「冒頭の死体」より強い、夏目漱石の二行――『吾輩は猫である』に学ぶ最強のツカミ(吾輩は猫である)
夏目漱石の著作は数多いが『吾輩は猫である』ほど面白いものはない。今回は、その魅力に迫る。
目次
■タイトルで出オチ
■まだまだ続く、猫の面白み
■どこまで続く、猫の暴走
■『吾輩は猫である』から学ぶべきは
■まとめ
■タイトルで出オチ
まず、タイトルがずるい。「主人公は猫ですよ」と、核心部分をサラッとネタバレしている。いくら、一行目に来るとは言え、まさかのタイトルだ。
■まだまだ続く、猫の面白み
冒頭はあまりにも有名だが、念のため引用する。
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
『吾輩は猫である』新潮文庫
「主人公は猫です」というのは事前情報があるが、「名前はない」というのは「え?」となるだろう。名前のない猫が主人公。これだけでインパクトがものすごい。ミステリー小説では、「冒頭に死体を転がせ」とよく言われる。つまり、インパクトで引き付けるためだが、『吾輩は猫である』の方が引き付け力が凄まじい。たった二行で驚愕と笑いを同時に提供する。これは、夏目漱石にしかできないだろう。
■どこまで続く、猫の暴走
有名な冒頭文の後も、笑いのオンパレードだ。
どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。然もあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。
『吾輩は猫である』新潮文庫
名前がないのみならず、記憶喪失だ。そして、のちに書生が一番獰悪だと知る。猫が主人公なのはいいとして(?)、一人称が「吾輩」なのも面白さを増幅させている。この後、どう続くかはさておき、夏目漱石といえば堅苦しい、というイメージを払拭するのには十分だろう。
■『吾輩は猫である』から学ぶべきは
ここまでくれば多くの人が気づくだろうが、この作品から学ぶべきは「笑いの力」だ。小説というと、「難解な方がかっこいい」だとか逆に、「悪ふざけに極振りする」というものが多い。しかし、『吾輩は猫である』は、真面目と笑いの塩梅が絶妙で、コメディやギャグの類はこれを見習うべきだろう。ただし、習得できるかは別問題である。
■まとめ
名著と呼ばれるもので、ここまで面白いものは、そうそうないだろう。面白い=正義ではないが、一つの道しるべにはなる。もし、笑いの要素を小説に取り入れようと思うなら、つまみ食いでもいいので、読んで損はないだろう。




