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第32話 捕食者

 最悪すぎるフラグだった。

 こんな広い場所で、どうして会っちゃうかな。同じ偶然なら、もっと嬉しい偶然がよかったよ。ここは校内の外――街中だ。天音先輩、風宮さんの助けは期待できない。


 沈黙する僕と夕凪を他所に、第三者は続ける。


「『論争状』は見たよな? 見たな。丁度いいじゃねえか、本番前の練習試合なんてのはどうだ? 今すぐ開始してもいいぜ」


 深呼吸。

 僕はなんとか平静を保ちながら、ゆっくりと口を開く。


「……さすがに、こんな街のど真ん中で『論争』はどうかと思」


 至近距離、夜凪の顔が近付く。

 精一杯の返答は、睨みによりかき消された。あまりの殺気に意識が吹き飛びそうになるが、気合いで耐え切る。


 なんて凶悪な視線――め、目を逸らしたら殺られる。


 僕が寿命をごりごりと削りながら、何秒の間、見つめ合――いや、一方的な睨み合いが続いただろう。口から魂がおはようございますと出そうな折、夜凪がポツリと、


「……ちっ、信じられねえな。こいつにあの女が負けたなんて」


 あの女とは、天音先輩のことだろう。

 どうやら、僕に負けたというのが信じられない様子だ。油断していたとはいえ、僕は一撃で夜凪にやられてしまったのだから、納得がいかないのも当然だろう。

 だが、夜凪が大敗した相手――天音先輩を倒したのが、僕だというのも事実だ。

 夜凪は警戒している。どうか、このまま立ち去ってくれれば――、


「ふん。確かめればわかることか」


 ――グッバイマイライフ。


「言也君、伏せて!」


 背後から大きな声。

 言われるがまま、反射的に身を伏せ――僕の頭上、どでかい水の球体が通り過ぎて行くと同時、夜凪が吹き飛んでいった。


「立って! 今のうちに逃げよう!!」

「そうしたいのは山々なんだけど」

「……言也君?」

「情けないことに、腰が抜けて動けない」

「あぅ、もうっ!」


 僕の手を握り、夕凪が走り出す。

 女の子らしい柔らかい手だ。このまま、どこかに買いものに行ったり、ご飯でも食べに行ったり、公園に散歩とかさ。なんて、青春的な感慨に――、


「ぶっ、殺、ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおす!!」


 ――おっと、現実逃避してたよ。


「このくそ野郎! 八つ裂きじゃすまねえぞ、塵にしてやるからなっ!!」


 獣の雄叫びにも似た怒号。

 凄まじい敵対心と殺意が向けられる。勢いのまま、瞬時に襲い掛かってくると思いきや夜凪は地面に手を置き、


「…………」


 呟いた。

 なんて言ったのだろう? 距離を取ったせいか、夜凪の言葉は聞こえない。しかし、間違いなく『言霊』だ。いやな予感――体中の細胞が危険信号を放つ。


「あうぅ、まずいよ」


 夕凪の足が止まる。


「ま、まずいって、どうしたんだ? 早いとこ逃げ」


 と、言い掛けて僕も異変に気付いた。


「……俺から逃げられると思ってんのか?」


 一歩、また一歩、ゆっくりとした足取りで夜凪がこちらへと向かってくる。

 走りだせば、まだまだ逃げ切れるだけの距離ではある。が、僕たちはその場から動かない――いや、動けない。


 足が微動だにしないのだ。


 粘着力の高いものに縛られたような――自然と足元を見て驚愕した。青白い糸が、蜘蛛の巣のように地面に張り巡らされている。

 僕は思い出す。あいつの、夜凪の『言霊』は確か――、


「はっ! 遺言の準備でもしとけよ」


 ――『水蜘蛛』。

『言霊』とは、各々の持っている個人の性格や『言霊』の性質から名付けられることが多い。見るからに、蜘蛛は夜凪を表している。


 絶対的な捕食者――強者。


 動かない足、歴然とした力の差、歩み寄る死神。一ミリたりとも、為す術がない。

 こちらまでの距離は、残りおよそ数メートル。蜘蛛の巣に絡められた獲物も、こんな気分なのかな――僕は死を覚悟する。いっそのこと、土下座でもしたら許してくれないかな? なんて、情けないことを漠然と考えていた。

 だが、僕とは正反対に――、


「言也君は、逃げて」


 ――勇敢にも戦うことを選んだ人がいた。


「ゅ、夕凪!? に、逃げてって――」


「水技――水庫」


 僕の全身が水に包まれる。


「安心してね。これは言也君を逃がすためだから」


「……っ! なっ! ぃっ」


 もがもがと、水の球体の中で口を動かす。そんなっ! 夕凪も一緒に――、


「夕凪は、お兄ちゃんと『論争』する」


 ――逃げられるはずがないんだ。

 夕凪は負けるとわかりつつも、この場に残ることを選んだ。それは、言うまでもなく僕を逃がすためだ。僕のために囮になってくれたんだ。


「面白れえじゃねえか。かかってこい、兄貴の威厳を見せてやるよっ!」


 僕は、僕は、


「……っ! じゃあね、言也君」


 僕は何回、逃げれば気がすむんだ? 

 土下座でもすれば、許してくれないかな――なんて、馬鹿で軟弱な考えに自然と歯ぎしりをする。ここは僕に任せてくれ! と、男らしく胸を張れたら、どれだけ格好よかっただろう? 


 ……今さらもう遅い。


 僕を入れた球体は、すごい速度でこの場から離れていく。


「夕凪の『言霊』は、水辺にたたずむ者――『水蝶』!」


「『言霊』! 水を制する者――『水蜘蛛』!」


 遠ざかる直前、耳に届いた言葉は『論争』開始の合図だった。

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