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異世界で勇者パーティの保護者やってます!  作者: 丘/丘野 優
第1章 プロローグ、始まりから第一の出会いまで
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第23話 約束

 暗い意識の底の中で、ふと、つんとした刺激臭を感じた。


 鼻の奥に強く抜けていくその匂いは、よく嗅いでみれば植物の香りを強くしたもののようで、体に悪いものではないことが分かった。


 意識が徐々に覚醒していく。


 瞼の向こう側に、ほんわりとした光が見えた。


 香りは強くなり、耳元には薬缶の沸騰する音が聞こえた。


 背中には、今までの人生で感じたことのない柔らかい感触が感じられる。


「……っ!」


 そこまで考えて、意識が目覚めた。

 目を開き、あわてて辺りを見回してみる。

 どうやら、どこかの家の中らしく、様々な家具や器具が広々とした室内に計算された配置で置いてある。


 ずるり、と起きあがった自分の体から何か布が落ちたのを感じた。

 ふわりとした手触りのいい材質のそれは、毛布だ。

 どうやら自分の体の上にかけられていたらしい。


 改めて自分がいる場所を観察してみれば、そこは何らかの動物の毛皮をふんだんに使用したソファの上だった。

 柔らかい感触はこれだったか、と寝起きのぼんやりとした、けれど警戒心の沸き立つ胸の内で考える。


 なぜ自分はこんなところにいるのだろう……?


 香ってくるのは、おそらくは薬の匂いだ。


 ここは、薬師の家なのか。


 なぜ、そんなところに。


 ここにくる前に、何があったか思い出せ。


 そこまで考えたそのとき。


「……あら、起きたの?」


 ぱたぱたとした足音とともに、手にポットと、二客のカップを持った恐ろしいほどに美しい女が近づいてきた。

 よく磨かれた銀ですら目の前に存在するこの輝きの前では頬を染めるだろうと思わせる、素晴らしい光沢を纏った銀髪、誰にも踏みしめられたことのない白雪すらも霞むだろう白磁のような肌、それにどんな宝玉であっても横に並べればたちまち価値のない石ころへと変貌してしまうだろう、深蒼の瞳。

 およそ美しい女、というものを想像したときに頭に思い描かれるすべてを越えた存在が、そこには立っていた。


 そして、あっけに取られた頭でぼうっと見つめてしまったその顔に対してふと見覚えを感じ、瞬間、忘却していた記憶が強く蘇るのを感じた。


 自分は、この顔を見たことが、ある。

 どこでだ。

 どんなところでーー。


 少し考えて、びりっと頭の端に電撃が走った。


 そうだ、覚えている。思い出した。

 この女はあのときの女だ。

 突然現れて、ふわりと笑い、迫ってくる強力な攻撃。

 自分が本気で振り切ったダガーの一撃を、まるで何でもないかのように避け、即座に背後を取った絶望的な技量を持ったあの存在。


 それこそが、今目の前にいる、この女だと。



 そうだ、自分は、この女に捕まったのだと、思い出してしまったのだった。


 柔らかで、何も裏を感じさせない微笑みが、その顔には浮かんでいる。

 けれど、それが何か恐ろしいものにも感じられる。

 自分は一体これからどうなってしまうのだろう。


 恐怖が、自分の表情を凍り付かせているのを感じた。


 ◆◆◆◆◆


「……あら、起きたの?」


 そう口に出してみたのだが、彼女の表情が停止した。


 ……どうしたのだろう。


 路地裏で捕まえた魔族。

 とりあえず家に連れてきて寝かせていたのだが、なぜか怯えた視線で私を見つめている。


 確かに、元々の顔からはだいぶ変容してしまってはいるが、そんなに怖い顔を私はしていないはずだが……。

 いや、怖がるか。


 顔以前に、私は少なくともこの魔族に手刀一発くらわせて拉致してきたのだから、それを考えれば当たり前の話だろう。

 つまり、向こうからしてみれば、今この瞬間は、誘拐犯と人質とのはじめてのまともな顔合わせ、と言ったところなのだろう。

 怖いに決まっている。


 そうなる可能性もなんとなく考えて、とりあえず起き抜けに目覚めのお茶でも、と思って私特製ハーブティーを用意したのだが、この調子では口も付けてもらえないかもしれない。

