第12話 殿様、銭がない
領主になって最初の朝、俺は自分の城ではなく、寺の鐘で目を覚ました。
天正十一年五月二十六日。
兵庫城から歩いてさほどかからない寺の一室に、俺と祥は寝かされていた。
昨夜借りた夜具は薄く、寝返りを打つたび畳が鳴った。
婚礼から二日目の夫婦へ貸す部屋としては、いささか色気に欠ける。
隣を見ると、祥はもう起きていた。
「おはようございます」
「早いですね」
「鐘が鳴りましたので」
「止めてもらえませんかね、あれ」
「寺から鐘を取り上げるおつもりですか」
「いえ、言ってみただけです」
祥は笑わず、俺の枕元を見た。
昨夜、城から持ってきた港の受取が三枚置いてある。
「寝所へは仕事を持ち込まないというお約束でしたね」
「ここは寺です。私たちの寝所ではありません」
「そうですか」
祥が一枚取った。
「では、破ってもよい約束だったと父上へ書いておきます」
「朝飯のあとで片づけます」
「今です」
領主として最初に片づけたのは、港の揉め事ではなく、枕元の紙だった。
寺から朝粥を出してもらい、祥と並んで門を出た。
常陸と小西弥九郎が外で待っている。
「孫七郎殿。昨日、別の仕事をと仰いましたな」
「兵庫の町を見て回りたい。付き合ってください」
「それがお役目で?」
「手間賃は出します」
「喜んで」
返事が早い。
今日一日、俺が何を思いついても、弥九郎の手間賃だけは確実に増えるらしい。
「よくお休みになれましたか」
「ああ、まだ頭の中で寺の鐘が鳴っているがな」
「それは徳を積まれたようで何より」
城までの道には、すでに朝の荷が溢れていた。
昨夜開けさせた兵庫津から、魚籠を担いだ女たちが上がってくる。反対からは、空の樽を転がす男が三人。縄を積んだ荷駄が道の端へ寄り、その脇を油の壺を背負った商人が抜けていく。
道は人と荷で埋まり、昨日降った雨が轍に残っていた。
一人が泥へ足を取られた。背負っていた壺が傾き、隣の男が慌てて支える。
「こぼれたら、いくらだ」
俺が聞くと、二人ともこちらを見た。
「へ、へい。壺ごとなら、銭二百文では足りませぬ」
「弥九郎。この油はどこへ行く」
「京にございます。兵庫から尼崎へ送り、そこからまた荷を継ぎます」
「昨日、西から入った船は、帰りに何を積む」
「荷があれば、京や堺から来た物を。なければ空で帰る船もございます」
「空で」
「待つ間にも飯代がかかりますれば」
常陸が咳払いをした。
朝から道の真ん中で、他人の荷の行き先を調べ始める領主に見えたらしい。
「転ぶなよ」
「は、はい」
男たちは泥を避け、荷を抱えて先へ行った。
港から城まで、歩けばさほどの距離ではない。
だが、壺を百、樽を百、米俵を千と考えれば、この泥が毎日銭を食う。
轍へ石を入れる。水が溜まらないよう脇へ逃がす。荷を下ろせる場所を決める。空の荷駄を戻す時には、別の荷を積ませる。
やれることが、道の先にいくらでも見えた。
「お前様」
祥に呼ばれ、足を止めた。
「顔が笑っております」
「そうですか」
「泥道を見て、なぜ嬉しそうになさるのです」
「やることが頭に百千と浮かんでくるのだ」
「それは、喜ぶところなのでございますか」
「私には」
壊れかけの会社を買った時も、似たような顔をしていた気がする。
前世の俺は、赤字の店を見ると、何をやめ、何を残し、どこへ金を入れれば立ち直るかを考えた。
ただし今度は、店ではない。
道の両側には家があり、その中に人が住んでいる。閉じれば終わり、では済まない。
それでも、自分の裁量で育てられる土地を、俺は初めて持った。
「おい、常陸」
「何でございます」
「この町を、俺の本拠にしよう」
常陸介が辺りを見回した。
