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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第六章 混色の聖剣祭(上)
111/141

第十八話 『ヴォルフガング・ロボバレット』

長いです

 

 ――人狼種には『牙の一族』という部族が存在する。


 始まりは、高い戦闘技術を持つ人狼種の一家だった。

 彼らは様々な危険から同族を守り、人狼種の繁栄に貢献した。

 人狼種達は彼らの事を『牙の一族』と呼び、称えた。


 それから血は続き、仲間が増え、やがて一つの部族が出来る。

 家族のように強い繋がりを持つ部族という意味を込めて、その部族は始まりの一族の名を借りて『牙の一族』と名乗るようになった。

それが『牙の一族』の始まりだ。


 それから時が経ち、魔神が生まれた。

 かの魔神が人狼種を洗脳し、配下として従える中、唯一それを逃れたのが『牙の一族』だった。

 魔神の配下として虐殺されそうになった人狼種達を救うため、人間に協力を持ちかけ、暴走した仲間達と戦い、正気に戻した。


 その時の『牙の一族』の族長が、ヴォルフガングという名の人物だった。

 灰色の髪と黄金の瞳を持ち、使えない筈の炎の魔術を使用したという。

 

 人狼種達はそんなヴォルフガングを敬意を込めて、《英雄》と呼んだのだった。




 ――ヴォルフガング、という少年がいた。


 彼には両親がいない。

 赤子の母親は彼を産むと同時に亡くなり、また父親も少年が一つの頃、村へ襲撃してきた魔物と戦い、命を落とした。


 と、聞いている。

 というのも、物心付いた時には、両親は死んでおり、少年はルプスという男と共に生活していた。

 だから少年には両親の記憶がない。

 ルプスに育てられ、牙の一族が住むアペーレという村で過ごしてきた。


「おい、ヴォルフ。休んでる暇はねェぞ。修行の続きだ」


 少年が五つの頃だ。

 ある日から、ルプスは少年に稽古をつけ始めた。

 剣を持たせ、朝から少年に厳しく『牙流』を教え込む。


 稽古は苛烈だった。

 あまりの厳しさに、他の大人がルプスに苦言を呈する程に。

 それでも、ルプスは厳しく稽古をつけ続けた。


 ルプスは口数が少なく、家の中ではあまり喋らない。

 何を考えているかも分からない。

 

 ルプスは両親を失った自分を引き取ってくれた。

 自分にとっての親はルプスだ。

 けれど、ルプスは自分をどう思っているのだろう。


 生活に不自由はない。

 衣食住はしっかりしていたし、村の人達は皆自分に良くしてくれる。


 けれど、少年は満たされなかった。

 愛が欲しかったのだ。

 誰かに、愛して欲しかった。


 だからそのために、少年はルプスに狩りへ連れて行って貰えるよう頼んだ。

 狩りで活躍し、強い所を見せれば、皆自分を認めてくれる。

 そうれば、愛してもらえるかもしれない。


「……駄目だ。おめェみたいな未熟者を連れて行くわけにはいかねェ」


 だが、ルプスはそれを認めなかった。

 少年は強い。

 村の子供は誰も少年には勝てず、大人達にも一目置かれている。


 村の大人が、一度ルプスに少年を狩りに連れて行ったらどうか、と言った。

 実力は十分にあるのだから、と。

 しかし、ルプスはそれも認めなかった。

 それどころか、余計なことを言うな、と怒鳴っていた。


 ――ルプスは俺が嫌いなんじゃないか。

 

 だから厳しく接するし、狩りにも連れ出してくれない。

 自分は愛されていないのだと、少年は思い始めた。


 そしてある日、少年はルプスと口論になり、言ってしまった。

 「本当の親じゃない癖に」と。

 

 そのまま、少年は村の外へ走った。

 朝、村の近隣に魔物が出ているという話を聞いた。


「こいつを倒せば、認めてもらえるかもしれない」


 森の中、臭いをたどり、魔物の元へと辿り着く。


 魔物は弱かった。

 少年でも、十分に倒せる程に。

 数が多く、無傷という訳にはいかなかったが。


 全ての魔物を倒し終える頃には、少年は全身に怪我を負っていた。


「お前がやったのか……」


 駆けつけてきた大人達は、少年が魔物を倒したことに驚愕していた。

 この歳でこれだけの魔物を倒せるのは、凄いことだと。

 そんな中、遅れてやってきたルプスはヴォルフを見て、手を上げた。

 頬を張られ、少年は地面に倒れこむ。


 やっぱり、ルプスは俺を嫌っているのか。

 そう思ったのは、一瞬だった。


「あれ程、戦うなと言っていたのに、どうして言うことを聞かなかった」


 その時、少年は気付いたのだ。

 ルプスの声が震えていたことに。

 

