第二章 ~『シルバーウルフとの戦闘』~
「私が相手をしている内にミーシャは逃げてください」
ミーシャとの仲は良好とは言えないが、大切な家族の一員であることに違いはない。見殺しにすることはできなかった。
「マ、マリアンヌ。あなたもたまには役に立つのね!」
恐怖で声を震わせながら、ミーシャは立ち上がる。だがその表情に浮かぶのは、感謝ではない。悪意に満ちた笑みだった。
「だからね……私のための囮になりなさい!」
ミーシャはマリアの背中を蹴りあげる。前のめりに態勢を崩した彼女を見届けると、その勢いのままに逃げ去ってしまう。
恩を仇で返すような振舞いにも、ミーシャが罪悪感を抱くことはない。彼女にとって他人とは尽くすのが当然の存在だからである。
「ミーシャ……」
マリアはそんなミーシャのことを憐れに想いながら、シルバーウルフを見上げる。立ち上がって逃げても間に合わない。恐怖と緊張でゴクリと息を飲んだ。
「マリアンヌ!」
だがマリアを救うためにヒーローが現れた。兄のローランドである。彼は落ちていた剣を拾い上げると、庇うために前へ出る。
「き、君の相手は僕だ!」
ローランドは勝つ自信があって構えたのではない。膝をガクガクと震わせる反応は恐怖の表れだからだ。
自分を守るために命を賭してくれた。そんな兄の心意気に応えるため、マリアは魔法を行使する。淡い光が彼を包み込んだ。
「お兄様なら勝てます」
「マリアンヌ……」
「私が保証します。だから安心して戦ってください」
「分かった……僕は君を信じるよ!」
ローランドは深呼吸して恐怖を吹き飛ばすと、シルバーウルフを倒すために剣を振り上げる。
その一撃は凡庸だ。白銀の体毛に防がれて、刃は届かない……はずだった。
しかし剣はバターをナイフで切るように、シルバーウルフの身体を切り裂く。
これはマリアンヌの魔法のおかげだ。身体強化と武器強化の加護をローランドに与えたことで、彼はシルバーウルフに匹敵する力を手に入れたのだ。
「君に恨みはないけど、人を襲った魔物に容赦することはできない!」
ローランドは勝利を逃さぬように、シルバーウルフを剣で切り裂いていく。飛び散る血飛沫を浴びながら、マリアを守るために、彼は懸命に剣を振るった。
「ごめんね。恨んでくれても構わない」
傷を負い、動きが鈍くなったシルバーウルフの身体を袈裟斬りにする。命を奪うのに十分な威力のある一撃だった。
シルバーウルフは倒れて動かなくなる。二人は傍まで近づくと、手を合わせて、鎮魂の祈りを捧げる。
森を沈黙が支配していく。だが沈黙は人の足音によって破られる。その足音の正体は討伐隊を引き連れた父親のユリアスだった。
「おーい、二人共、助けに来たぞ……って、まさか、シルバーウルフを倒したのか⁉」
「お兄様が私を守るために戦ってくれたのです」
「ロ、ローランドが……」
足元で倒れるシルバーウルフをローランドが倒したと知り、ユリアスは驚く。森を支配する魔物を討伐したのだ。歓喜と驚愕で肩を震わせる。
「お父様?」
「ははは、さすがは私の息子だ。皆も見たか⁉」
「はい、ローランド様の強さに感服しました!」
村人たちは一斉にローランドを褒めたたえる。その声には、次期領主にミーシャよりも彼の方が相応しいのではという意見も混じっていた。
「領地の未来を考えるなら、領主を誰にするかは再考せねばな」
ユリアスは嬉しそうに顎に手を当てる。ミーシャが次期領主と目されていたのは、魔法の実力によるものだ。
だがローランドはシルバーウルフを討伐してみせた。ミーシャ以上の実績を手に入れたのだから、彼にも次期領主の資格は十分にあった。
「まぁいい。領主の件は追々考えるとして……シルバーウルフが狂暴になった原因を追究しなくてはな」
狂暴化する現象が他の魔物にも起きれば、新たな被害者が生まれるかもしれない。そうならないために原因を特定する必要があった。
「あれ? お兄様、声が聞こえませんか?」
「これは……狼の遠吠えだね」
シルバーウルフが他にもいるのなら、また人を襲っているかもしれない。焦りが身体を突き動かす。
「声のする方へ向かいましょう!」
「ああ」
怪我人がいないことを祈りながら、マリアは駆けだす。その背中をローランドが追いかけるのだった。