実験、そして…
お約束入りましたー
ワイナリー。そこにあったのは…非好意的な男衆の視線だった。
「中途半端に止めるからこうなるんだよなー…」
デービッドは知っている。
喧嘩は勝敗がつくまでやらせたほうがいい。どちらが勝つにせよ勝敗がついてから止めたら良いのだ。
そうしなくては結局こうして澱が残る。
あーあ、つまらねぇ。とデービッドは言うと大男の所に向かう。
「で、今日は何すりゃいいんだ?」
物作りを知らなけりゃ良いものなんて出来やしねぇ、と言うデービッドだが…
大男は一言言った。
「部屋にこもってろ。邪魔するな。」
その拒絶の言葉にデービッドとソルは笑う。
「予想してた中じゃ最低の答えだな、おい。」
「まさにその通り。で、ハゲよ。」
ソルが大男に向かい合う。
ハゲと呼ばれたが、こいつは自分を圧倒しかけた赤毛のガキを圧倒したノームだと思うと、大男は気後れしたように後退る。
「実験するにしてもいくつか調べたい事があってのう。作業自体に参加はせぬがワイナリーの見学は許して欲しいのじゃ。
実験を重ね理論の確立をするにはワシらはワインについて無知すぎる。」
ソルの声に大男は目を見開く。
デービッドとソルは、てっきり机上の論理しか言わない学者と大差ない奴等だと思っていたからだ。
「…それは構わないが。」
大男はソルにワイナリーの見学を許す。ソルは…
「恩に着る、ハゲよ。」
と言いノートを片手に見学に回った。
「……。」
…どうやら自分の通称はハゲに決まったらしい。と、大男…名前をロイと言う…は首を振る。
「おい待て赤毛、ノーム。」
「あ?」
声をかけられたデービッドが振り向く。
「お前らにワイナリー荒らされてもかなわねぇからよ、監視役にこいつをつけとくぜ。」
ロイはオーバーオールを着た男を引っ張り出した。
…年の頃はデービッドより少し下くらいか。顔立ちはロイに似ているが目が違う。
このワイナリーを背負って立ってやる、というような目…。野心に燃えた目だ。
「おう。こっちから提案しようと思ってたくらいだ。」
同じ匂い…負けん気という武器しかなくそれでも我武者羅に戦う気概のある奴は、デービッドもソルも大好きだ。
玉は磨かねば玉にならない。
デービッドもソルも駆け出しの頃がある。デービッドはケスラー達憲兵隊にソル達自分に仕事を教えてくれた者達。ソルは自分に仕事を教えてくれたドワーフ達。
その時はあんな風に訳もわからずに野心にギラギラした目をしていたはずだ。
ロイとしては厄介者二人にロビーをぶつけて作業の遅れが出ないようにした配慮に過ぎなかったが…
「おい、お前名前は?」
「ロビーだ、赤毛のデービッド。」
いい回答だ、とデービッドはロビーの肩を叩く。
「おーし、そんじゃ行くぜロビー。」
「あ?どこにだよ…」
デービッドとソルは、飛びっきり悪い顔をしながら言った。
「いいところだよ。」
肩を組んで去っていく息子を見てロイは選択を誤ったかと冷や汗を流すのであった…。
ーー
「…白ワインってのは赤ワインと違ってブドウのタンニンと呼ばれる成分が少なく作られる。でブドウの全部を抽出したのが赤ワインだ。」
ワイナリーを見学しながらデービッドとソルは頷く。
「成る程。ワインは赤か白という事か。」
「ああ。その二種類しかない。」
上品で透き通るような白ワイン。
濃厚で生命の雫そのものを飲むかのような赤ワイン。
ポティトのワインはそれが自慢だ。
「成る程な。軽い赤ワインは無い。だからある程度酒の味を知らないとポティトのワインの真価は分からんわけじゃな。」
「そうなる。」
ふむ、と首をひねるデービッドとソル。
ロビーは困惑していた。
まさかこんなに真摯に教えを聞き、受け止めてくるかと。
あの伯爵家の肝いりというだけでも悪印象だったし、初日からワイナリーの長の父と殴り合い。
良い印象などカケラもないし、これからもそうである、と思っていたが…
「ひとつ試したい事がある。ロビー、品質の劣る赤ワインと白ワイン…お客様にお出し出来ないようなものはないか?」
「あるが…どうする気だ?」
「実験だ。」
デービッドはそう言うとロビーと共に貯蔵庫へ向かう。
貯蔵庫の一番手前…温度の差が激しく死んでしまったワインをロビーは手に取る。
「これか。」
「ありがとう。」
デービッドは離れにある自分達の宿舎へと向かい…宿舎の中でワインを開けた。
「こりゃジュースみてぇになってんな。」
「あぁ。寒暖の差が激しいとワインは死んでしまってこうなる。」
狙い通りだ、とデービッドは言い…赤ワインと白ワインをグラスに入れて混ぜた。