 彼は部屋着だった。

 着替えもせず、自分を探してここまで走ってきたのだ。


「……ごめんなさい」


 謝罪の言葉は、自然と口から出てきた。


「馬鹿野郎」


 そう言って、ルプスは少年を抱きしめた。

 その時に、血の繋がりはなくとも、少年は自分がルプスに愛されていたのだと知った。


 

 それからも、色々と波乱はあった。


 ルプスは口下手で、無愛想だ。

 それが原因で、何度も喧嘩をした。

 けれど、前のように悩むことはなかった。

 自分は愛されていると、知っていたからだ。


 村の人達も、いい人ばかりだった。

 愛されていない、などと思っていたのは自分だけで、村の皆が自分を気に掛けてくれていた。


「お、ヴォルフか。これもってけ! 今日いい肉が獲れたんだ。ルプスさんと一緒に食っとけ」

「はい、これ塗り薬だよ。怪我したらこれ塗っときな!」

「ヴォルフ! 俺達と一緒に遊ぼうぜ!」

 

 愛に飢えていたのが嘘のように、幸せな日々が続いた。



 そんな中で、少年には許せないことがあった。


「人狼種! 邪魔なんだよ! 亜人山にでも行っちまえ!」


 時折やってくる人間が、一族の皆を馬鹿にすることだ。

 外の世界では、人狼種が差別されていることは知っている。

 しかし、自分たちは差別されるようなことは何もやっていないではないか。


「俺が行って、ぶっ飛ばしてやる!」

「やめろ、ヴォルフ」

「どォして止めんだよ? 村の皆が馬鹿にされて、ルプスは悔しくねェのか!?」


 馬鹿にしにやってくる人間に飛び掛かろうとする少年を、ルプスは決まって止めた。

 ルプスだけでなく、他の大人もだ。

 村の皆が馬鹿にされているのに、何故怒らないのか。

 理解できなかった。


「悔しいぜ?」

「だったら!」

「けどよォ、ここで手を出したら、おれ達の負けなんだよ」


 ルプスは言った。


「おれ達は間違ったことは何一つしてねェ。だからやり返したり、怒ったりせず、胸を張っていれば良いんだよ」


 暴れれば、余計に嫌われるだけだ。

 何もせず、過ごしていればいい。


 ヴォルフガングには、ルプスの言っていることがよく分からなかった。

 だから、その時に決めた。


「……だったら、俺が認めさせてやる」

「あァ?」

「いつか俺が人間たちに、俺達は何も悪くないんだって、認めさせてやるんだ。お前らに馬鹿にされる理由なんて、無いって」

「……ヴォルフなら、出来るかもしれねえな」


 そう言って、ルプスはポン、と少年の頭に手を乗せた。


 どうやったら人間に認めさせられるかは、分からない。

 だから今自分が出来ることをやろう。   

 その日から、ヴォルフはよりいっそう、修行に励むようになった



 それからも、色々なことがあった。


 狩りだけでなく、外の世界のことを勉強したり。

 少年から目を離せるようになって、ルプスが狩りに出たり。

 狩りに出られるようになっても、毎回ルプスがこっそり様子を見ていたり。

 調子に乗って傷を負ったのを、自分より弱い筈の友人達に助けられたり。

 ルプスと共に、戦ったり。


 十一の時、大型の魔物が村を襲った。

 牙の一族が得意とする武器での攻撃が効きにくい魔物に、戦士達は苦戦した。

 次第に傷付いて行く戦士達。

 その中には、ルプスの姿もあった。


 支援に回されいた少年は、たまらず前へデた。


(させねェ……)


「ヴォルフ!? 馬鹿野郎! 出てくるんじゃねェ!」


(俺が――)