「兵庫城をでございますか」
「城だけじゃない。港も、道も、市もだ」
「昨日来たばかりで、もう決められたので」
「昨日見たから決めた」
「そうですか。それは良い案ですな」
「珍しく素直だな」
「どうせ止めても、若殿は港へ走るのでしょう」
その通りだった。
◇
それから五日。
池田家からの引継ぎを進めながら、兵庫、尼崎、三田を歩かせた者の報告が集まった。
兵庫城の一室へ、爺、常陸、大場土佐、大山伯耆、高野越中、森九兵衛を呼んだ。
弥九郎にも、商人として評定の末席に座ってもらっている。この五日、船頭や問屋へ話を聞かせたところ、俺たちだけでは拾えなかった荷の流れをいくつも持ち帰ってきた。
部屋の中央には、この五日で集めた物を並べてある。
割れた油壺。傷んだ縄。底へ泥のついた米俵。尼崎から持ち帰った古い札。三田の山で採れた薪と、乾かした茸。
領主になって初めての評定にしては、ずいぶん散らかっていた。
「まず、道です」
高野殿が、割れた壺を指した。
「兵庫津から城下へ上がる道で、五日のうちに荷が三度崩れております。壺が七つ。酒樽が二つ。魚籠は数え切れませぬ」
「道を避けて通る者もおりまする」
九兵衛が続ける。
「民家の裏へ入り、畑を踏んだと揉めておりました」
「夜は」
「灯りが少なく、荷を置いたまま朝を待つ者がおります。置いた縄が二束消えたとも」
次に大山殿が、古い札を前へ出した。
「尼崎では、井戸を使う銭と、井戸までの道を使う銭を別々に取る者がおります」
「道にも銭を取るのか」
「昔からだと」
「何のための銭だ」
「それを聞いたところ、寺の者が答えられなくなりました」
「おい、無体を働いたわけではないだろうな」
「声を荒らげてはおりませぬ」
大山殿は真顔だった。
声を荒らげなくても、人を追い詰めることはできるらしい。
「井戸は使えるのですね」
「水は出ます。ただ、誰が銭を取り、誰が直すのかが分かりませぬ」
「分からぬまま取っていたのか」
「昔からにございます」
昔から。
便利な言葉だ。前世でも、最も高くつく答えの一つだった。
大場殿は三田の話をした。
「山には木がございます。炭を焼く者も、桶を作る者もおります。されど、兵庫へ出す道が細い。山を下ろしたところで、荷をまとめて置く蔵もない」
「茸は」
俺が聞くと、大場殿が少し首を傾げた。
「採れまする。年によりますが」
「どの木に出る」
「それは山の者へ聞かねば」
「後で聞いてください。木を切る者と、茸を採る者、両方に」
「茸を兵糧になさるので」
「いずれは銭にします」
大場殿は分からない顔をしたが、聞き返さなかった。
全員の話を聞き終え、俺は港と城下を描かせた紙を広げた。
「兵庫津から城まで、まず一筋、荷の通る道を直します」
指で線を引く。
「石と砂利を入れる。両脇へ水を逃がす溝を掘る。荷を下ろせる場所を二つ。夜でも水を汲める井戸と、火を見張る者も置く」
「夜番を置けば、給金が要りますな」
常陸が言った。
「払います。普請へ出す人足にも」
「村から普請役を取らぬので」
大場殿が聞いた。
「ただで働かせれば、道ができる前に人が逃げるだけだ。銭を払って働いてもらう。その銭で米や酒を買えば、商いが潤う。商いが潤えば人が集まり、何倍にもなって返ってくるのだ」
常陸が帳面へ筆を走らせた。
「蔵も欲しい。港で荷を降ろして、次の船や馬を待つ間に置ける場所を作る。商人ごとに勝手な場所へ積むことを禁じたいですな」
「蔵を建てる材は、三田から出せましょう」
大場殿が言う。
「その材を下ろす道から直さねばなりませぬな」
「なら、三田は全部直すのではなく、最初に荷が詰まるところだけでいい。港も同じです。一度に町中を掘り返さない」
