広い場所に来た。みんな気になり外に集まってきた。
「焔、俺がこの刀で攻撃するから新しい刀で受けてみて」
「分かった」
「じゃあ行くよ」
俺は焔に上段から斬りかかった。焔は新しい刀で受け返そうとしたその時、「チンッ!!」と甲高い音がなり、俺が持っていた刀が綺麗に切られてしまったのだ。
「今までの刀とくらべて切れ味はどう?」
「全然違うぞ。やっとワラワにも桜火に負けぬ刀が手に入ったわ」
造った張本人のベレン達が驚いている。いったい何が起きているのか分かっていなかった。しかしこれは問題だ。俺が立てた仮説が正しければ、大変なものを造ってしまったらしい。漢字には何かしらの力が付与されている可能性が非常に高い。今テスタには知られたくない。
「レンさん。ルーン文字に何かしらの効果があったのでは?」
(突っ込んできたー!)
「今は桜火と焔が持っている刀しかないのでなんとも言えません。これから検証していく余地があると思います」
「そうですか。では、結果がわかったら私にも教えてくださいね」
(逃げ道が塞がれたー!)
「ベレンさん他にも漢字が入った武器はありますか?」
「それが···、レン様から教えて頂いた漢字を彫ろうとすると武器が割れてしまうんす」
ベレンは『焔』を彫ろうとした時も、刀が何度も割れてしまい、最終的に20本以上だめにしたそうだ。やはり漢字には何かしらの力が働いてるのは間違いない。実験として色々と彫らせてみよう。
焔は新しい刀の性能を試したいと言って森に出かけて行った。桜火も気になったらしく後をついていった。二人とも自由だな。
ベレン達も何かやる気になったらしく、騒ぎながら鍛冶場に戻っていった。
俺とテスタ、狐月は歩いて迎賓館に戻ることにした。
「レンさん」
「はい」
「この村はみんな幸せそうですね。あの炎帝の森にこのような村があるとは今でも信じられません。まるでここだけ、始まりの世界のようです。みんなが生きる喜びをもって、お互いを助け合う。これだけの力がありながら、誰一人侵略など考えていません。本当に素敵な村です。今回ここにこれたのは幸運でした。本当にありがとうございます」
テスタは俺に頭を下げた。
「やめてくださいよ。一国の王女が簡単に頭を下げないでください」
「いえ、私はまだ王女として何もしておりません。エルミナの国を···いえ世界を、必ず始まりの世界にしてみせますわ。それまでレンさんも私を王女扱いしないでくださいね」
そんなことしたら、レオに切られそうだ。でもこうして話していると、妹と変わらない気もする。なぜ俺の周りの妹達はこうもしっかりしているのだろうか。
「良い世界になるといいですね」
その日は視察の最後の日となっていた。村では最後の夜という事もあって、また大宴会を行うことになった。
翌日、王都に出発する時間になった。
「姫様、どうかご再考を!」
「つべこべ言ってないで、ここで鍛えてもらいなさい。私はひとりで帰ります」
「それは! 私の首が飛びます!」
「では飛ばされないくらい強くなりなさい!」
「そんなー!」
あの屈強なレオが情けない顔をしている。
「レオさん。テスタさんは僕らがちゃんと護衛しますよ。王城でのレオさんの代役もちゃんと用意しましたから安心して稽古に励んでください」
テスタと話し合って、レオが光月村に滞在している間、王城でのテスタの護衛を俺達が請負うことになったのだ。最初はルカが適任かと思ったのだがシャルティアがものすごくいやな顔をするので、代わりにポルンが選ばれた。念の為月光からも一人付けることにした。
「うわー! 姫様ー!」
レオはナバルとギルティに引きずられて行った。
「お恥ずかしいところを···」
「ははは···」
そろそろ行こうかと思っていたら、狐月が遅れてやってきた。
「若様、みてください!」
狐月は、俺がドワーフに作っていた着物に興味を示し、ずっと試着をしていたらしい。思っていた通り、メイド服よりもよっぽど似合っている。素直にそう伝えた。
「でも狐月、その格好で森に入るの?」
「はい!」
(うん。さすが狐月)
もう何を言っても無意味だと思った俺はそういうものだと受け入れた。
「それじゃ、行こうか」
「「「はい」」」
俺達はのんきに出発していたが、この時王都では、テスタが居ないという事で、結構な問題になっていた。