 前へ飛び出して来た少年にルプスが叫ぶ。

 それを越えて、少年は叫んだ。


「俺が皆を守るんだよォ――ッ!!」


 身を焦がすような衝動に従い、少年はそれを解放した。

 溢れだす魔力の奔流が炎となり、魔物を焼き焦がす。


 それが、少年が初めて使った魔術だった。


 ――英雄の再来。


 そう叫ばれる中で、村を守った少年に、族長から褒美が渡された。

 ヴォルフガングが残したという宝の一つ。

 獣剣『ベオ』と呼ばれる大剣だ。


 村の皆を助けられた。

 それが、嬉しかった。


「よくやったな」


 一番嬉しかったのは、ルプスにそう言って褒めて貰えたことだった。

 

 

 本当に、色々なことがあった。

 辛いことも多くあった。


 それでも、幸せだった。


 そして、ある日。


 ――全てを失った。



 少年が十二の時だ。


 その日はやけに、霧の濃い日だった。

 何故か、妙に胸が疼く。


 ルプスが狩りに出掛け、自分は家で勉強をしていた。

 人間を見返すには、人間を知らなければならない。

 ここ数年で、少年は文字や外の地形など、色々な事を覚えていた。


 一日一冊、読むと決めている本を読み終え、一息ついていた時だ。


「ヴォルフ! 開けてくれ!」


 不意に家の戸が叩かれ、叫び声が響いた。

 戸を開けると、真っ青な顔をした二人の友人が立っていた。


「あァ? どォしたよ」

「大変なんだ! 皆の様子がおかしいっ!」


 友人が言うには、村の人達が皆、急に殴り合いを始めたという。

 誰も止めることなく、むしろその殴り合いに参加していく。

 怖くなった友人は、そこから逃げ、自分を呼びに来たらしい。


 少年の家は、村の外れにある。

 慌てる友人と共に、少年は武器を持って、村の中央の方へ向かった。


「なん……だよ。これ」


 そこで見たのは。

 殺し合う、人々の姿だった。

 

 拳で、爪で、牙で、武器で、

 お互いに笑顔で殺しあっていた。


「おい、何やってんだよォ!」


 止めようと入った少年に、皆は陶然のした表情を浮かべ、襲い掛かってくる。

 こうして仲間を殺すのがこの世で最も幸せなことだと、そう信じて疑わないような、幸せな顔だった。

 正気じゃないと、ひと目で分かった。

 ほんの数人、正気らしき者もいたが、すぐに暴力に飲み込まれてしまった。


「ッ、やめろォ!」


 叫んでも、誰も止まらない。

 止めようにも、数が多すぎる。

 自分たちではどうにも出来ないと判断し、少年たちは助けを呼びに走った。


 戦いに長けた者は、殆ど狩りに出て行っている。

 彼らの所へ行って助けを呼ばなければ。

 そう考えて森へ入り、ようやく彼らは、自分たちがどうしようもなく、切迫した状況にいると理解した。


「そんな……」


 友人の一人がぽつり、と言葉を漏らす。

 森に入った彼らを待っていたのは、大量の魔物だった。

 霧のせいか、鼻がうまく機能せず、気付かなかったのだ。

 

「狩りに行った連中は、どうなったんだァ!?」


 獲物を振るい、魔物を倒しながら奥へ進む。

 まだ十二とはいえば、少年は既に大人の戦士と共に戦える程の実力を持っている。

 友人も、それをサポート出来る程には強い。


 だが。

 奥へ進むに連れ、魔物の数が増えてくる。

 やがて、彼らだけでは対処しきれなくなってきた。

 

『オオオオオォオォ』


 木々の間から、《翼竜ワイバーン》が姿を現した。

 他にも、多くの魔物が迫っている。

 二人の友人は、その戦いでそれぞれ怪我を負った。

 一人は足を深く斬られており、これ以上走ることが出来ない。


「ここは僕が食い止めるよ」


 これまでの戦いで、足に傷を負った友人がそう言った。

 

「あァ!? 馬鹿言ってんじゃねェよ! 置いていける訳ねェだろうが!」

「ヴォルフ。このままじゃ、僕達は全滅する。大人達に危機を伝えに行くことも出来ない。……だから、僕が残るんだ」


 少年だって、馬鹿ではない。

 友人の言っている事が正しいことが、理解できた。


「けど、てめェを見捨てて、逃げられる訳がねェだろうがァァ!!」


 少年は友人を見捨てなかった。

 見捨てずに、《翼竜》や、魔物と戦った。

 獣剣を振るい、炎を放ち、出来る限りの力で。

 