「若殿なら、全部掘ると仰るかと思いました」
爺は笑っている。主君を何だと思っているんだ。
「市も広げます。堺や京から商人を呼ぶ。西から来た船が荷を降ろしたあと、空で帰らないよう、兵庫で積める物を作る」
「帰り荷を、こちらで作るのでございますか」
弥九郎が身を乗り出した。
「行きに塩を積んだ船が、帰りまで塩を欲しがるとは限りませぬ。どこへ帰る船が、何を積みたがるかまで見なければ」
「それを、そなたに見てほしい」
「別の仕事とは、それでございましたか」
「当然、給金はお出しします」
「期待しておりますよ」
弥九郎は嬉しそうだった。
役目ではなく、手間賃が長く続くことを喜んだ可能性もある。
「兵庫に、そこまで売る物がございますか」
高野殿が聞いた。
「今は足りん。だからこれから作るのだ」
部屋の空気が変わった。
道や蔵までは、皆も分かる。
まだない売り物を作ると言えば、すぐには返事が来ない。
「三田で木と山の物を集める。兵庫で加工して、船へ積む。桶、樽、縄、筵、油。すでに売れる物は、同じ出来の物を、できるだけ大量に揃えて出せるようにする」
「樽や箱まで、同じ形にするので」
高野殿が、一番先に反応した。
「船へ積む樽や箱くらい、大きさを揃えたい。積むたびに形が違えば、どれだけ載るかも分からない」
「作る者が違えば、形も違いまする」
「だから職人を集める。どこまで揃えられるか、本人に聞く」
前世なら、積み荷の規格を決める、と言ったところだ。
ここでその言葉を並べても、桶は一つもできない。
俺が知りたいのは、船倉へ無駄なく積める樽や箱を、職人がどこまで同じ形で作れるかだ。それを知っているのは、俺ではなく桶屋や木工だった。
「井戸の銭は、止めさせますか」
大山殿が聞いた。
「止める前に、誰が井戸をさらっているかを調べてください。本当に直している者がいるなら、その者の飯代まで奪うことになる」
「では、もう一度聞いてまいります」
「今度は、相手が泣く前に戻ってきてください」
「まだ一人も泣かせておりませぬ」
まだ、というところが気になった。
話せば話すほど、やりたいことが増えた。
港から上がる道。三田から下りる道。井戸、溝、蔵、荷揚げ場。夜番。火消し。職人を呼ぶ場所。商人へ貸す店。
紙の余白がなくなり、常陸が二枚目を出した。
「道の普請は、梅雨が深くなる前に一筋だけでも始めたい。石を運ぶ者を集めて――」
「若殿」
常陸が呼んだ。
「なんだ」
「その銭は、どこにございます」
誰も口を開かなかった。
港から、船頭の声だけが聞こえてくる。
「……蔵にあるだろう」
「ございます」
「なら」
「兵庫と三田の城番、尼崎へ出した者、それに今月の飯代を除けば、道へ敷く石を運んだところで蔵の中はすっからかんです。その先は我々の飯すら買えなくなります」
「では、現実にどこまでなら運べる」
「城門から、この部屋の下あたりまでなら」
短い。
港どころか、城から出られない。
常陸が小さな銭箱を、俺の前へ置いた。
音だけはした。
蓋を開けると、やはり少なかった。
「兵庫と三田をいただいて、尼崎の仕置まで任されたのに」
「土地が銭を産むまでには、先に銭が要りまする」
「年貢は」
「秋でございます」
「港の銭は」
「これから取り方を決めるのでございましょう」
その通りだった。
殿様になった。
城もある。土地もある。人もいる。
そして、銭がない。
「年貢を先に取りますか」
爺が聞いた。
「取らない。種籾まで出させて、秋に何を刈る」
「では、普請役を増やすか」
「人足へ銭を払うと言ったばかりです」
「秀吉様へ頼まれては」
九兵衛が言った。