 状況を客観的に見てみれば仕方のないことかもしれないが、いささか寂しい話である。

 しかし、そうは言ってもとりあえず会話をしなければ話は始まらない。


 私は、怯える魔族とちょうど90度くらいの位置に腰掛け、カップを置き、お茶を勧めるところから話を始めることにした。

 正面に座るのは対話にはあまり良くないと言うことだし。


「これ、私が作ったお茶なんだけど……良かったら飲んで?」


 そう言うと、彼女は少し腰を引き、お茶を凝視して私の顔と見比べながら考えている。

 毒物でも警戒しているのだろうか。


「別に何も入ってないわよ……。そもそもあなたをどうこうしたいなら、そんなことをする必要は……」


 ない、まで言い掛けて、これはあまりいい台詞ではなかったか、と思い至る。

 いつでも殺せるから食べ物に細工する必要がない、と怯えた人間に言うのは脅し以外の何者でもないだろう。

 まるで子供を太らせてから食べようとする魔女のようではないか。

 なるほど、治安騎士団詰め所での魔女呼ばわりはある意味正しかったのだな……と益体もないことを考えたところで、目の前の魔族は私の脅しまがいの台詞に納得したのか、カップを手にとって啜ってくれた。


「……っ」


 少し熱かったようで、驚いた顔をしている。

 けれど飲んでくれたのは前進である。

 今振る舞っているお茶には、鎮静の効果があるから、冷静な気持ちでお話をしてくれることだろう。


「おいしい?」


 作った当人としては、味の評価は気になるもので、答えが返ってこないかもしれないと思いつつも一応聞いてみると、頷いてくれたので安心する。


「そう、それは良かった……ところで」


 そろそろ本題に入らなければならない。

 本当なら、色々遠回しに質問しながら堀を埋めていくような方法で質問した方がいいのだろう。

 ただ、正直面倒くさいし、直球でいこうと思った。


「あなた、魔族よね? しかも最近色々問題を起こしている……」


 すると、少し穏やかになりはじめていたその瞳に、さっと赤い光が宿る。

 青い瞳だったのに、感情が高ぶると色が変わるらしい。

 魔族は言う。


「……だったら、なんなの。私を……殺すつもりなの!」


 魔族の喉から出た声は、思いの外、高かった。

 あまり凹凸が無いし、背も低く、年齢も若いから男女どちらかいまいち分からなかったが、今ので決まりだろう。

 この魔族は、女の子らしい。

 そして、私が自分を殺すつもりかと怯えている。


 しかしそんなつもりが無いことは、今の今までそうしていないことから明らかだ。その気なら、私はいつでも彼女をどうにもでもできたのだから。そのことは彼女自身が、お茶を飲むに当たって納得したのに、とっさにこんな返答をしてしまうということは、やっぱり起き抜けで、少し混乱しているのかもしれない。


 私はできるだけ穏やかに、続ける。

 彼女に、これ以上恐怖を与えないように。


「そんなつもりは無いわ。さっきも言ったけど……あなたは先ほどまでずっとここで眠っていたのよ?」


 言われて、やっと思い至ったのか、吹き出していた怒気が収まっていく。

 分かってくれたらしい。

 また同じようなやりとりをするのも大変なので、私はそのまま続けた。


「私は、ただあなたに少し用があるだけ。あなたは街で数人の人を襲った……その際に、人を噛み、血を注いだわね?」


 魔族化ができる魔族は、魔族の中でも一部だけだ。

 しかも、その際には、自らの血を相手の中に送り込む必要がある。

 魔族の少女は、黙って聞いている。

 話を理解しているのか、それとも分かっていないのか、それを彼女の表情から感じることはできない。

 しかしあらゆる交渉は後でしよう、と決めた私は最後まで言ってしまおうと続けることにする。


「つまり、あなたのせいで、この街の住人が数人、魔族へと変容しようとしているの。私はそれを止めるために依頼された冒険者。分かるかしら。あなたに、魔族化を止めるための手伝いをしてほしいのよ」


 私一人で魔族化を止めることはできない。

 いや、やってやれないことはないのだが、かなり面倒な手段に頼ることになる。

 だから、穏便にことをすませるためには、彼女の協力がどうしても必要だった。

 しかし、彼女は話を聞いて、困惑しているようだった。

 何がなんだか、分かっていないような、そんな顔をしている。

 不思議に思って首を傾げると、少女は言った。


「……魔族化が何か、わからないの……」


 意外な台詞だった。

 血を媒介にした繁殖方法、それは親から子へと継がれていく知識、のはずだった。

 少なくとも、私はそう聞いた。

 なのに、目の前の少女はそれを知らないらしい。

 だから説明してみることにした。


「魔族化というのは……なんていうのかしら。あなたの種族固有の、仲間を増やす方法よ。子供を作る方法、っていえばわかりやすいかしら。……お父さんか、お母さんに、教えてもらわなかったの?」


 そう聞くと、少女の表情は目に見えて曇る。

 悪いことを聞いたらしい。

 少女はぽつぽつと語った。


「……お父さんも、お母さんも、人族ヒューマンの人に連れてかれてしまったの。だから、分からないの……」


 魔族を人族が連れて行った。

 そのことに一体どんな意味があるのかは分からないが、繁殖方法など教えてもらう前に、この少女は一人になってしまったということだろう。

 しかし、それ以外の同族は?