「はァ……はァ」


 そして、現実を突き付けられる。

 傷つきながら《翼竜》を倒した彼らを待っていたのは、更に三匹の《翼竜》だった。


「ヴォルフ」


 友人が、静かに首を振った。


「これ以上戦えば、逃げられなくなる」

「けどよォ


 歯を食いしばる少年に、友人が優しく言った。


「ヴォルフ。君は天才で、最強で、凄い奴だ。

 だから、君がこの村を救ってくれ」


 動けない少年を、もう一人の友人が引っ張って走りだす。

 そうして、友人を囮に、二人は先へ進んだ。


「クソッ、クソォォ!!」


 次々に、魔物は襲ってくる。

 すぐにもう一人の友人が、次の囮になった。

 

『牙の一族』は仲間意識が強い。

 だからこそ、村の皆を助ける為になら、命を捨てられる。


「後はお前に任せたぜ、ヴォルフ」


 そうして、少年は走った。

 

 どれほど走っただろう。

 仲間の匂いを置い、辿り着いた先には。

 血だらけで倒れた、大人達の姿があった。



「なんだよ……これ」


 その光景に、呆然と呟く。

 何かに肉をえぐられ、大人たちは倒れていた。

 近づいて、ようやく濃厚な血の匂いが漂っていることに気付く。


「うぅ……」

「ヴォルフ……か」


 立ち尽くす少年に、倒れていた大人の内、何人かが弱々しく口を開いた。

 傷を負いながらも、辛うじて生きながらえていた。

 その内の一人が、少年の名前を呼んだ。

 いつも少年に肉を分けてくれていた、ヴォールクという男の戦士だ。

 

「一体……何が」

「何人かが、まるで狂ったように同士討ちを始めたんだ。

 そこへ魔物を引き連れた女が……俺達を急に襲ってきやがった」

「……複数の龍種に加えて、うぅ……あの女が妙な魔術を使いやがるっ!」


 大人達の中にも、狂った者が出たらしい。

 不意の襲撃に戦士の多くが傷を負い、そこへ大量の魔物が殺到した。

 大人達はふた手に分断され、その一グループの結末がこれだ。


「このまま……じゃ、村が全滅する。

 ヴォルフ、村の皆を連れて、ここから逃げるんだ」


 ボロボロの体で、ヴォールクはそう言った。


「あぁ。俺達はもう動けそうにない」

「ヴォルフ……頼む」

「くっ……」


 しかし、村の皆も殆どが狂ってしまっている。

 村へ行っても、自分にはどうしようもない。

 それを告げようとした時だった。


『ギオオオオ!!』


 木々をなぎ倒して、無数の魔物が姿を現した。

 獲物を見つけ、歓喜するように咆哮する魔物達。


「……ヴォルフ、逃げろ」


 ゆらり、とヴォールクが立ち上がる。

 

「後はお前に任せる」

「ッ、そんな」

「お前はもう、立派な戦士だ。村の為に戦ってくれ」


 ヴォールクの言葉に、息のあった大人達もよろよろと起き上がる。

 

「俺達も……村のために戦うからよ」

「そんな、不安そうな顔すんな。お前は大人の俺達と、おんなじくらい強えんだ。人狼種始まって以来の天才……かもしれねぇ。だから大丈夫だよ」


 そう言って、大人達は向かい来る魔物に打って出た。

 全身から血を流し、満身創痍の状態で。

 勝てる訳がないのは、少年の目から見ても分かった。


「ちくしょう……!」


 少年は彼らに背を向け、走った。

 分断されたという他のグループを探し、ひたすらに。

 後ろから聞こえてくる戦いの音から、逃げるように。


 

 数分後――音は聞こえなくなった。


 


 どれほど走っただろう。

 息が乱れ、膝がガクガクと震える程、森を進んだ。

 何度も来た筈なのに、自分がどこにいるか分からない。

 