「初めてもらった領地で、五日目に銭をください、では、さすがに応じてもらえぬだろう」
借りる相手なら、すぐに二人浮かんだ。
坂本屋新右衛門。堺の小西隆佐。
どちらも銭を持ち、売る場所も知っている。
だが、道を直したいから貸してくれ、では、返す銭は結局この土地から絞ることになる。
「銭を稼がねばなあ」
「桶づくりでございますか」
「桶だけでは、道まで作るのに何年かかるか」
俺は、部屋へ並べた物を見た。
油の残った壺。三田の薪。乾いた茸。そして昨夜、爺が飲み残した酒の瓶。
「まず、三つ試しましょう」
◇
一つ目は、石鹸だった。
「油と灰汁を使って、汚れを落とす物を作ります」
高野殿が、油壺を覗いた。
「油で汚れを落とすので」
「灰汁と混ぜます」
「どれだけ」
「それを、職人と試す」
「ご存じないので」
「できることは知っています」
「作り方は」
「なんとなくは分かる」
高野殿が俺を見た。
仕方なかろう。材料は分かっても、作ったことなどないのだから。
「南蛮人が持ち込む、しゃぼんという物がある。ひどく高値で売られている。油と灰汁で似た物をここで作れれば、公家や豪商へ売れる」
「本当に我々で作れますか」
「最初から同じ物ができるとは思っていません。布が洗えて、肌を傷めず、臭くなければ売り方は考えます」
「臭くなるのでございますか」
「油ですから」
九兵衛が少し離れた。
「いや、本当に作れるはずなんだ」
「……」
「……」
「……」
二つ目は、酒だった。
「酒を火にかけると、先に酒の強い気が立つ。それを逃がさず冷やして、もう一度液にする。そうすれば元の酒より強い酒になる」
「九州の焼酎のような酒でございますか」
弥九郎が言った。
「知っているのか」
「九州から来る商人に、話だけは聞いたことがございます。南蛮の酒にも、ひどく強い物があるとか」
「なら話が早い。作れる者と、使っている道具を探してください」
「兵庫で同じ物を作るので?」
「仕組みなら大まかに分かる。俺が絵にする。それを釜師と鍛冶に見せて、どう作ればよいか考えてもらう。同時に、薩摩や南蛮で使われている道具が手に入りそうなら、手に入れて参考にしよう」
「そして、できた酒の一部は売る。一部は、新しい樽、使い古した樽、甕に分けて置いておきます」
「どれほど置くのです?」
「一年、三年、五年」
常陸が、酒の瓶を銭箱から遠ざけた。
「若殿。今、銭がないという話をしていたのでは」
「全部を寝かせるわけではない。すぐ売る物と、後で高く売る物に分けます」
「五年後の銭まで、もう使うおつもりで」
「まだ使っていない。作ってもいないだろ」
「でしたら、飲んで確かめる役はワシが承りましょう」
それまで黙っていた爺が、急に口を挟んだ。
「爺だけには任せない」
「なぜでございます」
「売る前に商品がなくなってしまうだろ」
将右衛門が不満そうに、今ある酒の瓶を引き寄せた。
三つ目は、三田から届いた茸だった。
「これを、人の手で木から生やします」
今度は大場殿が黙った。
「茸は、もともと木から生えるのでは」
「生える木と、生えない木がある。傷をつけた木に出やすいと聞いたことがあります。同じ種類の木を同じ場所へ並べ、傷の付け方だけ変える。どれに多く出るかを見る」
「いつ分かります」
「早くて来年。何年かかかるかもしれません」
常陸が、そっと茸を銭箱から遠ざけた。
「若殿。確かに椎茸が大量に作れれば、かなりの銭が稼げるでしょう。夢のような話です。しかし今、銭がないという話をしていたのでは」
「だから今から試す。結果が出るまで何年もかかるなら、なおさらだ」
「今日の銭にはなりませぬな」
「ならない」
「今年も」
「たぶん」
「なぜ三つのうち一つがそれなので」
