第二章 ~『シルバーウルフの脅威』~
誕生日パーティが終わり、マリアは安らかに眠っていた。幸せな気持ちで一杯の睡眠。だが安眠を妨げるように、警鐘が鳴る。
ベッドから飛び起きると、窓の外は暗いままだ。月のおかげで薄ぼんやりした景色が浮かぶが、何が起きたのかを把握することはできない。
「マリアンヌ、起きているかい⁉」
ローランドが心配そうな声で扉を叩く。廊下に出ると、焦り顔の彼が待っていた。
「お兄様、この警鐘はいったい……」
「森に魔物が現れたんだ。狂暴な狼の魔物でね。既に村人が襲われている」
「それは恐ろしいですね……」
魔物は普段は人のいない地域で暮らしているが、稀に人里まで降りてくることがある。その狂暴な力に襲われれば、ただの村人では対処できない。
「討伐隊も結成されることが決まった。僕と父上、そしてミーシャは駆り出されることが決まったから、家の中にはマリアンヌ一人になる。お利口さんの君だから心配いらないとは思うけど、お留守番できるよね?」
「お兄様……私も付いていきます」
大切な家族を危険に晒して、自分だけ安全な場所にはいられない。だがローランドは首を横に振る。
「マリアンヌに危険なことはさせられないよ」
「私の魔法の腕なら魔物相手に後れを取ることはありません。それに私は十歳を迎えました。自分の力で生きていける年齢です」
「しかし……」
「私を信じてください」
「…………」
ローランドは黙り込むが、マリアも一歩も退かない。彼女はこの世界で唯一回復魔法を扱える存在だ。魔物の被害で傷ついた人を救えるのは自分しかいないと、使命感で瞳に炎を燃やす。
「やっぱり妹には甘いね」
「それでは……」
「僕の傍から離れないことが条件だ。いいね?」
「はい!」
ローランドから討伐隊への参加許可を貰ったマリアは、二人で森へと向かう。薄暗い森の中に、松明で火を灯す集団がいた。
彼らは剣で武装した村人たちだった。その中央にはミーシャの姿もある。杖を持ち、派手な赤い外套を身に纏っていた。
「安心しなさい、愚民ども。私という天才が率いているのだから、魔物相手に恐れることはないわ」
「おおっ」
村人たちが感嘆の声を漏らす。続けるように、ミーシャが手をパンと叩く。すると、美形の黒髪の男たちが彼女の元へと集まってきた。
「私は冒険者グループのリーダー。そしてこの男たちは私の下僕たちよ。今まで討伐した魔物は百体以上。次期領主の私にすべてを委ねればいいわ」
ミーシャは高笑いしながら、討伐隊を引き連れて、森の中へと消えていく。残されたマリアとローランドは顔を見合わせた。
「私たちはどうしましょうか?」
「ミーシャは僕たちが一緒にいるのを嫌がるだろうし、手分けして魔物を探すことにしよう」
「そうですね……」
「何か気になることでもあるかい?」
「もしミーシャが怪我をしたらと思うと……」
近くにいれば助けられるかもしれない。そんな彼女の優しさに、ローランドは口元を緩めた。
「なら別行動をする振りをして、こっそり付いていこうか」
「はい!」
ミーシャが率いる討伐隊の後ろを茂みの影から追いかける。松明のおかげで、彼らを見失うことはない。そしてそれは魔物側からも同じことがいえた。
松明の灯りは人がいることの証明だ。魔物が茂みから飛び出し、討伐隊の前へと姿を現す。
その魔物はローランドから聞いていたように狼の一種であった。白銀の体毛で覆われ、鋭い牙を剥き出しにしている。
「シルバーウルフだ……」
「お兄様はあの魔物を知っているのですか?」
「この森の主だからね。でも人を襲わない温厚な魔物だったはずだ。それなのにどうして狂暴になったのか……」
疑問は湧くが人を襲ったことは事実である。討伐隊の村人たちは仲間を襲った魔物に報復するため、怒りと共に剣を向ける。
「さぁ、愚民ども。私が詠唱するだけの時間を稼ぎなさい」
「任せてください、ミーシャ様!」
村人たちは一斉に駆けだすと、白銀の体毛へと剣を振り下ろした。だがシルバーウルフには傷一つ付かない。
「ウォオオオン」
シルバーウルフが威嚇のために鳴き声をあげる。その声は村人たちの恐怖を増長させる。絶望的な戦力差を実感し、彼らはその場にへたり込んだ。
「ミ、ミーシャ様、お助けを」
「任せておきなさい。詠唱が完了したわ。巻き込まれたくなければ、全員、その場で丸くなっているのよ」
ミーシャは魔力を消費し、杖から炎の弾丸を放つ。
長時間の詠唱は魔法の威力を底上げした。鉄をも溶かす火力の炎がシルバーウルフへと向かっていき、避ける素振りさえ見せずに受け止められる。
炎と白煙に包まれたシルバーウルフ。それを見た村人たちは歓声をあげた。
「やったぞおおおっ」
「ミーシャ様の勝利だ」
だが歓声の声は次第に小さくなる。白煙の先にある影が倒れていないことに気づいたのだ。煙が晴れると、そこには傷一つないシルバーウルフの健在な姿があった。
「む、無理だ……に、逃げろおおっ!」
村人の一人が叫ぶと、剣を放り投げて、逃げ去ってしまう。それが撤退の合図となった。
敗北を確信した討伐隊のメンバーたちは、我先にと逃走を開始する。そこには下僕扱いしていたミーシャの冒険者仲間も含まれていた。
「あ、あなたたち、逃げるんじゃないわよ!」
残されたのはミーシャだけ。彼女はプライドが邪魔をして、逃げるのが遅れてしまう。
「ま、待ちなさい。私は人類の宝よ。ここで失われていい才能じゃないの!」
討伐隊が散り散りになるのを見届けると、シルバーウルフはミーシャの元へと近づいてくる。この隊のリーダーが彼女だと見抜いていたのか、他の者には目もくれなかった。
シルバーウルフは唸り声をあげる。鋭い牙には血の跡がベッタリと付いている。恐怖と絶望でミーシャの顔が青くなる。
「わ、私は食べても美味しくないわ。だ、だから――っ……」
震えるミーシャを放ってはおけない。マリアは茂みから駆けだし、庇うように立つ。
「あなたの相手は私です!」
マリアはシルバーウルフに真っ向から対峙する。恐怖に負けないように、ギュッと手を握りしめるのだった。