 木々の隙間を抜け、少年は開けた場所に出た。


「――ぁ」


 ――血の海が広がっていた。


 地面に倒れ伏す、大人の戦士達。

 その体から溢れでた血液が水たまりを作り、飛び散った赤が草花をまだらに飾り付けていた。

 死臭に塗れた骸の中央――そこに女がいた。


「あらら? この魔物がわんさかいる森を、子供が一人で抜けてきたんですか?」


 場違いな程に明るい声で、女は飛び出てきた少年を見て首を傾げる。

 足元に転がるモノに何の感慨も持っていないように、ピクニックにでも来ているかのような気軽さで。

 

「――――」

 

 その女を見て、少年は絶句していた。

 女が余りに美しいから――などでは断じて無い。


 癖の強いオレンジ色の髪に、霧のような薄い紫の瞳。年齢は二十歳に届くかどうか、という所だろうか。背は高くもなく低くもなく、目立った所もない平均的な背丈をしている。深い森の中だというのに、その身を飾るのは簡素なドレスだ。


 容姿は整っていた。

 美人と言っても、差支えのない整った容姿。

 それを塗りつぶすかのように、その瞳は吐き気を催すような醜悪な光を浮かべていた。

 少年が絶句する程の、おぞましい何かを。


「あぁ、今アタシのこと、気持ち悪いって思いました? うわぁ、貴方見る目がありますね! 正常なヒトは、みんなみぃーんな、アタシの事を汚らしいモノを見るような目で見るんですよね!」


 素肌を、手足を、ドレスを、血でどす赤く染めたまま、女は痛ましい程に明るい口調で感激したかのように言葉を並べる。

 まるで足元の死体など無いかのように、森を散歩している最中に自分と会って挨拶をしているかのように。


「でも、子供がここに来れちゃうって、シャルロットさん、ちょっと手を抜き過ぎなんじゃないかなあ。いや、でもでも、なぁーんの役にも立たないゴミとクズとカスを掛けあわせたアタシと比べたら、数億倍はマシなんですけどねっ!」


 気持ち悪い。

 その女を見た少年の胸中に浮かぶのは、その思いだけだ。

 

「てめェが、この村を襲ったのか……?」

「そうですよぉ? いやぁ、流石は『牙の一族』、コロッと全滅させられるかと思ったらぁ、期待通りにみんな強くて感激しちゃいましたぁ! ねえねえ、貴方も大人のヒトのように、強いんですかねっ? ここまでやってこれるんですものね、『期待』しちゃいますよぉ!!」

「そうか――死ねッ!」


 こいつが元凶。

 それさえ分かれば、もう話を聞く理由など無い。

 この女を殺して、それで終わりだ。


「うわーっ!?」


 獣剣を手に、少年は女に飛び掛かる。

 驚きの声を上げる女に構わず、獣剣に炎を纏わせ、上段から振り下ろした。


「なァ!?」


 伝わってきたのは、弾かれる感覚。

 気付けば女の周囲には、フワフワと霧が浮遊していた。

 霧に攻撃を弾かれた――?


「あれれ? それで終わりなんですか?」


 女がガッカリした声をあげ、両手を広げる。

 彼女の周囲にあった霧がまるで槍のような形を作ったかと思うと、


「全然まったく、期待はずれですよぉ!?」


 勢い良く少年に殺到した。

 森を走ったせいで、体が思うように動かない。

 重い体を引きずり、槍を回避する。

 