ワインは薄いピンクの液体となり…デービッドはロビーに胸倉を掴まれた。
「は?お前何してんだよ!」
いくら死んでしまったとはいえ、ワインにこんな事をさせるのはロビーの常識に無い。
「だーかーらー、ポティトの赤ワインは濃厚過ぎるって人に対して飲みやすくする実験だよ。」
「お前ふざけるなよ!ワインを混ぜるなんてそれはただの合成酒にしかならないし、ポティトのワインとして認められるか!」
デービッドとロビーが言い合う。
ソルはそのピンクのワインを持ち…
「まぁ頭ごなしに否定しても始まるまいよ。合成酒という前に味を知るのも悪くはあるまい?」
と言いグラスを傾けた。
「思った通り悪くねぇな。」
デービッドはニヤリと笑う。
「…え?これ悪くねぇじゃん?」
ロビーもまた首を捻る。
俺の舌がバカになっちまったか、と言うロビーだが…
「固定観念を捨てて見てみるとなかなか面白いものじゃろ?」
と、ソルが笑う。
「あとは寒い時のホットワイン用に温めるだけで飲めるものとか…
それなら死んだワインも使えるようになるだろ。」
店屋物のほうが美味しいに決まっているが、世の中ものぐさは多いし保存も効くから多少は売れるだろ、と言うデービッド。
「…なぁ、このピンクのワインだが、赤ワインの色をつける時に早めに引き上げて色を薄くする方法は使えないか?」
ロビーはデービッド達に提案する。
「使えるだろ。要は色合いと味わいの変化をつけるものだし、やりようによっちゃブドウの使い回しも出来る可能性があるぜ。」
廃棄はもったいないしな、と言うデービッドにロビーは頷く。
「うめぇワインってのは重々分かってんだが庶民にはちと敷居が高いんだよ、ポティトのワインはよ。」
紅茶のセカンドフラッシュみてぇに少し落ちる程度のものでも、乱造しなけりゃ採算も取れるんじゃねぇの?とデービッドは言う。
「うむ。数字を追い過ぎてもいかんがあまり採算を度外視してものう。」
「お金は怖いからなぁ。」
デービッドとソルはトロイの顔を思い浮かべる。
「だけど、本当に評判落とさずに採算取れるのか?これ。」
ロビーはワイナリーの新商品の立ち上げに二の足を踏んでいる。
デービッドは事も無さげに
「ロビーがワイナリーのサブブランドとして立ち上げたらいいんじゃねぇの?俺主導でやってもいいが別に俺はポティトの人間じゃねぇしポティトのワイナリーのブランドに拘る必要ねぇもん。」
と言った。
「…は?」
ロビーは首をかしげる。
「つまりがこうじゃ。この製法を確立してしまえばポティトのワイナリーのブランドを使わなくとも安価でそこそこのワインでもそれが出来るようになる。
が、製法が広がるまでそれはポティトのワイナリーが独占する事が出来るというわけじゃ。
そのブランドをお主が立ち上げるんじゃよ。」
いきなりのスケールの大きな話にロビーは目を白黒させた。
「ま、俺らが考えつく程度の事はどこも試しているだろうしな。
あとは製法の確立と課題の解決だ。…それが一番でかい問題だけどよ。」
デービッドはそう言い、ピンクのワインを仕舞う。
「次の実験をするか。ソル、ちょっと離れていろ。」
「おう。」
デービッドは虚空に手をかざす。
イメージは出来た。
ポティト名産の白ワイン。それに炭酸ガスを封じたもの。
「出でよ、スパークリングワイン。」
デービッドのスキル、『創造』の力。
それは魔力のみを媒体としたノーリスクの錬金術のようなものだ。
そこにあったもの。それは中に炭酸ガスが注入されたワインである。
長く創造の力を使うと疲れるので、デービッドは取り敢えず作り出した五本を床に置こうとし…
次の瞬間。
ぼん!
という音がした。
デービッドの手に持つワインは瓶ごと砕け、砕けなかったワインの瓶はコルクが飛びデービッドの顔を直撃する。
デービッドは炭酸ガスの圧力というものを考えていなかった。通常の瓶では圧力に耐えきれず、コルクもまたガスの圧力に耐えきれなかったのだ。
それこそ中に炭酸ガスの注入としか指定していなかったので、炭酸ガスは恐ろしい勢いで噴き出し…
「スパーキンッ!」
飛んで来た瓶に鼻を潰されたデービッドはスパークリングワインと共にその場に轟沈した。
「うわぁ…」
ロビーが引くが…ソルにしてみたら日常的な光景だ。
むせ返るようなワインの香り。
流れていく黄金色の中にデービッドの血が混じり、見事な薔薇色となる。
「うむ、このワインはロゼワインと名付けるとしよう。」
ソルはそう言い…ワインは何もなかったように消え去り、残るはデービッドの血だけとなる。
気を失ったデービッドをベッドに寝かし、ソルは瓶とコルクの設計をイチから見直すのであった。