 つらいだろうが、聞く必要があった。


「他の人は? 親戚とか、お友達とか……」


「みんな、みんな……連れてかれるか、殺されてしまったの……私が、最後のひとり、なの……」


 一族根こそぎ、という訳らしい。

 魔族と言えば、その力は人族ヒューマンの一人や二人、相手にもならないほど強力なものだというのが私の認識なのだが、この世界では違うのだろうか?

 分からない。

 そのあたりはおいおい調べて行けばいいか、と頭を切り替え、はじめの話に戻る。


「分かったわ。つらいことを聞いてごめんなさい……。それで、どうかしら、私に協力してくれないかしら?」


 ここまで来て、少女の方も何となく私に心を開いて暮れ始めたのか、口が少しずつなめらかになっている気がする。

 いい傾向だった。

 ただ、完全に心を許す、までには至っていないのは、当たり前の話か。

 せいぜい、ひどいことはしないだろう、くらいだ。

 少女は答える。


「協力……って、何をしたらいいのかわからないの。私、人の血を飲まないと、いきられないから……だから、仕方なく人を襲ってたの。でも、魔族化なんて知らないの。仲間が増えたらうれしいとは思うけど……でも、無理矢理そんなことしたくないの……」


 うつむいて、涙を浮かべながら少女はそう言った。

 どうやら、わざとではないらしい。

 血を飲まなければいきられない、ということは、この少女の種族は十中八九、"吸血鬼ヴァンパイア"だろう。

 目の色が蒼から赤に変化したところからして、どこか見覚えがあると思っていた。

 見た目もどことなく記憶にあった吸血姫と近い。

 とはいえ、こちらの方が相当幼く、したがっていくら似ているとは言え別人なのだろうが。

 吸血姫は種族としては"吸血鬼"だったので、その生態にも詳しく、色々と説明を受けた。

 その中で、魔族化、眷属化、というものがあり、意識的に行うことも可能だが、通常、自らの命に危機を感じたときに、本能的に行われることの方が多い行動だと聞いたことがある。

 目の前の少女は、まさにそのような危機にあったのだろうから、今回の事件はそれが理由で怒ったのだろう。

 不可抗力であればどうしようもないし、種族的に受け付ける食事が人の血だけなら余計に仕方がないだろう。

 吸血姫は別に人の血を飲まずに通常の食事だけでも平気だったらしいが、それはそれなりに理由あってのことだ。

 この少女に今すぐにそれを求めるのは厳しいものがある。


 少女の事情を理解した私は、彼女の涙をハンカチで拭き、話しかける。


「分かったわ……悪気はなかったってことは。別にあなたを官憲に突き出したりはしないから、安心して」


「い、いいの……?」


 少女は、ぱっ、と私の顔を見て、驚いたように言った。

 私は頷く。


「ええ。だって、私は治安騎士団にあなたをどう扱っても構わないって言われているからね。何の問題ないわ」


 そのために、シードラに許可を取ったのだ。

 こういうこともあろうかと思って。


「でも……私、魔族なの……」


 街に出てばれることを気にしているのか、怯えた表情でそう言う少女。

 確かに、その危険性はないではないが、それほど心配する必要はない。

 魔族と人族ヒューマンとの差異は、場合によってはかなり大きいが、少女はほとんど人族ヒューマンと変わらない見た目をしている。

 歯並びを見ると、ちょっとだけ尖った牙が二本あるのが分かるが、誤差の範囲内だろう。どうしても危険なら、魔法で容姿をいじればいい。

 持っている魔力量も強大だが、魔力を隠蔽する技能を身につければ問題ないだろう。それまでは、私が隠蔽してやれば、それでいいだけの話だ。

 そこまで隠せば、もはやただの人族ヒューマンと何一つ変わらない。

 だから言ってやる。


「大丈夫よ。私がどうにかするから。何なら、そうね。あなたが一人で生きていけるようになるまで、うちで生活してもらっても構わない。食事もつけるわよ? まぁ、人をさらってくるわけにも行かないから、主に私の血になるけど。……どう、手伝ってくれない?」


 私が彼女に提供できるものは大体そんなものだろう。

 家は一人で生活するには広すぎるし、血は魔法や薬でいくらでも増幅可能である。それくらいなら、何の支障もない話だ。


 少女は私の提案を聞き、少しだけ考えた。

 そこで彼女が何を考えたのかは分からない。

 けれど一つ確かなのは、それから彼女がこっくりと頷いたことだ。


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