§74 アン先輩の大魔法
どうしよう。
穴の中を覗き込むが暗くて見えない。
降りてみようか、でも危ないかな。
そう思った時だ。
「大丈夫。そんなに深くないかな。でも強靱種以外だと危ないかも」
そんな声が聞こえて一安心。
「どんな感じだ」
「待って、今ライトつけてみるから」
大丈夫だろうか。
危険注意担当に聞いてみる。
「メル、ラインマインに危険は無さそう?」
「あまりいい感じは無い」
「わかったのだ」
アン先輩が自分のザックから何かを取り出す。
元はシルダで買ったワイヤーだな、これは。
ただ既に元のワイヤーでは無い。
縄梯子の頑丈なものという感じだ。
手足をつく場所は木製で使いやすい感じに仕上がっている。
「ここの状況を説明するね。何かで出来た空洞という感じ。広さはとりあえず立てるのが五腕四方くらいかな、でも天井が低い場所がずっと周りに続いている。それを含めるとかなり広い感じ。あと人工という感じじゃ無いなあ。多分雨で土が崩れて出来た空洞だと思う」
ラインマインが中の状況を説明する。
「わかったのだ。足場が危険な可能性があるのだ。強靱種はどうしても足場に余分な負担をかけがちなのだ。だから今回は注意して静かにそれで上がってくるのだ」
アン先輩はその縄梯子をラインマインが落ちた穴に投げた。
「わかった」
アン先輩の持っている縄梯子に力がかかる。
俺も手伝おうかと縄梯子を持とうとしたら。
「大丈夫なのだ。それよりこの穴の中央部から離れた方がいいのだ。いつまた崩れるかわからないのだ」
確かにそうだなと思って、俺を含めて四人は入ってきた穴の方へ戻る。
そしてラインマインが地上に出てきた。
結構土を被ってしまっている。
「取り敢えず安全圏まで戻るのだ」
縄はしごを回収して二人が俺達の方まで来た。
「まさか下に空洞があるとは思わなかったのだ。参ったのだ」
「ごめん、俺が下へと掘り進むなんて考えなければ」
「いや、逆に助かったのだ。私やラインマイン以外が落ちた場合、骨折しかねなかったのだ」
確かに。
相当下まで落ちた感じだったし。
「でも穴があることがわかれば対策をとれるのだ」
「どうする?」
「穴を崩すのだ」
そう言ってアン先輩は杖を構える。
「ちょっと難易度と危険度高めの魔法を使うのだ。できればそっちの入口の方へ入っていてくれると助かるのだ」
先輩がそう言うので俺達はささっと入ってきた洞窟の方へ避難する。
「では行くのだ。整うもの、歪むもの。我は歪める、歪めていく。釣り合う力、釣り合わない力、歪む力、歪む空間。力は歪みに沿う……」
この世界の魔法呪文に神はいない。
定型化された言葉も無い。
勿論簡単で広く伝わる魔法、例えば初級治癒等なら定式化された言葉もある。
でも複雑かつ高度な魔法になると呪文の言葉や組立は独自のものになりがちだ。
ただ、俺はこの呪文を知っている。
レマノの記憶にかすかにある大魔法。
広範囲重力操作の魔法だ。
残念ながら俺の杖に込めた程度の魔力では起動しないけれど。
「空間湾曲・重力異常完成、傾斜十度……」
大穴の中の土が動き始める。
吸い上げられ、まき散らされ、落ちていく。
砂埃の中吸い上げられた土が左に高く、右に低く斜めに積もっていく。。
中心部からから先程のものらしい空洞の一部が現れたのが見えた。
「効果終了、全ては次第に元に戻らん」
土の動きが止み、少しずつ砂埃がおさまっていく。




