小説のテンプレとは世襲制だ(君主論)
「初心者はテンプレから始めるべき」というのは、真理だと思われる。テンプレ、つまり、型を知らずに自己流で書き始めては、小説としての体をなさない。では、どうすればテンプレ通りに書けるのか。今回は、『君主論』を参考図書にする。
■テンプレとは、世襲制だ
テンプレが出来上がる前は、当然、誰かが今のテンプレを編み出した・作りだしたのは間違いない。つまり、異世界ファンタジーのテンプレが転生なのは、最初に「異世界ファンタジーといえば転生だ」というファーストペンギンがいたからだ。そして、それが受け入れられると王族の世襲制のように「異世界ファンタジー=転生」というものが広がっていく。そして、テンプレとなる。何事も、この繰り返しから成り立っている。『君主論』の中に、このような一節がある。
さて、私は、世襲の、自分たちの君主の血筋になれた国においては、新しい国におけるよりも、それを保持するのに、困難ははるかに少ないと言いたい。なぜなら、祖先たちのつくりあげた諸制度をおろそかにしないだけで十分であり、その後は周囲の状況に応じて行動すれば十分だからである。
『君主論』光文社古典新訳文庫
つまり、「異世界ファンタジー=転生」を守る限り、執筆の困難は少ないということだ。もちろん、流行りは変わるので、それに合わせた微調整が必要だ。ありがたいのは、大々的な変更を行わずに済む点だ。また、別の箇所には、こう書かれている。
同じ地域、同じ言語のものである場合は、それを保持するのはきわめてたやすいことである。
『君主論』光文社古典新訳文庫
前後では「征服した場合」という文言が頻出する。つまり、同じ地域、同じ言語であれば、征服後も保持しやすいということだ。言い換えるのならば、お約束を破らない限りはテンプレを維持するのは簡単だという訳だ。
■世襲制は絶対なのか
そんな世襲制とも言えるテンプレだが、絶対なのかというと、そうでもない。反乱が起こり、王族が追放されるのと同じく、いつかは別物のが主流になる。もしかすると、明日にも「異世界ファンタジー=転生」という概念が崩れるかもしれない。ただし、小説においては変化は緩やかなはずで、「周囲の状況に応じて行動すれば十分」だ。
■まとめ
初心者がテンプレから始めるべき理由は一つ。世襲制と同じく大きな改変を加えなければ問題ないからだ。しかし、この考えが浸透すると、今度は作品が埋もれるという現象になる。このレッドオーシャンからの脱出方法については、下記記事を参考にして欲しい。
渋沢栄一『論語と算盤』に学ぶ、ブルーオーシャンの創り方
https://ncode.syosetu.com/n2992ls/3/




