第十八章 漆黒の涙
パリアーノでの日々は、静かだった。
カラヴァッジョはほとんど口をきかなかった。傷が癒えるのを待つ間、寝台の上にいるか、窓の前に立っているかのどちらかだった。食事は運ばれてきたが、半分も食べなかった。葡萄酒だけは飲んだ。しかし以前のように酒場で浴びるような飲み方ではなく、杯を手に持ったまま長い間窓の外を見つめ、葡萄酒を小さく啜る飲み方だった。
絵を描く力はまだなかった。パリアーノにはアトリエがなかった。絵具もカンヴァスもなかった。あるのは紙と木炭だけで、コスタンツァへの感謝の聖母子像のスケッチを少しずつ進めていたが、長い時間は続かなかった。木炭を持つ手が震えた。傷のせいではなかった。手は無傷だった。手が震える理由は、もっと深い場所にあった。
一度、カラヴァッジョが教会の前を通りかかった。散歩に出られるほど傷が癒えた日のことだった。コルナッキアは彼の横を歩いていた。教会の扉が開いていた。中から蝋燭の光が漏れ、聖歌の残響が石の壁に染みていた。カラヴァッジョは足を止めた。教会の扉を見つめた。一歩、扉に向かって踏み出した。しかし二歩目が出なかった。足が止まり、手が腰の剣の柄に触れ、何かを確認するように握り、そのまま踵を返して歩き去った。
コルナッキアはその背中を追いかけた。入らなかった。入ろうとして、入らなかった。殺人者は教会に入れないのか。入れないのではなく、入らないのだ。自分で入らないことを選んでいる。罪を犯した人間が赦しを求める場所が教会なのに、この人は赦しを求めることを自分に許していない。
コルナッキアは一日中、カラヴァッジョの傍にいた。寝台の脇に座り、あるいは窓の下に丸くなり、主人の呼吸と心拍を聞いていた。呼吸は安定していた。心拍も正常だった。体は回復に向かっていた。しかし匂いが変わっていた。
ローマのカラヴァッジョの匂いは、リンシード油と鉄と汗だった。パリアーノのカラヴァッジョの匂いは、それらが薄れ、代わりに何もない匂いがした。空白の匂い。体が臭わなくなるのではなく、体の匂いの中から意志が消えていく匂い。制作に向かう体と、剣に向かう体が持っていた方向性が、消えていた。どこにも向かっていない体の匂い。
ある夜、コルナッキアは異常を感じた。
カラヴァッジョの心拍が変わった。寝台の上で横になっていたはずの心拍が、突然速くなった。呼吸が浅くなり、体温が急上昇した。汗の匂いが一気に部屋を満たした。恐怖の匂いだった。しかし暴力の予兆の匂いとは違った。もっと原始的な恐怖。夢の中の恐怖。
カラヴァッジョが叫んだ。
声が暗い部屋に響いた。言葉にならない叫びだった。しかし叫びの中に、一つだけ聞き取れる言葉があった。名前だった。誰の名前かわからなかった。トマゾーニではなかった。母の名か。あるいは別の誰かの名か。犬の耳にはその一語だけが人間の言語として届き、残りは獣の叫びと区別がつかなかった。
体が跳ねた。寝台の上で上半身が起き上がり、両手が何かを掴もうとするように宙を掻いた。目は開いていたが、何も見ていなかった。暗闇の中で、ここにはない何かを見ていた。剣を探すように手が動いた。枕許に剣はなかった。パリアーノに来てから、カラヴァッジョは剣を寝台の下に置くようになっていた。枕許ではなく、寝台の下に。少しだけ遠い場所に。それが変化だったのか、単なる偶然だったのか、犬にはわからなかった。
コルナッキアは寝台に飛び乗った。カラヴァッジョの腕に体を押し当てた。犬の体温を男の腕に伝えた。ここにいる。ここにいる。お前の犬はここにいる。
カラヴァッジョの手がコルナッキアの体を掴んだ。掴み方が荒かった。犬の巻き毛を鷲掴みにし、体を自分の胸に引き寄せた。肋骨が犬の体を圧迫した。息が苦しくなるほど強く抱きしめた。
匂いが変わった。恐怖の匂いの中に、もう一つの匂いが混じった。塩の匂い。涙の匂い。
カラヴァッジョが泣いていた。
声を出さなかった。体を震わせて泣いていた。振動が犬の体に伝わった。肋骨の下で横隔膜が痙攣し、喉の奥で声が殺されていた。涙が犬の毛に落ちた。温かかった。塩分を含んだ水が巻き毛に染み込み、皮膚に届いた。
