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林檎に毒薬 -04-

 咳き込む白雪に、小人たちはほっとしたように胸をなでおろした。


「よかった」「生きていた」「なにがあった」「一体どうしたんだ」「びっくりした」「紐が巻き付いていたよ」


 白雪はひゅうひゅうと音が鳴る喉をさすりながら身を起こした。何かを言おうとした瞬間、ごほっと大きく咳き込む。それを見た小人の一人は、白雪を制止するように手のひらを見せた。


「お城の人が来たんだね」


 荒い息をそのままに、白雪はそっと目を伏せる。その先に、切り刻まれた組み紐だったものを見つけて、わずかに瞳を揺らした。まるで、泣く直前のような表情に、小人たちが何かを察したように、嘆息する。


「捨てた人だ」「その人が来たんだ」「気をつけなさい」「一人の時は」「どんな人も」「家に入れてはいけない」


 小人の話を聞いているのかいないのか、白雪はその細い指先で、組み紐の端切れを拾い上げた。するりと愛撫するように、指を這わせる。小人の一人が白雪を見て、咎めるように告げた。


「残念そうに見える」


 白雪は小人の言葉に、うっすらと笑みを浮かべた。血を透かせたような赤い唇が弧を描く。しかし、きらめいていた白雪の瞳は、今、深い深い湖の底のように一切の光を吸収しつくしたように濡れた暗闇を湛えている。


「変わらずきれいな人だった。少し憔悴してらしたけど、それが私のせいだと思うと、どうしてか嬉しかったの」


 白雪の告白に、小人たちは怪訝そうな表情を浮かべた。しかし、白雪は頓着しない。どこかうっとりとした面持ちで、組み紐の端切れを絡めた指先で、自らの口元を覆う。不謹慎に零れる笑みを隠すように。


「あの人を追い詰めるのは、いつもお父さまだった。お父さまのために身だしなみを整え、音楽を奏で歌う。お父さまの一挙一動に振り回されることがとてもかわいそうで、でもその姿ですら綺麗だった」


 白雪は、ほうっと一つ息を吐いた。


「なのに、今、私のことばかりを考えているかと思うとたまらないわ」


 頬を上気させ、潤む目で呟く白雪に、小人たちは興味深そうに問いかける。

「わからない」「まったく」「少しも」「理解できない」「殺されそるところだった」「なのに」「怖くはなかったのか」

「怖い? ……私、あの人自身を怖いと思ったことはないわ。怖いのは、拒絶されること」

 ふっと白雪の表情が陰る。


「今まで、あの人が私を遠ざけるときは、きまってお父さまが無体を働いている時だった。だから、私があの人を守れるようになれば、あの人は、お父様から自由になれるんじゃないかって」

 わずかに震える声。

「正直に言えば、あの時まで拒絶されるなんて思ってもいなかった……でも、受け入れてもらえないなら、いっそあの人の手で殺されたい。森の動物に襲われたり、湖で溺れるよりはずっといい」


 ささやくような甘さで白雪が呟く。小人たちは顔を見合わせ、忠告するしかない。


「とにかく」「残酷な人間だ」「気をつけなさい」「我々がいないとき」「どんな人だって」「家にいれてはいけない」「ここは我々の家だ」

「……わかったわ」


 王妃が残酷な人である、というのは、白雪も同意するところだ。

 夫よりも年の近い娘と仲良くしろと言われれば、素朴なお茶会を開き、髪を結ってやり、チェンバロを弾いて一緒に歌う。


 それは、彼女にとって処世術だったのだ、と白雪はようやく気が付いた。

 田舎で育った純朴だった彼女は、言われるがまま、素直に従った結果なのだ。

 だが、あの人の秋の絢爛のような美貌と、裏腹の見返りを求めない素朴な性格に触れたことで、白雪は与えられる喜びと、なにより、与えたものが受け入れられる喜びを知ったのだ。


 白雪はようやく理解した。

 だから、今、こんなにも裏切られた気持ちになっているのだ。

 ここまで受け入れておいて、いまさら拒絶するなど、なんて残酷なのか。


 一見、しおらしくうなだれる白雪に、呆れた小人が「怒りはわかないのか」と尋ねれば、白雪は少し考えこむように小首をかしげ、そして、何かを思い出したように、ぐっと柳眉を顰めた。


「そうね、肌に泥を塗るのは許せないわ。あんなことをしては荒れてしまう」

「そういうことじゃない」

「だって、あんなにきれいな肌なのに。お父さまのためでなくとも大切にするべきだわ」

 的外れな白雪に、しかし、小人たちはどこか面白がるようにも訪ねてきた。


「そうか」「なるほど」「思い人は君のお父さまが好きだったのか」「分が悪いな」「王様だ」

「そうよ。本当はわかっていたの。どんなに思いを寄せても、報われることなどないって」


 小人たちの揶揄に、白雪は不愉快そうに、しかし、声を荒げることなく同意した。


「しかもその人は王様に惚れ込んでいたようだ」

「どうかしら?」

 白雪のとぼけた反論に、小人は不思議そうに尋ねる。

「王様のために身だしなみを整え、音楽を奏で歌っていたのだろう」

「……人間の社会では愛していない人とでも結婚をして利益を得るものよ」

「愛していない人と結婚するのに愛を誓うのかい」


 よくわからない、との小人の感想はもっともだと白雪は思う。

 学ぶ中で知った閨閥結婚という言葉。支配階級として生まれたものは高貴なるものの義務を負う。その中で、王妃は恵まれている方だろう。この国は大きく豊かで、技術がある。技術供与を受けた彼女の国は豊かになり、この国と共生関係を育んでいる。


 いずれ、白雪自身もどこかの国へと嫁ぐか、この国を継ぐために相応しい誰かを婿に迎えるのだ。可能性が高いのは、南に位置する同盟国の貴族か、海向こうの島国の王族か。


 貴族ではなくとも、結婚とは国と国、家と家との繋がりを持つための手段である。誰もがそう理解しているのに、そのくせ、教会では正直さと愛を説き、芸術や世俗文化では恋を語る茶番。


「だから頑張ったの。正直でいたかったから。あの人以外に愛を誓いたくないから。でも、拒絶されてしまったわ」


 白雪は立ち上がると、スカートに着いた埃りを払う。そして、腰をかがめて、組みひもの端切れをすべて拾い上げた。


「もう、どうでもいい」


 投げやりな言葉と裏腹に、白雪は、集めた組み紐の端切れを愛おしそうに撫でた。

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