「ッ」


 回避した先にも、槍は追ってくる。

 逃げ切れない。

 目の前に迫る槍に、少年は死を覚悟した。


「――――」


 グシャッと湿った音と共に、ベチャベチャと液体が地面へ溢れる音がした。

 それは、少年の物ではない。


「ルプ、ス……」


 ルプスが少年を庇い、腹に槍を受けていた。

 呆然とする少年を、槍に貫かれたまま、ルプスが抱き上げる。


「あらら」


 そしてそのまま、女に背を向け、逃走した。




 そのまま、ルプスは更に森の奥まで走った。

 魔物が周囲にいないことを確認し、倒れこむようにして木にもたれかかる。


「ルプス……血がッ」

「騒ぐな……。これぐれェ、なんの問題もねェよ」


 そう言いながら、ルプスは服を切り裂き、傷口へ強く巻きつける。

 傷口から溢れる傷があっという間に、簡易的な包帯を真っ赤に染め上げた。


「早く治療を受けないと……ッ」

「大丈夫だ。それより……村は、どうなってる」

「……皆、狂ったように殺し合ってる。俺らだけじゃそれを止められないから、大人の戦士を呼びに森まで来たんだよ」

「来てみたら、こっちもほぼ全滅してたって訳か……」


 咳き込む口を抑えたルプスの手に、赤いモノがべったりと付着していた。

 傷が内臓にまで達しているのか、喋る度にぼたぼたと口から血が溢れる。


「……森ン中、魔物で溢れてたろ? どうやってここまで来たんだ」

「皆……お前が村を救ってくれって……俺を逃したんだ。お前は天才で、強い奴だからやれるって……! それで、俺ッ!」

「あァ……頑張ったな」


 堪え切れなくなって、ポロポロと涙が頬を伝う。

 いつも少年が泣いた時、ルプスは「泣くな、鬱陶しい」と困った顔をする。

 けれどその時のルプスは、優しく少年を抱き寄せ、乱暴に頭を撫でた。

 血の匂いと、ルプスの優しい匂いがした。

 

「なァ……そういえばおめェに、どうしておれがお前を引き取ったのかは、話してなかったな」

「……?」


 少年の頭を撫でたまま、ルプスは話を変えた。

 傷口からは、未だ血がぼたぼたと溢れている。


「おれァよ、だいぶ前だけど、親を二人、失ってんだ。村を襲った魔物に、二人共やられちまった。親はおれを守って、死んじまった」

「え……」


 初めて聞かされる話だった。

 血を吐き、噎せながら、ルプスは懐かしむような口調で言葉を続ける。

 

「だから……かねェ。おめェを拾ったのは、自分とおめェを重ねちまったから、かも知れねェな」


「…………」


「けッどよォ、子供なんて育てたことがねェから、すんげェ苦労したんだぜ? 目付きは悪いわ、気性も粗いわ、何度ぶっ飛ばしてやろうかと思ったか。まァ、実際ぶっ飛ばしたことは何度かあったけどよォ」


「じゃあ……何で俺をここまで育ててくれたんだよォ?」


「……なんでだろうなァ……。一緒に修行してて、ちょっと強くなったか、なんて思うと嬉しくなって、おれの下手な料理を美味そうに食ってると、なんかこいつ可愛いな、なんて思ったりしてよォ……。ホント、何でだろうなァ」


 噛み締めるように、ルプスは不思議そうに目を細める。

 話している間にも、血は流れ出ている。

 早く治療をしないと、失血してしまう。


 だが、ルプスは気にした風もなく、話を続ける。

 

「おれに出来ることなんて、戦い方を教えるだけで……それくらいしかおめェにしてやれなくて、悪いと思ってるんだぜ?」


「そんな、こと……」


「なのによ……おめェが勝手に狩りに行った時、怖かったんだ。おめェは十分に強ェって思ってるのに、もしおめェがオヤジ達みたいに死んだらって思うと、怖くて怖くて、堪らなかった」


「る……ぷす」


「狩りに出られる年齢になっても、おめェを外にだすのが怖くて、見張ってたりよォ……。全く、おれらしくもねェ。小憎たらしいガキ程度に思ってたのによォ」


 そう言って、ルプスは血を吐きながら楽しそうに笑った。

 何て声を掛けていいのか、少年には分からなかった。


「おめェ、前に言ってたよな、人間におれ達を認めさせるって」


「……あァ」


「期待してるぜ、ヴォルフ。おめェならきっと出来る」


 ニッコリと、笑みを浮かべてルプスは言った。

 何故、今そんな事を話すのか。


「けど、お前は寂しがり屋だからなァ」


 まるで、これが最後のようではないか。


「最初は一人でもいい。自分を認めてくれる奴と、友達なり、何なりになっとけよ。無理は、すんな」


 言いたいことを全て吐き出すかのように、ルプスは語った。

 血は止まらない。

 流れ続けている。


「――――」


 それから、長く息を吐き、


「――ヴォルフ」


 ルプスは言った。


「村から少し離れた所に、人間の街がある。今から走って、そこに行け。んで、助けを呼んでこい。冒険者とか、戦える連中がいいな」


 体を起こしながら、ルプスは森の奥を指さした。


「ルプスはどうすんだよッ!?」


「おれは、あいつを止める」


 そう言って、立ち上がったルプスの視線の先。

 さっきの女が、ニコニコと笑みを浮かべながら、立っていた。



「あっはぁ、素晴らしい家族愛ですね! 思わず感動してしまいましたっ! 街へ助けを呼びに行く、ですか? いやぁ、名案ですねぇ! それまでこの村が残っていたら、ですが!」