瞳はカラヴァッジョの腕の中にいた。犬の体が押し潰されそうなほど強く抱きしめられていた。肋骨が軋んだ。しかし逃れようとはしなかった。
この人が泣いている。
人を殺した後で泣いている。教科書には書いてなかった。美術史の論文には書いてなかった。「呪われた天才」という物語にも、「暴力的な犯罪者」という物語にも、この涙は出てこなかった。この人は、殺した後に泣くのだ。
暗闇の中で、カラヴァッジョの心拍が犬の耳に直接届いた。速い拍動が、少しずつ落ち着いていった。涙が落ちる間隔が長くなっていった。呼吸が深くなっていった。
犬の体温が男を温めていた。犬だけが知っている温もりだった。人間の友人は昼間に来て、言葉をかけ、夜には帰る。
ロンギはローマにいる。
ミンニティはシチリアにいる。
オルシはどこかで画商の仕事を続けている。
デル・モンテ枢機卿は殺人者の名前をもう口にしないだろう。
庇護の限界を超えた男を、政治的に切り捨てなければならなかった。誰もいなかった。パリアーノの石壁の部屋に、男と犬だけがいた。犬は夜もいる。暗闇の中で、悪夢の後で、涙の中で、体温だけを差し出していた。言葉はなかった。言葉は要らなかった。体温があった。
瞳はこの体温が犬のものなのか自分のものなのか、考えることをやめていた。もう同じ体だった。犬の体温は瞳の体温だった。この男を温めているのは犬であり瞳であり、その二つはもう分けられなかった。
カラヴァッジョの腕の力が緩んだ。犬の体が解放された。コルナッキアは男の胸の上から降り、腕の横に体を寄せて横たわった。カラヴァッジョの手が犬の背中に乗ったまま、動かなくなった。
再び眠ったのだろう。呼吸が深くなり、心拍が安定した。しかし手は犬の背中から離れなかった。眠りの中でも、犬を手放さなかった。
瞳はカラヴァッジョの腕の横で、目を開けたまま暗闇を見つめていた。
このとき、瞳は自分が泣いているのか、犬として主人の苦痛に反応しているのか、もう区別がつかなくなっていることに気づいた。目は乾いていた。犬は泣けない。涙腺はあるが、感情で涙を流す機能はない。しかし体の中で何かが溢れていた。涙ではない何かが。犬の体に涙の代わりに流れるもの。それは全身の筋肉の弛緩だった。体中の力が抜け、四肢が重くなり、骨の芯まで脱力した。犬の体が表現できる悲しみは、力の喪失だった。
人間の瞳なら泣いていただろう。涙を流し、声を上げ、この人の隣で泣いていただろう。しかし犬の瞳は泣けなかった。代わりに体が重くなった。代わりに筋肉が溶けた。代わりに、ただこの腕の横にいた。
キャンバス。テレピン油。……。
「筆」が出てこなかった。最初の一語が出てこなかった。代わりに「キャンバス」が出た。順序が狂っていた。「東京」は出た。「父さん」も出た。しかし「筆」が出なかった。筆という道具の形が頭の中で曖昧になっていた。細い棒の先に毛がついたもの。それは知っている。しかし「筆」という日本語の文字が、音として思い浮かばなかった。イタリア語の「pennello」が先に来た。日本語よりイタリア語が先に来る。これは犬が覚えた言語の順序だった。犬はイタリア語の世界で十年以上を生きている。日本語は記憶の中にしかない。
ふで。
思い出した。
ふでだ。
ふで。
ひらがなで思い出した。
漢字が出なかった。
筆。キャンバス。テレピン油。東京。父さん。
並んだ。
並んだが、「筆」を思い出すのに数秒かかった。以前は一瞬だった。一語ずつ瞬時に並んだ。今は間が空く。間が空くことに気づくことが、まだ人間である証拠だった。間が空くことに気づかなくなったとき、布袋瞳は消える。
カラヴァッジョの手が犬の背中で微かに動いた。眠りの中で指が巻き毛を撫でた。無意識の撫で方だった。覚醒しているときの撫で方とは違う。力が入っていない。指先が毛の上を滑っているだけ。眠っている人間の手が、眠らない犬を撫でている。しかしその指先の動きに、犬の体が応えた。尻尾がかすかに動いた。暗闇の中で、誰にも見えないところで、尻尾が一度だけ振れた。
パリアーノの夜は深かった。ローマの夜のように酒場の声も車輪の音も聞こえなかった。虫の声だけがあった。風が橄欖の葉を鳴らす音があった。その静けさの中に、男と犬の呼吸が重なっていた。