「うまくいけば、毎年、山から採れる。乾かせば船にも積める。兵庫を離れても、育て方を知る者は連れていける」
俺が兵庫にいられる時間が、長いとは限らない。
秀吉の甥という立場は、領地をくれる代わりに、いつどこへ動かされるか分からない立場でもある。
道や蔵は兵庫へ残る。
それはそれでいい。だが、俺が次の土地へ持っていける物も作っておきたい。
職人。作り方。寸法。味。売る相手。そして、俺の印なら同じ物が買えるという信用。
城は担げないが、それなら持っていける。
「大場殿は、山の者を集めてください。どの木に茸が出るか、木を切る者と茸を採る者の両方へ聞く」
「承知しました」
「高野殿は、油と灰を扱う者を。紙を漉く者、染め物を洗う者、油屋にも聞いてください。道具は買う前に現物を見る」
「いつものことにございます」
「弥九郎殿は、協力してもらえそうな酒蔵や職人を当たってくだされ。九兵衛は、その道具を作れそうな釜師と鍛冶を、兵庫と尼崎で当たってくれ」
「分かりました。酒ではなく、職人を連れて戻ります」
九兵衛は爺を見ながら言った。
「誰に言っておる」
「誰とも申しておりませぬ」
「大山殿は、油と灰汁をできる限り安く大量に集めてくれ」
「かしこまりました」
「常陸。試すための銭は」
常陸が銭箱をもう一度見た。
「壺と鍋をいくつか。木は三田から出させるのではなく、買うのでございますな」
「買います」
「ならば、街道は先延ばしになりまするな」
「そうだ。道を作るための銭を、先に作る」
「銭とは、難儀な物ですな」
大場殿が、少し言いにくそうに口を開いた。
「されど若殿。武家が自ら商いをして銭を稼ぐというのは……」
「似合わぬか」
「いえ。ただ、あまり聞かぬ話にございます」
「なら、今から我が家では当たり前にする」
皆がこちらを見た。
「商いで銭を稼ぐことを、汚いとは思うな。銭があれば道を直せる。人足へ給金を払える。兵を食わせることもできる。今のように、銭がないというだけで、やりたいことを諦めずに済む」
俺は空に近い銭箱を叩いた。
「槍だけでは、家は動かん。我が家では、銭を作れる者も立派な役に立つ者だ。覚えておいてくれ」
やはり、納得できぬ者も中にはいるようだ。
だが、こればかりは時間をかけてでも理解してもらわねば困る。
評定を終えるころ、祥が女房とともに膳を運ばせてきた。
「まだ終わりませぬか」
「今、終わったところです」
祥は、部屋に並んだ油壺と灰と酒と茸を見た。
「これは、夕餉でございますか」
「違います」
「これが我が家の未来だ。これがダメなら……どうしような」
「なんだかよく分かりませぬが、私にも手伝わせてくださいませ」
「それはありがたい」
特に石鹸は、女子の意見も参考にしたい。
売る相手が使えなければ、作っても意味がない。
祥は次に酒を見た。
「酒をお造りになるのですか」
「ええ、今から」
「爺は外しました」
「なぜでございます!」
「ええ、これから弥九郎殿に、酒蔵や協力してくれる職人を探してもらおうと」
「酒ならば、一人心当たりがございます」
「なんだって」
「人と違う仕込みばかり試すので、同業の者には煙たがられているそうですが、酒造りの腕は確かだと父上が申しておりました」
「そうか。では明日、弥九郎殿と連れ立って、そこへ行ってみよう」
「ワシもお供しますぞ」
「爺は別の役目があろう。少しなら土産を買ってきてやる。我慢せい」
「ぐぬぬ。酒ならばワシが一番詳しいのに」
「どれが、一番早く銭になりますかな」
「常陸よ。それを今から試すのだ。明日から、より忙しくなるぞ」
こうして常陸の隠居は、また遠ざかっていくのであった。