 ケタケタと、心底可笑しそうに女が笑う。

 

「いけ、ヴォルフ。あいつはおれが食い止める」

「ルプス……俺は……」

「何も、ここで死ぬつもりなんて毛頭ねェよ。あいつをぶっ殺して、その後生きてる仲間を助けてくる。そのためにゃ、今のおめェが足手まといなだけだ」


 パチパチと、女が拍手をする。

 「物語を読んでいるかのようです」と、愉快そうに笑いながら。

 ルプスの言葉を茶化す言動が、殺したいほどに憎かった。


「すっご~い! でもでも、ここでアタシが貴方を殺して、その後その子を殺したら、ぜんぶぜぇーんぶ無駄ですよねっ?」

「そうはならねェよ、女。こう見えてもおれァ今、この村で一番強ェんだぜ」


 そう言って、ルプスが剣を構えた。

 女から、少年を守るかのように。


「どうしてお前をここまで育てたのか、まだ、おめェにハッキリと言ってなかったな。照れくさくって、言うつもりもなかったけどよ……」


 ポタポタと血を零しながら、少年を見ないまま、ルプスは言った。


「――愛してるぜ、ヴォルフ」


 振り向かないままに言うルプスに少年の肩が震える。

 なんで、こんなタイミングなんだ、と。


「んだよ、それ……。ふざけんじゃねェよ……」


 その背中を見ながら、少年も叫ぶ。


「……俺もだよ、オヤジィ……!」


 押し殺したような声に、ルプスが笑う気配がした。

 それが、少年とルプスが交わした最後の言葉だった。


「行くぜ、女。

 誇れる子の父――ルプス・ロボバレット」


「『期待』の使徒――ヒルデガルド・ネブラ。

 さぁ、アタシの期待に答えてくださいね?」


 そうして、戦いが始まった。

 刃と霧が激しく激突する。

 

 同時に、少年はその場を去った。

 振り返ることなく。

 人間の街へ向かって、ただひたすらに。





「おれはよ、ヴォルフ。親の気持ちが分かんなかったんだ」


「オヤジ達は子供だったおれを庇って死んだ。いくら自分の子供だからって、庇って死ねるのかよ、なんておれは思ってた」



「けどよ――」


 


「――今なら分かるぜ、オヤジ達の気持ちが」

 


 ― 

 

 走って、走って、走って、走って。

 どれくらいの時間が経ったのか分からないくらいに走って。

 そうして辿り着いた少年を待っていたのは。


「うわ、人狼種!?」

「ちょっと、衛兵呼んだほうが良いんじゃないか!?」


 ――人狼種に対する、差別だった。


 嫌悪感を、恐怖を向けられ、冒険者が村へ向かったのは、それから数日後のことだった。

 森に残ったのは仲間達の死体。

 あれだけ溢れていた魔物も、あの女も、どこにもいなかった。


 所々、建物に被害が残っている中、何故か族長の家だけは粉々に砕かれていた。

 中にあったヴォルフガングの宝も、全てが破壊されていた。


 少年は全てを失った。




 友人は言った。


 ――君は天才で、最強で、凄い奴だ。

 

 大人達は言った。


 ――お前は大人の俺達と、おんなじくらい強えんだ。人狼種始まって以来の天才……かもしれねぇ。


 皆が、少年に期待して、村を救ってくれと。

 思いを託して、死んでいった。

 

 少年に魔術の才能があったから。

 少年に武術の才能があったから。

 少年が『天才』だったから。


 みんなみんな、少年に期待して死んでいった。

 

「期待に、答えねェと」


 あの女を殺す。


「皆の期待に、応えねェと」


 人間共に、人狼種を認めさせる。


「俺は――俺様は、天才だから……ッ!!」」


 こうして少年は――ヴォルフガングは最後の牙となった。



明日も更新します

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